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冬の日

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「お気に入りになったな」
 ボールを咥えて遊んでいたキキは何? という顔でコーヒーを飲む俺の側に寄ってきた。
 体を撫でて毛を梳くと、キキはもっと撫でてというふうに、うっとりと目を閉じる。
「甘えん坊め」
 この甘えん坊は、誰にでも愛想がよく人見知りしないから、街に行った際もおおいに可愛がられた。大きな声を上げて駆け寄ってくる子供も怖がらない。ボールも雑貨屋に行ってスコップやら石鹸などの日用品を買ったときにただでもらったものだ。ほかにも、クリフトンと一緒に食堂で昼食を食べたのだが、キキの分はサービスしてもらった。可愛いとお得だ。
 俺がボールを投げると、キキはすぐさま拾いに行く。
 咥えて戻ってきたキキの大きな目はキラキラ輝いていて、もっと遊んでと顔にかかれている。
 また遠くへボールを投げる。リビングは広いのに戻ってくるのは一瞬だ。
 ひとしきりキキと遊んで、今度は一緒に風呂に入る。
 最初水を怖がっていたキキも、今ではお風呂の気持ちよさを覚えて俺と一緒に湯船に浸かる。犬かき……ではなく狐かきですいすいだ。
 それから夕食を食べて、夜はまったりと暖炉の前で過ごす。
 この世界にはスマホもないしテレビもないから夜が長く感じがちだが、書物がある。誰が集めるんだこんなものと思われていた使い道のまったくないアイテムだが、収集癖のある俺は意外にもこつこつと集めていた。それがこんなところで役に立つなんて思ってもみなかった。
 オーバーレイオンライン開発者の誰かが買いたであろう数多の冒険小説や日記のようなものから、なんと魔法書や薬草辞典などというものもあった。
 様々な種類の書物が数百冊あるので、飽きずに読んでいる。それでも足りない巻数があるので、まだ集めがいはある。
 この街は小さいから書物屋はなかったが、確か王都にあったはずだ。買い取りもしていたから同じ本が手に入った場合売ったりもした。ゲーム中は毎日品ぞろえが変わっていて、持っていない本が並んだときは買ったりもしていたが、買うと意外と高かったりする。また洞窟や遺跡でしか手に入らない貴重な書物もあった。
 すべて集めるのは不可能だと言われている。いつか、旅に出たくなったらそのときにでも集めるのもありかもしれない。そのときはキキも大きくなって、一緒に旅ができたら最高だ。
「この世界で生きていくしかないんだから、楽しみも見つけなくちゃ」
 ただ当分冬の間は家から出られないし、出たくない。雪と寒さがやっかいだった。住みたがらない気持ちもわかる。俺も家がなければ、こんなところに暮らさなかっただろう。
 その反面、暖炉の温かさは天国のような心地だった。それと、特別不便を感じないのは、やっぱり風呂やトイレ、寝室やキッチンなど現代に似た環境がすべて整っているからだ。
 お金だって家にいる限り使わないし、多分こんな暮らしをしている限り、使いきれない。
 食料は少しずつ減っているが微々たるものだ。箱に入ったままの大量のきのことか筍とかどうしようと思う。
 ちょっと困ったことといえば、コーヒーがもう少しで尽きる。コーヒー豆は地下倉庫に大量にあるのだからコーヒーメーカーがあれば楽なのに、雑貨屋にはなかった。まあ、当然だ。ゲーム中にプレイしていたときはたくさん並んでいた電化製品が一切なかったのだから仕方がない。
 そのかわりに、アンティークと思えるような昔ながらの手動のコーヒーミルとかガラスでできたティーサーバーは売っていた。
 今回は色々と買いすぎて持てなかったので、次の機会にでも買うつもりだ。
「コンビニがなくても今の状態なら飢えることもないしな」
 問題は医療かもしれない。もし病気になったとき、ここには病院なんてものはない。
 ハーブ水やポーションは体力の回復や傷を癒してくれるが、病気はどうなのだろう。
 ゲームでは状態異常やHPやMPが瞬時に回復してレベルもあがるエリクサーなんてものがあったが、それなら病気も治るのだろうか? エリクサーはかなり貴重で特定のストーリーのクエストをクリアしたときのみもらえる。錬金もできない。
 考えてもわからないから、これはクリフトンにでも訊いてみたほうがよさそうだ。
 あとはモンスターの出現とか。街には基本的にモンスターは現れない。そこは安心だが、
街を一歩出れば襲われる可能性がある。実はこの家の周辺だってモンスターが出る可能性がある。さっきは気軽に旅に出てもいいかもなどと考えていたが、不安なのは戦闘だ。
 一応踊り子レベル98なのである程度は戦えるはずではあるが、ゲーム中とは違うこともたびたび目撃している。
 王都にいる間に、スライムとか弱い敵と戦ってみたらよかったのかもしれない。
 フェアリースノウにいるモンスターは氷結耐性のある癖のある敵ばかり。ちょっと面倒なのだ。
「こういうとき戦闘メインのキャラならさくっと倒せるのに。それも今更か」
 時間はいくらでもあるから、当分は冬の間この家で引きこもってキキとまったり暮らそうと決めた。
 現代社会では感じることができなかったゆとりがここにある。
 そのときの俺は気楽に考えていた。
 だから、王都で知らない男と一夜を過ごしたことなど、すっかり頭から抜け落ちていたのである。
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