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1幕 白峰高校殺人事件
8話 知恵の実
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「日向さん、いつまで匂いを嗅いでるんですか」
「良いじゃないか、しっかり解くから」
雨の音でカサカサと天井から音が鳴る体育館に俺らのカツカツと足音が響く。
「コントロール室に行きましょう奈津子さん」
「分かりました。鍵もらってるので開けますね」
奈津子が鍵穴を覗きながら鍵をさしカチャリとドアを開けた。
「はい、どうぞ」「ありがとう」
陽の光が入らない、陰湿なコントロール室に置かれている色々な機材に目を通していく。
そして、目的の機材を見つけると電源を入れて、CDが入っていることを確認した。
次に観客席側を見渡せるくり抜かれた窓を舐めるように見回した。
「奈津子さん、松原さんと鬱峰君、東君、酒井君を呼んでほしいです」
「もしかして、解けたんですか!」
「ええ。ですから、みんなが集まったら、コントロール室に呼びに来てください」
「分かりました。急いで呼びますね」
そう言うと、奈津子さんはすぐさまスマホを取り出して電話をかけ始めた。
呼んだ人が集まったのはそれから30分経ったあとであった。
体育館の真ん中で、酒井、鬱峰、東、顧問である青山先生、校長が探偵を囲むように冷え切った床に座る。
松原さんと奈津子さんが体育館の出入り口側に立つ。
そして俺は、重心を片脚に寄せ眼を虚ろにし天を仰いで妖艶《ようえん》の美しさを兼ねる柚子の匂いを静かに嗅ぐ。
ふと、皆に視線を落とすと口を開く。
「お集まりいただきありがとうございます。ご存知かと思いますが僕は探偵の日向柚葉です」
右手をお腹に添えるとお辞儀をした。
「件の2つの犯行で平幕君、浦島君2人の死人が出てしまいました。あなた方をお呼びしたのは犯人の候補であるという事です」
「それで犯人は誰なんだ!名探偵」
「まぁまぁ、松原さん落ち着いてくださいよ。すぐに分かりますから」
そう言うと軽く呼吸を整え気合いを入れ直す。ここからは仕事だ。
「まず、平幕君犯行の足がかりとなるのは、ワイヤー、背景、体格の3つだ。犯行に使われた凶器は鉄パイプ、逃走時に使ったのが背景、ワイヤー、体格だ」
「犯人は中庭のベンチから鉄パイプを抜き、ワイヤーに通してカーテンレールに偽装させた。そのカーテンレールが私達の上にあるこのワイヤーのことだ。後で降ろしてみれば分かるが血痕が残っているだろう」
「早速鑑識を呼ぼう。奈津子頼む」
「はい!」
「犯行はそのワイヤーを滑車の原理を使って少しの力で人を移動させるのに使った。この学校では物理も教えているのだから怪しくもない。そして、ワイヤーを使って平幕君に接近した犯人は鉄パイプで殺害」
「また、ワイヤーに鉄パイプを通すと、巻き上げて凶器の移動をした」
「おいおい、その言い方じゃ犯人はまるで2人だぞ?」
「ええ、2人ではなく3人です」
「逃走時、天井から釣り上げている背景が1つようになります。滑車がそこに付いているため、その滑車を利用しなければならなかった。背景に取り付けられている滑車は4つ、しかし実際に使っているのは2つだけだった。それはなぜか、もちろん犯行時に使われたからだ。本来滑車1つで用は足りていた。しかし、あえて2個多く取り付けた。そして、それが可能なのは酒井君、鬱峰君、東君、青山先生の4人」
そう言うと、松原と奈津子が強く心構えた。
「ただ、まだ4人だ。核心に至ろう。背景に滑車が取り付けられているものの、重量制限というものがある。そして、この4人の中で唯一それに適しているのは東君、君だ。殺害したのが君だったからこそ、ワイヤーで首は絞められず、傷は後頭部やや下にあった」
「なんで俺なんだ。そのぐらい誰だってできるだろ」
宙に型を描きながら必死に弁解しようとする。
「だけど、君には証拠がある。まず、コントロール室から君のナレーションの録音されたCDが見つかった。犯行中だけ流していたのだろう」
「そんなん誰だって。もしかしたら俺を陥《おとしい》れようとしたんだじゃないか」
「では、君の制服に付いた2、3本のサビの付いた細い線はなんだ。ワイヤーとの摩擦熱で制服が溶け変形したんじゃないか?更には、カーテンレールのサビが付着した。君が体に巻きつけていたこのワイヤーにね」
そうして、先ほどのカーテンレールに指を向けた。
「これで、1人目の犯人は確定したね。次に2人目だ。2人目はワイヤーを引っ張ってコントロール室から鉄パイプを回収し、チップも取り返しに行った人物だ。
この犯人は、酒井くん、君だ。同じ裏方でなければ成立しない。そして、君は浦島くんを殺害した。そして血糊をばら撒いてダイレクトメッセージを隠滅した。ただ、取り返したチップは空だった。
そして、なぜ、浦島君がチップを持っていたかといえば、彼が犯人の3人目だからだ。彼がカメラ番の人物であり、カメラの置かれていた空間で酒井くんとやりとりしたのだろう。全てカメラ映像の中に収められていた。どうだい?2人とも」
「あんたの説明じゃわからねえ、もっと詳しく教えてくれよ。東は犯行を実施した、ただ、俺はしてねぇ。どこに俺がしたなんて証拠があるんだ」
酒井は体育館をドンっと一回叩き叫んだ。明らかに顔が紅潮している。ここまで紅潮するのは圧倒的に嘘を必死でつこうとしている。素人でも分かる。
「では、遠慮なく言おう。君が2人目の犯人である決定的証拠は、君の靴下に付着している赤い血糊だ」
その一言で、酒井の足に注目がいく。まるで、槍を突き立てられてる様に酒井は硬直する。
「犯行現場に入った人物にしか付かないはずだ。そして、血糊の場所を知っていたのも君だけ。そのつき方からして、壁に向かってかけた時に血糊が跳ねて付いたんだろう。どちらにせよ、動かぬ証拠だよ」
そういうと探偵は柚子にガブっと大きくかぶりつき、その果肉を食い千切った。碌に噛みもせずにゴクリと飲み込むと、再び口を開いた。
「動機は、主演の座だよね」
「ああ、本来俺のはずだった。でも取られた。だから、俺は東と浦島で犯行に及んだ。ただそれだけだ」
酒井は自暴自棄に言葉を体育館にぶつけた。
雨は未だ止まず降り続ける。
この事件の被害者への追悼の雨だろう。
僕は、現場検証の終わった体育館のステージに傷ひとつない柚子を2つ置いて学校を出た。
日が落ちかけて、厚い雲がより重みを増していた。
「良いじゃないか、しっかり解くから」
雨の音でカサカサと天井から音が鳴る体育館に俺らのカツカツと足音が響く。
「コントロール室に行きましょう奈津子さん」
「分かりました。鍵もらってるので開けますね」
奈津子が鍵穴を覗きながら鍵をさしカチャリとドアを開けた。
「はい、どうぞ」「ありがとう」
陽の光が入らない、陰湿なコントロール室に置かれている色々な機材に目を通していく。
そして、目的の機材を見つけると電源を入れて、CDが入っていることを確認した。
次に観客席側を見渡せるくり抜かれた窓を舐めるように見回した。
「奈津子さん、松原さんと鬱峰君、東君、酒井君を呼んでほしいです」
「もしかして、解けたんですか!」
「ええ。ですから、みんなが集まったら、コントロール室に呼びに来てください」
「分かりました。急いで呼びますね」
そう言うと、奈津子さんはすぐさまスマホを取り出して電話をかけ始めた。
呼んだ人が集まったのはそれから30分経ったあとであった。
体育館の真ん中で、酒井、鬱峰、東、顧問である青山先生、校長が探偵を囲むように冷え切った床に座る。
松原さんと奈津子さんが体育館の出入り口側に立つ。
そして俺は、重心を片脚に寄せ眼を虚ろにし天を仰いで妖艶《ようえん》の美しさを兼ねる柚子の匂いを静かに嗅ぐ。
ふと、皆に視線を落とすと口を開く。
「お集まりいただきありがとうございます。ご存知かと思いますが僕は探偵の日向柚葉です」
右手をお腹に添えるとお辞儀をした。
「件の2つの犯行で平幕君、浦島君2人の死人が出てしまいました。あなた方をお呼びしたのは犯人の候補であるという事です」
「それで犯人は誰なんだ!名探偵」
「まぁまぁ、松原さん落ち着いてくださいよ。すぐに分かりますから」
そう言うと軽く呼吸を整え気合いを入れ直す。ここからは仕事だ。
「まず、平幕君犯行の足がかりとなるのは、ワイヤー、背景、体格の3つだ。犯行に使われた凶器は鉄パイプ、逃走時に使ったのが背景、ワイヤー、体格だ」
「犯人は中庭のベンチから鉄パイプを抜き、ワイヤーに通してカーテンレールに偽装させた。そのカーテンレールが私達の上にあるこのワイヤーのことだ。後で降ろしてみれば分かるが血痕が残っているだろう」
「早速鑑識を呼ぼう。奈津子頼む」
「はい!」
「犯行はそのワイヤーを滑車の原理を使って少しの力で人を移動させるのに使った。この学校では物理も教えているのだから怪しくもない。そして、ワイヤーを使って平幕君に接近した犯人は鉄パイプで殺害」
「また、ワイヤーに鉄パイプを通すと、巻き上げて凶器の移動をした」
「おいおい、その言い方じゃ犯人はまるで2人だぞ?」
「ええ、2人ではなく3人です」
「逃走時、天井から釣り上げている背景が1つようになります。滑車がそこに付いているため、その滑車を利用しなければならなかった。背景に取り付けられている滑車は4つ、しかし実際に使っているのは2つだけだった。それはなぜか、もちろん犯行時に使われたからだ。本来滑車1つで用は足りていた。しかし、あえて2個多く取り付けた。そして、それが可能なのは酒井君、鬱峰君、東君、青山先生の4人」
そう言うと、松原と奈津子が強く心構えた。
「ただ、まだ4人だ。核心に至ろう。背景に滑車が取り付けられているものの、重量制限というものがある。そして、この4人の中で唯一それに適しているのは東君、君だ。殺害したのが君だったからこそ、ワイヤーで首は絞められず、傷は後頭部やや下にあった」
「なんで俺なんだ。そのぐらい誰だってできるだろ」
宙に型を描きながら必死に弁解しようとする。
「だけど、君には証拠がある。まず、コントロール室から君のナレーションの録音されたCDが見つかった。犯行中だけ流していたのだろう」
「そんなん誰だって。もしかしたら俺を陥《おとしい》れようとしたんだじゃないか」
「では、君の制服に付いた2、3本のサビの付いた細い線はなんだ。ワイヤーとの摩擦熱で制服が溶け変形したんじゃないか?更には、カーテンレールのサビが付着した。君が体に巻きつけていたこのワイヤーにね」
そうして、先ほどのカーテンレールに指を向けた。
「これで、1人目の犯人は確定したね。次に2人目だ。2人目はワイヤーを引っ張ってコントロール室から鉄パイプを回収し、チップも取り返しに行った人物だ。
この犯人は、酒井くん、君だ。同じ裏方でなければ成立しない。そして、君は浦島くんを殺害した。そして血糊をばら撒いてダイレクトメッセージを隠滅した。ただ、取り返したチップは空だった。
そして、なぜ、浦島君がチップを持っていたかといえば、彼が犯人の3人目だからだ。彼がカメラ番の人物であり、カメラの置かれていた空間で酒井くんとやりとりしたのだろう。全てカメラ映像の中に収められていた。どうだい?2人とも」
「あんたの説明じゃわからねえ、もっと詳しく教えてくれよ。東は犯行を実施した、ただ、俺はしてねぇ。どこに俺がしたなんて証拠があるんだ」
酒井は体育館をドンっと一回叩き叫んだ。明らかに顔が紅潮している。ここまで紅潮するのは圧倒的に嘘を必死でつこうとしている。素人でも分かる。
「では、遠慮なく言おう。君が2人目の犯人である決定的証拠は、君の靴下に付着している赤い血糊だ」
その一言で、酒井の足に注目がいく。まるで、槍を突き立てられてる様に酒井は硬直する。
「犯行現場に入った人物にしか付かないはずだ。そして、血糊の場所を知っていたのも君だけ。そのつき方からして、壁に向かってかけた時に血糊が跳ねて付いたんだろう。どちらにせよ、動かぬ証拠だよ」
そういうと探偵は柚子にガブっと大きくかぶりつき、その果肉を食い千切った。碌に噛みもせずにゴクリと飲み込むと、再び口を開いた。
「動機は、主演の座だよね」
「ああ、本来俺のはずだった。でも取られた。だから、俺は東と浦島で犯行に及んだ。ただそれだけだ」
酒井は自暴自棄に言葉を体育館にぶつけた。
雨は未だ止まず降り続ける。
この事件の被害者への追悼の雨だろう。
僕は、現場検証の終わった体育館のステージに傷ひとつない柚子を2つ置いて学校を出た。
日が落ちかけて、厚い雲がより重みを増していた。
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