【完結】断罪を乞う

弥生

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6.轍鮒之急

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6.轍鮒之急てっぷのきゅう──神崎望かんざきのぞむの場合

 新入生のオリエンテーション、部活動紹介……はははっ頑張った、俺。

「神崎って面白いやつだよな」
「え~フツーだよ、フツー」
 ありがたいことに、うちのクラスは出身中学がバラけていた為に、対人関係も上手く構築しやすかった。
 入学式に体調を気にしてくれた隣の少年は岩瀬というらしい。
 明るい性格の彼は優しくて、笑顔を張り付けた俺にとっては癒しである。

 今日の午後は進路関連の行事があるらしい。
 だらだらと喋りながら体育館に移動する。
 だるいよな~みたいに悪態ついているクラスメイトに言葉では賛同の言葉を返しつつ、進路は大事! やっぱり資格がある職業が良いよなぁ。
 なんてちゃっかり将来の事を考えて今回の進路行事もきちんと聞いておこうなんて思ってしまう。

 入学早々だけど、卒業生を招いて将来を考える事の大切さなんてものを一年生の早い段階から意識させる行事らしい。
 なるほどなぁ。
 
 壇上に銀行員になった女性が上がる。
 在学中の短期留学の経験が大学入試に役立ったと。そこから大学で長期留学を経て英語の国際標準の試験の点数をあげ、英語力を武器に今の職場にと。
 え、わりと使える情報だな。英語はスピーキングが壊滅的な俺だけど、筆記の方だけでも頑張っておかないといけないかなぁ。知らなかった。点数でそんなに有利不利あるのかよ。
 他にも簿記などの資格は大学で取ったとかの話もしてくれる。
 入学して早々だから興味ないって聞いてない奴らもいるけれど、勿体ないな!

 次は会社を起業した男性が壇上に……。
 
 その顔を見た瞬間、産毛が逆立つ。

「皆さん、私の愛する母校に通う、希望を持った後輩たちに会えてとても光栄です」
 団子鼻、うねる髪、大きな声。
「高校生活はとても輝きに満ちたものです。素晴らしい先生と出会い、一生の友と青春を過ごし、将来の希望を持って進学する。どれも高校でしか得られない経験です」
 血の気が引いていき、脳裏に何枚も何枚もおぞましい映像がフラッシュバックする。

 髪を掴まれ地面に顔を擦り付けられる。
 トイレで笑いながら水をホースで浴びせられる。やめて欲しいと言っても聞いては貰えず、楽しそうに周りと一緒に笑って──

「今思い返しても、高校時代が一番楽しかった」

『見ろよこいつ、土食ってやがる』
 嘲笑侮蔑媚びる瞳、どれだけ“面白い事”ができるかと周りにアピールする声。

「高校時代の友達は今でも付き合いがあります。クラスメイトや部活の仲間の中で、一生の友達ができるかもしれません。相手を尊敬し、切磋琢磨して良い関係性を築いていってください」

 お前が、お前が……それを……言うのか……?

 喉が引き攣ったように苦しくなる。
 呼吸がしにくい。唾を飲み込んだ音が大きく感じられる。

「もちろん、全員と仲良くすることは難しいでしょう。意見の対立や性格の不一致などもあるでしょう。ですが、相手を思いやって話し合う事が大事です。特に、いじめなんてもってのほかです」

 その言葉を聞いた瞬間、頭に血が上る。

「いじめは、魂の殺人と呼ばれます。私も今年7才になる娘がいますが、娘のクラスでいじめに発展しそうになった事件は、早急に介入して……」

 どの口が……。
 どの口が言っているんだ……?

 お前たちが“山中優”に何をしたのか、忘れたのか?

 どんな想いで彼は自身の消滅を願ったと……!!
 
「妻に似て可愛い娘で、その子がいじめにあうなんて考えるだけでゾッとしますね。……おっと、話が脱線しましたが、この学校で素晴らしい出会いと友情を……」
  
 もう、しゃべるな。どの口が……。
 怒りに、やるせなさに、呼吸が苦しくなる。
 喉を押さえるが息を吸い込めない。

 なんで、“優”は死んで、お前が笑っているんだ。
 なんで、“優”を追い詰めた口で、いじめを語るんだ。

 なんで人を不幸にしておいて……幸せそうなんだよ。

 “山中優”の死は、彼を追い詰めた人間には、何の影響も与えなかった。
 その事が苦しくて苦しくて──

「神崎! 大丈夫!?」
 酷い耳鳴りがする中、自分が過呼吸を起こして倒れた事すら気づかなかった。

 遠くから何人かの若い先生が走ってくる。
 一番最初に駆け寄った先生が、俺の気道を確保する。
 長めの前髪から、整った顔が現れた。
 彫りの深い美貌の男性教諭。
 30代前半で、女生徒に人気がありそうな……。
 
 入学式で一瞬脳裏を過ったその顔は──

 
 “山中優”のいじめを指示していた……スクールカースト上位の『遠山隼人とおやまはやと』、その人だった。
 
 

【轍鮒之急】
読み方:てっぷのきゅう
差し迫った危急や困難のたとえ。車の通った跡のくぼみにたまった水の中で、苦しみあえいでいる鮒(ふな)の意から。▽「轍」は車が通った後に残った車輪の跡、わだちのこと。
(三省堂 新明解四字熟語辞典より)
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