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断ち切れない想い
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その日から為純の連絡がなくなった。当たり前だ。あんな別れかたをしておいて連絡など来るわけがない。それでも俺は、諦めきれずにまた連絡が来るんじゃないかと期待をこめて待っている。何度かこちらから送ろうとしたことはある。でも言葉が見つからない。あのとき、謝罪すら受け入れてくれなかった為純に、今言えることは何もなく、何度も言いたいこと伝えたいことを打とうとしてやめた。
今は待つしかないのだ。
携帯電話から顔をあげると、急にこほこほと咳が出る。マスクをしているので、音はあまり聞こえないはずなのに、側にいた加賀が心配そうにこちらを見つめた。
「大丈夫? のど飴あるよ」
加賀はポケットからいつも常備しているのど飴を差し出した。
「俺も持っているので……」
バッグから取りだそうとすると、無理やり手に渡されたので「ありがとうございます」とお礼を言って受け取る。マスクをずらし口の中に入れるなり、レモンミントの爽やかな味が広がった。海外製ののど飴は、今まで食べてきた中で一番俺に合っているようで、口の中に入れた瞬間のどが和らぐのを感じる。甘くなく、すっきりとした味わいも気に入っていた。それを以前話したら、ネットでしか手に入らないのど飴を、加賀がいつも持ち歩くようになったのだ。
「寒くはない?」
「大丈夫です」
携帯電話をポケットに入れて、何気なくホームの反対側に目を向ける。若い男女が楽しそうに話をしていた。一緒に旅行にでも行くのか、互いにスーツケースを持って、幸せに満ちた表情で携帯電話を見せ合っている。羨ましいことだ。
年末にはまだ早いが、テレビにはもうクリスマスケーキの予約のCMが流れているし、寒々とした天気でもどこか街は華やいでいて、このまま一気にクリスマスや年末年始に突入しそうだった。
去年以上に忙しい俺たちには、楽しむ暇がない。恋人がいればまた話は別だが……多分俺は今年も一人ぼっちだろう。どうせなら仕事終わりに勇吾と一緒に過ごすのもありかもしれないと考えていると、またこほこほと咳が出る。
「行理、疲れてない?」
目を覗き込まれて、本当に心配された。
「大丈夫ですよ」
笑って答え、さらに出そうになった咳を咳払いで誤魔化して慌てて唾を飲む。
為純と別れてから、体調がよくないことは自覚していた。精神的な問題なのか、それとも季節の移り変わりによる寒さのせいなのかはわからないが、ずっと体のだるさを感じている。でも、それを口に出して言えない。加賀にもメンバーにも発情期の休みなどで迷惑をかけているのに、これ以上負担になりたくなかった。
新幹線が来たので、荷物を持って加賀と乗り込む。座席を見つけて窓際に座ると、加賀が駅で買っていた弁当を俺の前に差しだした。
「お腹空いたでしょ」
「ぺこぺこです」
弁当を受け取り、マスクを取ろうとすると、通路を歩く人たちと目が合う。
加賀はさり気なく俺の帽子のつばを目深に下げた。今日はメンバーと一緒ではなく俺一人だけ、人気芸人と地方でのロケだったが、それでも名前を知っている人がいて声をかけられた。それだけ有名になったことだと思うが、たまに変に絡まれたりすることがあるので加賀もかなり周囲に気を配っている。
俺は結局マスクをしたまま俯いて、携帯電話でニュースをざっと眺めた。
為純の写真が見えて、一瞬スワイプする。太刀を佩き、和装の彼は、黒髪も相まって凛々しく見目麗しい日本男児だ。京都での撮影は順調らしく、早くも期待値が高まっていると書かれてある。
目に焼き付けるように写真を眺めていると、新幹線が動き出し、みな席についたのでやっとマスクを外して弁当を食べる。
「お茶、ここに置いておくね」
「あ、ありがとうございます」
加賀が、俺の携帯電話に映った画像をちらっと見た気がしたが、何も言わなかった。さり気なく携帯電話をしまって、もらったお茶を飲む。
「今日はこの後、事務所で動画撮影ですよね」
「そうだね。ごめん。ロケに行った日くらいはゆっくり体を休めてほしいところだけど……」
すまなそうに謝る加賀に、俺は首を横に振る。忙しさももう慣れた。
「大丈夫です。勇吾も今日はテレビ局の収録ですよね」
「うん、もしかしたらちょっと長引いているかもしれない」
弁当を食べ終わると、再びマスクをする。隣では弁当を食べ終えた加賀がもうノートパソコンを開いて仕事をしていた。
一時間ほどの新幹線の中では眠ることもできずに、結局加賀のキーボードを打つ音をBGMに静かに目を閉じて体を休める。
駅に着き、新幹線を降りると加賀と一緒にタクシーに乗り込んで事務所に向かった。
「やっぱり勇吾は遅くなるようだね。他の二人はもう来てる」
携帯電話を見ながら加賀が告げる。
タクシーが事務所の前に停まり、加賀に続いて降りると、不意に左側から見知った顔が近づいてくる。加賀が俺を庇うように前に出たが、相手を見て顔を顰めた。
「久しぶり、行理くん。忙しそうだったから会えるとは思わなかったけど、よかったよ、会えて」
にこやかに微笑んで矢田が俺たちの前で足を止めた。
「お久しぶりです」
どうしてここにいるのか不思議に思いながら頭を下げる。対して前に立つ加賀は「一体なんの用でしょうか」と不審者さながらの警戒心を抱いたようだった。
「少し、時間あるかな? 話があるんだ」
矢田の言葉に俺と加賀は顔を見合わせた。
今は待つしかないのだ。
携帯電話から顔をあげると、急にこほこほと咳が出る。マスクをしているので、音はあまり聞こえないはずなのに、側にいた加賀が心配そうにこちらを見つめた。
「大丈夫? のど飴あるよ」
加賀はポケットからいつも常備しているのど飴を差し出した。
「俺も持っているので……」
バッグから取りだそうとすると、無理やり手に渡されたので「ありがとうございます」とお礼を言って受け取る。マスクをずらし口の中に入れるなり、レモンミントの爽やかな味が広がった。海外製ののど飴は、今まで食べてきた中で一番俺に合っているようで、口の中に入れた瞬間のどが和らぐのを感じる。甘くなく、すっきりとした味わいも気に入っていた。それを以前話したら、ネットでしか手に入らないのど飴を、加賀がいつも持ち歩くようになったのだ。
「寒くはない?」
「大丈夫です」
携帯電話をポケットに入れて、何気なくホームの反対側に目を向ける。若い男女が楽しそうに話をしていた。一緒に旅行にでも行くのか、互いにスーツケースを持って、幸せに満ちた表情で携帯電話を見せ合っている。羨ましいことだ。
年末にはまだ早いが、テレビにはもうクリスマスケーキの予約のCMが流れているし、寒々とした天気でもどこか街は華やいでいて、このまま一気にクリスマスや年末年始に突入しそうだった。
去年以上に忙しい俺たちには、楽しむ暇がない。恋人がいればまた話は別だが……多分俺は今年も一人ぼっちだろう。どうせなら仕事終わりに勇吾と一緒に過ごすのもありかもしれないと考えていると、またこほこほと咳が出る。
「行理、疲れてない?」
目を覗き込まれて、本当に心配された。
「大丈夫ですよ」
笑って答え、さらに出そうになった咳を咳払いで誤魔化して慌てて唾を飲む。
為純と別れてから、体調がよくないことは自覚していた。精神的な問題なのか、それとも季節の移り変わりによる寒さのせいなのかはわからないが、ずっと体のだるさを感じている。でも、それを口に出して言えない。加賀にもメンバーにも発情期の休みなどで迷惑をかけているのに、これ以上負担になりたくなかった。
新幹線が来たので、荷物を持って加賀と乗り込む。座席を見つけて窓際に座ると、加賀が駅で買っていた弁当を俺の前に差しだした。
「お腹空いたでしょ」
「ぺこぺこです」
弁当を受け取り、マスクを取ろうとすると、通路を歩く人たちと目が合う。
加賀はさり気なく俺の帽子のつばを目深に下げた。今日はメンバーと一緒ではなく俺一人だけ、人気芸人と地方でのロケだったが、それでも名前を知っている人がいて声をかけられた。それだけ有名になったことだと思うが、たまに変に絡まれたりすることがあるので加賀もかなり周囲に気を配っている。
俺は結局マスクをしたまま俯いて、携帯電話でニュースをざっと眺めた。
為純の写真が見えて、一瞬スワイプする。太刀を佩き、和装の彼は、黒髪も相まって凛々しく見目麗しい日本男児だ。京都での撮影は順調らしく、早くも期待値が高まっていると書かれてある。
目に焼き付けるように写真を眺めていると、新幹線が動き出し、みな席についたのでやっとマスクを外して弁当を食べる。
「お茶、ここに置いておくね」
「あ、ありがとうございます」
加賀が、俺の携帯電話に映った画像をちらっと見た気がしたが、何も言わなかった。さり気なく携帯電話をしまって、もらったお茶を飲む。
「今日はこの後、事務所で動画撮影ですよね」
「そうだね。ごめん。ロケに行った日くらいはゆっくり体を休めてほしいところだけど……」
すまなそうに謝る加賀に、俺は首を横に振る。忙しさももう慣れた。
「大丈夫です。勇吾も今日はテレビ局の収録ですよね」
「うん、もしかしたらちょっと長引いているかもしれない」
弁当を食べ終わると、再びマスクをする。隣では弁当を食べ終えた加賀がもうノートパソコンを開いて仕事をしていた。
一時間ほどの新幹線の中では眠ることもできずに、結局加賀のキーボードを打つ音をBGMに静かに目を閉じて体を休める。
駅に着き、新幹線を降りると加賀と一緒にタクシーに乗り込んで事務所に向かった。
「やっぱり勇吾は遅くなるようだね。他の二人はもう来てる」
携帯電話を見ながら加賀が告げる。
タクシーが事務所の前に停まり、加賀に続いて降りると、不意に左側から見知った顔が近づいてくる。加賀が俺を庇うように前に出たが、相手を見て顔を顰めた。
「久しぶり、行理くん。忙しそうだったから会えるとは思わなかったけど、よかったよ、会えて」
にこやかに微笑んで矢田が俺たちの前で足を止めた。
「お久しぶりです」
どうしてここにいるのか不思議に思いながら頭を下げる。対して前に立つ加賀は「一体なんの用でしょうか」と不審者さながらの警戒心を抱いたようだった。
「少し、時間あるかな? 話があるんだ」
矢田の言葉に俺と加賀は顔を見合わせた。
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