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第三章 行く末
予測していた未来
しおりを挟むユハンはコップに注がれた水を直視しながら、両手でコップを握り締めて持ち上げる。
ヤンは「ありがとうございます」と、サイキにお礼を言いながら、ユハンの斜め向かいに腰を下ろした。
「おい、ちょっとずつ飲むんだぞ」
水を飲もうとするユハンに、ヤンは慌てたように言った。
コップを口元へ持って行こうとした手が、ヤンの言葉を聞いた瞬間ピタッと止まる。ユハンは一口だけ水を飲み、コップをテーブルの上に置いた。
「大分、言葉が分かるようになりましたね」
ヤンはユハンの隣に腰を下ろしたサイキに言う。
「えぇ、覚えが早いようですねぇ~」
相変わらずゆっくりと話すサイキは、ほほ笑んでユハンを見下ろしていた。ヤンもまた、ユハンを見下ろしながらコップに注がれた水を、一口、飲む。
コップをテーブルの上に置いたと同時に、サイキに視線を移し「サイキさん、先程の空を見ましたか?」と言った。
「はい。すごい光でしたねぇ~」
笑顔で言うサイキは、右手を頭に置き、自分の髪を掴む。
癖なのか、彼女は時折頭に手を置き、髪を掴む事がある。真っすぐで癖のない髪質であるのにもかかわらず、いつもサイキの髪が跳ねているのはこのためだろう。
長い黄土色の髪が無造作に跳ね、まるで櫛を通していないかのようだ。髪を荒らしながら話すサイキの癖に、ヤンは当初、眉を顰ていたが、最近は慣れて来たようで、気に止める様子もなく話を続けた。
「どう思いますか」
短い質問を投げかけたヤン。
「…………」
少しの間、無言になったサイキは、頭に置いた手を下ろしてコップを掴んだ。
水を飲むと「話し合いはされないかと思います」と、今までの話し方とは変わり、ハッキリとした口調で言った。
サイキの言葉に目を丸くしたヤン。
「町の長たちは、サタラーさんの元へ集められるでしょうが、それは話し合いではなく、決定事項を伝えるためだと」
落ち着いた声で言うサイキ。
「やはり神々の力でしたか。決定事項? まさかユハンのような事は…」
ヤンは眉間に皺寄せ、サイキを見つめた。彼もまた、かつて闇の子が幽閉される決定がくだされた事を思い出し、誤った判断を心配しているようだった。
「神々の子や奇跡の子を、幽閉するといった決定は"もう"くださないでしょう」
サイキは手元にあるコップを見て話していたが、ゆっくりと顔を上げてヤンの目を見た。真面目な顔をした時のサイキは、相手を黙らせるほどの威厳を漂わせる。
「…………」
彼女の言葉には、説得力が強く生まれ、相手に信頼を感じさせるのだ。
「町の長たちと話をした時、彼らの大きな力についても皆に話をしました。幽閉などで食い止められる力ではないと。全員が合意したのは力の大きさを訴えたためです」
サイキはヤンを見ながら硬い口調で話し「何か決定が降りるとしたら、幽閉ではなくほかの手段でしょう」と続けた。
サイキが各町を回り、闇の子を外に出す事の交渉をした結果、最大の議題は、彼らの巨大な力についてだった。神々の子や奇跡の子について、力の話しもし、サイキは長たちの考えを聞いていた。
「…ゆ、幽閉はないとしても、一体何が…」
サイキの雰囲気に飲まれていたヤンは、懸命に声を出した。
「力を持つ子供たちが、孰自分の力の大きさを知る時が来ます。そうなった時、周りのすべき事は一つです」
サイキは力強い口調で言う。
「その話し合いも、説得の際にして来ております」
あまりにも雰囲気を変えて話す彼女の姿は、長たちよりも長らしく、煌々と輝きを放ち始めた存在を目にしたヤンは彼女を食い入るように見詰めた。
「説得の際に話し終えてるって…あなたは分かってたって言うんですか。孰こうなるって事を?五年も前から?」
ヤンは目を見開いてサイキを見る。
彼女は、ヤンの動揺を目にしながらも、彼から視線を逸らさずに、力強く頷いた。
「はい」
ヤンはサイキを見ながら固まる。あらためて、彼女が"光の代表"と呼ばれ、人々から神と崇められる存在である事を再認識したようだった。
サイキはヤンから視線を外し、ゆっくりと、左を向いてユハンを見下ろした。
「奇跡の子や神々の子たちに会って来ましたが、皆、普通の子供たちでした」
ユハンはキョトンとサイキを見上げた後、いつもと違う彼女の雰囲気を察したのか、両手でコップを持って水を飲み、口を開く事はなかった。
「灰の子とユハンは、天才的頭脳を持っているようですが」
サイキは落ち着いた口調で言ったが、彼女の言葉を聞いてヤンは眉を顰めた。
「神々の子たちは普通の子供たち…だったら、普通の子供に、神々の力を操る事なんて」
ヤンは呟くように言い、何かに気付いたように、再び目を見開く。言葉を途中で止めたヤンに、再び視線を移したサイキは、無言で彼を見続けた。
「…それが、問題なんですね」
ヤンが声を低くして言い、サイキは静かに頷く。
「力をコントロールし始めていたのは、灰の子とユハンだけでした。他の神々の子たちは、コントロールする術をまだ身に付けてはいません」
サイキはコップを手に取りながら言うと、水を一口だけ飲み「まぁでも、力をコントロールする事事態、何年も鍛錬を積んでやっとできる事。子供のうちからそれができる奇跡の子が、特別なんだと思いますが」と続けた。
「でも、あれだけ大きな力ですよ。コントロール出来ないとなると…」
ヤンが言うと「力が時折暴走するでしょうね」と肩を上げてサイキは返事を返す。
ため息をつくように、息をゆっくりとしたヤンは、窓の外を見詰めた。
力の暴走が起こったため、空が光に包まれたのだろうと、ヤンはようやく理解したのだ。
「五年前から、分かってたんですね。闇の子の事、神々の子たちの力が暴走する事、そして、長たちがこれから下す決定も」
落ち着いて話すヤンは、何も聞く事もなく、サイキの顔を見た。まるで、彼女が携わった長たちの決定を、信頼するかのように、彼は力強くサイキを見詰めた。
これから広まるであろう決定事項は、サイキが説得に訪れた際に提案し、国中の長たちが頷いたものだ。
彼女が先の先を読んで話しをし、説得する姿を見た長たちは、どれほど目を丸くしただろうか。
「あなたはすごい人です」
真顔で言うヤンの顔を見たサイキは、目を丸くして「いえいえ~、とんでもないです~」と頭に右手を当てて髪を掴みながら、左手で手を振って否定した。
「予想外の事もありましたし~!」
いつもの口調に戻ったサイキは、ユハンを見て「ねー?」と言った。
ユハンは、いつものサイキの口調を聞き、笑顔を見せて「ねー?」と真似をする。
2人のやり取りに思わず笑みが零れるヤン。
真面目な話が終わったと判断した瞬間、いつも変な口調に戻るサイキ。ヤンも慣れたのかその変わりように驚く事はなく、普通に笑い合っている。
「あ~そういえば~」
頭に手を当てて話し始めたサイキは、ヤンの顔を見た。
「ギンハンのサタラーさんが2日後に来ると思うので~、ヤンさんも来ますか?」
サイキは笑顔でヤンに言った。
あまりに突然の誘いに、そして予想外の人物の名前に、ヤンは目を見開き、思わず「え?」と口にした。
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