13 / 16
2幕 時の廃れた研究室
5話 狸の腹太鼓
しおりを挟む
僕らは日村さんの部屋をあとにしたあと、エレベーターで最上階である5階に向かっていた。病院のエレベーターを想起させるように広く、消毒液臭い。松原さんがタバコを吹かしていたなら、きっといくらかこの空間もマシになったろう。
「奈津子さん。次はなんの研究をしてる人ですか」
「次はこの研究所の所長です。多忙な方ですから、時間がある今のうちにしましょう」
先程、松原さんが時計を気にしていたのはこのためだったのだろう。
5階でエレべーターが開くと、紅い眼鏡を輝かせた秘書が迎えに立っていた。僕らがそのフロアに降りたあと、すこし焦ったような素振りを見せた。
「所長のもとへ案内いたします。もう一度、エレベーターにお乗りください」
秘書に案内されるがまま、一行は再度乗り込んだ。今度は秘書も一緒に乗り、壁面の何もない場所に手をかざした。壁面が優しく緑色に光ると扉が閉められてしまい、そのまま表記が存在しない階層に向かった。
掌紋センサーの組み込まれたエレベーターとは何ともセキュリティの高い施設なのだろうと今一度驚かされる。内部構造をイメージしたくなり、考え出したところでエレベーターが到着のメロディーを奏でた。
「なはは、よく来たな。若人たち」
扉が開いた先で迎えたアロハシャツを着た男は笑って、狸のようにお腹をポンッと叩いた。生活水準の高い体型からして所長であるのだと予想がついた。
「警視庁二課の松原です。予めお願いしていました事情聴取にご協力お願いします」
松原さんの顔が不格好にキリッとしている。堅い振る舞いが本当に苦手なのだろう。
「所長の長沼久嗣です。なんなりとご協力させてください。さあさあ、お座りください、今日は一息も休憩を取れていないでしょう」
長沼さんの手の招く先に数百万は下らない一人がけソファーとテーブルが厳めしく存在していた。僕は七つあるうち一つのソファーに気を惹かれ腰を下ろした。ソファーそのものに違いは見受けられないが、他の椅子に比べてこの椅子の接地面にだけ引きずったような跡があったからだ。
この部屋にはカーペットは敷かれておらず、温かみのある木製フローリングであるため、傷が付きやすかったのだろう。掃除の時に傷つけてしまった可能性もないわけではない。しかし、入室時に見渡して受けた完璧主義の印象からかけ離れている。そこが僕の頭の中で引っかかっている。
僕の左隣に松原さん。更にその左隣に奈津子さん。奈津子さんの正面に長沼さんが対面している。僕らの後ろから秘書が紅茶を差し入れてくれた。紅茶に付け合わせて砂糖とミルクは置かれているが檸檬は置かれていなかったので少し残念だった。ホットレモンティーはマイナーなのだろうか。巷のコンビニに発売されているレモンティーは大手のアイスティーしかない。ホットがない。これは僕にとっては唾棄すべきことだ。檸檬がないのならと僕は角砂糖を六個入れて飲まずに置いた。
松原さんたちはストレートでひと啜りすると本題に入った。
「所長さんはこの部屋の入出記録を確認すればほぼアリバイが確保できるのですが、念の為聞かせてください。入出記録は後から改ざん等することは可能ですか」
所長は妊婦かのように腹を擦り考えるとある結論に至ったようで腹太鼓を打った。
「なはは、おそらくできないと思いますよ。管理サーバーはこの部屋の奥にありまして、管理会社に委託してますからサーバーをいじるパスワードは無いんですよ。それに万が一、管理会社にパスワードの問い合わせがあった場合には私の専用デバイスと警備室のパソコンに一方入るようになってますからわかります」
「管理会社に問い合わせがなかったか念の為に確認をとってもよろしいでしょうか」
「なはは、構わんよ。それより、君たちには履歴書が必要だと思うんだ」
ソファーに沈む反動で立ち上がるとデスクの引き出しから分厚いファイルを引き出してテーブルの上においた。
「ありがとうございます。参考にさせていただきます」
「なはは、いいんだ。ただ、紙一枚ですらこの部屋からは出さないでほしいんだ。こんなに大切は個人情報を私は持っているんだからね。私これから出資希望者と対談が控えてるからいなくなるけど、この部屋は秘書に言っていただければ自由に使ってもらって構わないよ」
松原さんが「勿論です」と頭を下げた後、長沼所長はエレベーターで去っていった。
「こんなにたくさんの資料、読み切るのに何日かかるのでしょう」
この大量の資料に目を通すのは俺が適任だった。柚葉はぜひとも被疑者に事情聴取をして、その観察眼で我々では遠く至れない答えを見抜いてほしい。また、奈津子には柚葉を起用する際に適応された例の契約条件を満たせるように彼のもとにいてほしい。そして、禁煙で周りの人たちまで不快にさせてしまっている俺こそが一人になるべきだ。
「この事務作業は俺に任せて2人で行きな」
俺は格好つけて、紅茶に手を伸ばした。
「奈津子さん。次はなんの研究をしてる人ですか」
「次はこの研究所の所長です。多忙な方ですから、時間がある今のうちにしましょう」
先程、松原さんが時計を気にしていたのはこのためだったのだろう。
5階でエレべーターが開くと、紅い眼鏡を輝かせた秘書が迎えに立っていた。僕らがそのフロアに降りたあと、すこし焦ったような素振りを見せた。
「所長のもとへ案内いたします。もう一度、エレベーターにお乗りください」
秘書に案内されるがまま、一行は再度乗り込んだ。今度は秘書も一緒に乗り、壁面の何もない場所に手をかざした。壁面が優しく緑色に光ると扉が閉められてしまい、そのまま表記が存在しない階層に向かった。
掌紋センサーの組み込まれたエレベーターとは何ともセキュリティの高い施設なのだろうと今一度驚かされる。内部構造をイメージしたくなり、考え出したところでエレベーターが到着のメロディーを奏でた。
「なはは、よく来たな。若人たち」
扉が開いた先で迎えたアロハシャツを着た男は笑って、狸のようにお腹をポンッと叩いた。生活水準の高い体型からして所長であるのだと予想がついた。
「警視庁二課の松原です。予めお願いしていました事情聴取にご協力お願いします」
松原さんの顔が不格好にキリッとしている。堅い振る舞いが本当に苦手なのだろう。
「所長の長沼久嗣です。なんなりとご協力させてください。さあさあ、お座りください、今日は一息も休憩を取れていないでしょう」
長沼さんの手の招く先に数百万は下らない一人がけソファーとテーブルが厳めしく存在していた。僕は七つあるうち一つのソファーに気を惹かれ腰を下ろした。ソファーそのものに違いは見受けられないが、他の椅子に比べてこの椅子の接地面にだけ引きずったような跡があったからだ。
この部屋にはカーペットは敷かれておらず、温かみのある木製フローリングであるため、傷が付きやすかったのだろう。掃除の時に傷つけてしまった可能性もないわけではない。しかし、入室時に見渡して受けた完璧主義の印象からかけ離れている。そこが僕の頭の中で引っかかっている。
僕の左隣に松原さん。更にその左隣に奈津子さん。奈津子さんの正面に長沼さんが対面している。僕らの後ろから秘書が紅茶を差し入れてくれた。紅茶に付け合わせて砂糖とミルクは置かれているが檸檬は置かれていなかったので少し残念だった。ホットレモンティーはマイナーなのだろうか。巷のコンビニに発売されているレモンティーは大手のアイスティーしかない。ホットがない。これは僕にとっては唾棄すべきことだ。檸檬がないのならと僕は角砂糖を六個入れて飲まずに置いた。
松原さんたちはストレートでひと啜りすると本題に入った。
「所長さんはこの部屋の入出記録を確認すればほぼアリバイが確保できるのですが、念の為聞かせてください。入出記録は後から改ざん等することは可能ですか」
所長は妊婦かのように腹を擦り考えるとある結論に至ったようで腹太鼓を打った。
「なはは、おそらくできないと思いますよ。管理サーバーはこの部屋の奥にありまして、管理会社に委託してますからサーバーをいじるパスワードは無いんですよ。それに万が一、管理会社にパスワードの問い合わせがあった場合には私の専用デバイスと警備室のパソコンに一方入るようになってますからわかります」
「管理会社に問い合わせがなかったか念の為に確認をとってもよろしいでしょうか」
「なはは、構わんよ。それより、君たちには履歴書が必要だと思うんだ」
ソファーに沈む反動で立ち上がるとデスクの引き出しから分厚いファイルを引き出してテーブルの上においた。
「ありがとうございます。参考にさせていただきます」
「なはは、いいんだ。ただ、紙一枚ですらこの部屋からは出さないでほしいんだ。こんなに大切は個人情報を私は持っているんだからね。私これから出資希望者と対談が控えてるからいなくなるけど、この部屋は秘書に言っていただければ自由に使ってもらって構わないよ」
松原さんが「勿論です」と頭を下げた後、長沼所長はエレベーターで去っていった。
「こんなにたくさんの資料、読み切るのに何日かかるのでしょう」
この大量の資料に目を通すのは俺が適任だった。柚葉はぜひとも被疑者に事情聴取をして、その観察眼で我々では遠く至れない答えを見抜いてほしい。また、奈津子には柚葉を起用する際に適応された例の契約条件を満たせるように彼のもとにいてほしい。そして、禁煙で周りの人たちまで不快にさせてしまっている俺こそが一人になるべきだ。
「この事務作業は俺に任せて2人で行きな」
俺は格好つけて、紅茶に手を伸ばした。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
彼女の母は蜜の味
緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…
家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。
春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。
それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。
にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる