光と闇

まこ

文字の大きさ
上 下
33 / 57
第三章 行く末

闇の子の成長

しおりを挟む



───・・・


 ミウンタのバッハタウンに住むサイキ・ハイレンが、空を駆け巡った光を見たのは、いつものように料理を作るため、井戸の水をみに出た時の事だった。

「…………」

 消えて行く雷を、目を細めて見ていた彼女は、言葉を発する事もなく、無言で家に入って行く。

 家の中には、小さな女の子が、窓を見詰めて目を丸くしている姿がある。サイキが家に入って行くと、小さな女の子は、目を丸くしたままサイキに視線を移し、窓の外を指した。

「あに?あれ」

 小さな女の子は、まだ発音が覚束無おぼつかないが、"なに?あれ"と言っているようだ。

 サイキが闇の子を外に連れ出し、一緒に住み始めてから、二週間ほどたっていた。

 窓を指して目を丸くしている闇の子、ユハン・ハミットは、ミイラのようだった当初よりは、少し肌の血色が良くなって来ているようだ。まだ痩せ細ってはいるものの、体は少しずつ太り始めている。

 長過ぎるほど伸びきった髪は、サイキによって切られ、今はショートカットだった。

「雷の子の力だねぇ~」

 目を見開くユハンに、笑顔で答えるサイキ。

「かみゅなりのこのはから?」

 舌が回りづらいのか、ユハンは懸命にサイキのまねをして口を開く。

 意味は分かっていないようだが、サイキが笑顔で話すのを見た闇の子は、少し、落ち着いたようで、見開いた目を徐々に元に戻して行った。サイキと住み初めてからまだ二週間なものの、ユハンは大分慣れて来たようで、サイキとよく話すようになっていた。

「そうそう雷の子。でもね、心配しなくても大丈夫だよ」

 サイキは作った食事をテーブルに運びながら、優しい声を出す。テーブルに運ばれた食事を目にした瞬間、ユハンの顔からは笑みが零れる。

 ユハンは、食べる事や水を飲む事が大好きになっていた。家に来て、初めて水を飲んで食べ物を食べた瞬間から、ユハンは異様な量の水や食事をほしがった。彼女の希望通り上げていたら、一日中食べっ放し飲みっ放しだ。

 まるで今までの事を取り戻すかのように、無心で食事にがっつくユハンの姿を見ていたサイキは、この摂取量は逆に体を壊してしまうと思い、食事の量を制限する事を決めた。

 水はいくらでも飲んでもいいと言われ、ユハンはいつもコップを持っている。決まった時間に決まった量の食事を取る事を決められたユハンは、食事の時間になるといつも満面の笑みを浮かべた。

 先程は空を照らした光に驚いていたユハンだったが、テーブルの上を食事が並んで行くと、目を輝かせて身をよじっていた。

「ご飯! ご飯! ご飯! ご飯!」

 ユハンは椅子の上に座りながら、何度もお尻を浮かせて言葉を発した。彼女が一番に覚えた単語は"ご飯"だ。

 来た当初は椅子をつかみながらでしか座れない彼女だったが、今では背凭せもたれだけで、バランスを取る事ができるようになった。体に多少の筋肉が付いた証拠だ。だが、まだ立って歩く事も、背凭せもたれがなければ起き続けている事も出来ない。

 狭い空間で生きて来た彼女は、足を伸ばす事ができず、いつも膝を曲げてしゃがんでいるかのような姿勢で椅子に座る。サイキは、行儀が悪いと、何度か足を下ろす事をさせてみたが、バランスを取る事ができず、椅子から落っこちてしまう。

 サイキは寝る前に、彼女の足や腕をみながら、徐々に足を伸ばす運動をさせていた。

 ユハンは最初、彼女が自分の体をむのに首をかしげていたが、最近ようやく意図が分かって来たのか、自ら体を動かそうと行動し始めている。

 曲がった膝は、固まってしまいなかなか真っすぐ伸ばす事が難しいが、徐々にやわらかくなって来ているようにも見える。腕はよく動くようで、ご飯は自分の手で食べる事ができる。

「お、い、しい」

 テーブルに並ぶご飯を食べながら、ユハンは満足そうに頬を緩めていた。

 片言で話すユハン。

 闇の中に幽閉されている時、彼女が自らの声の存在を知ったのは最近の事。

 食べる事も水を飲むことも、話す事すらなかったユハンは、全く舌を使う事もなく育っていたためか妙に滑舌が悪い。食べ物もボロボロと零し、それを片付けるため、いつもサイキはユハンの隣で食事を取っていた。

 サイキはふと窓を見詰める。先程光った空を気にかけているのだろうか。そんな彼女の姿を見たユハンは、食べ物を口の回りに付けながら、キョトンとサイキの顔を見上げた。

「ど、ど、ど」

 何度も繰り返しながら、サイキに話しかけているユハン。

「…………」

 そんな彼女に優しい目を向けたサイキは、持っていた布でユハンの口の周りを拭いてあげる。

「もう少ししたら」

 優しい声を響かせながら、サイキは言う。

「お客さんが来るかもねぇ~」

 ユハンにとって、サイキの言う言葉は、ほとんどが理解出来ない事だった。

「おきゃ、く、しゃん?」

 不思議そうに言うユハンだったが、彼女は耳にした事は一語一句忘れない。

 その証拠にお客さんと言う単語を聞いて、思い浮かんだ顔に、笑顔を浮かばせたユハンは「ヤン、来る!?」と声を高くした。

 彼女の言葉を聞き、一瞬、驚いたように目を丸くしたサイキだったが、すぐに優しい顔に戻って「ヤンさんは来るよ~。でも遠くから違うお客さんも来ると思うなぁ~」と言った。

 サイキが闇の子を外に出した時に一緒だった青年、ヤンは、彼らがバッハタウンの家に住むようになってから、度々様子を見に来ていた。

 彼は、サイキたちに食べ物を持って訪れ、食卓をともにし、食べ終わるとすぐに帰って行く。

 彼が本当にサイキの下へ訪れたのは、光が空を覆ってからしばらくたってからの事だった。

 コンコンと、戸が鳴る音が響いたのは、ユハンもサイキも食事を済ませ、二人でのんびりとくつろいでいた時の事。

 ユハンに笑いかけて「ヤンさん来たね」とつぶやいたサイキは、「はーい!」と、言いながら戸に、向かい歩いて行った。

 サイキが戸を空けると、家まで走って来たのか息切れをしたヤンが、真面目な顔をして立っていた。

 ただならぬ彼の様子に、笑顔を崩す事もなく「お待ちしていました~。どうぞ~」と、ゆっくりと言うサイキ。

「……失礼します」

 満面の笑みで迎え入れられたヤンは、静かに家に入って行く。

「ヤン! こ、こん、にちは」

 椅子の上に膝を曲げて座っているユハンは、うれしそうに声を上げた。

「こんにちは」

 ヤンは優しく声を出し、ユハンを見てほほ笑んだ。

「どうぞ座ってください」

 コップに水を注ぎ、人数分、テーブルに置いたサイキは、落ち着いた声を響かせた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

処理中です...