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【第2章 理不尽賢者ローズマリーとリガイア共和国】

【理不尽賢者と麦畑Ⅴ】

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大賢者ローズマリーことあたし時計坂桜は考えることが苦手だ。いや厳密に言うと思い立ったらすぐに体が動いてしまうのだ。いまさら思うに高校までの勉強をきちんとこなしていればなあとしみじみと思う。

 ノバクの街は本当に良い街だ。他人の特攻服を馬鹿にしてくる連中を除いて誰もが穏やかで優しい。先日特攻服を馬鹿にされ店の品の大多数を破壊しいてしまったガラス細工職人の店に頭を下げに行くと「お嬢さんがシンダリアの予言に出てくる大賢者様だとは思わずに失礼を致しました」と店主に言われてしまった。領主に大賢者だというのをバラしたのは一気に街中に広まった。そして顔が怖く腕っぷしが強いことで有名なガラス細工職人をつるし上げたという噂は広まり、街の女性からの恋文が山ほど領主の館に届いた。まあ元いた世界でもそうだったから慣れっこだが……。

 盗賊の襲撃から1週間経つが未だ現れる気配はない。それも仕方ないだろう。エンシェントドラゴンを屠った……自分で言うのもなんだが……英雄がいるのだ。出てこれないだろう。おまけに転移の魔法まで使って見せたのだ。あたしはこの世界のことをより調べる為、また図書館でお子様向けの物語と例の魔法辞典を読んだ。



 錬金術師ホメロンの物語というのを読んでみた。

 なんでも生まれながらにして上級魔法の使い手だったホメロンは女の弟子を取り師弟関係から恋人にまで発展し、魔王軍の襲撃に遭い愛する人を失ったという。

 それからホメロンは恋人の蘇生をする為に魔族のことを狩りまくり、体内で最も魔力が高い心臓を使ってホムンクルスとかいう化け物と化した恋人と狂気の錬金術を開発していくという話だった。

 最後に切なかったのが恋人のホムンクルスは魔力が無くなり動きを止めてしまい。更なる狂気の実験を繰り返し破産し首を吊ったということだ。ちなみにその書籍は今でも大いに活用されているらしい。



 魔法辞典で調べた魔法と秘魔法を自分の手を見て覚えているものを見て見た。どうやら生きとし生けるものが嫌う死霊魔術を自分は習得しているらしかった。また秘魔法は蘇生と空の秘魔法を除いて全て覚えているらしい。原初の炎の魔法エクスプロージョンが自分の中で一番使ってみたい魔法だ。どんな破壊力なのか想像するだけでよだれが出そうだ。おっといけない、最近ファイアボールさえ撃たない状況に置かれている為、闘争本能が抑えられないでいるようだ。

 そしてあたりが暗くなり夕食の時間が近づいている。あたしは司書のおばさんに本を返すと転移の魔法を使いあるところへ移動した。



「ローズマリーの奴遅えなあ」とエンデュミオンがハチミツの塗られた燕麦パンをモシャモシャと食べる。

「エンデュミオン! 口に物を入れながらしゃべるのは汚いわよ」とセレーナ。

「その通りだぞ、相棒。俺を見習うことだな」とフォークとナイフを使ってお上品にパンを食べるルーンベルト。

「けっ。それにしても最近はほんとうに人が変わったかのように図書館通いしているな」

「私は良いことだと思うわよ。それに今夜あたり盗賊を捕まえるかも……」

「え! それは本当ですか⁈」領主が驚く。



 その頃ローズマリーは麦畑に転移した。数百人の男女が麦の刈り取りをしている。その中にガラス細工職人や顔馴染みになった衛兵の姿さえある。そうかそういうことだったのか。



「な、何をしに来たんだい? だ、大賢者様」刈り入れの指揮をしているらしい宿屋のオヤジが言った。よく見ると汗をかいている。



「盗賊だ! 盗賊が出たぞ!」かなり遠くから声がした。



「それで盗賊は? あんた達ってことで良いのかい?」

「……そうだ。俺・た・ち・が盗賊だ」

「領主さんを呼んでくれるかい」

「……分かった」



10分後。他の仲間3人を伴って領主が現れた。

「バレてしまいましたか……そう我・々・街・の・人・間・が真・の・盗・賊・なのです」

「刈り入れた麦はそこの粉ひき小屋に集めているのかい?」ローズマリーが詰め寄ると領主は観念したようで真相を話し始めた。



「オルトリン執政官は自分や都に住む権力者のことしか考えておりません。なので塩害によって餓えている他の地域の住民は苦しみ続けています」

「だから盗賊に襲われて仕方なく首都に送る小麦の供給量が減ったということにして、周りの貧しい地域に小麦を配っているんだろ?」

「おっしゃる通りです。オルトリン執政官にお伝えになるようでしたらどうか私が無理やり街の人間を使って私腹を肥やしていたということにしてください」

「……分かったよ」



 他の街の人もがっかりと肩を落とし、泣き始める者さえいた。それはそうだろう。自分たちの善良な領主が恐らくは死刑になってしまうような案件だからだ。

 ローズマリーは天に向かって杖を高らかに上げた。そしてファイアボールとつぶやいた。巨大な業火の球が上空で爆散し一瞬昼間のように明るくなった。



「盗賊は今成敗した。ここにいるのは義賊だ!」ローズマリーは高らかに宣言した。

 領主を含め他街の人間たちや3人の仲間たちさえ驚いている。



「あたしのこの特攻服と名前にかけて誓う。あんたらのことは絶対に秘密にする」

「さ、さすがは大賢者様! 器が大きい」とガラス職人が言った。



すると拍手が起こり始めた。なんだか照れ臭いなとローズマリーは感じた。それにしてもこの街の奴らは皆人が良い。根っからのお人好しどもだ。あたしはこの街の麦畑に結界を張ってやった。街の者しか入れないような複雑な結界だ。これでこのお人好しの街ノバクはこれからもずっと良い街であり続けられるだろう。



「毎日、図書館通いをしていたのは油断を誘う為だったのかよ」エンデュミオンが旅路に再びつくと話しかけてきた。



「あとは、もうすぐに刈り入れの時期が終わるから相手を焦らせたかったのもあるよ」

「私がローズマリーにスキル【盗聴】で刈り入れの日程がいつになるのか調べると良いって助言したのよ」セレーナは得意げに言った。

「ふっ、気持の良い街だったな。またいつか寄ってみたいものだな」ルーンベルトが最近落ち込んでいたメンタルを持ち直したのか溌溂として言った。



 ちなみに馬車を一台買おうかという話になったのだが、エンデュミオンが実は乗り物恐怖症だということが分かり駄目になってしまった。どうやら今まで恥ずかしくて言い出せなかったらしい。



 あたし達一行は和やかな気分で街道を歩いていた。



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