36 / 57
第三章 行く末
力のコントロール
しおりを挟む戸に手を掛け、ゆっくりと開くと、目の前に立つ人物に、ラムは目を丸くした。
「サタラーさん!?」
ラムの声を聞き、椅子に座っていたカイムはすぐに立ち上がり、小走りで戸に向かった。
「サタラー!?ってあのサタラーか!?」
竜もまた、高い声を響かせながら戸に向かう。
「急な訪問で申し訳ない」
やわらかい声を響かせたサタラーは、驚いている彼らに笑顔を浮かべ、魚やお肉の入った袋を差し出した。
サタラーが彼らの下へ訪れたのは、五年ぶりの事だった。当時は町の代表たち20名ほど引き連れての登場だったが、今はサタラーを含めて三人しかいない。
「いいえ。遥々遠くからお越しいただいて。どうぞ中に」
ラムはすぐに一歩下がりサタラーを家に招き入れる。
「お気遣い感謝する。少しカイムさんをお借りしても?」
サタラーは家に入るのを断るが「以前お越しいただいた時、何も出来なかったので、遠慮なさらず。立ち話もなんですし」と、ラムは丁寧にサタラーたちを歓迎した。
サタラーの急な訪問に驚いていたラムだったが、当時、シエルが産まれたばかりだったのと、人数が多すぎて、家に上げる事が出来なかったのを思い出したのか、瞬時におもてなしスイッチに切り替えた彼女は、笑顔で彼らを招き入れた。
「ありがとう。では失礼する」
サタラーは、ほほ笑みを浮かべて言った。家へ入って来たサタラーたちに、玄関に立つカイムは「お久しぶりです」と頭を下げた。
「カイム、久しぶりだね」
皺を作り、人の良さそうな笑顔を浮かべたサタラーは、やわらかい声を出した後、カイムの横に漂う黄金の竜を視界に入れた。
「…大きくなったな」
サタラーは、驚いたように目を丸くして言った。サタラーの後に続く二人も、大きな竜を見て目を丸くしている。
「どうぞ」
小さなシエルは、両手で椅子を引いてかわいらしい声を響かせた。
「灰の子! おぉー! 元気に育っておるな!」
椅子を引くシエルを見たサタラーは、満面の笑みを浮かべて、感激の声を響かせた。
三人分の椅子を引き終えたシエルは、サタラーがあまりにうれしそうに自分を見るものだから照れているのか、恥ずかしそうにはにかんで見せた。
ラリー家は来客が多いため、六人掛けの大きなテーブルだった。サタラーを真ん中にして三人腰掛け、向かい側にはカイムが腰掛ける。ラムは彼らに水が入ったコップを並べていた。
「お肉なんて、こんな貴重な物、ぜひ一緒に召し上がってください。お時間はありますでしょうか?」
先程サタラーからもらった袋を見て、目を丸くしたラムは、驚いたように声を上げる。
「いや、この後、行く所があるのでね。お気遣いなく。ありがとう」
笑顔で返すサタラー。
ラムは皆に水を配った後、カイムの横に腰掛けシエルを膝の上へ乗せた。
「今からサイキさんに会いに行くのだよ。その前にあいさつしようと思ってね。名前は何と?」
やわらかい口調で言うサタラーは、灰の子を視界に入れてほほ笑んだ。
「シエル」
シエルは幼く高い声を響かせた。
「シエル。いい名前だ。気遣いのできる優しい子に育っておるな」
次はラムを見て言うサタラー。
「ありがとうございます。よかったねシエル」
ラムもまたほほ笑みながら、サタラーにお礼を言った後、自分の膝の上に乗るシエルを愛おしそうに見詰めた。
「二人とも、気になっているだろう。私たちが下す決定について」
やわらかい口調で言うサタラーは、やんわりと確信に触れた。
「…………」
カイムも竜も無言だった。まるでサタラーの出方を窺っているかのようだ。
「私は、雷の子の、力の暴走については、今回は経過を見守ろうと思っていてね。何かを決めるのには、まだ彼らは幼すぎる」
サタラーは、両手をテーブルの上に置き、両手を絡めながら静かに続けた。
「それについてカイムたちの意見を聞きたくて伺った。雷の竜を出現させ、今もなお力を成長させ続けているあなたに神々の力について教えていただきたい」
先程までほほ笑んで話していたサタラーだったが、今は真顔でカイムを真っすぐに見て言った。
今回、雷の子の力を目の当たりにしたサタラーが真っ先に浮かんだのは、かつて"力の暴走"について語ったサイキ・ハンレンと、竜を出現させるまで雷の力を使いこなすカイム・ラリーだった。彼らは誰よりも、力の大きさについて知っている人物であると思ったサタラーは、空を覆った雷を目にした瞬時に、すぐに行動を起こしたのだった。
サタラーがここまでわざわざ訪れた意味を理解したのか、カイムはようやく口を開いた。
「俺は…六つ全ての力について、把握している訳ではありませんが…」
ゆっくりと話し始めたカイムを、黙って見詰めるサタラーは、無言で彼の話に耳を向けていた。
「雷の力については、六つの神々の力の中で、炎の力に並び、最も破壊的力が強く、力をむやみに上げすぎると、コントロールを失う、とても危険な力です」
カイムが、眉を顰めながら懸命に語る中、サタラーはふと「炎…」と呟く。
「はい。炎もまた、雷と同様の性質を持っています」
サタラーが炎に反応したのは、炎の力を宿す子供は"あの"闇の子だからだと、分かっていたが、カイムはあえてそれには触れず、話しを続けた。
「だから、雷の力を強めるには、自分のコントロール力と調節しながら、少しずつ上げて行くと言う手法をとらなけばなりません」
カイムが語る中、黄金の竜はカイムの頭上に向かい、サタラーの顔を静かに観察している。
「なのに、雷の子はコントロールする術も持たないまま、大きな力だけが宿ってしまいました。力が暴走してしまうのは、必然であったと思います」
カイムが昨日の力の暴走について語ると、サタラーは水を一口だけ飲んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「もし…力を宿す子供たちが、力をコントロールする事が出来なかったら、どうなる?」
サタラーは最悪の事態を想定して話しているようだ。だからこそ、カイムにわざわざ話しを聞きに来たのだろう。
「それは多分、心配ないかと…」
カイムが発言すると、サタラーは少し安心したように目を細くする。
「六つの神々の力は、ご存じの通り、三つの事を訓練しなければなりません」
カイムは真面目な表情を崩さず、低い声を響かせた。
六つの神々の力の訓練で取得すべきものの一つは、自分の中に宿る力が勝手に外に出ないように抑える事。二つ目は、外に出す力を調整する事。力のコントロールと呼ばれるものだ。そして三つ目は、外に出た力を消す事。
カイムは、眉を顰めながら、下を向きながら話していた。自分が行って来た訓練を思い出すかのように。
「もし、制御する力が足りないと、自らに宿した力に覆われ、死んでしまう事もあります」
下を向いて話し続けるカイム。
竜を出現させるほど、雷の力を訓練し続けたカイムは、自分に宿った雷の力を制御する事に大変苦労したようだ。
「神々の子供たちは、巨大な力を持ちながら、力を表に出さず、周りに被害もなく普通に生きています。それは力が制御されているからです。彼らは生まれた瞬間から、一つ目はできている」
カイムは、灰の力と水の力の二つの力を宿すシエルを一度見て、彼の頭を撫でながら話した。
「そして今回、六つの神々の力の中で最も制御する事が困難な力の一つ、雷が暴走したにもかかわらず、被害もなく消し去ることができました。訓練もしていない五歳の子供が、巨大な力を"消せた"のです。それができた時点で、類を見ないほどの、雷の力の、才の持ち主かと」
カイムは顔を上げ、サタラーを視界に入れた。サタラーは、目を見開いて彼を見ている。神々の子たちが持つ大きな力は、扱うのがそれほど難しいと聞き、驚いているようだった。
「"力を制御する事"、外に出た力を"消し去る事"ができている時点で、彼らは、力をコントロールできる器である事は確かです」
カイムがサタラーを真っすぐに見て話すと、彼は「話を聞きに来てよかった」と言った。
「全く! 信じられねぇ。そんな事も知らないのか。基礎中の基礎だぞ」
カイムの頭上に浮かんでいる黄金の竜は、驚いたように声を上げると「カミナリ敬語! それに、普通は知らないんだよ!」とカイムは焦ったように口を開いた。
今日初めて竜の声を聞いたサタラーは、一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になって笑い始めた。サタラーの横にいる二人は、目を丸くしながら固まっている。
「何がおかしい!」
笑い始めたサタラーに、かわいらしい声を響かせた竜に、カイムは怒った口調で「敬語!」と上を見上げて言っていた。
「いや、構わんよ。笑ってすまない。君を見てると和むもんでな」
サタラーは竜に向かって笑顔を向けた。
「そうかい! そうかい! サタラーさん。あんたが思ってるほど、神々の子達は、心配は、いらねぇってこった」
自分に笑顔を向けられて褒められたこがうれしかったのか、竜はご機嫌に声を響かせた。だが、注意する事を止めたカイムは、なぜか、真顔で竜を見ていた。
「ただな」
竜は口を開く。
カイムよりも、サイキよりも、誰よりも奇跡の子や神々の子の行く末を知る竜は、声を低くして言った。
「訓練だけはしなきゃダメだ。心配は、いらねぇが、放置していい力でもねぇ」
竜の言葉を聞き、サタラーの顔色が変わった。
0
お気に入りに追加
26
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる