私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

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17話

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「さて、リシア・ランドロール。お前の身柄はこのオレ、アガレス第三王子のヴィリスが預かったわけで、これからのことについて一応話しておこうと思う」

「――はい。よろしくお願いいたします」

 さて、どんな要求をされるのだろうか。
 過去の歴史と伝承通りの“要の巫女”としての仕事を求められたらその時は正直に無理だというしかない。
 私は初代の記憶の一部を継承しているだけで、彼女の力の全てを振るえる訳ではない。

 触れるだけで人々の傷を癒し、凶暴な魔物とも心を通わせ、枯れた大地すら再生して見せた。
 そんなあらゆる奇跡の如き術を行使する魔法使い。
 女神に選ばれた星剣士と共に邪神を討ち滅ぼした一人。
 それが現代に伝わる初代の要の巫女だ。

 私にもそんな素晴らしい力があればもっと上手いこと立ち回れたのかもしれないけれど、今ないモノをねだっても仕方がない。
 いきなりヴィリス王子の隣に立って戦えと言われても無理だ。
 自慢じゃないけれど私は生まれてこの方、他者との争いごとをしたことがない。
 魔法だって使えないわけじゃないけれど、初代のそれと比べたら真似事にすらならないだろう。

 無理なものは無理なのだ。
 期待外れと言われて追い出されたならその時はその時だ。

 そんな思考を巡らせながら、ヴィリス王子の言葉を待つ。
 すると過去一番の険しい顔をしているであろう私に対し、王子の口角が上がるのが見えた。

「はっきり言おう! お前にやってもらうことは今のところない!」

「……え?」

 ヴィリス王子の口から発せられたのは予想外の一言。

「強いて言うなら積極的に街を出歩いてくれ。ディグランス王国とは色々勝手が違うだろうし、とりあえずはここを拠点にアガレスでの生活に慣れて欲しい」

 何もやらなくていい?
 本当にそう言っているのか自分の耳が信じられなくなった。

「えっと、その……ヴィリス王子は星剣士として要の巫女の私を傍に置くことを決められた……のですよね?」

「んー、まぁそうだな。星剣士として、っていうよりかはオレの直感がお前を傍に置いておけと言っていたからだが」

「でしたらその、オレと共に戦え! とか巫女の力をこの国に役立たせろ! とかそう言ったお言葉があるのだとばかり……」

「巫女の力ねぇ……具体的に何かこういうことができるってのがあるのか?」

「それはその……正直思い浮かびませんが……」

「じゃあ今は必要ないだろ。それに戦えって言ったって今は邪神が暴れてるわけでもないし、他国と戦争しているわけでもねえ。一体誰と戦うんだって話だぜ」

 そう言われてみると確かにそうだ。
 星剣士とは世界に仇なす邪神を討ち滅ぼす存在。女神に選ばれたその時代の勇者。
 しかし邪神がいなければ星剣士に戦う理由など存在しない。

「つまりだ。こう言っちゃあアレだが簡潔に言うと、別に今、ウチの国に星剣士も要の巫女も必要ねえってワケだ」

「な、なるほど……しかし、それでは何故アガレス王は私たちを受け入れてくださったのでしょうか……?」

「オレは父上と違って賢くねえから明確な理由は分からないが、まあ大方保険と言ったところじゃないか?」

「保険、ですか?」

「そ、保険。今は邪神の脅威こそないが、こうして星剣士が実際生まれてるんだ。つまりいつ邪神が復活してもおかしくないとも考えるのが普通だろ。その時先代の星剣士の仲間だった巫女の末裔を手元に置いておけば何かいい事あるかもってさ」

 ヴィリス王子はあえて言葉を濁したが、早い話星剣士と共に戦う切り札として保管しておきたいわけか。
 先代の星剣士の仲間は邪神討伐後、世界中に散っていった。
 もし仮に今後邪神が復活したとして、再び星剣士の隣に立って戦える存在を見つけ出すのは決して容易ではないだろう。
 そんな状況の中で現れたのが私たちランドロールの一族だ。

 もしこれが普通の没落貴族だったらこのような待遇は得られなかっただろう。
 しかし私たち一族は特別な存在だった。
 だから受け入れられた。

 なるほど。納得がいく。

「とまあ、そんな訳で今すぐ何かしろって事は無い。父上からも特に何も命じられてないしな」

「わ、分かりました。しかしその、こうして身を置かせてもらっている以上、何か出来ることはしたいと思っているのですが……」

「そうか。まあそういう事ならマルファの手伝いでもしてやってくれ。オレの身の回りの世話はほぼアイツ一人にやらせてるからさ」

「分かりました! その、経験はあまりないですが、頑張ってみます」

「おう。無理はするなよ!」

 家事手伝いか。
 正直家事に関しては全くの素人だけど、一応やっているところは何度も見たことあるから見様見真似で出来る……はずだ。
 何事も一度挑戦してみるのが大事だろう。

 そんな訳で翌日から、マルファさんと共に行動してみたのだが――

「ああっ、ダメですよっ! そんなに洗剤入れちゃダメ!」

「す、すみません……」

 洗濯。失敗。

「ちょっとちょっと! ここ全然掃除出来てないですよ! 隅に埃が溜まってるじゃないですか!」

「あっ、その、すぐやり直します……」

 掃除。やり直し。

「あああああああっ!! 火、危ない! 火!」

「あちゃー、そのお皿。ヴィリス様のお気に入りだったんだけどなぁ……」

「ぶはっ!? な、ナニコレ! 何を入れたらこんな味になるんですかぁ!?」

「うわわわわわっ! 鍋からなんかヤバい色の煙出てますって!!」

 料理。地獄。

 数日が経ち、夜。私はマルファさんに連れられてヴィリス王子の部屋を訪れた。
 そして開口一番、マルファさんは言った。

「ヴィリス様。残念ながらリシアさん。家事の才能ゼロです」

「最初は誰だってそんなもんじゃないのか?」

「掃除洗濯炊事その他いろいろやってみてもらいましたが、安心して任せられそうなものが一つもありません。特に炊事場はヤバすぎるので出禁です! リシアさんには悪いけどあたしの仕事が増えるだけですよこれじゃ……」

「ご、ごめんなさい……」

 私がここまで家事ができない無能だとは思わなかったので結構大きなショックを受けている。
 メイド服を身に纏っていると何故か妙な自信に満ち溢れて、なんでもできそうな気分になっていたのだが、気分だけだった。
 この数日間で温厚なマルファさんの口から何度ため息を聞いたことだろうか。
 直接怒られることこそなかったが、「ここまで何もできない人は見たことがない」と言わんばかりの視線を向けられた時には思わず泣きそうになった。
 と言うか今も泣きそうだ。

「そうか、なら仕方ない。悪いなマルファ。リシアも慣れないことをさせてすまん」

「い、いえ。その、出来ない私が悪いだけですので……」

「まあその、家事は今まで通りあたしが頑張るので、リシアさんは別のことに挑戦してみたらいいんじゃないかなって!」

「適材適所って言葉もあるからな。家事が出来なくたって気にすることは無いぜ。オレだって出来ないしな」

「はい……ありがとうございます」

 精一杯のフォローをして貰っている自分が情けない。
 正直アストラに婚約破棄を告げられた時よりもダメージが大きい気がする。
 これは切り替えるまで少し時間がかかりそうだ。



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