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事件録1:道標と道を進む者
第1話 事件発生
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ずっと疑問に思っていた。「人の幸せは、お金では買えない」と言う言葉に。お金で買える幸せは、限られている。町の服屋で売られているドレスはもちろん、パン屋の棚に並べられている白パンも。
それらはすべて、「お金」でしか買えない物だ。店の主人が「良い人」でない限り……それも「とびきりの良い人」でない限り、ドレスもパンも手に入らない。自分の欲しい物を手に入れるには、それに等しいお金を持たなければならないのだ。それがたとえ、どんな身分の者であろうとも。
ウォランは、その現実にうんざりしていた。自分の身分が「平民」である事も、そして、その家が「貧乏」である事も。彼には、不満以外の何ものでもなかった。
金持ちの家に生まれていたら、今頃は「美味い朝飯」を食べていた筈なのに。豪華な料理に囲まれて。その中には、彼の知らない料理も含まれている。金持ちの人間しか食べられないよな、とても綺麗で華やかな料理が。
ウォランは、その料理に苛立った。「自分は一生、そんな料理は食べられない」と思うと、胸の奥が何だかイライラしてしまう。それこそ、右手のモップをへし折りそうになるくらいに。
彼は大理石の廊下をしばらく睨んでいたが、遠くの方から足音(執事の足音か?)が聞こえて来ると、不思議そうな顔でその足音に目をやった。
執事は、彼の隣を通りすぎた。隣の彼が不思議そうに見えている事も気づかず、ただ何かに脅えるような顔で。彼は通路の角を曲がると、これまた近く角を曲がって、屋敷の奥にサッと消えて行った。
ウォランは「何かあったのか?」と思いつつ、屋敷の通路をしばらく見つめたが、「まあ、いいや。俺にはどうせ、関係ない事だし」と呟くと、不満げな顔で大理石の廊下をまた掃除しはじめた。
ロード・ノウの事務所は、町の駅から少し離れた所にある。様々な人々が住まう下宿屋の、丁度二階にある一室に。部屋の外には……つまり玄関には「ロード・ノウ」の表札が付けられ、その下には「探偵事務所」の文字が刻まれていた。
ロードはテーブルの椅子に戻り、今日の朝刊を開いて、その見出しを一つ一つ読みはじめた。
〇〇外相、A国との交渉に成功。戦争の危機は、無事に避けられた。
科学の発展に期待、蒸気機関車が走り抜ける未来。
△△鉱山で落盤事故、多数の労働者が犠牲に。
パブ、カボチャ屋で傷害事件。賭博行為が原因か。
アグール社、大陸に新支店を設立。海外市場の拡大を図る。
特殊道具の密売か? 旧時代が残した負の遺産。
ロードは、テーブルのカップに手を伸ばした。
「事件性が高そうなのは、この『賭博行為』と『特殊道具』か。賭博行為は、文字通りの賭け事。テーブルの上にチップを置いて、勝った人が『それ』をすべて奪い取る。特殊道具は、絶対王政時代の科学者達が造った」
……危険な代物だ。
「今の科学を脅かす程の。特殊道具には、不思議な力が宿っていて。絶対王政時の、つまり『皇帝が中心となって政治を動かしていた時代』の皇帝は、その力を使って、自分の地位を守ろうとした。国民の事を考えず、ただ自分の事だけを考えて」
でも……。
「そんな時代は、いつまでも続かない。『それ』を打ち破る者は、必ず現れる。国民達は、各地で反乱を起して」
この国の皇帝は、殺されなかったが。
「多くの人々が殺された。ギロチンの処刑台に運ばれて。処刑の終わった広場には、皇帝や国王、貴族達の首がゴロゴロ転がっていたと言う」
ロードはカップのコーヒーを啜り、テーブルの上にカップを戻した。
「新時代、か。社会は、確かに発展したけど」
人間の方は、そんなに変らない。日々の新聞を見る限りは、昔も今もぜんぜん変っていないのだ。それが「真実だ」と言わんばかりに。人は今も、「変らぬ罪」を犯しつづけている。人が人であるがゆえの罪を。
ロードはテーブルの上に朝刊を置き、椅子の上から立ち上がったが、下宿屋の女将が「ロード」と言って、部屋の扉をドンドンと叩くと、扉の前まで行き、その扉を素早く開けた。
「おはようございます、叔母さん」
「おはよう」
彼は「ニコッ」と笑って、彼に自分の用件を話した。
「外に警察の馬車が来ているわ。『君の力が必要だ』って」
少年の目が鋭くなった。
「分かりました。すぐに準備します!」
彼はいつもの部屋に行き、仕事の道具を準備しはじめた。
「お待たせしました」
と、馬車の中に入るロード。馬車の中には、一人の警官が座っていた。
ロードは警官の正面に座ると、穏やかな顔で正面の警官に微笑んだ。
警官は「それ」に微笑みかえし、馭者の男に「走らせてくれ」と言って、ロードの顔にまた視線を戻した。
「君の活躍は、新聞でかねがね拝見しています。先週も」
「博物館爆破事件ですね?」
「はい。あれは、難解な事件でした。ただの爆破事件に見せかけて」
「本当は、館長の殺害が目的だった」
二人は、互いの目をしばらく見合った。
「あの」
「はい?」
「事件の概要を教えて下さい」
「分かりました」
警官は手帳の頁を開き、事件の概要を説明した。
「死亡者は、ジョン・アグール氏。帝国の貿易業や鉄鋼業、最近では鉄道業にも手を出している実業家です。彼の遺体は、今朝の七時頃に発見されて。今、係の者が調べています。『彼の遺体に何処か、不自然な点は無いか?』と。
君が現場に着く頃にはもう、死因の方も分かっているでしょう。遺体の第一発見者は、執事の『ダグラス』と言う男です。彼はいつもの日課……つまりは氏の事を起こしに行った時、床の上で息絶えている主人を発見しました。
それまで密室状態だった部屋の中で。彼は慌てて、屋敷の人々を起こしに行きました。『これは、大変な事になった』と。アグール氏は、七十過ぎの老人でしたから。夜の間に逝ってしまってもおかしくはない。
彼は屋敷の人々に『それ』を伝えると、次は町の医者に連絡し、続いて我が警察にもこの事を伝えました。『もしもの事を考えて』とね。通報を受けた警官も驚いていましたよ。口調の方は冷静なのに、その裏には何処か動揺みたいなモノが感じられたって。流石のプロも、生の死体には敵わなかったのでしょう」
警官は、制服のポケットに手帳を戻した。
「事件の概要は、以上です」
ロードは、彼の説明に頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いえ」
ロードは、窓の外に目をやった。
「事件現場までは、あとどれくらいですか?」
警官も、窓の外に目をやった。
「そうですね。あと……あっ!」
警官は、ある建物を指差した。
「あの建物です」
ロードは彼の指差す建物、今回の仕事場を睨んだ。
それらはすべて、「お金」でしか買えない物だ。店の主人が「良い人」でない限り……それも「とびきりの良い人」でない限り、ドレスもパンも手に入らない。自分の欲しい物を手に入れるには、それに等しいお金を持たなければならないのだ。それがたとえ、どんな身分の者であろうとも。
ウォランは、その現実にうんざりしていた。自分の身分が「平民」である事も、そして、その家が「貧乏」である事も。彼には、不満以外の何ものでもなかった。
金持ちの家に生まれていたら、今頃は「美味い朝飯」を食べていた筈なのに。豪華な料理に囲まれて。その中には、彼の知らない料理も含まれている。金持ちの人間しか食べられないよな、とても綺麗で華やかな料理が。
ウォランは、その料理に苛立った。「自分は一生、そんな料理は食べられない」と思うと、胸の奥が何だかイライラしてしまう。それこそ、右手のモップをへし折りそうになるくらいに。
彼は大理石の廊下をしばらく睨んでいたが、遠くの方から足音(執事の足音か?)が聞こえて来ると、不思議そうな顔でその足音に目をやった。
執事は、彼の隣を通りすぎた。隣の彼が不思議そうに見えている事も気づかず、ただ何かに脅えるような顔で。彼は通路の角を曲がると、これまた近く角を曲がって、屋敷の奥にサッと消えて行った。
ウォランは「何かあったのか?」と思いつつ、屋敷の通路をしばらく見つめたが、「まあ、いいや。俺にはどうせ、関係ない事だし」と呟くと、不満げな顔で大理石の廊下をまた掃除しはじめた。
ロード・ノウの事務所は、町の駅から少し離れた所にある。様々な人々が住まう下宿屋の、丁度二階にある一室に。部屋の外には……つまり玄関には「ロード・ノウ」の表札が付けられ、その下には「探偵事務所」の文字が刻まれていた。
ロードはテーブルの椅子に戻り、今日の朝刊を開いて、その見出しを一つ一つ読みはじめた。
〇〇外相、A国との交渉に成功。戦争の危機は、無事に避けられた。
科学の発展に期待、蒸気機関車が走り抜ける未来。
△△鉱山で落盤事故、多数の労働者が犠牲に。
パブ、カボチャ屋で傷害事件。賭博行為が原因か。
アグール社、大陸に新支店を設立。海外市場の拡大を図る。
特殊道具の密売か? 旧時代が残した負の遺産。
ロードは、テーブルのカップに手を伸ばした。
「事件性が高そうなのは、この『賭博行為』と『特殊道具』か。賭博行為は、文字通りの賭け事。テーブルの上にチップを置いて、勝った人が『それ』をすべて奪い取る。特殊道具は、絶対王政時代の科学者達が造った」
……危険な代物だ。
「今の科学を脅かす程の。特殊道具には、不思議な力が宿っていて。絶対王政時の、つまり『皇帝が中心となって政治を動かしていた時代』の皇帝は、その力を使って、自分の地位を守ろうとした。国民の事を考えず、ただ自分の事だけを考えて」
でも……。
「そんな時代は、いつまでも続かない。『それ』を打ち破る者は、必ず現れる。国民達は、各地で反乱を起して」
この国の皇帝は、殺されなかったが。
「多くの人々が殺された。ギロチンの処刑台に運ばれて。処刑の終わった広場には、皇帝や国王、貴族達の首がゴロゴロ転がっていたと言う」
ロードはカップのコーヒーを啜り、テーブルの上にカップを戻した。
「新時代、か。社会は、確かに発展したけど」
人間の方は、そんなに変らない。日々の新聞を見る限りは、昔も今もぜんぜん変っていないのだ。それが「真実だ」と言わんばかりに。人は今も、「変らぬ罪」を犯しつづけている。人が人であるがゆえの罪を。
ロードはテーブルの上に朝刊を置き、椅子の上から立ち上がったが、下宿屋の女将が「ロード」と言って、部屋の扉をドンドンと叩くと、扉の前まで行き、その扉を素早く開けた。
「おはようございます、叔母さん」
「おはよう」
彼は「ニコッ」と笑って、彼に自分の用件を話した。
「外に警察の馬車が来ているわ。『君の力が必要だ』って」
少年の目が鋭くなった。
「分かりました。すぐに準備します!」
彼はいつもの部屋に行き、仕事の道具を準備しはじめた。
「お待たせしました」
と、馬車の中に入るロード。馬車の中には、一人の警官が座っていた。
ロードは警官の正面に座ると、穏やかな顔で正面の警官に微笑んだ。
警官は「それ」に微笑みかえし、馭者の男に「走らせてくれ」と言って、ロードの顔にまた視線を戻した。
「君の活躍は、新聞でかねがね拝見しています。先週も」
「博物館爆破事件ですね?」
「はい。あれは、難解な事件でした。ただの爆破事件に見せかけて」
「本当は、館長の殺害が目的だった」
二人は、互いの目をしばらく見合った。
「あの」
「はい?」
「事件の概要を教えて下さい」
「分かりました」
警官は手帳の頁を開き、事件の概要を説明した。
「死亡者は、ジョン・アグール氏。帝国の貿易業や鉄鋼業、最近では鉄道業にも手を出している実業家です。彼の遺体は、今朝の七時頃に発見されて。今、係の者が調べています。『彼の遺体に何処か、不自然な点は無いか?』と。
君が現場に着く頃にはもう、死因の方も分かっているでしょう。遺体の第一発見者は、執事の『ダグラス』と言う男です。彼はいつもの日課……つまりは氏の事を起こしに行った時、床の上で息絶えている主人を発見しました。
それまで密室状態だった部屋の中で。彼は慌てて、屋敷の人々を起こしに行きました。『これは、大変な事になった』と。アグール氏は、七十過ぎの老人でしたから。夜の間に逝ってしまってもおかしくはない。
彼は屋敷の人々に『それ』を伝えると、次は町の医者に連絡し、続いて我が警察にもこの事を伝えました。『もしもの事を考えて』とね。通報を受けた警官も驚いていましたよ。口調の方は冷静なのに、その裏には何処か動揺みたいなモノが感じられたって。流石のプロも、生の死体には敵わなかったのでしょう」
警官は、制服のポケットに手帳を戻した。
「事件の概要は、以上です」
ロードは、彼の説明に頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いえ」
ロードは、窓の外に目をやった。
「事件現場までは、あとどれくらいですか?」
警官も、窓の外に目をやった。
「そうですね。あと……あっ!」
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