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7話
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「キミは一体――」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
エヴァン殿下は私の懸命な治療の成果で目を覚ました。
つい感情が高ぶって思わず抱き着いてしまったけれど、よくよく考えたらかなりマズいことをしていることに気づき、私は慌てて腕を離した。
恥ずかしさからか。それとも緊張の糸が途切れたからか。
私の胸は張り裂けそうなくらい激しく鼓動していた。
「少し、失礼いたしますね」
一旦その思考を放棄するためにも懐から手ぬぐい1枚と水入りのボトルを取り出し、湿らせた手拭いでエヴァン殿下のお顔を拭いた。
止血は済んでいるけどさっきまで滝のように流れていた血液が殿下の顔や体を酷く汚していたので、せめて顔くらいはと手を動かす。
美しい金色の髪もすっかり血に汚れていたので、あまり力を籠めないよう気を付けながら拭き取っていく。
僅かに幼さを残しながらも、よくよく見ればその顔つきは戦士を思わせるほど精悍で、それでいて物語に登場する王子かの如き美しさや妖艶さも秘めている。
いろんな要素がごっちゃになっているはずなのに、神様がすべて正しい位置に配置したかのような絶妙なバランスがとれており、こんな状況じゃなかったら私も変な思考を抱いてしまうかもしれないとちょっと恐怖した。
(そりゃあみんなが夢中になるのも当然か)
貴族令嬢たちはみんな自分が望み通りの結婚なんてできないことを知っているから、学生のうちに一度は好みの男の子を見つけて妄想に耽るものだ。
特に王子殿下と言うのはやはりその格好の的になる。
誰にでも分け隔てなく接し、人々に寄り添い導くカリスマ性を持つ分かりやすいイケメンのヴィレム第一王子殿下。
あまり表舞台には出てこないが、クールな見た目と聡明さを併せ持つ、眼鏡姿がよく似合ったナスカ第二王子殿下。
そして長身で細身ながらがっちりとした体格で、剣を振るう様はまるで英雄のそれを思わせるエヴァン第三王子殿下。
私とて一度も憧れたことがないと言えば嘘になる。
とは言え私は既にハルベルト家に嫁いだ既婚者だ。
妙な間違いを起こそうなんて微塵も思わない。
何より後が面倒くさいし……
「お前が……助けてくれたのか?」
意識が戻ったばかりでぼんやりとしていたエヴァン殿下が突如、私に話しかけてきた。
私の眼を捉えるまっすぐと突き刺すような紅色の瞳は先ほどまでとめどなく溢れていた血液よりも深く重みがあった。
「はい。兵隊さん――グラムさんと言う方から頼まれてここまで来ました。私がここに着いた時点でかなり危険な状態でしたので、勝手ながら回復魔法による治療を試み、今に至ります」
「そうか、グラムが……本当にありがとう。貴女のおかげでオレは命を諦めずに済んだ。この恩は必ず返す」
「え、ちょっ――殿下! そんな、やめてください。私などに頭をお下げになるだなんて! しかもまだ体が――」
エヴァン殿下は私の腕をやさしく外すと、重々しく体を起こしてから片膝をつき、あろうことか私に頭を下げた。
王族に頭を下げさせるだなんて普通に生きていたら絶対に遭遇することのないイベントに私の頭は困惑する。
だけど殿下は十分すぎる時間頭を下げ続けた。
そしてようやく頭を上げたかと思うと、今度は私の右手を奪ってその両手で包み、何か神のようなモノを見崇めるような眼差しを私に向ける。
そして何かの確信を得たように、覚悟を決めたように。
包んだ両手をぎゅっと握りしめた。
「えっ……ええっ?」
「貴女のお陰で思い出した。生きることもまた、戦いであると。オレはその強く貴き心に惹かれてしまったようだ。どうかオレとこれからの生を共にしてはくれないか?」
その瞬間、雷が落ちたかのような衝撃が走る。
「えっ、えええええええっ!?」
持っていた手拭いがはらりと落ち、同じく私の両腕もすとんと落ちる。
私の渾身の叫び声は、きっと森中に響き渡ったことだろう。
「あっ! ご、ごめんなさい!」
エヴァン殿下は私の懸命な治療の成果で目を覚ました。
つい感情が高ぶって思わず抱き着いてしまったけれど、よくよく考えたらかなりマズいことをしていることに気づき、私は慌てて腕を離した。
恥ずかしさからか。それとも緊張の糸が途切れたからか。
私の胸は張り裂けそうなくらい激しく鼓動していた。
「少し、失礼いたしますね」
一旦その思考を放棄するためにも懐から手ぬぐい1枚と水入りのボトルを取り出し、湿らせた手拭いでエヴァン殿下のお顔を拭いた。
止血は済んでいるけどさっきまで滝のように流れていた血液が殿下の顔や体を酷く汚していたので、せめて顔くらいはと手を動かす。
美しい金色の髪もすっかり血に汚れていたので、あまり力を籠めないよう気を付けながら拭き取っていく。
僅かに幼さを残しながらも、よくよく見ればその顔つきは戦士を思わせるほど精悍で、それでいて物語に登場する王子かの如き美しさや妖艶さも秘めている。
いろんな要素がごっちゃになっているはずなのに、神様がすべて正しい位置に配置したかのような絶妙なバランスがとれており、こんな状況じゃなかったら私も変な思考を抱いてしまうかもしれないとちょっと恐怖した。
(そりゃあみんなが夢中になるのも当然か)
貴族令嬢たちはみんな自分が望み通りの結婚なんてできないことを知っているから、学生のうちに一度は好みの男の子を見つけて妄想に耽るものだ。
特に王子殿下と言うのはやはりその格好の的になる。
誰にでも分け隔てなく接し、人々に寄り添い導くカリスマ性を持つ分かりやすいイケメンのヴィレム第一王子殿下。
あまり表舞台には出てこないが、クールな見た目と聡明さを併せ持つ、眼鏡姿がよく似合ったナスカ第二王子殿下。
そして長身で細身ながらがっちりとした体格で、剣を振るう様はまるで英雄のそれを思わせるエヴァン第三王子殿下。
私とて一度も憧れたことがないと言えば嘘になる。
とは言え私は既にハルベルト家に嫁いだ既婚者だ。
妙な間違いを起こそうなんて微塵も思わない。
何より後が面倒くさいし……
「お前が……助けてくれたのか?」
意識が戻ったばかりでぼんやりとしていたエヴァン殿下が突如、私に話しかけてきた。
私の眼を捉えるまっすぐと突き刺すような紅色の瞳は先ほどまでとめどなく溢れていた血液よりも深く重みがあった。
「はい。兵隊さん――グラムさんと言う方から頼まれてここまで来ました。私がここに着いた時点でかなり危険な状態でしたので、勝手ながら回復魔法による治療を試み、今に至ります」
「そうか、グラムが……本当にありがとう。貴女のおかげでオレは命を諦めずに済んだ。この恩は必ず返す」
「え、ちょっ――殿下! そんな、やめてください。私などに頭をお下げになるだなんて! しかもまだ体が――」
エヴァン殿下は私の腕をやさしく外すと、重々しく体を起こしてから片膝をつき、あろうことか私に頭を下げた。
王族に頭を下げさせるだなんて普通に生きていたら絶対に遭遇することのないイベントに私の頭は困惑する。
だけど殿下は十分すぎる時間頭を下げ続けた。
そしてようやく頭を上げたかと思うと、今度は私の右手を奪ってその両手で包み、何か神のようなモノを見崇めるような眼差しを私に向ける。
そして何かの確信を得たように、覚悟を決めたように。
包んだ両手をぎゅっと握りしめた。
「えっ……ええっ?」
「貴女のお陰で思い出した。生きることもまた、戦いであると。オレはその強く貴き心に惹かれてしまったようだ。どうかオレとこれからの生を共にしてはくれないか?」
その瞬間、雷が落ちたかのような衝撃が走る。
「えっ、えええええええっ!?」
持っていた手拭いがはらりと落ち、同じく私の両腕もすとんと落ちる。
私の渾身の叫び声は、きっと森中に響き渡ったことだろう。
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