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第二章 光の子と闇の子
初めてのご飯
しおりを挟む中に入っている肉や食物を手に取ったサイキは、食材を洗おうと水を掬う。
棚に置かれた包丁を手にして切った後、米も念入りに洗って水に浸した。
使った水は捨てずに取っておき、その町で作物を作っている人に渡すのがギンフォン国の決まりであり、渡した水は作物を育てるために使わられる。
食材を切り終えたサイキは、木でできた四角くふたのない箱に切った食材を入れ、水に浸してある米とそれを持って、外で火にかけるために歩き出した。
家から出て行く途中「ヤンさんも食べて行ってください」と言った。
「あ…え」
闇の子に釘付けになっていたヤンは、驚いたように顔を上げたが、サイキは彼の返事を聞く前に外に出てしまった。家族ではない他人に料理を振る舞うなど、どんなに親しい間柄でも、食材が少ないギンフォン国ではめったにない事だ。
「…………」
パタンと閉められた戸を見つめながら無言でいるヤン。
「うーあーしゃん」
ヤンは、闇の子が声を発するのを耳にし、再び彼女へ目線を向ける。
「あんしゃん」
闇の子はサイキが出て行った方を直視し、言葉にならない声を響かせている。
2人になった事で少し緊張しているのか、ヤンは体をこわばらせた。どんなにかわいい声を上げていたとしても、ミイラのような彼女の姿は、生きて話している事すら、現実味のないものだった。
「あうあーうあーあー」
まるで何か言っているかのように、懸命に喋り始めた闇の子。
「なんだ? どうした」
ヤンは闇の子が声を響かせる姿を見て質問すると、彼女はヤンに視線を移して「あうあー」と、さらに声を出し続けた。
ヤンを見た彼女はすぐに戸に視線を戻して声を上げる。
サイキが出て行った事で不安に思っていると捉えたヤンは「大丈夫。サイキさんはすぐに戻って来る」と言った。
「だいしーふない」
言葉が分からない彼女は不安そうに声を発し続ける。
ヤンはどうしたもんかと困ったように頭をかいた。
「はいきしゃんなーしぐね!」
闇の子を直視し続けるヤンは、闇の子が発する言葉に変化が起きている事に気付いた様子だった。
「…………」
沈黙し、彼女の言葉に耳を傾けるヤン。
「もだってはぬかわ。だいなーよ」
彼女は声を発し続けているが、まるで、何かを言っているようだった。
「あうがー! あー!」
無言で彼女を見つめ続けるヤン。
「俺たちのまねしているのか」
最初は「あーあー」としか言わなかった闇の子が、いつからか多くの発音を声に入れている事に気付いたヤンは、目を丸くして言った。
「お、お、おれたちのまねし、あーうえ」
途切れ途切れに声を発する闇の子が、自分の言葉をまねして言った事に驚いたヤンは、目を丸くして「うそだろ」と小さく口にした。
「おれたち、の、まね」
闇の子はヤンを見て再び同じ事を言うと、再び戸を見つめて声を上げた。どうやら意味までは理解していないようだ。
「おれ、たちーのなめ、あー! う」
サイキが家から出てってから、多くの声を発し始めた闇の子を目にし、ヤンは驚きながらも、すぐに眉を顰めた。
「どうしたんだ。何を言おうとしている」
彼はようやく気付いた。言葉を知らない彼女が、ヤンのまねをしながら、懸命に何かを伝えようとしている事を。
戸を見つめながら声を上げる闇の子。サイキが出て行ってから、何かを伝えようとしている。
ヤンは、眉をさらに顰めて、闇の子の背中に手を回して「落ちるなよ」と口にした。
サイキに告げに行こうと、椅子から立ち上がり、家を出ようと戸に歩き出した時、闇の子の声は止んだ。
ガチャ。
ヤンが戸に手を伸ばした時、サイキが帰って来たようで、戸は自動的に開いて行った。
「ヤンさん? どうしましたか?」
いい匂いを漂わせた食材を持ったサイキは戸の前に立っていたヤンを不思議そうに見ながら言った。
「あ…いいえ。闇の子の様子がおかしかったので」
「あうあ! ようす、が!」
ヤンの言った言葉をまねしながら、闇の子はサイキに向かい、叫ぶように声を発した。
「すごいですねぇ~。まねしています」
サイキは目を丸くして言い「匂いに反応しましたかねぇ?」と涼しい顔をしながら続けた。
「匂い…か」
ヤンは納得したように闇の子を見て呟いた。
どうやら、肉や野菜を焼きに、サイキが家を出た後、闇の子が声を上げ出したのは、食べ物を焼く匂いに反応していたようだ。
「生き続けられると言っても~、水も食べ物も、体はほしがっていたようですねぇ~。もうすぐできますから待っててくださいねぇ」
サイキはニコニコしながら闇の子を見て、台所へ行き、焼いて来た食材をお皿に入れ始めた。
ヤンは椅子にしがみついている闇の子の元へ戻り、落ちることのないように彼女の体に手を添えた。
徐々にテーブルに並んで行く料理。
ヤンの前にも何気なく置かれ「すみません。ごちそうになるつもりは…」と、ヤンは申し訳なさそうに口にした。
「今日はお世話になりましたのでぇ。今も手伝ってくださってますしねぇ?」
先程の凛とした雰囲気がうそのように、涼しい顔をして妙な話し方をするサイキを不思議そうな顔をして見ているヤンは「ありがとうございます…」と低い声で返した。
闇の子の前に出された料理は、お粥に細かく切った野菜やお肉が入っており、噛まなくても飲み込めるようなもの。
サイキは闇の子を膝の上に乗せて座り、ヤンは向かい側に腰掛けていた。お粥を黙って見つめている闇の子。
「はい、いただきまぁす」
サイキは笑顔で言い、闇の子に食べさせようと、スプーンにお粥を掬った。
ヤンは無言で野菜やお肉を摘んで食べ始め「そういえば」とサイキに話しかけた。
「闇の子は匂いしないですね。お風呂も入った事がないはずなのに」
ヤンは先程から、闇の子が無臭である事に違和感を感じていた。闇の子が幽閉されていた場所は、かつて大犯罪を犯した囚人が一時的に入る所だ。トイレがないため、排出物などは放置されており、出て来た囚人からは耐え難い悪臭が漂うのだ。だが、闇の子には、散らばった長い白髪にもゴミ一つ、付いていない。
「神々の力でしょうねぇ」
闇の子にご飯をあげながら、呟くように言うサイキ。
一口、食べた闇の子は、食べる物だと認識した瞬間、スプーンであげる度に夢中で飲み込んでいた。
「闇の子は神々の力の一つ、炎の力を持っていますからねぇ?」
サイキはゆっくりと、闇の子にご飯を上げながら言う。
「神々の力の不老不死の力は、病原菌などが付かないように常に体や周りが清潔に保つ力もあるようです。闇の子がいた部屋には汚物などは一つもありませんでしたので~その力が働いたのかもしれませんねぇ」
サイキの言葉を聞いたヤンは、顔を上げて目を丸くした。
「炎の力で、闇の子は死ぬ事も病気する事もなかったと?」
ヤンが言うと、サイキは闇の子を見下ろしてほほ笑みながら口にした。
「えぇ、そうでしょうねぇ。神々の子たちの一人、"雷の力"を宿す子供の家にお世話になった事があります。またやんちゃな子で、泥だらけになって遊んだり、けがが絶えない子でしてねぇ~」
サイキは笑いながら言い、ヤンの顔を見た。ヤンは食べながら黙ってサイキの話を聞いている。
「"雷の子"は1日3回ほど、黄色い氷のような塊に覆われてましたぁ~。塊はすぐに砂になって宙に消えるんです! 黄色い塊が消えた後は、体の汚れは消え、けがは傷口も残さず治ってるんですよ」
楽しそうに話すサイキだったが、ヤンは目を見開き「それが不老不死の力…」と呟くように言った。
「炎の力を持つ闇の子が、清潔に保たれてるのは、神々の子たちを見れば説明できます。お風呂に入るよりも奇麗になるみたいですよ。うらやましいですねぇ~」
サイキが笑顔で言う中、いつの間にか、お粥が入っていた茶碗は空っぽになっていた。サイキは自分の分を食べ始め、ヤンに笑顔を向ける。
ヤンは小さくゲップをしている闇の子を視界に入れ「すごい能力ですね。名前はどうするのですか」と最後はサイキの顔へ視線を向けて言った。
「もう決まっていますよ~」
またも涼しい顔をして言うサイキ。
彼女は、妙に優しい口調で「彼女が生まれるずっと前から」と続けた。
「え?」
サイキの言葉に、食事を取る手を止めたヤンは、不思議そうに彼女を見ながら言った。
「会ってきました。闇の子の母親に」
サイキはご飯を口に入れてもぐもぐしながら言う。
「…………」
無言になったヤンは、目を伏せながら静かに呟いた。
「……ハミットさんに、会ったのですね」
───・・・
──・・
─・
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