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ツアー最終日
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東京公演はツアーのフィナーレを飾るにふさわしく大盛況だった。全力で歌うもの踊るのもいつも当たり前だが、それ以上に、必ず成功させてやるという気力に溢れて、俺も含めみな怖いくらいの集中力とキレのあるダンスで、二時間歌いきった。
目立ったミスもなく、声も調子がよく気持ちのいいほど高音が伸び、練習の成果を思う存分発揮することができた。
楽屋で四人汗まみれになりながら、屍のようにぐったりと椅子に凭れる。ツアー初日は終わった後もあんなに興奮していたのに、今日は誰もが疲れたように目を閉じている。
加賀もお疲れ、と一言だけ声をかけたのを最後に、必要以上に話さなかった。
「終わった。終わっちまった」
四人の呼吸を整える息だけがする中、急に勇吾が声をあげた。
「やりきったなあ」
「思いっきり暴れた」
他の二人も次々と感想を言い合う。
「最高だったな」
俺がぽつりとつぶやくと、三人ががばっと立ち上がって「うおー」と叫びはじめた。
「最高だった」
「マジで感動した」
「気持ちよかった」
俺も立ち上がると、なぜか四人で円陣を組むように肩を抱く。
「これからも、頑張っていくぞ!」
「おー!」
「まだまだやれるぞ!」
「おー!」
「次はアリーナツアー目指すぞ!」
「おー!」
「全国制覇もいいぞ!」
「おー!」
言いたい放題言い合って、肩を叩いて笑い合う。ふぬけた様子から一転、笑い合ってはしゃぐ俺たちを加賀はほっとしたように見つめ「関係者の方々をお連れしてくるから」と言って楽屋を出て行った。
「今回めっちゃ気合が入ったな」
「入った。隣見ると勇吾がやる気満々でジャンプしてんの」
「お前だって、一緒に飛んでただろ」
「だな」
そんなことを話していると次から次へと仕事の関係者が楽屋を訪れる。俺たちは雑談を交えながも手短に話し、一人一人にお礼と感謝を述べて対応した。
メンバーや俺の家族なども訪問してきたので、少し居心地の悪さを覚えつつ、仕事の関係者の畏まった感じとは違った気安さで話をする。
特に、俺の母親は来るなり「そこで柏原さんに出会ったわ」と耳打ちしてきた。まさか、こんな所で鉢合わせするなんて、為純はさぞ困っただろうなと思っていれば、母親は「いいかたじゃない」と好印象を口にする。動揺しながら「何か話した?」と訊けば「少しだけよ。でもとても感じがよかったわ」とうっとりと頬を染めた。為純は俺の恋人役としてパーフェクトな対応をしたらしい。「ちゃんとお付き合いしているなら、一度うちに連れてきなさい」とまで言い出して、俺はどう答えるか迷ったが「あっちも仕事で忙しいし……まあ、そのうちにな」と曖昧に誤魔化した。
そんな中、家族と入れ違いに藍も姿を見せた。
「行理くん~よかったよ! 感動したよ!」
楽屋に入ってきて真っ先に俺に抱きつく。その手には俺を応援するうちわが握られていた。
「あ、ありがとう」
テンションの高さに苦笑していると、加賀が盛大に咳ばらいをする。
「藍、離れなさい」
「また、歌うまくなったんじゃない。踊りも凄かった!」
加賀の声が聞こえていないのか、それとも無視しているのか、藍は俺の腕にしがみついたままぴょんぴょん飛び跳ねて興奮している。
「行理推しは変わらないか」
「藍ちゃんは行理大好きだからな」
メンバーの声に藍はにっこりと笑って「勇吾くんもよかったよ。それに……」と一人一人の名前をあげて、よかったと褒めていたが明らかに熱量が違った。
そこに、一瞬しんとした沈黙が落ちる。何事かと思っていれば、メンバーの視線がみな一点を見ている。視線を向けると、ドアの前にサイリウムを持ち肩からツアータオルをさげた為純が立っていた。
その姿に思わず笑ってしまったが、他のメンバーはあまりの似合わなさに、見てはいけないものを見てしまったかのように次々と目を逸らしている。
多分、スタッフが気を利かせてツアーグッズを為純に渡したのだろうが、ちゃんとサイリウムを手に持って肩からタオルをかけてくれるとは思わなかった。メンバーが目を逸らす気持ちもわかる。
笑いをひっこめて「来てくれてありがとう」と近づいた。サイリウムを振っていたのかはわからないが、為純の存在はステージから確認している。一瞬ちらっと目が合ったが、特別な行為はしなかった。会場にいるお客さんはみな一緒だ。
「こちらこそ招待ありがとう。楽しかったよ」
緩く微笑んだ為純に、俺の背後にいた藍が「ふわっ」と変な声をあげる。
「この男が行理くんの彼氏か……」
小さく呟いた藍の言葉は感嘆とは違い、どちらかといえば品定めしているような不審げな声に近い。俺の母親ですらぽっとなったのに、初対面で見た目には騙されなかった藍は、もしかしたら男性を見る目があるのかもしれない。
「あ、お花ありがとうございます」
勇吾がお礼を言って頭を下げる。為純の事務所からスタンドの大きな花と、為純個人からも楽屋に飾るサイズの花が届けられていた。
「いえ、ご招待いただき本当にありがとうございました。素晴らしいステージに感動しました」
為純は人好きのする笑顔を浮かべて、柔らかな対応をする。よそ行きの顔は仕方がないが少し寂しい。
「あ、母さんと会ったって? 悪かったな」
為純の袖を引っ張って、メンバーに背を向けてこそこそと喋る。
「気にしてない。いいお母さんだな」
「そうか?」
「行理のことよろしくお願いしますって言われたから、こちらこそよろしくお願いしますって言っておいた」
「ああ……本当悪かった」
「別にいいって」
気がつけば楽屋の中はシーンとしている。振り向いて確認すると、メンバーは素知らぬ顔をしながらもこちらの会話に聞き耳を立てていた。
あまり人前でする話でもないと、為純から離れる。時間もなくこれ以上個人的な話をするわけにもいかずに「じゃあ、またな」と別れた。
この様子を見ていた藍は不思議そうに首を傾げる。
「お互い一目惚れって言ったから、もっと熱烈かと思ったら、違うんだね」
俺はぎくりと体を竦ませる。藍は鋭い。
「さすがにこんな場でいちゃつかれたら困るだろ」
勇吾がさらっとそう言ってくれたので助かったが、藍は「うーん、なんか違う」と考えている。加賀が「もう遅いから帰ったほうがいい」と藍の背中を押して楽屋から出してしまった。
「えー、行理くん、またね!」
出て行く間際まで元気な藍に手を振る。加賀とは目線で伝え合った。
鋭い人には俺と為純の間に流れる空気が、恋人のそれとは違うとわかってしまう。今までばれたことがなかったから深く考えたことはなかったが、今度からはもう少し注意して接したほうがいいかもしれない。
ただ、注意といっても、為純との間にあるものは友人という感情でしかなく、それ以上どうやって表現すればいいのか見当もつかない。みなの前で熱烈なハグでもして見せればいいのか……。これ以上のものを求められてもどうすることもできないのだ。
目立ったミスもなく、声も調子がよく気持ちのいいほど高音が伸び、練習の成果を思う存分発揮することができた。
楽屋で四人汗まみれになりながら、屍のようにぐったりと椅子に凭れる。ツアー初日は終わった後もあんなに興奮していたのに、今日は誰もが疲れたように目を閉じている。
加賀もお疲れ、と一言だけ声をかけたのを最後に、必要以上に話さなかった。
「終わった。終わっちまった」
四人の呼吸を整える息だけがする中、急に勇吾が声をあげた。
「やりきったなあ」
「思いっきり暴れた」
他の二人も次々と感想を言い合う。
「最高だったな」
俺がぽつりとつぶやくと、三人ががばっと立ち上がって「うおー」と叫びはじめた。
「最高だった」
「マジで感動した」
「気持ちよかった」
俺も立ち上がると、なぜか四人で円陣を組むように肩を抱く。
「これからも、頑張っていくぞ!」
「おー!」
「まだまだやれるぞ!」
「おー!」
「次はアリーナツアー目指すぞ!」
「おー!」
「全国制覇もいいぞ!」
「おー!」
言いたい放題言い合って、肩を叩いて笑い合う。ふぬけた様子から一転、笑い合ってはしゃぐ俺たちを加賀はほっとしたように見つめ「関係者の方々をお連れしてくるから」と言って楽屋を出て行った。
「今回めっちゃ気合が入ったな」
「入った。隣見ると勇吾がやる気満々でジャンプしてんの」
「お前だって、一緒に飛んでただろ」
「だな」
そんなことを話していると次から次へと仕事の関係者が楽屋を訪れる。俺たちは雑談を交えながも手短に話し、一人一人にお礼と感謝を述べて対応した。
メンバーや俺の家族なども訪問してきたので、少し居心地の悪さを覚えつつ、仕事の関係者の畏まった感じとは違った気安さで話をする。
特に、俺の母親は来るなり「そこで柏原さんに出会ったわ」と耳打ちしてきた。まさか、こんな所で鉢合わせするなんて、為純はさぞ困っただろうなと思っていれば、母親は「いいかたじゃない」と好印象を口にする。動揺しながら「何か話した?」と訊けば「少しだけよ。でもとても感じがよかったわ」とうっとりと頬を染めた。為純は俺の恋人役としてパーフェクトな対応をしたらしい。「ちゃんとお付き合いしているなら、一度うちに連れてきなさい」とまで言い出して、俺はどう答えるか迷ったが「あっちも仕事で忙しいし……まあ、そのうちにな」と曖昧に誤魔化した。
そんな中、家族と入れ違いに藍も姿を見せた。
「行理くん~よかったよ! 感動したよ!」
楽屋に入ってきて真っ先に俺に抱きつく。その手には俺を応援するうちわが握られていた。
「あ、ありがとう」
テンションの高さに苦笑していると、加賀が盛大に咳ばらいをする。
「藍、離れなさい」
「また、歌うまくなったんじゃない。踊りも凄かった!」
加賀の声が聞こえていないのか、それとも無視しているのか、藍は俺の腕にしがみついたままぴょんぴょん飛び跳ねて興奮している。
「行理推しは変わらないか」
「藍ちゃんは行理大好きだからな」
メンバーの声に藍はにっこりと笑って「勇吾くんもよかったよ。それに……」と一人一人の名前をあげて、よかったと褒めていたが明らかに熱量が違った。
そこに、一瞬しんとした沈黙が落ちる。何事かと思っていれば、メンバーの視線がみな一点を見ている。視線を向けると、ドアの前にサイリウムを持ち肩からツアータオルをさげた為純が立っていた。
その姿に思わず笑ってしまったが、他のメンバーはあまりの似合わなさに、見てはいけないものを見てしまったかのように次々と目を逸らしている。
多分、スタッフが気を利かせてツアーグッズを為純に渡したのだろうが、ちゃんとサイリウムを手に持って肩からタオルをかけてくれるとは思わなかった。メンバーが目を逸らす気持ちもわかる。
笑いをひっこめて「来てくれてありがとう」と近づいた。サイリウムを振っていたのかはわからないが、為純の存在はステージから確認している。一瞬ちらっと目が合ったが、特別な行為はしなかった。会場にいるお客さんはみな一緒だ。
「こちらこそ招待ありがとう。楽しかったよ」
緩く微笑んだ為純に、俺の背後にいた藍が「ふわっ」と変な声をあげる。
「この男が行理くんの彼氏か……」
小さく呟いた藍の言葉は感嘆とは違い、どちらかといえば品定めしているような不審げな声に近い。俺の母親ですらぽっとなったのに、初対面で見た目には騙されなかった藍は、もしかしたら男性を見る目があるのかもしれない。
「あ、お花ありがとうございます」
勇吾がお礼を言って頭を下げる。為純の事務所からスタンドの大きな花と、為純個人からも楽屋に飾るサイズの花が届けられていた。
「いえ、ご招待いただき本当にありがとうございました。素晴らしいステージに感動しました」
為純は人好きのする笑顔を浮かべて、柔らかな対応をする。よそ行きの顔は仕方がないが少し寂しい。
「あ、母さんと会ったって? 悪かったな」
為純の袖を引っ張って、メンバーに背を向けてこそこそと喋る。
「気にしてない。いいお母さんだな」
「そうか?」
「行理のことよろしくお願いしますって言われたから、こちらこそよろしくお願いしますって言っておいた」
「ああ……本当悪かった」
「別にいいって」
気がつけば楽屋の中はシーンとしている。振り向いて確認すると、メンバーは素知らぬ顔をしながらもこちらの会話に聞き耳を立てていた。
あまり人前でする話でもないと、為純から離れる。時間もなくこれ以上個人的な話をするわけにもいかずに「じゃあ、またな」と別れた。
この様子を見ていた藍は不思議そうに首を傾げる。
「お互い一目惚れって言ったから、もっと熱烈かと思ったら、違うんだね」
俺はぎくりと体を竦ませる。藍は鋭い。
「さすがにこんな場でいちゃつかれたら困るだろ」
勇吾がさらっとそう言ってくれたので助かったが、藍は「うーん、なんか違う」と考えている。加賀が「もう遅いから帰ったほうがいい」と藍の背中を押して楽屋から出してしまった。
「えー、行理くん、またね!」
出て行く間際まで元気な藍に手を振る。加賀とは目線で伝え合った。
鋭い人には俺と為純の間に流れる空気が、恋人のそれとは違うとわかってしまう。今までばれたことがなかったから深く考えたことはなかったが、今度からはもう少し注意して接したほうがいいかもしれない。
ただ、注意といっても、為純との間にあるものは友人という感情でしかなく、それ以上どうやって表現すればいいのか見当もつかない。みなの前で熱烈なハグでもして見せればいいのか……。これ以上のものを求められてもどうすることもできないのだ。
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