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第3章 大切なもの

玲華の狙い⑧

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「いやー、しっかし。REIKAちゃんすごいね。あの犬飼監督にあそこまで楯突く人、俺初めて見たよ。俺なんて一言言われると縮こまっちゃうのに」
「その”一言”すら言わせないのがヨースケのすごいところでしょ?」
「いやいや、参っちゃうな。褒めても何も出ないよ」

 山梨さんは照れたように頭を掻いた。
 人気沸騰中の俳優だけあって、彼の演技は凄かった。全てノーミス。監督の要望を全て押さえているように、ワンカットでOKテイクを出す。彼が起因したNGテイクは、今のところ見たことがない。

「でも、犬飼監督って、自分の理想と違っても、こっちのほうがいいって確信をもてば、理想を捻じ曲げられる人じゃない?」
「まあ、そうだね。過去の作品でもそういう傾向は見られた」
「そう。だから、こっちのほうが絶対に”優菜”らしいよってことをわかってもらうにはああしてぶつかるしかないかなって。少なくとも、私の演じる”優菜”はそうじゃないと活きない」
「捻じ曲げさせる自信があったわけだ」

 さすが、と言わんばかりに山梨は肩を竦めて溜息を吐いた。
 彼は彼なりに、きっと玲華の才能を認めているのだろう。玲華を対等な存在としてみている。決して、キャリアや年齢で判断していない。
 それだけ、玲華はすごいのだ。

「ほんと言うと、そんなに自信があったわけじゃないんだけどね」
「ええ、嘘だろ? あんなに全力でぶつかってたのに?」
「うん。だから、すごい悩んだ。悩んだし、病んだ。人生であんなに病んだの初めてかも」
「⋯⋯⋯」

 という事は、やっぱり昨日のあれは本当だったのか。凛は、彼女の言葉に耳を傾けているようだった。

「じゃあ、それがなんでまた自信もてたの?」

 山梨は何となしに訊いた。少し、玲華が言い淀む。

「昨日知り合いに見てもらって、どっちがいいか訊いて⋯⋯それで、その人もこっちが私らしいって言ってくれたから。それで、これで通そうって決めたの」
「なんだそれ? ぜったい彼氏だろ!」
「ちゃう、知り合い。タレントに彼氏なんておりまへん♪」

 山梨さんがからかうように訊いて、玲華はエセ関西弁でふざけたように否定している。
 この2人仲良いなって思う反面、玲華の先ほどの会話は、間違いなく⋯⋯⋯。

(⋯⋯俺か)

 俺の、あんな素人同然の判断で、彼女は自信を持って、それで巨匠とも言われるような監督に、正面から噛み付いたのか。
 どうして俺の言葉で、そんな風に自信を持てるんだ。
 凛もそうだ。俺の発言がきっかけで、芸能界を引退すると決めてしまった。

(いや、ちょっと待てよ)

 というか、その言い方だと、凛にその相談相手が俺ってバレるんじゃないか?
 この地で昨日、そんな風に玲華を自信をつけさせられる相手⋯⋯俺以外に誰がいる? それは凛にもわかってしまうんじゃないか。
 昨日のタイミングで玲華から電話があったりしたのなら、余計に勘づくんじゃないか。
 そう思っておそるおそる凛を見ると、凛は特段気にした様子はなく、2人のやり取りを笑って見ていた。
 その様子を見て、ほっとする。さすがに今のタイミングは色々とごまかしがきかない。

「でも、まあ⋯⋯REIKAちゃんの方はよかったけど、サヤカちゃんの方は厳しいかもね」

 山梨さんは神妙な顔つきになった。

「そんなにサヤカちゃんの演技ってダメなんですか?」

 凛が訊くと、玲華と山梨さんは顔を見合わせて苦い笑いを交わした。

「まあ、ちょっと⋯あれは厳しいかな。学生サークルの自主制作映画とかなら良いかもしれないけど」

 山梨さんは辛辣な評価を下している。ただ、人の良さそうな山梨さんがそこまで言うのだから、きっとひどいのだろう。
 そんな話をしている時だ。現場がざわつき始めた。
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