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第四章 力との闘争
陣の夢
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「託叶! 託叶!」
ベッドで寝る自分の息子の体を揺らして声を上げているのは、光の子の父親である神崎清だった。隣では、清の妻であり、光の子の母親、
神崎華奈子が心配そうに息子を見詰めている。
十歳となった光の子、神崎託叶が、夜中、魘されて声を上げたのを聞いた両親は、すぐに飛び起き、彼の部屋へと駆け付けたのだった。
託叶は、苦痛で顔を歪めて息を荒げ「いやだ! 知らない! 知らない!」と叫んでいた。
「託叶! おい!」
何度も彼を呼ぶ清は、息子の体に手を置いて揺さぶっていた。
何度も響く父親の声に、託叶は一瞬あんどしたかのような表情を見せたが、すぐに再び眉を顰め「……っ!」体を起こして飛び起きた。
「託叶! もう大丈夫だ」
息切れして肩を上下させる託叶の顔を両手で掴んだ後、彼を抱き締めた清は、優しい声を出して言った。
「ぱぱ…」
託叶は、荒い息を整え、安心したように言う。
「落ち着いてね」
清の腕の中で息を荒くしている託叶に、ゆっくりとした口調で話しかける華奈子は、彼の背中を撫 でながら言った。
「うん…」
託叶は、小さく頷くと
「"陣"が…いろいろなのが…頭に流れ込んで来るみたいで…走っても走っても…」
父親の腕に抱かれながら、心細そうな小さな声で呟いた。
光の子、神崎託叶もまた"陣"の夢で苦しんでいた。
この世に存在する"三つの陣"は、闇の陣、灰の陣、そして、光の陣。
光の陣は、光の力、そして光の知識を全て会得した者が現れた時、天空に姿を現すとされている。
力も知識も膨大な量であるため、陣を出現させた者はかつて一人もおらず、あらゆる科学者達は、"陣"の研究を続けている。この世の理の全てを示す三つの陣は、今判明している学問の全ての知識を合わせても、出現までは程遠い。
陣を一人の知識で完成させるのは不可能とされているが、もし出現させる事ができたとしたら、その者は、人類の知識を超越した存在となると言われている。
三人の奇跡の子たちは、定期的に自らの力の"陣"の夢に悩まされていた。
名もなき国のギンフォン国は、まだ世界に認知されておらず、地図にも乗っていないため、灰の子や闇の子、神々の子たちの存在を知る国はない。そのため、600年ぶりに誕生した光の子の存在が、最も光の陣に近い存在だと世界は認識している。
大きすぎる力や知識は、一人の人間が会得できる限界値を遥かにこえた量であり、奇跡の子らが魘されるのはそのためだ。陣を夢で目にするたび、まるで丸い円に詰まっている膨大な量の知識と力の全てが、一気に頭の中に流れ込んで来るような錯覚に囚われ、奇跡の子たちは苦痛に顔を歪めるのだ。
夜中に起きて、汗を流し息を切らす光の子は、両親の腕の中で安心したような顔をしていた。
十歳となった光の子は、五年前よりも背も大きくなり、言葉もうまく話せるようになった。
陣の夢を見て魘されて起きる託叶は、しばらくたって落ち着くと、まるで気絶するかのように、深い眠りに落ちて行くのだった。
光の子の両親は、託叶が眠った後もしばらく側に付いてあげる。
二人が寝室へ戻ったのは、託叶の寝顔を見ながらもう落ち着いた事を確認した後だった。清と華奈子は寝室に戻ってベッドに入る。
「また"陣"の夢…いつまで続くのかな。託叶、かわいそうに…」
横になって天井を見上げる華奈子は、不安そうな声を響かせる。
「あぁ…物心付いた頃から、魘されてる時はいつもあの夢だ」
華奈子の隣に横になる清は、彼女の顔を見ながら呟くように言った。そして、光の子の両親は、前例のない託叶の症状に不安を覚えながら目を閉じるのだった。
朝、一番早く起きる華奈子は彼らの朝ご飯の準備を始めるため、布団から出て服を着替え始めた。
神崎家の朝は、とても遽しかった。着替え終えた彼女は、台所に立って素早く料理を作りテーブルに乗せて行く。
「清さーん、託叶、ご飯だよー」
時間を見て、二人を起こそうと声を上げるが、一回の呼びかけでは彼らは起きてくれない。
寝室へ行き、清の体を揺さぶると、彼は眠たそうな顔をして起き上がって背伸びをしながら「おはよう」と言った。
パジャマのままリビングへ向った清は、部屋に入ると、自分の椅子に座ってテーブルの上にあるお茶を一口飲んだ。華奈子は次に託叶を起こしに、隣の部屋へ入って行く。託叶が布団の中に丸まっているのを上から手で覆って、揺さぶると、小さな顔を布団から覗かせて目を擦る託叶の姿があった。
「ママおは……っ」
ゆっくりと起きながら口を開いた託叶は、言い終わる前に頭に手を当てて表情を歪ませる。
陣の夢を見て魘された朝は、決まって激しい頭痛を訴える託叶。
「ご飯を食べたら薬飲もうね」
頭を抱えて蹲る託叶は、優しい声を響かせる華奈子の声を聞いて「う……ん」と頷き、母の手を借りてゆっくりと立ち上がった。
廊下を歩いてリビングに入って行くと「託叶、大丈夫か?」心配そうに言いながら、清が息子に駆け寄って来た。
清は、託叶を抱き上げて椅子に座らせ「無理そうなら、学校、休むか?」と優しく聞いた。
「休まない。行く。薬を飲んだらいつも治るから、大丈夫だよ」
託叶は頭に手を当て、眉間に皺を寄せながら言った。
あまりにも頭痛がひどく、動けなくなった時、無理やり両親が学校を休ませても、頭痛が治るとすぐに家を飛び出て学校へ行ってしまった事がある。託叶は学校を休んだ事が一度もなかった。
光の膨大な量の知識と力を表す"陣"を目にした事によって脳がパンクして頭痛を引き起こすが、光の力が影響してるのか治りは異様に早い。十年間の間で病気は愚か風邪すら引いた事もない託叶は、"陣の頭痛"のほかでは体の不調を訴えた事が一度もなかった。
食事を終えた託叶は、手を合わせて「ごちそうさまでした」と口にした。
「学校、頭が痛いの落ち着いたら行きなさいね」
華奈子は、静かに声をかけた。
ただの頭痛だったら、彼らもここまで心配はしないが、"陣によるもの"だと知っている彼らは、対処法が分からず異様に気にかけてしまうのだ。本人はそう重く捉えていないようで、学校を休めと言っても家から飛び出してしまう始末。
薬を飲んでしばらくたつと、託叶の顔は徐々に明るさを取り戻して行った。
「本当に治り早いな。薬を飲んだ意味あるか?」
清はスーツを羽織りながら、目を丸くして華奈子に言う。
台所に下げられた食器を洗いながら「一応ね?」と口にする彼女は、明るい表情になって来た託叶を見てほほ笑んでいた。
清がスーツを着終え、玄関に向かって歩き出すと、託叶は笑顔で「パパ行ってらっしゃい」と口にした。
「行って来ます。頭、痛かったら無理しないで帰って来るんだぞ」
靴を履きながら言った清。
「清さん行ってらっしゃい」
リビングから顔を出した華奈子が優しい声を響かせると「行って来ます」と笑顔を向けて、清は家から出て行った。
「ママ、もう治ったから僕も行ってもいい?」
頭痛が良くなって来た託叶は、母親に笑顔を向けるが「まだ行くには早いでしょ?少し休んでなさい」と言われてしまった。
「……はーい」
元気なく答えた彼は、ソファーに腰を下ろしてテレビを見始めた。
ぼんやりした表情でとテレビを眺めながら「ねぇママ」と呟くように続ける。
「昨日、嫌な夢見たんだ」
華奈子の食器を洗う音が、止まった。
「夢……覚えてるの?」
華奈子は託叶の顔を見て言う。
「ううん。なんだか怖い夢見た気がするだけ」
ぼんやりとした顔をして答える託叶。
朝目覚めた時、託叶はいつも、夢の事を何も覚えていなかった。
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