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4.試行錯誤
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4.試行錯誤──神崎望の場合
さて、小学生になる頃から、俺の目的は『生きること』となった。
どうすれば上手く当たり障りなく生きれるだろうか。そればかりが気になる子どもだった。
まずは周りの観察と模倣をしてみることにした。
小学生において、一目を置かれる存在というのは足が早かったり、ドッジボールが強かったり。もちろん顔の良し悪しは大切だが、俺の顔はいたって平凡。
そちらの方がいい。出る杭は打たれる。下手に目立たない方が安全だ。
運動神経は壊滅的で、走るなんて苦行を続けるなんてことは考えられなかった。
けれども、継続は力なり。
他に特出した芸がないなら、ただ走るということに全力を尽くして、苦手を周りから見ればやや得意というところまで追い込んでいった。
おかげでなんとか周りから足の遅さを揶揄されるなんてことは今世ではなかった。
人生の二週目特典で勉強できるだろうって?
はは、そんな特典ないない。漢字テストに心の中の“もう一人の僕”よ力を! なんて唱えてみても、わからない漢字はそのままだったし、テストはやった分だけの結果しかでなかった。
幸いにも両親は研究職で、聞けば教えてくれるという環境は有りがたかったけど。
前世の記憶はほとんど役に立つことはなかった。
あぁ、そういえば……芸術科目の美術だけは、何もしなくても筆が動いたっけ。
「神崎くん、とても上手いのね。でも色合いは少し暗めだから、明るくしたらもっと良いかも」
なんて言われてはじめて、俺は灰色をベースにした暗い絵を描いていたことに気がついた。
小学校高学年になれば、クラスのお調子者に追随するお気楽キャラというものを模すようになった。男子うるさーいって女子に怒られるような。
心のなかでごめんって謝りながら演じていたけれど、俺の絵柄は演じているキャラには合わない。
深みがあってとても良い絵ね、なんて誉められたけれど、両親に見せる前に破って捨ててしまった。
小さい頃には随分と心配をかけてしまった両親だが、俺が明るく振る舞えば振る舞うほど、安心したように喜んでくれたっけ。
前世との折り合いがつけられなかった時にうんと心配かけたから、今は年老いた両親を不安にさせたくない。
俺は優しい両親を悲しませたくない。
俺の、生存戦略。
だから俺は、ますます『フツーの子』を演じるようになった。
中学はサッカー部に入り、毎日くたくたになりながら、部活に夢中になるクラスのお調子者を演じるようになった。
レギュラーにはなれなかったけど、サポートとかフォローが良いということで上手く馴染むことができた。
ただ、運動部は辛すぎた。
もう二度と入るまい、と思うぐらいには。
高校とかなら軽音部とかの方が良さそうだ。
「俺、バンドの練習あるから。ごめん、また誘って?」
おお、フツーに良い感じの断り方だ。
よし、志望校の部活動には軽音部があることは調査済み。
高校にもなれば、クラスの雰囲気は部活動組よりもチャラい組の方が生きやすいだろう。
なんて、考えていた頃もありました。
「え、父さんたち、客員教授として招かれるの?」
グラスに注いでいた牛乳がごぽりと溢れてテーブルに広がる。あわてて卓上にあったティッシュで拭き取った。
両親がとても困った表情をしている。
「あぁ、7年かけて行っていた研究が認められてな。だが、条件が渡米ということで……受けようか迷っている」
「そうね、それかお父さんだけ行ってもらうか……」
「あぁ」
「なんで、父さんも母さんも共同研究者だろ? 二人とも招かれるのなんてすごいじゃないか!」
二人とも生命科学の分野では有名な研究者だ。長年に渡る研究の成果によって招かれたのなら、本当に凄いこと。やっと努力が実を結んだって事だから。
だけど、二人の懸念材料は……。
「俺の事、かな……」
二人が気にしているのは、日本に残される一人息子の事か。
「いえ、やっぱり私はここに残るわ。望も、高校からいきなり海外だなんて可哀想だし……」
ははは、両親が心配するほどには英語の成績はあまり良くなかったりする。
筆記はギリギリいけても会話が壊滅的だった。
「いやいや、父さんも母さんも、今までずっと頑張ってきた事が報われるんだよ。客員教授もひとまず3年だろ? 俺は大丈夫だから二人で行ってきてよ」
「でも……」
「長い休みには帰ってくるんでしょ? その時に向こうがどうだったか教えてよ!」
両親は心配していたが、せっかくのチャンスをモノにしてもらいたかったから、俺は二人を後押しした。
二人はとても心配していて、もしここに一人で残るならと寮がある高校に入学することを望んだ。
うっ……確かに、俺はだいぶ甘やかされて育ったので、日常生活は心配になるだろう。寮ならば安心して海外に行けるなんて言われてしまったら、俺が折れるしかない。
……両親には極力心配かけたくないし。
サッカー部員のほとんどの進路は推薦入試や前期入試でほぼ決まっていたので、気兼ねなく追い出しコンパを行うことができた。
俺も希望する高校を前期で受かることができて安心しきっていたけれど。
ここから寮のある高校の受け直し……。
両親はてきぱきとどこかに連絡を付けて、寮がある高校の欠員募集を調べてきた。
欠員が複数出てしまい、今からでもギリギリ受験が間に合う私学が一校だけあるらしい。
その高校の名前を聞いて、俺は唐突に思い出していた。
神様が、とても意地悪だってこと。
両親が見つけてきた寮がある私学は、“彼”の通っていた高校で……。
つまり、“山中優”が死んだ学校だった。
【試行錯誤】
読み方:しこうさくご
種々の方法を繰り返し試みて失敗を重ねながら解決方法を追求すること。「試行錯誤を重ねる」
(デジタル大辞泉より)
さて、小学生になる頃から、俺の目的は『生きること』となった。
どうすれば上手く当たり障りなく生きれるだろうか。そればかりが気になる子どもだった。
まずは周りの観察と模倣をしてみることにした。
小学生において、一目を置かれる存在というのは足が早かったり、ドッジボールが強かったり。もちろん顔の良し悪しは大切だが、俺の顔はいたって平凡。
そちらの方がいい。出る杭は打たれる。下手に目立たない方が安全だ。
運動神経は壊滅的で、走るなんて苦行を続けるなんてことは考えられなかった。
けれども、継続は力なり。
他に特出した芸がないなら、ただ走るということに全力を尽くして、苦手を周りから見ればやや得意というところまで追い込んでいった。
おかげでなんとか周りから足の遅さを揶揄されるなんてことは今世ではなかった。
人生の二週目特典で勉強できるだろうって?
はは、そんな特典ないない。漢字テストに心の中の“もう一人の僕”よ力を! なんて唱えてみても、わからない漢字はそのままだったし、テストはやった分だけの結果しかでなかった。
幸いにも両親は研究職で、聞けば教えてくれるという環境は有りがたかったけど。
前世の記憶はほとんど役に立つことはなかった。
あぁ、そういえば……芸術科目の美術だけは、何もしなくても筆が動いたっけ。
「神崎くん、とても上手いのね。でも色合いは少し暗めだから、明るくしたらもっと良いかも」
なんて言われてはじめて、俺は灰色をベースにした暗い絵を描いていたことに気がついた。
小学校高学年になれば、クラスのお調子者に追随するお気楽キャラというものを模すようになった。男子うるさーいって女子に怒られるような。
心のなかでごめんって謝りながら演じていたけれど、俺の絵柄は演じているキャラには合わない。
深みがあってとても良い絵ね、なんて誉められたけれど、両親に見せる前に破って捨ててしまった。
小さい頃には随分と心配をかけてしまった両親だが、俺が明るく振る舞えば振る舞うほど、安心したように喜んでくれたっけ。
前世との折り合いがつけられなかった時にうんと心配かけたから、今は年老いた両親を不安にさせたくない。
俺は優しい両親を悲しませたくない。
俺の、生存戦略。
だから俺は、ますます『フツーの子』を演じるようになった。
中学はサッカー部に入り、毎日くたくたになりながら、部活に夢中になるクラスのお調子者を演じるようになった。
レギュラーにはなれなかったけど、サポートとかフォローが良いということで上手く馴染むことができた。
ただ、運動部は辛すぎた。
もう二度と入るまい、と思うぐらいには。
高校とかなら軽音部とかの方が良さそうだ。
「俺、バンドの練習あるから。ごめん、また誘って?」
おお、フツーに良い感じの断り方だ。
よし、志望校の部活動には軽音部があることは調査済み。
高校にもなれば、クラスの雰囲気は部活動組よりもチャラい組の方が生きやすいだろう。
なんて、考えていた頃もありました。
「え、父さんたち、客員教授として招かれるの?」
グラスに注いでいた牛乳がごぽりと溢れてテーブルに広がる。あわてて卓上にあったティッシュで拭き取った。
両親がとても困った表情をしている。
「あぁ、7年かけて行っていた研究が認められてな。だが、条件が渡米ということで……受けようか迷っている」
「そうね、それかお父さんだけ行ってもらうか……」
「あぁ」
「なんで、父さんも母さんも共同研究者だろ? 二人とも招かれるのなんてすごいじゃないか!」
二人とも生命科学の分野では有名な研究者だ。長年に渡る研究の成果によって招かれたのなら、本当に凄いこと。やっと努力が実を結んだって事だから。
だけど、二人の懸念材料は……。
「俺の事、かな……」
二人が気にしているのは、日本に残される一人息子の事か。
「いえ、やっぱり私はここに残るわ。望も、高校からいきなり海外だなんて可哀想だし……」
ははは、両親が心配するほどには英語の成績はあまり良くなかったりする。
筆記はギリギリいけても会話が壊滅的だった。
「いやいや、父さんも母さんも、今までずっと頑張ってきた事が報われるんだよ。客員教授もひとまず3年だろ? 俺は大丈夫だから二人で行ってきてよ」
「でも……」
「長い休みには帰ってくるんでしょ? その時に向こうがどうだったか教えてよ!」
両親は心配していたが、せっかくのチャンスをモノにしてもらいたかったから、俺は二人を後押しした。
二人はとても心配していて、もしここに一人で残るならと寮がある高校に入学することを望んだ。
うっ……確かに、俺はだいぶ甘やかされて育ったので、日常生活は心配になるだろう。寮ならば安心して海外に行けるなんて言われてしまったら、俺が折れるしかない。
……両親には極力心配かけたくないし。
サッカー部員のほとんどの進路は推薦入試や前期入試でほぼ決まっていたので、気兼ねなく追い出しコンパを行うことができた。
俺も希望する高校を前期で受かることができて安心しきっていたけれど。
ここから寮のある高校の受け直し……。
両親はてきぱきとどこかに連絡を付けて、寮がある高校の欠員募集を調べてきた。
欠員が複数出てしまい、今からでもギリギリ受験が間に合う私学が一校だけあるらしい。
その高校の名前を聞いて、俺は唐突に思い出していた。
神様が、とても意地悪だってこと。
両親が見つけてきた寮がある私学は、“彼”の通っていた高校で……。
つまり、“山中優”が死んだ学校だった。
【試行錯誤】
読み方:しこうさくご
種々の方法を繰り返し試みて失敗を重ねながら解決方法を追求すること。「試行錯誤を重ねる」
(デジタル大辞泉より)
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