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第2章 俺と攻略対象者と、時々悪役令嬢

18話 誓い

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彼女が去ってからも、俺は暫く動けずにいた。
自分の無力さに打ちのめされていた。

帰ろう……、ここにいて俺に出来ることはない。

暫くして、俺は動きだした。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆




広い廊下を人に見つからないように歩いていく。
空間転移はまだ使用には、不安が残るので使えない。
途中他の使用人を見かけたが男は美丈夫、女は皆包帯を巻かれ傷だらけであった。
男は、性に奔放なクリスティーナ。
女は、嫉妬深いリリスが原因だろう。
これが日常的に見られる。
何て歪な世界。
本当に狂っている。
それだけで、この家の異常さが分かる。 

……いつか、俺には出来なくても、ゲームのヒロインは救うこと出来るのだろうか?
ヒロインは多くのシナリオで、シュトロベルンを破滅に追いやるらしい。
だから、いつかはきっとあの人達も救われる……

「旦那がいるのにいいのかい、クリスティーナ様? 怒られてしまうかもしれないよ?」

エントランスホールに近付いたとき、若い男の声が聞こえた。

「ふふふっ、構わないわぁ。わたくしに意見出来る筈がないものぉ」

女が男に返事を返す。
甘ったるい、毒を含んだその声で。
俺は見つからないよう、影に隠れて様子を伺い見た。

豪奢に巻かれた金髪につり上がった黒い目、名前を呼ばれていた事からあの女がクリスティーナ・ウェルザックで間違いない。
先程声の聞こえた若い男の腕に、その体を絡ませ奥に入っていく。
その様はまさしく、毒婦と呼ぶに相応しい。

この女が、母様命を狙っている女。
この女が、リリス・ウェルザックの母親。
この女が、元凶。

俺はクリスティーナが笑っているのを見て、無性に腹立たしくなった。
その裏で犠牲になっているものは多くあるのに。
不条理だ。
俺はこの激情のまま、物影から出て女に近付こうとした。

「駄目だよ。リュー?」

その時ふいに声が聞こえ、背後に腕を引かれた。

「……兄様?」

暗がりで顔がよく見えないが、確かに兄様の声だった。

「そうだよ、僕だ」

そうこうしているうちに、女達は部屋に入っていく。

「ま、待て、んむぅ!?」

「しー、静かに。見つかったら面倒だ」

呼び止めようとしたが、その声は兄様の手によって塞がれた。

「ぷはっ、兄様なんで」

何故邪魔をするのか。
俺は兄様の手を振りほどき、抗議しようとした。

「それはこちらのセリフだよ、リュー。どうして本邸の方にいるんだい? 義父上に近付かないよう言われてたと思うけど?」

「…………」

兄様の最もな質問に言葉がつまる。
事実、俺は父様に絶対に危険だから近付かないように固く言われていた。

「……はぁー、秘密なのかな? 僕には言えないこと?」

兄様がため息をつくと、俺にもう1度理由を聞いた。

「別にそう言うわけでは……」

うっかり空間魔法で転移したとは言いづらい。

「ふーん? まぁ、いいや。リューは早く離れに戻った方がいいよ、皆心配していると思うよ?」

兄様は深くは聞かず、早く戻るよう促した。
俺が何も言わずとも、全てを分かったような顔をしている。

「……兄様は、」

「うん? どうしたんだい?」

「兄様は、ここの事をなんとも思わないんですか?」

俺は恐る恐る聞いた。
これだけで、兄様には通じる筈だ。

「……もう諦めているよ。僕に出来る事はないしね」

「そんなことはっ」

「ないよ。ないんだよ、リュート」

兄様はハッキリと断言した。
此方の反論の余地もないほどに。

「……まぁ、見かけたら止めてるけど、見えないところでやられる事には限界があるからね」

兄様は悲しそうに呟いた。

「兄様……」

最低だ。
こんなのただ自分の苛立ちを、兄様に八つ当たりしただけだ。

「そんな悲しそうな顔をしないで? この屋敷で働いている者はまだ幸福なんだから」

兄様は俺を慰めるように頭を撫でると言った。

「幸福? これが?」

そんな筈はない。
俺は幸福がどんなものであるか知っている。
もっと、暖かいものだ。

「シュトロベルン領は、もっと酷いからね。ここでは義父上が口出しできないといっても、限度があるからね。死ぬことはないし、きちんと治療もされる」

兄様は淡々と語る。

「死ななければいいというわけではないです!」

俺は声を荒げた。
死ななければ何をしてもいいというわけではない。

自分がこんな風に、名前も知らないような他人の為に食って掛かるとは思わなかった。
前世なら……きっと、俺は何かしようと思わなかった。

「……じゃあ……リューが変えて? 今すぐには無理でも、いつか……大人になったら」

そう言った兄様は泣きそうな顔で笑っていた。
言わせたのは俺だ。

「…………」

そうだ、誰かなんかじゃない。
今は何も出来ないかもしれない。
でも諦める理由にはならない。
俺にだって出来ることがある筈だ。

「兄様、僕がシュトロベルンを変えます。いつか、あのメイドのことだって助けてみせます!」

だから、俺は誓った。
俺は兄様の期待に、祈りに応えたい。

「そう……じゃあ、楽しみに待っているね」

そう言って笑った兄様の顔はとても美しかった。
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