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第6章 憤怒の憧憬
09話 親愛と殺意の違い
しおりを挟む「兄様、僕は来週もう一度アシュレイ・スタッガルドに手合わせを申し込もうと思います」
「……彼は剣に誇りを持っているし……その分、自身の時間を剣のために費やしているよ」
兄様は歯切れ悪く言った。
努力を才能で、態々潰す必要はないと暗に言っている。
「僕も同じように、考えていましたが……ユーリア様曰く、アシュレイ・スタッガルドの精神は強いらしいですよ?」
尚も眉間にシワを寄せ難色を示す兄様に、俺はニカっと笑って見せた。
ユリアが俺にしてくれたように、今度は俺が兄様の背を押すのだ。
きっとその役目は俺にしか出来ないから。
「…………分かったよ、リュー……次にもしアシュレイ・スタッガルドが僕に挑むことがあったら、その時は手心は加えない。本気で勝ちに行く」
兄様はため息をつくと、やれやれと言った様子でアシュレイと向き合うことを了承してくれた。
「それに僕の兄なのですから、簡単に負けないでくださいね?」
俺は一言付け加えた。
やはり、個人的には身内に勝って欲しいと思うから。
兄様は聡すぎる。
それはオズ様に対しても同じことで、常に一歩引いた態度、学園の成績でも決してオズ様より上へいこうとはしない。
悪く言えば、子供らしくない。
前に聞いた話だと、オズ様はその辺の事を不満に思っているみたいなんだよね……。
親友としては、たまにその距離感がもどかしくもあるのだろう。
「ふふっ、そうだね……うん、分かったよ。これからはあまり何でもかんでもは、譲ったりしないようにするね?」
「えぇ、お願いします!」
お互いに柔らかい笑みを浮かべれば、周囲も微笑ましいものを見たように口角を上げる。
殺伐とした周囲の状況にも関わらず、その場所だけのんびりとした時間が流れた。
「では、兄様学園に────」
「!?」
戻ろうかと続ける前に、兄様が突然背後を振り返った。
俺も釣られて、同じ方向に視線をやる。
「……え?」
思わず声が漏れた。
後ろのザワついている兵士達を掻き分けて、軍服に身を包んだ2人の男が現れた。
しかも2人の内1人は、両目を覆い隠すように深紅の眼帯と軍服の胸にはこの国の将軍足る証が輝いていた。
……眼帯に、あのバッチ…………もしかして、この人がジークフリード・スタッガルド?
……マジかよ……どんなタイミングだよ。
突然の出来事に、心の中で悪態をついた。
「……雷鳴が聞こえた。既に盗賊共は、殲滅したようだな」
低く、大人の色気漂う声で、先程までのほのぼのとした空気が一気に締まった。
……似ている。
アシュレイと。
俺は初めて会うジークフリード・スタッガルドを、不躾にもまじまじと観察した。
髪の色はアシュレイより、暗い赤色だが雰囲気がとても似ている。
それが共に暮らしているからなのか、アーシャ・スタッガルドが元々将軍が遠戚関係にあるからなのか。
まるで、本当の親子のようだ。
これなら事情を全く知らなければ、2人が実の親子だと疑う者は居ない程によく似ていた。
「貴様、無礼だぞ」
俺が観察するように見ていたのが分かったのか、もう1人の年若い青年が睨みを飛ばしてきた。
そちらの青年も赤みがかったオレンジ色の長い髪で、将軍程ではないがアシュレイとどこか似ている。
スタッガルトの遠戚か……?
赤色の髪は、スタッガルトの血を引く一族に多く見られるし。
「すみません、驚いてしまって。ジークフリード・スタッガルド将軍ですよね? 僕はリュート・ウェルザックと申します。以後よろしくお願いします」
俺は観察を止めると、外行きの笑顔で礼儀正しく挨拶をした。
今のは、俺が不躾だった。
ならば、早々に謝っといた方が、今後の為にもいいだろう。
「ジークフリード・スタッガルドだ。騎士団を率いる立場にある。同じ魔眼持ちと言えど、会うのはこれが初めてになるな。此度は私の代わりに、手間をかけさせてすまないな」
将軍は俺の無礼を特に気にした様子もなく、坦々と挨拶を返した。
特に俺達に怒りと言った感情は向けておらず、寧ろ兄様を存在を無視しているかのようだ。
……やっぱり、複雑なのかな?
しかし、嫌悪といった感情も見られないから、アシュレイと兄様の仲をどうにか取り持ってくれる可能性はある。
「ジーク様が謝る必要はありませんよ! そもそも北の国境は、僕達がずっと守ってきたんだ……それを恩着せがましく、横やりを入れたからって!」
だがそんな将軍の不満だったのか、青年は声を荒らげて俺達を睨み付けた。
その眼には、確かな憎悪が宿っている。
……ん?
俺、この人に何かした?
初対面だよね?
特にやらかした覚えはない。
先程の不躾な視線も、ここまでの恨みを向けられるようなものではない筈だ。
アシュレイの時とも違う。
……あの時は向けられたのは、強い怒りではあったけど、混ざり気のない、真っ直ぐな怒りだった。
でもこれは────
「キリリィク、黙れ。お前の方こそ、無礼だぞ。リュート殿のおかげで、騎士達の負担が軽くなるのは事実なんだ。感謝こそすれ、文句を浴びせるのは道理ではない」
「……申し訳ございません、ジーク様」
将軍に窘められると、キリリィクと呼ばれた青年は不本意ながらも引き下がった。
それでも俺を、いや兄様を睨むのは隠そうともしない。
兄様はその視線を受けながらも、涼しい顔で無視している。
俺はこの時、アシュレイとキリリィクの視線の違いに初めて気付いた。
アシュレイは恐らく複雑な心境を抱えながらも、彼なりに兄様の事を気にしていた。
兄様に態々剣を挑み、相手にされなかったことに怒りを発していたことからも想像できる。
俺に挑んだ時も、アシュレイなりに悪印象だった出会いの印象を改善する為だったのかもしれない。
きっと不器用なりに、努力していたのだろう。
しかし俺達は、アシュレイのその思いを無下にしてしまった。
今は本当にすまない事をしたと反省している。
しかし、キリリィクのこの視線は、そんな生易しいものではない。
視線に含まれているのは、強い憎悪と殺意。
その中に、親愛や好感情は微塵も含まれていない。
──キリリィクと呼ばれた青年は、兄様を今すぐにでも殺したいと思っているのは間違いなかった。
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