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意外な人物
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「ごめん。急に現れて」
「いえ……」
急遽、矢田を事務所に招き入れて、会議室の一室を借りて話をすることになった。
本当は加賀も話に加わるつもりでここにいたが、矢田が俺と二人で話したいと願い出たので渋々出て行った。何かあったら大声で叫んでね、と念押しすることも忘れなかった加賀は、きっとドアの向こうで気を揉んでいるに違いない。
矢田に対してよくない印象を抱いている加賀だが、俺はそれほど警戒していないし悪印象も抱いていなかった。色々なことがあったが、為純を守る立場にいるのもわかるし、矢田も大変だと思う。
「元気そうだね」
矢田は俺の姿を嬉しそうに見つめている。
「はい。矢田さんもお元気そうですね」
とたんに矢田の顔が大げさに曇る。
「俺は毎日ぼろぼろだよ。この年になると色々痛い所が出てくるし……為純も機嫌が悪いからフォローするだけでくたくただ」
為純という名前にぴくりと反応する。
矢田は「時間もないから単刀直入に言うと……」と前置きを挟んで、真面目な顔つきになった。
「俺が行理くんに会いに来たのは為純のことだ」
予想はしていた。矢田が俺のところに来る理由なんて一つしかない。ただ、為純が京都で撮影を頑張っているなら何も問題はないはずだ。困惑気味に見つめると、矢田は大きく息をついて疲れたように喋りだした。
「京都に行く前までは、為純の調子が本当によくて、今までにないほど仕事に集中していたし頑張っていた。カメラマンにも褒められるほどいい顔をするようになったんだ。けど今はちょっとしたことで苛々して、全く仕事に集中できていない状況だ。まあ……同じ現場にオメガがいることも関係しているだろうが、かなり空気が悪い」
「京都での撮影は順調だとネットニュースに書かれていましたけど……」
「そんなものいくらでも書きようがある」
この業界の裏の部分は知らないことのほうが多い。為純と俺のキスシーンが出回ったときのように、ニュースでも正しいことを書くとは限らないのだ。
「あいつは何も俺に言わないし、ほとほと困り果てて行理くんの元に来たってわけ」
「でも、俺はもう……」
力になれないと、声にならない言葉をこめて首を横に振る。
「前までは頻繁に行理くんに連絡を取って、夜会いに行ったりご飯食べたり、随分仲がよかったみたいじゃないか。でも今の為純は携帯電話すら触らない。君の名前を出しただけで嫌な顔をする。もう君との間に何かあったとしか思えない」
加賀には全部話すことはできたが、矢田に話すには少し抵抗がある。ひとつは矢田が為純側の人間であること。もうひとつは、この話をするには俺がオメガだとばらさなければならないことだ。
「矢田さんは……為純の側にいなくていいんですか?」
為純が京都にいるならマネージャーの矢田も側にいるものと思っていた。まさか、俺に訊くためだけに東京に来ているとは思えない。
「為純は今仕事でこっちに戻ってきてるんだよ。君とはいつも連絡を取り合っていたから知っているかと思ったけど、そうか……もう、それすら知らされていないのか」
ショックで顔が凍り付いた。本当に為純との関係は切れてしまったのだ。
「……為純は君と付き合うようになってから本当に変わった。長年側で見てきた俺が驚いたくらいだ。あんな生き生きとした顔の為純は見たことがなかったよ。毎日が楽しそうで厳しい殺陣の稽古も喜々として学んでいた。……だから今の為純は見てて辛くてね。行理くん、何があったか教えてくれないか?」
救いを求めるような目だった。俺は、どうすればいいのか悩みながら、何度も口を開きかけては言葉にできずに口を閉ざす。
また為純との別れを話さなければならないのも辛いが、ここまで俺に会いに来てくれた矢田のためにも伝えておいたほうがいい。為純が言わないなら俺から話すしかない。悩みに悩んで重い口を開いた。
「俺は……為純に隠しごとをしていて、それがばれて……信用を失ってしまいました」
詳しくは言えないから、大まかなことだけをかいつまんで話す。
「他に好きな人でもいたとか?」
探るような言葉に、やはり突っ込んで訊いてくるか、と困ってしまう。誤魔化すのが苦手な俺はこれ以上どうやって伝えればいいのか焦りながら答えた。
「いえ……違います。そういうことじゃないんですが……とにかく為純のほうから別れを告げられたんです。謝罪をしても許してもらえないなら、俺にはもうどうしようもできない」
矢田は押し黙ってしまった。ここまで言ってしまえば、俺がなにもできないことは伝わるはずだ。
やがて矢田は俯いて頭を掻くと難しい顔で呟いた。
「為純が許さなかったことか……」
矢田がこれ以上訊いてこないことを願いながら、納得してくれるのを黙って待つ。
「行理くんは、為純のことをどのくらい知っている?」
ふと顔をあげて俺を見た矢田の顔には、悲しいような切ない表情が浮かんでいた。
為純のことはそれほど知っているわけではない。でも二人で過ごした短い時間、色々なことを話し合ったし、彼の琴線に触れるくらい深い場所まで辿り着いた。俺を信頼して誰にも話したことはない事実まで明かしてくれたのだ。
それを今ここで言うわけにもいかない。矢田は言いたくても言えない俺の気持ちを汲んだのか優しく笑った。
「もしかしたら聞いているかもしれないが、複雑な家族の元で育ってね。あいつのオメガ嫌いもそこからきてる」
「オメガ嫌いなことを知ってるんですね」
「俺だけじゃなく界隈では有名だよ。あいつはやたらと鼻がよくて、発情期でもないオメガの匂いをすぐに嗅ぎ分けるんだ。しかもその匂いを嗅ぐだけで具合が悪くなるから、暗黙の了解で、共演者にはオメガを入れないように配慮してくれるところも多い。それなのに、今回はなんでオメガを入れてくるかなー。しかもバース性を隠してる相手ならまだしも、オメガだと公表してるやつを入れるとか……」
最後のほうは、完全に矢田の愚痴だ。
「今はオメガを差別することを禁止されてるから仕方がないとはいえ……匂いがだめな人にとっては地獄のような……」
言っているうちに矢田の声が尻すぼみに消えていって、ふと俺の目を捉える。
「まさか行理くんがオメガなわけないよなー。為純だってすぐわかるだろうし……」
為純には隠せたのに、こうも簡単に矢田に悟られるとは思ってもおらず、俺は何も言い返せなくて俯く。
矢田が口をぴたりと閉じた。顔を見なくても痛いほどの視線を感じる。
「……まさかオメガ?」
恐る恐るといった感じで矢田が尋ねてきた。言い当てられたら認めるしかない。
「……はい」
「まじか!? オメガだったのか! じゃあなんで為純は気づかなかった?」
前のめりになった矢田は俺をまじまじと見つめる。
「どうしてでしょうね」
そう、会った瞬間オメガだと気づいていたら、為純は絶対に俺に付き合おうなどと言わなかったはずだ。
「なんでだ!? 今まで例外なくオメガはだめだったのに」
そういえば、為純は嫌がるどころか俺の匂いを気に入っていた。シャンプーを変えるのを拒んだり、枕の匂いを嗅ぐほど好きだった。
「なんかいい匂いだっては言われました」
「それって……あれじゃないか? 運命の番とか?」
「そんな眉唾もの信じてないですよ」
オメガは、この何十億人もいる広い世界で、自分だけのたった一人のアルファがいると信じているものが多い。だが俺は一度もそんなものを信じたこともないし、夢もみない。好きな人ぐらい自分で選びたい。それに、決まっている運命などこの世にありはしないのだ。
「君はロマンチストだと思ったのに信じてないんだ」
「そのロマンチストって……」
為純にも言われた言葉だ。
「でも……それで為純にばれて嫌われた?」
「はい」
「そうか、そうだったのか……」
やっと納得した矢田に、ここまで話したのだからと正直に打ち明けた。
「俺は為純がオメガ嫌いなことを知らなかったんです。付き合うふりならバース性も明かす必要がないかなって思っていました。それが悪かったんです。為純がオメガ嫌いなことを知ったときにはもう親しくなっていて、言えなかったんですから……」
「切ないな。互いに惹かれあっていたように見えたのに……」
それも、もう過去の話だ。
「行理くんは隠しごとが苦手だっただろう? 為純と付き合うふりも嫌がっていたし、司会者に話を振られて真っ赤になってしどろもどろになって答えていたのを見て、申し訳ないと思っていた。それなのに……本当によく耐えたね。君も辛かっただろう」
まさか、そんな言葉をかけられるとは思ってみなくて、思わず目が潤む。
「いえ……俺は……全然……辛かったのは為純のほうです。たくさん傷つけてしまって……本当に、本当に申し訳ありませんでした」
テーブルに頭をつけて深く矢田に謝罪した。
「行理くんは本当にまっすぐでいい子だ。俺にまで謝る必要はないんだよ。顔をあげて」
顔をあげると矢田は慈しむような目で俺を見ていた。
「どうにかしてあげたいけど……そうだな……今は為純の考えが変わることを待つしかないのかもな……」
「はい……」
「また不機嫌な為純のフォローか……。担当変えてほしいなあ」
矢田は大げさにため息をついて嘆く。こんなことを言っている矢田だが、それが本心ではないことを知っている。でなければ俺にこうして会いに来ない。
「矢田さん、俺は為純のマネージャーが矢田さんでよかったと思っています」
「ほんとにいい子だな。行理くんは。可愛いし……持って帰りたいくらいだ」
すると、ドアが乱暴に開いた。加賀が鬼のような形相で入ってくる。
「やめてください! 行理は渡しません! 話が終わったならとっとと帰ってください」
「君には怖いガードマンがついてるもんなー」
よっこらしょという掛け声とともに矢田が椅子から立ち上った。
「とりあえず理由がわかってよかったよ。また今度ゆっくり話をしよう」
俺も立ち上がり一緒に歩きながら出口のドアに向かう。
「はい。矢田さんも頑張ってください」
「頑張るよー。君みたいな子が担当だったら、やりやすいのになあ。あー胃が痛い」
そう言いつつも矢田の顔は笑っている。その後姿を見送りながら、この先、為純と会うことはあるのだろうかと考える。
待つしかない、と矢田も言っていたが、どれだけ待てばいいのか、待って変わるものなのか誰にもわからないのだ。
「いえ……」
急遽、矢田を事務所に招き入れて、会議室の一室を借りて話をすることになった。
本当は加賀も話に加わるつもりでここにいたが、矢田が俺と二人で話したいと願い出たので渋々出て行った。何かあったら大声で叫んでね、と念押しすることも忘れなかった加賀は、きっとドアの向こうで気を揉んでいるに違いない。
矢田に対してよくない印象を抱いている加賀だが、俺はそれほど警戒していないし悪印象も抱いていなかった。色々なことがあったが、為純を守る立場にいるのもわかるし、矢田も大変だと思う。
「元気そうだね」
矢田は俺の姿を嬉しそうに見つめている。
「はい。矢田さんもお元気そうですね」
とたんに矢田の顔が大げさに曇る。
「俺は毎日ぼろぼろだよ。この年になると色々痛い所が出てくるし……為純も機嫌が悪いからフォローするだけでくたくただ」
為純という名前にぴくりと反応する。
矢田は「時間もないから単刀直入に言うと……」と前置きを挟んで、真面目な顔つきになった。
「俺が行理くんに会いに来たのは為純のことだ」
予想はしていた。矢田が俺のところに来る理由なんて一つしかない。ただ、為純が京都で撮影を頑張っているなら何も問題はないはずだ。困惑気味に見つめると、矢田は大きく息をついて疲れたように喋りだした。
「京都に行く前までは、為純の調子が本当によくて、今までにないほど仕事に集中していたし頑張っていた。カメラマンにも褒められるほどいい顔をするようになったんだ。けど今はちょっとしたことで苛々して、全く仕事に集中できていない状況だ。まあ……同じ現場にオメガがいることも関係しているだろうが、かなり空気が悪い」
「京都での撮影は順調だとネットニュースに書かれていましたけど……」
「そんなものいくらでも書きようがある」
この業界の裏の部分は知らないことのほうが多い。為純と俺のキスシーンが出回ったときのように、ニュースでも正しいことを書くとは限らないのだ。
「あいつは何も俺に言わないし、ほとほと困り果てて行理くんの元に来たってわけ」
「でも、俺はもう……」
力になれないと、声にならない言葉をこめて首を横に振る。
「前までは頻繁に行理くんに連絡を取って、夜会いに行ったりご飯食べたり、随分仲がよかったみたいじゃないか。でも今の為純は携帯電話すら触らない。君の名前を出しただけで嫌な顔をする。もう君との間に何かあったとしか思えない」
加賀には全部話すことはできたが、矢田に話すには少し抵抗がある。ひとつは矢田が為純側の人間であること。もうひとつは、この話をするには俺がオメガだとばらさなければならないことだ。
「矢田さんは……為純の側にいなくていいんですか?」
為純が京都にいるならマネージャーの矢田も側にいるものと思っていた。まさか、俺に訊くためだけに東京に来ているとは思えない。
「為純は今仕事でこっちに戻ってきてるんだよ。君とはいつも連絡を取り合っていたから知っているかと思ったけど、そうか……もう、それすら知らされていないのか」
ショックで顔が凍り付いた。本当に為純との関係は切れてしまったのだ。
「……為純は君と付き合うようになってから本当に変わった。長年側で見てきた俺が驚いたくらいだ。あんな生き生きとした顔の為純は見たことがなかったよ。毎日が楽しそうで厳しい殺陣の稽古も喜々として学んでいた。……だから今の為純は見てて辛くてね。行理くん、何があったか教えてくれないか?」
救いを求めるような目だった。俺は、どうすればいいのか悩みながら、何度も口を開きかけては言葉にできずに口を閉ざす。
また為純との別れを話さなければならないのも辛いが、ここまで俺に会いに来てくれた矢田のためにも伝えておいたほうがいい。為純が言わないなら俺から話すしかない。悩みに悩んで重い口を開いた。
「俺は……為純に隠しごとをしていて、それがばれて……信用を失ってしまいました」
詳しくは言えないから、大まかなことだけをかいつまんで話す。
「他に好きな人でもいたとか?」
探るような言葉に、やはり突っ込んで訊いてくるか、と困ってしまう。誤魔化すのが苦手な俺はこれ以上どうやって伝えればいいのか焦りながら答えた。
「いえ……違います。そういうことじゃないんですが……とにかく為純のほうから別れを告げられたんです。謝罪をしても許してもらえないなら、俺にはもうどうしようもできない」
矢田は押し黙ってしまった。ここまで言ってしまえば、俺がなにもできないことは伝わるはずだ。
やがて矢田は俯いて頭を掻くと難しい顔で呟いた。
「為純が許さなかったことか……」
矢田がこれ以上訊いてこないことを願いながら、納得してくれるのを黙って待つ。
「行理くんは、為純のことをどのくらい知っている?」
ふと顔をあげて俺を見た矢田の顔には、悲しいような切ない表情が浮かんでいた。
為純のことはそれほど知っているわけではない。でも二人で過ごした短い時間、色々なことを話し合ったし、彼の琴線に触れるくらい深い場所まで辿り着いた。俺を信頼して誰にも話したことはない事実まで明かしてくれたのだ。
それを今ここで言うわけにもいかない。矢田は言いたくても言えない俺の気持ちを汲んだのか優しく笑った。
「もしかしたら聞いているかもしれないが、複雑な家族の元で育ってね。あいつのオメガ嫌いもそこからきてる」
「オメガ嫌いなことを知ってるんですね」
「俺だけじゃなく界隈では有名だよ。あいつはやたらと鼻がよくて、発情期でもないオメガの匂いをすぐに嗅ぎ分けるんだ。しかもその匂いを嗅ぐだけで具合が悪くなるから、暗黙の了解で、共演者にはオメガを入れないように配慮してくれるところも多い。それなのに、今回はなんでオメガを入れてくるかなー。しかもバース性を隠してる相手ならまだしも、オメガだと公表してるやつを入れるとか……」
最後のほうは、完全に矢田の愚痴だ。
「今はオメガを差別することを禁止されてるから仕方がないとはいえ……匂いがだめな人にとっては地獄のような……」
言っているうちに矢田の声が尻すぼみに消えていって、ふと俺の目を捉える。
「まさか行理くんがオメガなわけないよなー。為純だってすぐわかるだろうし……」
為純には隠せたのに、こうも簡単に矢田に悟られるとは思ってもおらず、俺は何も言い返せなくて俯く。
矢田が口をぴたりと閉じた。顔を見なくても痛いほどの視線を感じる。
「……まさかオメガ?」
恐る恐るといった感じで矢田が尋ねてきた。言い当てられたら認めるしかない。
「……はい」
「まじか!? オメガだったのか! じゃあなんで為純は気づかなかった?」
前のめりになった矢田は俺をまじまじと見つめる。
「どうしてでしょうね」
そう、会った瞬間オメガだと気づいていたら、為純は絶対に俺に付き合おうなどと言わなかったはずだ。
「なんでだ!? 今まで例外なくオメガはだめだったのに」
そういえば、為純は嫌がるどころか俺の匂いを気に入っていた。シャンプーを変えるのを拒んだり、枕の匂いを嗅ぐほど好きだった。
「なんかいい匂いだっては言われました」
「それって……あれじゃないか? 運命の番とか?」
「そんな眉唾もの信じてないですよ」
オメガは、この何十億人もいる広い世界で、自分だけのたった一人のアルファがいると信じているものが多い。だが俺は一度もそんなものを信じたこともないし、夢もみない。好きな人ぐらい自分で選びたい。それに、決まっている運命などこの世にありはしないのだ。
「君はロマンチストだと思ったのに信じてないんだ」
「そのロマンチストって……」
為純にも言われた言葉だ。
「でも……それで為純にばれて嫌われた?」
「はい」
「そうか、そうだったのか……」
やっと納得した矢田に、ここまで話したのだからと正直に打ち明けた。
「俺は為純がオメガ嫌いなことを知らなかったんです。付き合うふりならバース性も明かす必要がないかなって思っていました。それが悪かったんです。為純がオメガ嫌いなことを知ったときにはもう親しくなっていて、言えなかったんですから……」
「切ないな。互いに惹かれあっていたように見えたのに……」
それも、もう過去の話だ。
「行理くんは隠しごとが苦手だっただろう? 為純と付き合うふりも嫌がっていたし、司会者に話を振られて真っ赤になってしどろもどろになって答えていたのを見て、申し訳ないと思っていた。それなのに……本当によく耐えたね。君も辛かっただろう」
まさか、そんな言葉をかけられるとは思ってみなくて、思わず目が潤む。
「いえ……俺は……全然……辛かったのは為純のほうです。たくさん傷つけてしまって……本当に、本当に申し訳ありませんでした」
テーブルに頭をつけて深く矢田に謝罪した。
「行理くんは本当にまっすぐでいい子だ。俺にまで謝る必要はないんだよ。顔をあげて」
顔をあげると矢田は慈しむような目で俺を見ていた。
「どうにかしてあげたいけど……そうだな……今は為純の考えが変わることを待つしかないのかもな……」
「はい……」
「また不機嫌な為純のフォローか……。担当変えてほしいなあ」
矢田は大げさにため息をついて嘆く。こんなことを言っている矢田だが、それが本心ではないことを知っている。でなければ俺にこうして会いに来ない。
「矢田さん、俺は為純のマネージャーが矢田さんでよかったと思っています」
「ほんとにいい子だな。行理くんは。可愛いし……持って帰りたいくらいだ」
すると、ドアが乱暴に開いた。加賀が鬼のような形相で入ってくる。
「やめてください! 行理は渡しません! 話が終わったならとっとと帰ってください」
「君には怖いガードマンがついてるもんなー」
よっこらしょという掛け声とともに矢田が椅子から立ち上った。
「とりあえず理由がわかってよかったよ。また今度ゆっくり話をしよう」
俺も立ち上がり一緒に歩きながら出口のドアに向かう。
「はい。矢田さんも頑張ってください」
「頑張るよー。君みたいな子が担当だったら、やりやすいのになあ。あー胃が痛い」
そう言いつつも矢田の顔は笑っている。その後姿を見送りながら、この先、為純と会うことはあるのだろうかと考える。
待つしかない、と矢田も言っていたが、どれだけ待てばいいのか、待って変わるものなのか誰にもわからないのだ。
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