光と闇

まこ

文字の大きさ
上 下
34 / 57
第三章 行く末

予測していた未来

しおりを挟む



 ユハンはコップに注がれた水を直視しながら、両手でコップを握り締めて持ち上げる。

 ヤンは「ありがとうございます」と、サイキにお礼を言いながら、ユハンの斜め向かいに腰を下ろした。

「おい、ちょっとずつ飲むんだぞ」

 水を飲もうとするユハンに、ヤンは慌てたように言った。

 コップを口元へ持って行こうとした手が、ヤンの言葉を聞いた瞬間ピタッと止まる。ユハンは一口だけ水を飲み、コップをテーブルの上に置いた。

「大分、言葉が分かるようになりましたね」

 ヤンはユハンの隣に腰を下ろしたサイキに言う。

「えぇ、覚えが早いようですねぇ~」

 相変わらずゆっくりと話すサイキは、ほほ笑んでユハンを見下ろしていた。ヤンもまた、ユハンを見下ろしながらコップに注がれた水を、一口、飲む。

 コップをテーブルの上に置いたと同時に、サイキに視線を移し「サイキさん、先程の空を見ましたか?」と言った。

「はい。すごい光でしたねぇ~」

 笑顔で言うサイキは、右手を頭に置き、自分の髪をつかむ。

 癖なのか、彼女は時折頭に手を置き、髪をつかむ事がある。真っすぐで癖のない髪質であるのにもかかわらず、いつもサイキの髪が跳ねているのはこのためだろう。

 長い黄土色の髪が無造作に跳ね、まるでくしを通していないかのようだ。髪を荒らしながら話すサイキの癖に、ヤンは当初、眉をしかめていたが、最近は慣れて来たようで、気に止める様子もなく話を続けた。

「どう思いますか」

 短い質問を投げかけたヤン。

「…………」

 少しの間、無言になったサイキは、頭に置いた手を下ろしてコップをつかんだ。

 水を飲むと「話し合いはされないかと思います」と、今までの話し方とは変わり、ハッキリとした口調で言った。

 サイキの言葉に目を丸くしたヤン。

「町の長たちは、サタラーさんの元へ集められるでしょうが、それは話し合いではなく、決定事項を伝えるためだと」

 落ち着いた声で言うサイキ。

「やはり神々の力でしたか。決定事項? まさかユハンのような事は…」

 ヤンは眉間にしわ寄せ、サイキを見つめた。彼もまた、かつて闇の子が幽閉される決定がくだされた事を思い出し、誤った判断を心配しているようだった。

「神々の子や奇跡の子を、幽閉するといった決定は"もう"くださないでしょう」

 サイキは手元にあるコップを見て話していたが、ゆっくりと顔を上げてヤンの目を見た。真面目な顔をした時のサイキは、相手を黙らせるほどの威厳を漂わせる。

「…………」

 彼女の言葉には、説得力が強く生まれ、相手に信頼を感じさせるのだ。

「町の長たちと話をした時、彼らの大きな力についても皆に話をしました。幽閉などで食い止められる力ではないと。全員が合意したのは力の大きさを訴えたためです」

 サイキはヤンを見ながら硬い口調で話し「何か決定が降りるとしたら、幽閉ではなくほかの手段でしょう」と続けた。

 サイキが各町を回り、闇の子を外に出す事の交渉をした結果、最大の議題は、彼らの巨大な力についてだった。神々の子や奇跡の子について、力の話しもし、サイキは長たちの考えを聞いていた。

「…ゆ、幽閉はないとしても、一体何が…」

 サイキの雰囲気に飲まれていたヤンは、懸命に声を出した。

「力を持つ子供たちが、いずれ自分の力の大きさを知る時が来ます。そうなった時、周りのすべき事は一つです」

 サイキは力強い口調で言う。

「その話し合いも、説得の際にして来ております」

 あまりにも雰囲気を変えて話す彼女の姿は、長たちよりも長らしく、煌々こうこうと輝きを放ち始めた存在を目にしたヤンは彼女を食い入るように見詰めた。

「説得の際に話し終えてるって…あなたは分かってたって言うんですか。いずれこうなるって事を?五年も前から?」

 ヤンは目を見開いてサイキを見る。

 彼女は、ヤンの動揺を目にしながらも、彼から視線を逸らさずに、力強くうなずいた。

「はい」

 ヤンはサイキを見ながら固まる。あらためて、彼女が"光の代表"と呼ばれ、人々から神と崇められる存在である事を再認識したようだった。

 サイキはヤンから視線を外し、ゆっくりと、左を向いてユハンを見下ろした。

「奇跡の子や神々の子たちに会って来ましたが、皆、普通の子供たちでした」

 ユハンはキョトンとサイキを見上げた後、いつもと違う彼女の雰囲気を察したのか、両手でコップを持って水を飲み、口を開く事はなかった。

「灰の子とユハンは、天才的頭脳を持っているようですが」

 サイキは落ち着いた口調で言ったが、彼女の言葉を聞いてヤンは眉をひそめた。

「神々の子たちは普通の子供たち…だったら、普通の子供に、神々の力を操る事なんて」

 ヤンはつぶやくように言い、何かに気付いたように、再び目を見開く。言葉を途中で止めたヤンに、再び視線を移したサイキは、無言で彼を見続けた。

「…それが、問題なんですね」

 ヤンが声を低くして言い、サイキは静かにうなずく。

「力をコントロールし始めていたのは、灰の子とユハンだけでした。他の神々の子たちは、コントロールする術をまだ身に付けてはいません」

 サイキはコップを手に取りながら言うと、水を一口だけ飲み「まぁでも、力をコントロールする事事態、何年も鍛錬を積んでやっとできる事。子供のうちからそれができる奇跡の子が、特別なんだと思いますが」と続けた。

「でも、あれだけ大きな力ですよ。コントロール出来ないとなると…」

 ヤンが言うと「力が時折暴走するでしょうね」と肩を上げてサイキは返事を返す。

 ため息をつくように、息をゆっくりとしたヤンは、窓の外を見詰めた。

 力の暴走が起こったため、空が光に包まれたのだろうと、ヤンはようやく理解したのだ。

「五年前から、分かってたんですね。闇の子の事、神々の子たちの力が暴走する事、そして、長たちがこれから下す決定も」

 落ち着いて話すヤンは、何も聞く事もなく、サイキの顔を見た。まるで、彼女が携わった長たちの決定を、信頼するかのように、彼は力強くサイキを見詰めた。

 これから広まるであろう決定事項は、サイキが説得に訪れた際に提案し、国中の長たちがうなずいたものだ。

 彼女が先の先を読んで話しをし、説得する姿を見た長たちは、どれほど目を丸くしただろうか。

「あなたはすごい人です」

 真顔で言うヤンの顔を見たサイキは、目を丸くして「いえいえ~、とんでもないです~」と頭に右手を当てて髪をつかみながら、左手で手を振って否定した。

「予想外の事もありましたし~!」

 いつもの口調に戻ったサイキは、ユハンを見て「ねー?」と言った。

 ユハンは、いつものサイキの口調を聞き、笑顔を見せて「ねー?」と真似をする。

 2人のやり取りに思わず笑みが零れるヤン。

 真面目な話が終わったと判断した瞬間、いつも変な口調に戻るサイキ。ヤンも慣れたのかその変わりように驚く事はなく、普通に笑い合っている。

「あ~そういえば~」

 頭に手を当てて話し始めたサイキは、ヤンの顔を見た。

「ギンハンのサタラーさんが2日後に来ると思うので~、ヤンさんも来ますか?」

 サイキは笑顔でヤンに言った。

 あまりに突然の誘いに、そして予想外の人物の名前に、ヤンは目を見開き、思わず「え?」と口にした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

婚約破棄ですか? 無理ですよ?

星宮歌
恋愛
「ユミル・マーシャル! お前の悪行にはほとほと愛想が尽きた! ゆえに、お前との婚約を破棄するっ!!」 そう、告げた第二王子へと、ユミルは返す。 「はい? 婚約破棄ですか? 無理ですわね」 それはそれは、美しい笑顔で。 この作品は、『前編、中編、後編』にプラスして『裏前編、裏後編、ユミル・マーシャルというご令嬢』の六話で構成しております。 そして……多分、最終話『ユミル・マーシャルというご令嬢』まで読んだら、ガッツリざまぁ状態として認識できるはずっ(割と怖いですけど(笑))。 それでは、どうぞ!

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました

お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。 その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?

Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」 私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。 さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。 ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...