【完結】断罪を乞う

弥生

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19.光風霽月

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19.光風霽月こうふうせいげつ──雅号がごう望優の場合

 10年という月日は長いようで短い。
 ……なんて思ってしまう。

「あっ! 望優先生、こちらにいましたか!」
「ちょっと懐かしくて……中庭を見せてもらっていました」
「いえいえ、卒業生の進路についての講話は午後からですからね。あ、その前に先生が5年前に寄贈してくださった絵を見に行きます? 生徒にも保護者にも人気なんですよ!」
「はは、喜んで頂けたのなら、何よりですよ」

 あれから俺は、絵の道に進んだ。
 小学生から将来は公務員か銀行員、安心安全堅実で行こう! なんて思っていたのに、気がつけば美大に通っていたし、細々とだが画展を開くほどには絵の道で生きていけるようになっていた。

 この10年は色々な事があったなと思う。
 
 16歳が過ぎ、彼の生きられなかった17、18歳が過ぎ、無事学校を卒業することができた。
 卒業してからオツキアイが始まった恋人は、どれだけ言ってもハグ以上はしてくれず、6年前に痺れを切らせて迫ったら、やっと同棲に踏み切る事ができた。

 まぁ、同棲しても手を出してこないから、こいつもしかして枯れたんじゃないかと疑っていたが、3年前に指輪をさりげなさ過ぎるほどにさりげなく渡してきたので、一応そのつもりではあったんだなと思っている。

 それを左手の薬指に嵌めた相手は、年を取っても美貌は変わらず、たいそうモテているらしい。
 けっ。
 
 恋人の仕事はなかなかに大変な職業なので、テストの採点やら入試作成やらで帰りが遅くなった時には、人間のていをしていないので、食事から風呂から色々と世話を焼いてやって、また戦場に送り出している。
 年の差が16もあるものだから、これは介護かな? って思うこともあるけれど、俺が作品の制作に追われているときには、もっとヤバい惨状をお世話してもらっているので、Win-Winだな! と思うようにしている。

 学校には卒業生ということもあり、何度か絵を寄贈していた。

 中でも大きいのは、さっき俺を呼びに来てくれた先生も喜んでいたとても大きなエントランスの絵。
 校舎を描いた作品だが、俺も気に入っている。
 あまりにも大きな絵なので、何パーツかに分けて貼り付けて、最後に調整するという形を取った。

 ふと、調整中に出来心が生まれた。
 屋上に、元々は描いていなかった校舎を見守る少年を小さく描いてみたのだ。
 完成間際に小さくぼんやりと描き足したので、寄贈されてもしばらくは誰も気づかなかった。
 いや、恋人だけは気づいてニヤって笑っていたっけ。

 しばらくして、学校の怪談七不思議の中に『閉鎖された屋上には少年の幽霊が出る』なんて噂話が混じるようになったらしい。
 美術準備室にはその少年の描いた絵が残されている。なんて事実も相まって信憑性がでた様だった。

 この噂には2パターンあるそうで、『いじめたやつらを今でも恨んでいる』ってパターンを聞いた卒業生の中には、泡を吹いて倒れた人もいたなんて噂もあって、ますます学校の怪談らしくなっているみたいだ。
 『永劫に苦しめ』なんて恋人はどこかの誰かが言った言葉を引用していたけれど、まぁ、当時の連中に遠回しな嫌がらせができたのかな。

 もうひとパターンは『彼は学校の生徒を見守ってくれている』って奴かな。
 彼をモチーフに絵を描いた生徒は絵の才能が開花した……なんて噂から、学校の守護者みたいな扱いになっているらしい。

 どれも確かではないけれど、彼が思い出される間は、彼はずっと人の心の中で生きているのなら……。
 
 それこそ彼がいたって存在証明になるんじゃないかな。

「ああ、来たか。それでは“画家先生”、準備は出来ていますので、壇上に」
 わざとらしい呼び名に、まわりに見えないように足を蹴る。
 痛てっと小さく呻いた。
「遠山せんせー。俺、あんまり話すことないけど、いいの?」
「じゃ、人生の厳しさなんてものを教えてやれ」
 隼人は指輪をはめてから、そこを触る癖が出来た。
 なんだろう、それが妙に嬉しい。
 俺は仕事中は汚れないようにネックレスに通して首に掛けているもんな。
 
 壇上に登る。
 上から生徒たちを見渡せば、聞いてくれそうな子が半分、興味がなさそうなのが半分。
 まだ高校1年生なんて、進路に興味ないよな。
 じわりと10年前に自分が倒れた事なんてのも思い出す。

 もう、優の思い出は甦る事はない。
 けれども……確かに、その想いはここにある。
  
「さて皆さん、皆さんは生存戦略。……その言葉を知っていますか?」



 学校に寄贈した校舎を描いた大きな絵のタイトルは──

『明日へ』

 止まない雨はないように。
 夜が来ても必ず朝が来るように。


 俺は、今を生きている。 


  ─完─
 

【光風霽月】
読み方:こうふうせいげつ
心がさっぱりと澄み切ってわだかまりがなく、さわやかなことの形容。日の光の中を吹き渡るさわやかな風と、雨上がりの澄み切った空の月の意から。また、世の中がよく治まっていることの形容に用いられることもある。▽「霽」は晴れる意。
(三省堂 新明解四字熟語辞典より)

【あとがき】
 この物語は前世転生をテーマに、いじめなどの暗く苦しさを持つ物語でした。
 その重い物語を最後まで一緒に追い続けてくださって、本当にありがとうございます。
 救済付き地獄といった物語でしたが、最後には何かじんわりと温かな物が残されていると良いなと思います。
 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
 また、この場をお借りして、「#現世転生BL」を企画してくださった夏芽玉様、本当に素敵な企画をありがとうございました。御礼の言葉に代えさせて頂きます。
 他の作品もとても素敵な作品が一杯ですので、是非お読みいただけると幸いです。


 さぁ、苦しみは過ぎ去り、彼らには未来が残されました。
 最後にとっておきの幸せな後日談でこの物語にピリオドをつけたいと思います。
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