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22.霖雨蒼生
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こちら、絵を寄贈してから数年ほど経った頃の話です。
22.霖雨蒼生
「これからお世話になる、画家の望優先生です。皆挨拶して~」
若い美術の先生が声を掛ける。
「よろしくお願いしまーす!」
「うわ、本当に若い~!」
「まじやべぇな。先生の人脈すげぇ」
「画家ってどのぐらいで食べていけるんだろう」
がやがやとキャンバスを前に各々話しまくる生徒たちに怯みながらも、なんとか用意してきた挨拶を返す。
「は、はは、どうも皆さんはじめまして。これから三日間、制作合宿で皆さんの指導をさせていただく、画家の望優と申します。美術部のOBでもありますので、気軽になんでも聞いてください」
「はーい! 美術の森澤先生と仲良いみたいなんですが、もしかして恋人とか?」
「え、私ひょろいのは無理」
「即答!? 先輩酷くないですか!?」
思いっきりチベスナ顔で断ってきた美術部の先輩……今はこの学校で美術講師をしている森澤先輩が俺を容赦なく抉る。
まぁ、その様子を美術室の隅で見ていた顧問が女子生徒の質問に眉をひそめていたから、一瞬で否定してくれたのは有難いんだけど。
学校のエントランスに絵を贈った数年後、美術部の夏合宿の特別講師に誘われた。
講師なんてものをお願いされるのは今まで無かったから、とても珍しいなと思ったら、どうやら今年から美術講師を勤める若くて元気で押しの強いOGから、是非にお願いして欲しいと依頼があったそうだ。
「私もっと筋肉ついてた方がタイプだから、望くんはないかな!」
「はぁ……」
「いやー、皆感謝してよね~! この画家先生は私の下僕、じゃなかった、従順なる後輩なんだから! 私の次の代の部長で、廃部同然だった美術部再建の立役者よ!」
は……はは。この先輩は相変わらず元気だな。
顧問の先生が『俺が繋ぎを付けたんだが!?』って感じで隅でイライラしている。おもしろ。
まぁ、当時は唯一の美術部員だった先輩が卒業したら、人数的に廃部の危機だったもんな。
俺が賞を受賞した後、美術部に入ってくれる子もいたりして、なんとか廃部の危機は脱した。
今では15、6人の生徒のがいて、うちの学校はコンクールでもそこそこ入賞する強豪校になっているそうだ。
本当だったら写生ができる風光明媚な場所に合宿に行けたら良いらしいのだが、学校で寝泊まりして、とにかく絵を仕上げる制作合宿らしい。
といっても画力上達も兼ねての合宿だから、一日目の午前はデッサン、二日目の午前は水彩画、両日の午後と丸三日目がコンクール用の絵画を進める工程とのこと。
「速筆だけど、もっと丁寧にあたりを付けた方が良いかも。ほら、ここ。最後の方で歪みが生じているだろ? これは最初のデッサンの時に少し歪んでいるからなんだ」
立体物を模写していた生徒にアドバイスをしていたら、部屋の隅で大人しく仕事をしていた顧問が絡まれていた。
「ねー先生ー、モデルやってよー」
「俺を巻き込むな」
「ねー、望優先生もそう思うでしょ? 遠山先生足長くてスタイル良いし、渋みがあって格好いいし~モデルして欲しい~!」
「ははは」
わー、めっちゃわかるぅ。
ま、俺は家で描き放題ですけどね。
「私たちの代でも遠山先生人気あったもんね~」
「あ、森澤先生、やっぱりそうでした!?」
「そうそう、遠山先生が顧問になってすぐなんか、先生目的で美術部に入った生徒が多くて大変だったりとか~」
「えー聞きたい聞きたい!」
「女性の先生同士で乱闘騒ぎが起きたり~」
「きゃ~!!」
「おいコラやめろ!」
え、なになに滅茶苦茶気になるんだけど。
詳しく聞こうとしたらバシッと叩かれた。体罰だぞ先生!
「でもその指輪を見ると、とうとう先生も年貢の納め時ですか~? ふふふ~歴代の遠山先生ファンの娘たちが泣いちゃいますね~」
「森澤先生、そーなの! 聞いて聞いて! なんかね、どーやら遠山先生の恋人はここの卒業生らしいんですって!」
「おいやめろ!」
「若くてピチピチなんですって~!」
「ほぉー、遠山先生やりますなぁ」
森澤先輩とにまにましながら渋い大人の色気が出ている先生を揶揄する。
「先生ねー、帰りが遅いときには、恋人さんに連絡入れるために少し席をはずしたりとかしているんだって~」
「え~ラブラブ~」
あっそれってもしかして、隼人が泊まりの出張から帰ったら、家で制作に没頭し過ぎてて俺が倒れてた事件以来、定期的に入るようになった生存確認連絡の事かな!?
「聞けば恋人の帰りが遅い時には車でお迎えに行ったりするみたいだし~」
「え~先生優しい~」
あっそれって、岩崎の働いてる居酒屋で飯食わせてもらった時とかにも、帰り道ついでだからって全然帰り道じゃないのに迎えに来たりした時の奴かな!?
「ほんっとに勘弁してくれ……」
……にやにやが止まらない。
「まぁまぁ君たち、生徒に手を出す先生はクソって事で場を納めようじゃないか」
「森澤先生シンラツっ」
「森澤がいればここはいいだろ……俺は職員室に行くからな」
「お、敵前逃亡ですか?」
ぐいぐい追い討ちかけていくな、森澤先輩っ!
「あと、一つだけ訂正すると……“誓い”を破ってまで乞うたのは覚悟の上だし、そもそも卒業して親の許可取ってからしか囲ってねーよ」
「「……!!!!」」
そんな捨て台詞に声にならない悲鳴が森澤先輩と女子生徒たちから漏れる。
「ま、囲いはしても手は出していないんだけどね」なんてぼそりと心の中で呟いた。
「へぇ」
遠山が職員室に戻ってから、再び生徒たちの間を巡ってデッサンを見ていると、随分と描写の細かい少年がいた。
「君は雰囲気がある作風だね」
「……! あの、暗いって言うんですか」
「そうじゃないよ。しっかりと影を描き込めるのは良い事だと思うよ」
「……先生は“光の画家”って言われているのに?」
俗称にほんの少しだけ苦笑する。
「まぁ、これは俺の習作の一つだけど」
描く事は出来ても、描き方を教える事はしたことがなかったので、迷った末に俺が修練として日頃から描き込んでいるスケッチブックを幾つか持って来ていた。
「……嘘、暗いテイストもある……」
「光のって言われると気恥ずかしいものがあるけれど、影の描き方を知っているからね。暗闇が深いからこそ、浮かび上がる仄かな光を描けるんだ」
彼が教えてくれたこと。
彼の慟哭があるから、俺は光を描くことができる。
「すごい……先生の蛍のスケッチ……。光自体も薄暗いのに……際立って見える……」
「だから、君の描き方で影を描くのは悪いことじゃないと思うよ。……ここ、もう少し濃くしてみて。きっと印象が変わるから」
それからも美術室でデッサンをしていると、生徒の何人かが写生に行きたいと言い出した。
「天気も良いし、外で写生しよー!」
望優先生も早く早く! と急かされる。
じんわりと汗ばむ陽気に、青空が広がる。
生徒達が写生したいと言ってきたのは、どうやら中庭の事だったようだ。
中庭に出るとき、少しだけ胸が痛む。
青い嘆きの花が添えられた墓標が脳裏をよぎる。
だが、そこに足を踏み込むと……数年来ていなかっただけで景色が変わっていた。
中庭にある木陰の下、小さな石の墓標の麓には、瓶に添えられた花だけではなく、色とりどりの花が添えられていた。
「なん……で……」
この墓標に花を添えるのは、断罪を乞うていた彼しか居なかったはずなのに。
「あ、先生知ってる? 学校の七不思議のひとつ、屋上にいる少年の幽霊の事!」
「それ先生知ったらショックを受けちゃうよ! 先生の寄贈してくれた絵に幽霊が浮かび上がってるって話!」
「あっ先生あの、そんな噂があるだけでね!? 先生の絵すごく素敵だったからね!?」
最後に絵に付け足した、人影。
「えっと……もしかしたら、いつの間にか花が添えられているこの石がその少年のお墓なんじゃないかって。その少年の幽霊はね、学生の願い事を叶えてくれるって噂もあってね、それで皆ここにお願いに来たりしていたの」
「うんうん、私の先輩も告白が上手くいきますようにってお願いしたら、オッケー貰えたってはしゃいで花を添えてたよ!」
叶う叶わないはわからないけれど、この花の数だけここに学生たちは花を添えたのだろう。
彼の存在証明は、もう必要ない。
だってこんなにも満ちている。
ここに“いる”のだと。
寂しいばかりだった墓標にはたくさんの花が添えられ、そこから種が溢れ落ちたのか、小さな花も周りには咲き誇っていた。
「そっか……そうなんだね……」
雲ひとつない青空の下、中庭で生徒たちが各々スケッチブックを広げる。
花に囲まれた墓標は、それを見守っている様だった。
もう彼は、一人ではない。
いつも恋人が供えていた古びた瓶には、小さな向日葵が添えられていた。
「そっか、もうあの花の時期は終わったもんな……」
「え、先生何の花の事言ってるの?」
「ええと、アリウム・ギガンチウムっていうポンポンみたいな、小さな青紫のたくさんついた花で」
女子生徒がキョトリと首をかしげる。
「ポンポンみたいな可愛い花は確かにこの前まで飾ってあったけれど、色が違ってたよ?」
「どちらかと言えば、紫色の方が強かった気がする!」
俺は目を見張る。
確かに昔あの花を調べたとき、青色の強い個体の花言葉は『深い悲しみ、無限の悲しみ』だった。
けれども、紫色のアリウム自体は別の花言葉を持つ。
『優しい人』
彼の名を持つ花を添えられるようになったのを知って、俺は少しだけ涙が出てしまった。
【霖雨蒼生】
読み方:りんうそうせい
苦しんでいる人々に、救いの手を差し伸べること。また、民衆の苦しみを救う慈悲深い人のこと。「霖雨」は長雨。ここでは、喉のどの渇きをいやし植物を生育させる、三日以上降り続く恵みの雨のこと。「蒼生」は世の人民・万民のこと。
(三省堂 新明解四字熟語辞典より)
【アリウム・ギガンチウム】
花言葉:深い悲しみ・無限の悲しみ
【アリウム】
花言葉:円満な人柄・優しい・正しい主張・不屈の心
最後までお読みくださりありがとうございました。
これにて、後日談も含めて『断罪を乞う』完結でございます。
激しく降り続いた雨の後に、晴れ間にうっすらと虹が架かる様な物語であればと思います。
それではまたどこかの物語の中で。
11/22 弥生
22.霖雨蒼生
「これからお世話になる、画家の望優先生です。皆挨拶して~」
若い美術の先生が声を掛ける。
「よろしくお願いしまーす!」
「うわ、本当に若い~!」
「まじやべぇな。先生の人脈すげぇ」
「画家ってどのぐらいで食べていけるんだろう」
がやがやとキャンバスを前に各々話しまくる生徒たちに怯みながらも、なんとか用意してきた挨拶を返す。
「は、はは、どうも皆さんはじめまして。これから三日間、制作合宿で皆さんの指導をさせていただく、画家の望優と申します。美術部のOBでもありますので、気軽になんでも聞いてください」
「はーい! 美術の森澤先生と仲良いみたいなんですが、もしかして恋人とか?」
「え、私ひょろいのは無理」
「即答!? 先輩酷くないですか!?」
思いっきりチベスナ顔で断ってきた美術部の先輩……今はこの学校で美術講師をしている森澤先輩が俺を容赦なく抉る。
まぁ、その様子を美術室の隅で見ていた顧問が女子生徒の質問に眉をひそめていたから、一瞬で否定してくれたのは有難いんだけど。
学校のエントランスに絵を贈った数年後、美術部の夏合宿の特別講師に誘われた。
講師なんてものをお願いされるのは今まで無かったから、とても珍しいなと思ったら、どうやら今年から美術講師を勤める若くて元気で押しの強いOGから、是非にお願いして欲しいと依頼があったそうだ。
「私もっと筋肉ついてた方がタイプだから、望くんはないかな!」
「はぁ……」
「いやー、皆感謝してよね~! この画家先生は私の下僕、じゃなかった、従順なる後輩なんだから! 私の次の代の部長で、廃部同然だった美術部再建の立役者よ!」
は……はは。この先輩は相変わらず元気だな。
顧問の先生が『俺が繋ぎを付けたんだが!?』って感じで隅でイライラしている。おもしろ。
まぁ、当時は唯一の美術部員だった先輩が卒業したら、人数的に廃部の危機だったもんな。
俺が賞を受賞した後、美術部に入ってくれる子もいたりして、なんとか廃部の危機は脱した。
今では15、6人の生徒のがいて、うちの学校はコンクールでもそこそこ入賞する強豪校になっているそうだ。
本当だったら写生ができる風光明媚な場所に合宿に行けたら良いらしいのだが、学校で寝泊まりして、とにかく絵を仕上げる制作合宿らしい。
といっても画力上達も兼ねての合宿だから、一日目の午前はデッサン、二日目の午前は水彩画、両日の午後と丸三日目がコンクール用の絵画を進める工程とのこと。
「速筆だけど、もっと丁寧にあたりを付けた方が良いかも。ほら、ここ。最後の方で歪みが生じているだろ? これは最初のデッサンの時に少し歪んでいるからなんだ」
立体物を模写していた生徒にアドバイスをしていたら、部屋の隅で大人しく仕事をしていた顧問が絡まれていた。
「ねー先生ー、モデルやってよー」
「俺を巻き込むな」
「ねー、望優先生もそう思うでしょ? 遠山先生足長くてスタイル良いし、渋みがあって格好いいし~モデルして欲しい~!」
「ははは」
わー、めっちゃわかるぅ。
ま、俺は家で描き放題ですけどね。
「私たちの代でも遠山先生人気あったもんね~」
「あ、森澤先生、やっぱりそうでした!?」
「そうそう、遠山先生が顧問になってすぐなんか、先生目的で美術部に入った生徒が多くて大変だったりとか~」
「えー聞きたい聞きたい!」
「女性の先生同士で乱闘騒ぎが起きたり~」
「きゃ~!!」
「おいコラやめろ!」
え、なになに滅茶苦茶気になるんだけど。
詳しく聞こうとしたらバシッと叩かれた。体罰だぞ先生!
「でもその指輪を見ると、とうとう先生も年貢の納め時ですか~? ふふふ~歴代の遠山先生ファンの娘たちが泣いちゃいますね~」
「森澤先生、そーなの! 聞いて聞いて! なんかね、どーやら遠山先生の恋人はここの卒業生らしいんですって!」
「おいやめろ!」
「若くてピチピチなんですって~!」
「ほぉー、遠山先生やりますなぁ」
森澤先輩とにまにましながら渋い大人の色気が出ている先生を揶揄する。
「先生ねー、帰りが遅いときには、恋人さんに連絡入れるために少し席をはずしたりとかしているんだって~」
「え~ラブラブ~」
あっそれってもしかして、隼人が泊まりの出張から帰ったら、家で制作に没頭し過ぎてて俺が倒れてた事件以来、定期的に入るようになった生存確認連絡の事かな!?
「聞けば恋人の帰りが遅い時には車でお迎えに行ったりするみたいだし~」
「え~先生優しい~」
あっそれって、岩崎の働いてる居酒屋で飯食わせてもらった時とかにも、帰り道ついでだからって全然帰り道じゃないのに迎えに来たりした時の奴かな!?
「ほんっとに勘弁してくれ……」
……にやにやが止まらない。
「まぁまぁ君たち、生徒に手を出す先生はクソって事で場を納めようじゃないか」
「森澤先生シンラツっ」
「森澤がいればここはいいだろ……俺は職員室に行くからな」
「お、敵前逃亡ですか?」
ぐいぐい追い討ちかけていくな、森澤先輩っ!
「あと、一つだけ訂正すると……“誓い”を破ってまで乞うたのは覚悟の上だし、そもそも卒業して親の許可取ってからしか囲ってねーよ」
「「……!!!!」」
そんな捨て台詞に声にならない悲鳴が森澤先輩と女子生徒たちから漏れる。
「ま、囲いはしても手は出していないんだけどね」なんてぼそりと心の中で呟いた。
「へぇ」
遠山が職員室に戻ってから、再び生徒たちの間を巡ってデッサンを見ていると、随分と描写の細かい少年がいた。
「君は雰囲気がある作風だね」
「……! あの、暗いって言うんですか」
「そうじゃないよ。しっかりと影を描き込めるのは良い事だと思うよ」
「……先生は“光の画家”って言われているのに?」
俗称にほんの少しだけ苦笑する。
「まぁ、これは俺の習作の一つだけど」
描く事は出来ても、描き方を教える事はしたことがなかったので、迷った末に俺が修練として日頃から描き込んでいるスケッチブックを幾つか持って来ていた。
「……嘘、暗いテイストもある……」
「光のって言われると気恥ずかしいものがあるけれど、影の描き方を知っているからね。暗闇が深いからこそ、浮かび上がる仄かな光を描けるんだ」
彼が教えてくれたこと。
彼の慟哭があるから、俺は光を描くことができる。
「すごい……先生の蛍のスケッチ……。光自体も薄暗いのに……際立って見える……」
「だから、君の描き方で影を描くのは悪いことじゃないと思うよ。……ここ、もう少し濃くしてみて。きっと印象が変わるから」
それからも美術室でデッサンをしていると、生徒の何人かが写生に行きたいと言い出した。
「天気も良いし、外で写生しよー!」
望優先生も早く早く! と急かされる。
じんわりと汗ばむ陽気に、青空が広がる。
生徒達が写生したいと言ってきたのは、どうやら中庭の事だったようだ。
中庭に出るとき、少しだけ胸が痛む。
青い嘆きの花が添えられた墓標が脳裏をよぎる。
だが、そこに足を踏み込むと……数年来ていなかっただけで景色が変わっていた。
中庭にある木陰の下、小さな石の墓標の麓には、瓶に添えられた花だけではなく、色とりどりの花が添えられていた。
「なん……で……」
この墓標に花を添えるのは、断罪を乞うていた彼しか居なかったはずなのに。
「あ、先生知ってる? 学校の七不思議のひとつ、屋上にいる少年の幽霊の事!」
「それ先生知ったらショックを受けちゃうよ! 先生の寄贈してくれた絵に幽霊が浮かび上がってるって話!」
「あっ先生あの、そんな噂があるだけでね!? 先生の絵すごく素敵だったからね!?」
最後に絵に付け足した、人影。
「えっと……もしかしたら、いつの間にか花が添えられているこの石がその少年のお墓なんじゃないかって。その少年の幽霊はね、学生の願い事を叶えてくれるって噂もあってね、それで皆ここにお願いに来たりしていたの」
「うんうん、私の先輩も告白が上手くいきますようにってお願いしたら、オッケー貰えたってはしゃいで花を添えてたよ!」
叶う叶わないはわからないけれど、この花の数だけここに学生たちは花を添えたのだろう。
彼の存在証明は、もう必要ない。
だってこんなにも満ちている。
ここに“いる”のだと。
寂しいばかりだった墓標にはたくさんの花が添えられ、そこから種が溢れ落ちたのか、小さな花も周りには咲き誇っていた。
「そっか……そうなんだね……」
雲ひとつない青空の下、中庭で生徒たちが各々スケッチブックを広げる。
花に囲まれた墓標は、それを見守っている様だった。
もう彼は、一人ではない。
いつも恋人が供えていた古びた瓶には、小さな向日葵が添えられていた。
「そっか、もうあの花の時期は終わったもんな……」
「え、先生何の花の事言ってるの?」
「ええと、アリウム・ギガンチウムっていうポンポンみたいな、小さな青紫のたくさんついた花で」
女子生徒がキョトリと首をかしげる。
「ポンポンみたいな可愛い花は確かにこの前まで飾ってあったけれど、色が違ってたよ?」
「どちらかと言えば、紫色の方が強かった気がする!」
俺は目を見張る。
確かに昔あの花を調べたとき、青色の強い個体の花言葉は『深い悲しみ、無限の悲しみ』だった。
けれども、紫色のアリウム自体は別の花言葉を持つ。
『優しい人』
彼の名を持つ花を添えられるようになったのを知って、俺は少しだけ涙が出てしまった。
【霖雨蒼生】
読み方:りんうそうせい
苦しんでいる人々に、救いの手を差し伸べること。また、民衆の苦しみを救う慈悲深い人のこと。「霖雨」は長雨。ここでは、喉のどの渇きをいやし植物を生育させる、三日以上降り続く恵みの雨のこと。「蒼生」は世の人民・万民のこと。
(三省堂 新明解四字熟語辞典より)
【アリウム・ギガンチウム】
花言葉:深い悲しみ・無限の悲しみ
【アリウム】
花言葉:円満な人柄・優しい・正しい主張・不屈の心
最後までお読みくださりありがとうございました。
これにて、後日談も含めて『断罪を乞う』完結でございます。
激しく降り続いた雨の後に、晴れ間にうっすらと虹が架かる様な物語であればと思います。
それではまたどこかの物語の中で。
11/22 弥生
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ありがとうございます!
そうおっしゃって頂き、大変嬉しいです。
辛い部分もあるお話ですが、それだけではないと思ってくださり、本当に嬉しいです。ありがとうございます!