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序.三千世界の
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序.三千世界の
或いは目が死んでいる護衛、ざんねんな生物について語る。
常々思うのだが、この世には理想像と実像が激しく乖離するものが多すぎないだろうか。
たとえばこの店のスープ。
牧歌的な田舎のその先にあるうらぶれた町の名物である。
『理想郷の雫』という名称で、一滴飲めば疲れが吹き飛び、一口で上級回復薬の効果が現れ、木椀一杯飲めば天国まで昇天してしまうという謳い文句のこの町一番の名産品として有名なものらしい。
飲んでみたところ、うわぁ、味にえぐみがあるしクズ野菜使っているし、これって道中の川で見た魔力タニシが入っているんじゃないかなって思うようなスープだけれど、町で唯一の宿屋兼食堂ではひっきりなしに注文されているスープである。
周りの旅人も皆そろってこのスープを啜っている。
「なんだこのまずいスープは」
夕食時の賑やかな場が瞬時に凍る。
周りの旅人もこれが噂のスープ? そんなに美味しいとは感じないけれど、ご利益があるのなら……と神妙な面持ちで飲んでいる最中、これである。
この、空気の読めない言動…である。
周りから浮きすぎなほどに優雅な動作でスープをすすり、開口一番にこの言動をした青年は、黙っていれば至高の彫刻のような美貌の持ち主だというのに、この空気の一切読めない言動に残念な気持ちしか湧き上がらない。
「勘弁してくれ、坊ちゃん……」
「この店では客人にこんなヘドロのようなまずいスープを飲ませるのか? おい、グレイブ。この私によくもこんなものを飲ませたな」
「噂の『理想郷の雫』が飲みたいって駄々こねて、旅路を大幅にずれてでもここに来たのは坊ちゃんのためでしょうが……」
「こんなにまずいとは聞いていない! この私に対して不敬である!」
はあぁぁぁと頭を抱える。
店の親父さんとか包丁片手に青筋立ててるじゃないか……!
「坊ちゃん、あのね、お忍びの旅なんですよ。一応これでも。あまり角を立てないでいただきたいものなんですが……」
「まずいものをまずいといって何が悪いのだ? なぜお前風情の民草に小言を言われなければならないのだ! この私にまずいものを飲ませてしまいお詫びに自決いたします、と言ってもいいような不敬だぞ?」
あああああ親父さんが包丁二本持ってきてシャリシャリとこすり合わせている!!!
このクソ坊が……!!!
「コホン、坊ちゃん。良薬口に苦し、と言いますでしょう? この苦味に含まれるえーとなんかとても素敵な成分がすっごく体にいいんですよたぶん! この辺りも魔素の影響で食べられる物自体少なくなっていますからね。その中でこのような素敵成分によってこう、元気になっちゃう感じの食べ物ってすごくありがたくてご利益がある感じなんですって! きっと!」
まったくフォローにはなっていない。
自分で言っていて頭を抱えてしまうような頭の悪い説明だ。
しかしこのクソ坊はきっと……。
「ふ……この苦味に素敵成分が溶け出しているのだな! まずいが仕方がない。元気になるのならその恩恵にあやかろうではないか! はははっ」
とても残念な頭の持ち主だからきっとごまかされてくれるはず。
思った通り過ぎてチョロい…チョロすぎるぞクソ坊……。
顔をしかめながら綺麗な動作でスープを上品に啜る美貌の青年に、深いため息を吐きながら、自分もまずいスープを啜る。
アルステラ金貨300枚との破格の報酬に釣られてこの仕事を引き受けたが、早まったかもしれない。
と、まだ引き受けてひと月しか経っていないのに色々と濃すぎて疲弊する護衛の仕事について、本日12回目の後悔をしたのだった。
さて、このクソ坊…じゃなかった。この護衛対象の青年。
その顔は神が作りし至高の美貌、歩けばしゃなりと鈴が鳴るようなたおやかさ。しゃべれば無残。中身は残念無念、見た目だけ最上級品の青年である。
腰まである長い髪は美しい白髪。瞳はファイアルビーのような輝くほどの紅玉で、しゃべらなければ誰もがひれ伏したくなるような美貌の持ち主である。
彼はアルステラ帝国の第12皇子にして、生まれた時に託宣を受けた神の使徒たる神子だそうだ。
俺は傭兵としてアルステラ帝国の宰相に、この青年を“神代の神殿”まで送り届けるという依頼を受けた。
アルステラ金貨300枚なんて大金、傭兵として生計を立てる俺の年収金貨12枚からすれば破格の報酬だ。
“神代の神殿”までの道中、魔素の濃い地域を通る必要があり、魔物に襲われる危険性などを鑑みても大変な仕事であることは間違いない。
けれども、同業者の中でもある程度名の知られている俺ならば、華奢な青年一人守り届けるなんて訳もない。
なんて思っていた時期もありました。
この神子様とやらと歩いて3秒で後悔したけれど。
「お前が私の護衛か? 死んだ家畜の目をしているな。私の目が腐る。視界に入らないところで呼吸を止めていろ」
……俺は、友好的に、護衛対象に話かけたんだけどね。
さすがに……死んだ家畜の目は……ちょっと心が削れる。
金貨300枚の意味を一瞬で理解した。
普通そんな神子様を神殿にお連れするなんて名誉な仕事、傭兵なんかに頼まないじゃないデスカ。
誰も…誰も護衛をやりたがらなかったのね……。
どうやらこのクソ坊。
この美貌と託宣の神子、尚且つ帝国の(末弟とはいえ)皇子ということもあり、皇帝に妃に兄姉の皇子皇女にでっろでろに甘やかされて育ったらしい。
普通ならば皇子として学ばされる帝王学やらの学問についても、『神子はお勉強したら眠くなっちゃうのか~いいよいいよ神子は生きているだけで尊いでちゅよ~』ってぐらいに免除されていたらしい。
こうして自分至上主義かつ傲慢かつポンコツという、たいそうざんねんな生物が形成されてしまったようなのだ。
「ふんっ貴様のような民草が、私のような至高の存在を護衛できることに泣きながら感謝するがいい! 私は神の代弁者だ! 私のために道を捧げろ! 私の祈りが世界を救うのだ! 私を崇め奉れ!」
3秒で後悔したよね。
金貨300枚のうち270枚ぐらいが心労に対しての労い金だよね。
この先神殿までずっとこのクソ坊のお世話をしないといけないなんてって。
宿を取れば宿が質素すぎるだのベッドが硬いだの枕が変わると眠れないだの。
森の中でクソ坊を庇って魔獣と戦えば、やれ魔獣の血がこちらに飛んだだの木の枝が髪に引っ掛かって取れないからはやくどうにかしろだの。
「は? 私のような至高の存在に仕えられることに感謝こそすれ、賃上げ交渉とはどういうことだ? 私の! この私の美しい姿を見て尊さに震えるがいい! それがお前への慰めとなるだろう!」
ならねーよ。
一切、なんの、慰めにもならねーよっ!!!
ただ、唯一……このクソ坊に唯一救いとするならば。
「なに!? 宿が一部屋しか取れないだと!? この雑草と一緒の空間で寝れるわけがないだろう!! 無礼な!! すでに埋まっているならば空けさせろ! 私は! 私は神子であるぞ!!」
「あー、俺なんか今一人部屋で寝たら寂しくて病気になっちゃいそうな感じがするので一緒の部屋だと嬉しいですねー」
「ふ……そこまで死んだ魚の目の傭兵が言うのならば致し方がない! この至高なる存在に大いに感謝し崇め奉れ! 一緒の部屋で眠ってやろう!!」
「てことで亭主、一部屋でお願いしまーす」
ものすごくチョロイのだ。
チョロい、チョロ神子すぎるのだ。
あまりの傲慢さに殴りてぇ!!!って一日に何十回も思うけれど、純粋培養の馬鹿。いや、純真無垢な良いところの坊ちゃん気質もあるので、下手に出れば一発なのだ。
これ世に出たら2秒でカモられて身ぐるみはがされて売られちゃいそうだよな…。
そんな彼との旅も4か月が過ぎ、神殿への旅路も残すところあと半月といったところだろうか。
……いや……あの……本当なら神殿って2ヵ月ぐらいでつく場所なんですけどね……くそ坊があれやこれやと駄々こねて寄り道とかするからほんと……。
ここまでたどり着くまでも、長い道のりだった……心的な意味で。
魔素がだんだんと濃くなっていき、強い魔物が出現する森で野営しながら、あまりにも濃すぎた日々を思い返す。
「坊ちゃん、この辺りまでくると野生動物も少なくなってくるので、狩りは難しいです。保存食のあぶった干し肉と黒パンで勘弁してください」
「嫌だ! 硬いしまずい! もっとましな食事はないのか? 温めたワインも所望する!!」
「……あー、この干し肉俺が普段食べているものよりもお高いお肉なんですよね~。ワインの代わりに豆を入れたスープがあるので、パンはそれに付けて食べるとやわらかくなるんですよね~食べてくれたら嬉しいのになぁ」
「ふん! グレイブが食べてもらいたいと懇願するのならば仕方がない! 食べてやろう! あ、干し肉はスジが入っていないところだぞ。一番美味しいところを渡せよ?」
いや、本っっっ当に俺よくぞここまで我慢してきたよね!!?
食事が終わり、薪の番をする。
神子はすでに毛布に包まり横になっている。少し寒いだろうと俺の皮のマントもその上からかけてあげた。
もぞもぞと動いているところを見るとまだ起きているようだ。
「坊ちゃん、寒くないですか? だいぶ魔素が濃くなってきましたよね。体調とか大丈夫ですか?」
「ああ! なぜか逆に体調がいいぐらいだ! すこぶる元気だぞ! はしゃいでうっかりお前に渡されたマントを破いてしまったぐらいだ!」
「んんああああ! 俺の一張羅のマント!!! ……はぁ、まあいいや。坊ちゃんが元気ならそれでいいですよ」
「……グレイブ、随分と遠くまで来たな」
「ええ、“神代の神殿”はこの深い森を越えた先です。間もなく着きますよ」
「ふふ、楽しみだ。民草よ、待っていろ。私の祈りが神に届けば、魔物に怯えることもなくなる!」
「坊ちゃんは……嫌になることはないんですか?」
「何がだ?」
「だって、坊ちゃんの肩に世界の救済が掛かっているってなかなかのプレッシャーでしょう」
「何を言っている? 神子として生れ落ちたときからの私の使命だ。私だけしか成し得ないことだぞ。この私が祭壇で祈りをささげるだけで数十年は魔物の脅威が去るのだ。神子としてそのためならばこのような旅も厭わない!」
「え、すごい使命とか感じてたんだ……坊ちゃんがまともなことを言うなんて……」
「ふっ私の言葉は神の代弁。普段の言葉ですら下賤なものには理解できないかもしれないな!」
「すげぇポジティブに返すじゃん……」
魔素が濃くなり魔物が増殖し過ぎると、託宣により神子が生まれる。
神子が“神代の神殿”で祈りを捧げると魔物が消え世界に一時の平和が訪れる。
数百年に一度の奇跡。民は語り継ぐ……神子の奇跡を。
「まぁ、坊ちゃんがそういうのならあと少しの旅路、頑張りましょうね」
「…………ジーンだ」
「ん?」
「ジーン・ボクス・アルステラ。私の名を呼ぶ名誉をグレイブに与えよう」
「ジーン…ボクス…坊ちゃんですか……」
「ふふ、良い名だろう? 代々神子に付けられる名だ。神から授けられたものだと伝え聞いている。敬え! 崇拝しろ!」
「へぇ、さすが神様が付けそうな名前ですね」
「ふふふ、恐れ入ったか! あまりの尊さに泣きじゃくるがよい! 私も25年生きてきたが、この名を呼ぶのを許したのは家族だけだ。その名誉を誇るがよい!!」
「は!? 25!!!??」
「ん? 反応するのはそこなのか??」
「え、は、ちょっ坊ちゃん17歳ぐらいじゃないの!? いや精神年齢的にはイヤイヤ期の3歳児ぐらいかもしれないけれど、え!!? 25!? 25年も生きてきて、そこまで脳みそプルプルで皺一切ないほどの知能なの!?」
「ふっよくわからないが褒められている気がする!」
「褒めてねーよ!! うっそだろおい……今まで子ども……赤ちゃんの言うことだからムカついても我慢我慢って思ってたのに……木ですら年輪という形で生き様を刻むのに、25年も生きてきて何にも刻んでねーじゃねーかこのクソ坊……」
「何物にも影響されない唯一の存在! それが私である!」
え、スプーンより重いものは持てない!って自分の荷物すら持つことを拒否した出発時以上にびっくりしたんだが!!
華奢で小柄……少年のような青年だと思っていたけれどもまさか25とか……。
うわぁ……ざんねんな生物過ぎるわ……。
そんな衝撃がありつつも旅を続け森の深層まで入っていくと、苔に覆われた遺跡を発見した。
だいぶ朽ち果てているように見えるけれど、こういった遺跡は中が無事なことも極稀にある。
「坊ちゃん、今日はここで夜露を避けましょう。この形状の古代遺跡なら魔物も入ってきませんし、上手くすれば古代技術が生きているかもしれませんよ」
「ふむ、よくわからないが任せた!」
「はいはいっと。あー、すごいな……ここまで完全な形で残されている遺跡は初めてだ。盗掘の跡もないし。あー、あれかな。魔素の濃い地域だから盗賊もここまで入ってこないのか……よっと解除に成功しましたよ」
遺跡の解除に成功すると、中は白すぎるほどの白壁の通路が続いていた。
「ほう、見た目以上に綺麗なのだな」
「これはアタリかもしれない。ちょっと中を調べてきますので坊ちゃんはここで待っていてください。あ、このボタンとかは絶対に押さないでくださいよ」
「わかった! 押さなければいいのだな! 任せておけ!!!」
「絶対に押す気満々でしょう!! 指をボタンに乗せるな!! あああもう! 一緒に行きましょう! 残しておいた方が不安だ!」
通路を抜け扉を解除すると、広い空間に出る。
「な、なんだここは!!」
さすがの坊ちゃんも遺跡の中を驚いたように見渡す。
「へぇ、すごい。旧世代の人々が使っていた保護施設のようですね。やったぜ、完全な形で動力が残っている。わ、水も出るのか!」
「水が!? 近くの井戸から引いている……にしてもすごいな。どうやっているのだ?」
「魔法……みたいなものですかね。あー、これならいけるいける。ちちんぷいぷいっと。管理者権限を移せたのでこの施設が使えますよ」
「グレイブ、お前魔法が使えるのか?」
「あー、俺は魔物退治専門ですが、俺たち墓守……って傭兵団は旧世代の遺物の扱いに長けた者もいますからね。昔遺跡発掘専門の傭兵に教えてもらったことがあるんです」
「ふーん、よくわからないがでかしたぞ!」
坊ちゃんは部屋の中にあったソファーが気に入ったのか、はしゃぎながら座っていたので、その間に施設内の捜索をする。
保護施設として最低限のものはすべて揃っていて、森の奥深くだというのに風呂場や調理場所、寝室なども完備されていた。
「うーわ、すごいな……簡易生成できる施設も整っているのか……。旧世代の遺跡の中でも最も文明が栄えていた時代のものじゃないか……」
中央の部屋に戻り色々と操作してみるが、俺の持つ知識でもギリ……いや、かなり無理をして稼働領域を増やしていく。
「グレイブ、喉が渇いた。お腹もすいた。歩き疲れたし足を揉め、あと体の汚れを落としたいから湯を沸かせ」
「一切配慮のない命令! さすが坊ちゃん!」
鬼かな。
「なんだこの遺跡は! なんでも揃っているではないか!!」
風呂では温水も出たので、浴槽らしきものもあったのでそこに浸かってもらった。
ぽかぽかになった神子はほんのりと頬に赤みがさしていて、きゃっきゃとはしゃぎながら髪を乾かせと命令してくる。
持っていた携帯食料を生成施設に入れると、同等の質量の食事に変換された。
味も坊ちゃんは気に入ったようで、俺の分まで強奪する勢いだった。
「この部屋の寝具は今まで使ったことが無いほどにふかふかだな。お、見てみろ。この部屋の窓に外の景色が映っている。若木に魔雀がたかっているぞ」
「いえ、遺跡の広さからすると、その窓は実際の窓ではなく、外の景色を映し出しているようですね」
「ふーん、何でもできるんだな! よし、髪も乾いたし、眠るとしよう。あ、グレイブ、お前はそこの床の隅な」
「慈悲もない!! ベッドもう一つあるのに!!!」
ほんとこのクソ坊はブレない。
「まさかこのような柔らかな寝具で眠ることができるなんて! 神殿までは野宿だと思っていたからな、非常に嬉しいぞ」
「そうですね……こんな遺跡が残されていたとはびっくりです」
「神殿までいけば、私は神子として敬い崇め奉られるからな。お前がこの崇高なる神子に仕えられるのはもう少しなのだ。だから、大いに私に仕えろ! 敬え! 崇拝しろ!」
「ブレないな……ちょっと調べたいことがあるので、少し席を外しますよ」
なんか子守歌を歌えとか柔らかな風を扇げとか色々と後ろで言っていたが、気にせず扉を閉じる。
ひんやりとした廊下を歩きながら、考える。
間もなく“神代の神殿”。
あと少しでこの仕事も終える。
けれども…この4か月の長い旅路を想う。
長かった、あまりにもいろいろなことがありすぎた。
殴りたい! この笑顔!って思うようなことばかりだ。
けれども、その旅もあと少しで終わる。
あのお綺麗で空っぽな神子様を。
その空洞に敷き詰めた神子としての使命を。
あの自己至上主義で傲慢な…けれどもポンコツな神子の唯一の願いを。
ここで、ねじ伏せてしまったら。
祭壇で祈りを捧げる…その使命を奪ってしまえば……。
暗い…今まで生きてきた中で最も暗い衝動が沸きあがる。
「ここまで条件の揃っている場所なんてない。散々……我慢してきたんだ。受けた報酬では割に合わないほどに。……少しぐらい、俺だって報酬を貰ったっていいじゃないか」
そう、暗い願いを意識した瞬間……やるべきことが見えてきた。
俺はそれを叶えるために、長い白い廊下を靴音を立てて歩いて行った。
「んん!! 良い朝だな。ふかふかの寝具でぐっすりと眠れたぞ」
「それはよかったですね、坊ちゃん」
「なんだ、お前は一睡もできなかったのか? 死んだ目がさらに死んでいるぞ」
「はははっちょっと所用でね」
いつものように坊ちゃんに服を着せて、食事を作る。
「う! 旨い…なんだこの料理は!!」
「生成施設に同等の質量のものを入れると、調味料やら香辛料に変換できましたのでね。わりと凝ったものを作れましたよ」
「私にもそのせいせいしせつ、とやらは使えるのか?」
「この遺跡内にいる者は使用できるみたいですね。あとで使い方を教えます」
後片付けなどをして、準備をする。
坊ちゃんもぷらぷらと探索しながら、これは何だあれは何だと逐一聞いてくるものだから、その度に手を止めて説明をする。
「ふむ、すばらしい施設だったな! また寄りたいものだ」
「ずっとここにいてもらっても構わないですよ」
「ふふん、面白い冗談を言う。名残惜しいが神殿に向かうとするか。もう少しなのだろう?」
「距離的にはもう少しですが……そうですね。あなたの旅はここで終わりです」
「ん?」
坊ちゃんはコテンと首をかしげて、何を言われたかわからない顔をする。
「ジーン・ボクス・アルステラ坊ちゃん。坊ちゃんは神殿へ行けません。あなたの旅はここで終わるのです」
施設の所有者権限で、俺以外の生物の出入りを一定期間制限する。
これで魔物が間違えて入ってくることもないし、中から出ていくこともできない。
「坊ちゃん、これから坊ちゃんにはこの遺跡に居てもらいます。さっきうろちょろしていたときに、使い方は説明しましたね?」
「な、なにを言っているのだ……?」
「あと、この潤滑油……ローションですが、大量に複製しておきました。これからたくさん使うので、無くなったら生成装置で複製してくださいね」
「私は……私は神子で…神殿で祈りを……」
普段なら折れるしこんな言い方をしない俺の口調に少しびびっているのか、坊ちゃんは言葉を途切れがちに紡ぐ。
「坊ちゃん、これからあなたには毎日、身体の中まで洗浄をしてもらいます。俺の……一部を坊ちゃんにねじ込みますので、綺麗にしておいてくださいね」
「おい、グレイブ! 命令するなんて! ぶ、無礼だぞ! 私を誰だと思っている! 私は神の代理たる神子だぞ!」
「知っています。ですが、この施設での生殺与奪権は俺が握っていますので、俺の言うことを聞いてもらいます。いい子にしていたら解放しますので……そうですね、100日間程度でどうでしょうか」
「おい、お前……正気か?」
「ええ。これは、決定事項です……だから、怪我してほしくないからお願いしているんですよ」
怯えて震えている彼の腹部に手を当てる。
「あなたの腹の中のここまで、俺の一部を捩じ込みます。あなたは小柄ですし、俺のでしたら臍の上あたりまで届くでしょうね。拒否権? ありませんよ。絶対です。絶対に……ねじ込みます。毎日洗浄と拡張を必ずしてくださいね」
俺は……俺の暗い願いのために、神の使者……傲慢で無垢な神子を……徹底的に穢すことにした。
或いは目が死んでいる護衛、ざんねんな生物について語る。
常々思うのだが、この世には理想像と実像が激しく乖離するものが多すぎないだろうか。
たとえばこの店のスープ。
牧歌的な田舎のその先にあるうらぶれた町の名物である。
『理想郷の雫』という名称で、一滴飲めば疲れが吹き飛び、一口で上級回復薬の効果が現れ、木椀一杯飲めば天国まで昇天してしまうという謳い文句のこの町一番の名産品として有名なものらしい。
飲んでみたところ、うわぁ、味にえぐみがあるしクズ野菜使っているし、これって道中の川で見た魔力タニシが入っているんじゃないかなって思うようなスープだけれど、町で唯一の宿屋兼食堂ではひっきりなしに注文されているスープである。
周りの旅人も皆そろってこのスープを啜っている。
「なんだこのまずいスープは」
夕食時の賑やかな場が瞬時に凍る。
周りの旅人もこれが噂のスープ? そんなに美味しいとは感じないけれど、ご利益があるのなら……と神妙な面持ちで飲んでいる最中、これである。
この、空気の読めない言動…である。
周りから浮きすぎなほどに優雅な動作でスープをすすり、開口一番にこの言動をした青年は、黙っていれば至高の彫刻のような美貌の持ち主だというのに、この空気の一切読めない言動に残念な気持ちしか湧き上がらない。
「勘弁してくれ、坊ちゃん……」
「この店では客人にこんなヘドロのようなまずいスープを飲ませるのか? おい、グレイブ。この私によくもこんなものを飲ませたな」
「噂の『理想郷の雫』が飲みたいって駄々こねて、旅路を大幅にずれてでもここに来たのは坊ちゃんのためでしょうが……」
「こんなにまずいとは聞いていない! この私に対して不敬である!」
はあぁぁぁと頭を抱える。
店の親父さんとか包丁片手に青筋立ててるじゃないか……!
「坊ちゃん、あのね、お忍びの旅なんですよ。一応これでも。あまり角を立てないでいただきたいものなんですが……」
「まずいものをまずいといって何が悪いのだ? なぜお前風情の民草に小言を言われなければならないのだ! この私にまずいものを飲ませてしまいお詫びに自決いたします、と言ってもいいような不敬だぞ?」
あああああ親父さんが包丁二本持ってきてシャリシャリとこすり合わせている!!!
このクソ坊が……!!!
「コホン、坊ちゃん。良薬口に苦し、と言いますでしょう? この苦味に含まれるえーとなんかとても素敵な成分がすっごく体にいいんですよたぶん! この辺りも魔素の影響で食べられる物自体少なくなっていますからね。その中でこのような素敵成分によってこう、元気になっちゃう感じの食べ物ってすごくありがたくてご利益がある感じなんですって! きっと!」
まったくフォローにはなっていない。
自分で言っていて頭を抱えてしまうような頭の悪い説明だ。
しかしこのクソ坊はきっと……。
「ふ……この苦味に素敵成分が溶け出しているのだな! まずいが仕方がない。元気になるのならその恩恵にあやかろうではないか! はははっ」
とても残念な頭の持ち主だからきっとごまかされてくれるはず。
思った通り過ぎてチョロい…チョロすぎるぞクソ坊……。
顔をしかめながら綺麗な動作でスープを上品に啜る美貌の青年に、深いため息を吐きながら、自分もまずいスープを啜る。
アルステラ金貨300枚との破格の報酬に釣られてこの仕事を引き受けたが、早まったかもしれない。
と、まだ引き受けてひと月しか経っていないのに色々と濃すぎて疲弊する護衛の仕事について、本日12回目の後悔をしたのだった。
さて、このクソ坊…じゃなかった。この護衛対象の青年。
その顔は神が作りし至高の美貌、歩けばしゃなりと鈴が鳴るようなたおやかさ。しゃべれば無残。中身は残念無念、見た目だけ最上級品の青年である。
腰まである長い髪は美しい白髪。瞳はファイアルビーのような輝くほどの紅玉で、しゃべらなければ誰もがひれ伏したくなるような美貌の持ち主である。
彼はアルステラ帝国の第12皇子にして、生まれた時に託宣を受けた神の使徒たる神子だそうだ。
俺は傭兵としてアルステラ帝国の宰相に、この青年を“神代の神殿”まで送り届けるという依頼を受けた。
アルステラ金貨300枚なんて大金、傭兵として生計を立てる俺の年収金貨12枚からすれば破格の報酬だ。
“神代の神殿”までの道中、魔素の濃い地域を通る必要があり、魔物に襲われる危険性などを鑑みても大変な仕事であることは間違いない。
けれども、同業者の中でもある程度名の知られている俺ならば、華奢な青年一人守り届けるなんて訳もない。
なんて思っていた時期もありました。
この神子様とやらと歩いて3秒で後悔したけれど。
「お前が私の護衛か? 死んだ家畜の目をしているな。私の目が腐る。視界に入らないところで呼吸を止めていろ」
……俺は、友好的に、護衛対象に話かけたんだけどね。
さすがに……死んだ家畜の目は……ちょっと心が削れる。
金貨300枚の意味を一瞬で理解した。
普通そんな神子様を神殿にお連れするなんて名誉な仕事、傭兵なんかに頼まないじゃないデスカ。
誰も…誰も護衛をやりたがらなかったのね……。
どうやらこのクソ坊。
この美貌と託宣の神子、尚且つ帝国の(末弟とはいえ)皇子ということもあり、皇帝に妃に兄姉の皇子皇女にでっろでろに甘やかされて育ったらしい。
普通ならば皇子として学ばされる帝王学やらの学問についても、『神子はお勉強したら眠くなっちゃうのか~いいよいいよ神子は生きているだけで尊いでちゅよ~』ってぐらいに免除されていたらしい。
こうして自分至上主義かつ傲慢かつポンコツという、たいそうざんねんな生物が形成されてしまったようなのだ。
「ふんっ貴様のような民草が、私のような至高の存在を護衛できることに泣きながら感謝するがいい! 私は神の代弁者だ! 私のために道を捧げろ! 私の祈りが世界を救うのだ! 私を崇め奉れ!」
3秒で後悔したよね。
金貨300枚のうち270枚ぐらいが心労に対しての労い金だよね。
この先神殿までずっとこのクソ坊のお世話をしないといけないなんてって。
宿を取れば宿が質素すぎるだのベッドが硬いだの枕が変わると眠れないだの。
森の中でクソ坊を庇って魔獣と戦えば、やれ魔獣の血がこちらに飛んだだの木の枝が髪に引っ掛かって取れないからはやくどうにかしろだの。
「は? 私のような至高の存在に仕えられることに感謝こそすれ、賃上げ交渉とはどういうことだ? 私の! この私の美しい姿を見て尊さに震えるがいい! それがお前への慰めとなるだろう!」
ならねーよ。
一切、なんの、慰めにもならねーよっ!!!
ただ、唯一……このクソ坊に唯一救いとするならば。
「なに!? 宿が一部屋しか取れないだと!? この雑草と一緒の空間で寝れるわけがないだろう!! 無礼な!! すでに埋まっているならば空けさせろ! 私は! 私は神子であるぞ!!」
「あー、俺なんか今一人部屋で寝たら寂しくて病気になっちゃいそうな感じがするので一緒の部屋だと嬉しいですねー」
「ふ……そこまで死んだ魚の目の傭兵が言うのならば致し方がない! この至高なる存在に大いに感謝し崇め奉れ! 一緒の部屋で眠ってやろう!!」
「てことで亭主、一部屋でお願いしまーす」
ものすごくチョロイのだ。
チョロい、チョロ神子すぎるのだ。
あまりの傲慢さに殴りてぇ!!!って一日に何十回も思うけれど、純粋培養の馬鹿。いや、純真無垢な良いところの坊ちゃん気質もあるので、下手に出れば一発なのだ。
これ世に出たら2秒でカモられて身ぐるみはがされて売られちゃいそうだよな…。
そんな彼との旅も4か月が過ぎ、神殿への旅路も残すところあと半月といったところだろうか。
……いや……あの……本当なら神殿って2ヵ月ぐらいでつく場所なんですけどね……くそ坊があれやこれやと駄々こねて寄り道とかするからほんと……。
ここまでたどり着くまでも、長い道のりだった……心的な意味で。
魔素がだんだんと濃くなっていき、強い魔物が出現する森で野営しながら、あまりにも濃すぎた日々を思い返す。
「坊ちゃん、この辺りまでくると野生動物も少なくなってくるので、狩りは難しいです。保存食のあぶった干し肉と黒パンで勘弁してください」
「嫌だ! 硬いしまずい! もっとましな食事はないのか? 温めたワインも所望する!!」
「……あー、この干し肉俺が普段食べているものよりもお高いお肉なんですよね~。ワインの代わりに豆を入れたスープがあるので、パンはそれに付けて食べるとやわらかくなるんですよね~食べてくれたら嬉しいのになぁ」
「ふん! グレイブが食べてもらいたいと懇願するのならば仕方がない! 食べてやろう! あ、干し肉はスジが入っていないところだぞ。一番美味しいところを渡せよ?」
いや、本っっっ当に俺よくぞここまで我慢してきたよね!!?
食事が終わり、薪の番をする。
神子はすでに毛布に包まり横になっている。少し寒いだろうと俺の皮のマントもその上からかけてあげた。
もぞもぞと動いているところを見るとまだ起きているようだ。
「坊ちゃん、寒くないですか? だいぶ魔素が濃くなってきましたよね。体調とか大丈夫ですか?」
「ああ! なぜか逆に体調がいいぐらいだ! すこぶる元気だぞ! はしゃいでうっかりお前に渡されたマントを破いてしまったぐらいだ!」
「んんああああ! 俺の一張羅のマント!!! ……はぁ、まあいいや。坊ちゃんが元気ならそれでいいですよ」
「……グレイブ、随分と遠くまで来たな」
「ええ、“神代の神殿”はこの深い森を越えた先です。間もなく着きますよ」
「ふふ、楽しみだ。民草よ、待っていろ。私の祈りが神に届けば、魔物に怯えることもなくなる!」
「坊ちゃんは……嫌になることはないんですか?」
「何がだ?」
「だって、坊ちゃんの肩に世界の救済が掛かっているってなかなかのプレッシャーでしょう」
「何を言っている? 神子として生れ落ちたときからの私の使命だ。私だけしか成し得ないことだぞ。この私が祭壇で祈りをささげるだけで数十年は魔物の脅威が去るのだ。神子としてそのためならばこのような旅も厭わない!」
「え、すごい使命とか感じてたんだ……坊ちゃんがまともなことを言うなんて……」
「ふっ私の言葉は神の代弁。普段の言葉ですら下賤なものには理解できないかもしれないな!」
「すげぇポジティブに返すじゃん……」
魔素が濃くなり魔物が増殖し過ぎると、託宣により神子が生まれる。
神子が“神代の神殿”で祈りを捧げると魔物が消え世界に一時の平和が訪れる。
数百年に一度の奇跡。民は語り継ぐ……神子の奇跡を。
「まぁ、坊ちゃんがそういうのならあと少しの旅路、頑張りましょうね」
「…………ジーンだ」
「ん?」
「ジーン・ボクス・アルステラ。私の名を呼ぶ名誉をグレイブに与えよう」
「ジーン…ボクス…坊ちゃんですか……」
「ふふ、良い名だろう? 代々神子に付けられる名だ。神から授けられたものだと伝え聞いている。敬え! 崇拝しろ!」
「へぇ、さすが神様が付けそうな名前ですね」
「ふふふ、恐れ入ったか! あまりの尊さに泣きじゃくるがよい! 私も25年生きてきたが、この名を呼ぶのを許したのは家族だけだ。その名誉を誇るがよい!!」
「は!? 25!!!??」
「ん? 反応するのはそこなのか??」
「え、は、ちょっ坊ちゃん17歳ぐらいじゃないの!? いや精神年齢的にはイヤイヤ期の3歳児ぐらいかもしれないけれど、え!!? 25!? 25年も生きてきて、そこまで脳みそプルプルで皺一切ないほどの知能なの!?」
「ふっよくわからないが褒められている気がする!」
「褒めてねーよ!! うっそだろおい……今まで子ども……赤ちゃんの言うことだからムカついても我慢我慢って思ってたのに……木ですら年輪という形で生き様を刻むのに、25年も生きてきて何にも刻んでねーじゃねーかこのクソ坊……」
「何物にも影響されない唯一の存在! それが私である!」
え、スプーンより重いものは持てない!って自分の荷物すら持つことを拒否した出発時以上にびっくりしたんだが!!
華奢で小柄……少年のような青年だと思っていたけれどもまさか25とか……。
うわぁ……ざんねんな生物過ぎるわ……。
そんな衝撃がありつつも旅を続け森の深層まで入っていくと、苔に覆われた遺跡を発見した。
だいぶ朽ち果てているように見えるけれど、こういった遺跡は中が無事なことも極稀にある。
「坊ちゃん、今日はここで夜露を避けましょう。この形状の古代遺跡なら魔物も入ってきませんし、上手くすれば古代技術が生きているかもしれませんよ」
「ふむ、よくわからないが任せた!」
「はいはいっと。あー、すごいな……ここまで完全な形で残されている遺跡は初めてだ。盗掘の跡もないし。あー、あれかな。魔素の濃い地域だから盗賊もここまで入ってこないのか……よっと解除に成功しましたよ」
遺跡の解除に成功すると、中は白すぎるほどの白壁の通路が続いていた。
「ほう、見た目以上に綺麗なのだな」
「これはアタリかもしれない。ちょっと中を調べてきますので坊ちゃんはここで待っていてください。あ、このボタンとかは絶対に押さないでくださいよ」
「わかった! 押さなければいいのだな! 任せておけ!!!」
「絶対に押す気満々でしょう!! 指をボタンに乗せるな!! あああもう! 一緒に行きましょう! 残しておいた方が不安だ!」
通路を抜け扉を解除すると、広い空間に出る。
「な、なんだここは!!」
さすがの坊ちゃんも遺跡の中を驚いたように見渡す。
「へぇ、すごい。旧世代の人々が使っていた保護施設のようですね。やったぜ、完全な形で動力が残っている。わ、水も出るのか!」
「水が!? 近くの井戸から引いている……にしてもすごいな。どうやっているのだ?」
「魔法……みたいなものですかね。あー、これならいけるいける。ちちんぷいぷいっと。管理者権限を移せたのでこの施設が使えますよ」
「グレイブ、お前魔法が使えるのか?」
「あー、俺は魔物退治専門ですが、俺たち墓守……って傭兵団は旧世代の遺物の扱いに長けた者もいますからね。昔遺跡発掘専門の傭兵に教えてもらったことがあるんです」
「ふーん、よくわからないがでかしたぞ!」
坊ちゃんは部屋の中にあったソファーが気に入ったのか、はしゃぎながら座っていたので、その間に施設内の捜索をする。
保護施設として最低限のものはすべて揃っていて、森の奥深くだというのに風呂場や調理場所、寝室なども完備されていた。
「うーわ、すごいな……簡易生成できる施設も整っているのか……。旧世代の遺跡の中でも最も文明が栄えていた時代のものじゃないか……」
中央の部屋に戻り色々と操作してみるが、俺の持つ知識でもギリ……いや、かなり無理をして稼働領域を増やしていく。
「グレイブ、喉が渇いた。お腹もすいた。歩き疲れたし足を揉め、あと体の汚れを落としたいから湯を沸かせ」
「一切配慮のない命令! さすが坊ちゃん!」
鬼かな。
「なんだこの遺跡は! なんでも揃っているではないか!!」
風呂では温水も出たので、浴槽らしきものもあったのでそこに浸かってもらった。
ぽかぽかになった神子はほんのりと頬に赤みがさしていて、きゃっきゃとはしゃぎながら髪を乾かせと命令してくる。
持っていた携帯食料を生成施設に入れると、同等の質量の食事に変換された。
味も坊ちゃんは気に入ったようで、俺の分まで強奪する勢いだった。
「この部屋の寝具は今まで使ったことが無いほどにふかふかだな。お、見てみろ。この部屋の窓に外の景色が映っている。若木に魔雀がたかっているぞ」
「いえ、遺跡の広さからすると、その窓は実際の窓ではなく、外の景色を映し出しているようですね」
「ふーん、何でもできるんだな! よし、髪も乾いたし、眠るとしよう。あ、グレイブ、お前はそこの床の隅な」
「慈悲もない!! ベッドもう一つあるのに!!!」
ほんとこのクソ坊はブレない。
「まさかこのような柔らかな寝具で眠ることができるなんて! 神殿までは野宿だと思っていたからな、非常に嬉しいぞ」
「そうですね……こんな遺跡が残されていたとはびっくりです」
「神殿までいけば、私は神子として敬い崇め奉られるからな。お前がこの崇高なる神子に仕えられるのはもう少しなのだ。だから、大いに私に仕えろ! 敬え! 崇拝しろ!」
「ブレないな……ちょっと調べたいことがあるので、少し席を外しますよ」
なんか子守歌を歌えとか柔らかな風を扇げとか色々と後ろで言っていたが、気にせず扉を閉じる。
ひんやりとした廊下を歩きながら、考える。
間もなく“神代の神殿”。
あと少しでこの仕事も終える。
けれども…この4か月の長い旅路を想う。
長かった、あまりにもいろいろなことがありすぎた。
殴りたい! この笑顔!って思うようなことばかりだ。
けれども、その旅もあと少しで終わる。
あのお綺麗で空っぽな神子様を。
その空洞に敷き詰めた神子としての使命を。
あの自己至上主義で傲慢な…けれどもポンコツな神子の唯一の願いを。
ここで、ねじ伏せてしまったら。
祭壇で祈りを捧げる…その使命を奪ってしまえば……。
暗い…今まで生きてきた中で最も暗い衝動が沸きあがる。
「ここまで条件の揃っている場所なんてない。散々……我慢してきたんだ。受けた報酬では割に合わないほどに。……少しぐらい、俺だって報酬を貰ったっていいじゃないか」
そう、暗い願いを意識した瞬間……やるべきことが見えてきた。
俺はそれを叶えるために、長い白い廊下を靴音を立てて歩いて行った。
「んん!! 良い朝だな。ふかふかの寝具でぐっすりと眠れたぞ」
「それはよかったですね、坊ちゃん」
「なんだ、お前は一睡もできなかったのか? 死んだ目がさらに死んでいるぞ」
「はははっちょっと所用でね」
いつものように坊ちゃんに服を着せて、食事を作る。
「う! 旨い…なんだこの料理は!!」
「生成施設に同等の質量のものを入れると、調味料やら香辛料に変換できましたのでね。わりと凝ったものを作れましたよ」
「私にもそのせいせいしせつ、とやらは使えるのか?」
「この遺跡内にいる者は使用できるみたいですね。あとで使い方を教えます」
後片付けなどをして、準備をする。
坊ちゃんもぷらぷらと探索しながら、これは何だあれは何だと逐一聞いてくるものだから、その度に手を止めて説明をする。
「ふむ、すばらしい施設だったな! また寄りたいものだ」
「ずっとここにいてもらっても構わないですよ」
「ふふん、面白い冗談を言う。名残惜しいが神殿に向かうとするか。もう少しなのだろう?」
「距離的にはもう少しですが……そうですね。あなたの旅はここで終わりです」
「ん?」
坊ちゃんはコテンと首をかしげて、何を言われたかわからない顔をする。
「ジーン・ボクス・アルステラ坊ちゃん。坊ちゃんは神殿へ行けません。あなたの旅はここで終わるのです」
施設の所有者権限で、俺以外の生物の出入りを一定期間制限する。
これで魔物が間違えて入ってくることもないし、中から出ていくこともできない。
「坊ちゃん、これから坊ちゃんにはこの遺跡に居てもらいます。さっきうろちょろしていたときに、使い方は説明しましたね?」
「な、なにを言っているのだ……?」
「あと、この潤滑油……ローションですが、大量に複製しておきました。これからたくさん使うので、無くなったら生成装置で複製してくださいね」
「私は……私は神子で…神殿で祈りを……」
普段なら折れるしこんな言い方をしない俺の口調に少しびびっているのか、坊ちゃんは言葉を途切れがちに紡ぐ。
「坊ちゃん、これからあなたには毎日、身体の中まで洗浄をしてもらいます。俺の……一部を坊ちゃんにねじ込みますので、綺麗にしておいてくださいね」
「おい、グレイブ! 命令するなんて! ぶ、無礼だぞ! 私を誰だと思っている! 私は神の代理たる神子だぞ!」
「知っています。ですが、この施設での生殺与奪権は俺が握っていますので、俺の言うことを聞いてもらいます。いい子にしていたら解放しますので……そうですね、100日間程度でどうでしょうか」
「おい、お前……正気か?」
「ええ。これは、決定事項です……だから、怪我してほしくないからお願いしているんですよ」
怯えて震えている彼の腹部に手を当てる。
「あなたの腹の中のここまで、俺の一部を捩じ込みます。あなたは小柄ですし、俺のでしたら臍の上あたりまで届くでしょうね。拒否権? ありませんよ。絶対です。絶対に……ねじ込みます。毎日洗浄と拡張を必ずしてくださいね」
俺は……俺の暗い願いのために、神の使者……傲慢で無垢な神子を……徹底的に穢すことにした。
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