聖女の能力で見た予知夢を盗まれましたが、それには大事な続きがあります~幽閉聖女と黒猫~

猫子

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第二話

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 私が聖女だとわかったのは十歳のときだ。
 教会孤児として暮らしていた私の手の甲に、花を模したような紋章が浮かび上がった。
 どうやらそれが聖女の証とやらであったらしい。

 千年前、天から現れた天使が魔物の溢れる大地に結界を張り、人々が安心して暮らせる場所を作ったのだという。
 天使は人間と交わり、強い魔力を持った子孫が生まれた。
 その天使の子孫が中心となって築いたのがこのリヴェル王国の始まりである。

 そして百年に一度、天使の力を受け継いだ少女が現れ、大きな災いを退けるとされている。
 それが聖女なのだ。

 私は聖女の証を得てから『聖女リア』として数日の内に宮廷へと招かれ、聖女としての教育を施された。
 聖女は天使に近い尊い存在であり、国難を救うかもしれない英雄の器でもある。
 相応しい教養と人格の持ち主でなければならない、ということなのだろう。

 ただ、記録では聖女とは、王族と血の繋がりが濃く、魔力の強い上位貴族の中から現れるとされていた。
 平民の、それも孤児である私が聖女の証を得たというのは、宮廷内でもかなりの騒ぎとなっていたらしい。
 
 聖女は天使に近い尊い存在という建前ではあったが、宮廷内では私は半ば腫れ物のように扱われていた。
 どうやら平民である私が聖女となって宮廷に迎え入れられたというのは、貴族達にとっては到底受け入れがたいことであったようだ。
 元より聖女が現れるのは百年間隔、聖女の保護自体に価値を感じてない者も多いのだろう。
 また、上級貴族の不貞によって生まれた子供が孤児になっていたのではないか、という噂もあった。


 私が宮廷を訪れて五年が経ち、十五歳になった。
 未だに私の宮廷内での話し相手は、教育係や世話係を除けば、第一王子殿下であるアズル殿下くらいであった。

「宮廷は居心地が悪そうだな、リアよ。妙な噂は流れているが、気にするな。貴殿は余の婚約者なのだからな。もし意地悪をする者がいれば、すぐに余に言え」

 この国では、聖女が現れた場合は王の正妻となることが定められているそうだ。
 天使の血を王族に取り込んで王族の魔力を強化すると共に、民に対する威光を強める目的があるのだろうと私は考えていた。
 
「ありがとうございます……アズル殿下」

 教会育ちの私にとって、宮廷は恐ろしいところだった。
 頼れるのはアズル殿下だけだった。

 アズル殿下曰く、この宮廷は三つの派閥に別れているようだった。
 第一王子アズル殿下、第二王子クローデル殿下、第三王子マザラン殿下の派閥である。
 異母兄弟であり、三人共母親が異なるのだ。

 第二王子クローデル殿下は冷酷な御方なのだという。
 無口で陰湿で、自身の手を汚さず策謀を巡らせることに長けていると、アズル殿下はそう口にしていた。

 第三王子マザラン殿下は王位に関心が薄く、奔放に生活しているそうだ。
 ただ、マザラン殿下の母親は、彼を王にすべく動いており、社交界でもかなり顔が利くという噂である。

「順当に行けば余が次期王であるが……どうにもクローデルは、聖女という不確定要素を利用しようとしている節がある。あまり下手にあの男に近づくでないぞ」

「以前クローデル殿下とお話をしたときは、『あまり私と長話をしていれば、兄上に誤解されますよ』……と」

 ただ、クローデル殿下は私と初めて会ったとき、獲物を前にした蛇のような、打算深い冷たい目をしていた。
 孤児として教会の大人に気を遣って生きてきた私は、他者の目に敏感であった。

「奴にしては殊勝な心掛けだが、その言葉、本心であればよいのだがな。奴に何かされたときには、真っ先に余へと言うのだぞ。仮に聖女である貴殿を抱き込めば、クローデルは王位に近づくことができる。ただ……そのときには、貴殿は利用されるだけして、切り捨てられることになるだろう。くれぐれも気を付けよ」


 そんな次第で、私が心を許せるのはアズル殿下だけだったのだ。
 ただでさえ肩身の狭い宮廷暮らしで、誰が敵になるのかもわからない状況であった。
 アズル殿下だって忙しく、ずっと私の傍にいてくれるわけではない。

 いや……私には、もう一人だけ心を許せる相手がいた。
 庭園でお花を眺めているとき、いつも私の傍にやって来てくれる黒猫がいるのだ。

『ご機嫌いかがか、聖女リア』

 黒猫が私を見上げ、首を伸ばす。
 私は屈んで目の高さを合わせた。

「ありがとう、ウィズ」

 黒猫のウィズ……私の秘密の話し相手である。
 聖女の魔力のお陰か、私には動物と心を通わせることができた。

 魔力に長けた上級貴族の間では、こういった固有魔法マギアと呼ばれる特異な能力が身に付くことが多いとは聞いていた。
 宮廷内ではかつて固有魔法マギアを用いた陰謀が巡らされたこともあり、発現に気づいて黙っていれば最悪極刑に課せられることもある。
 私のこの力についても当然、アズル殿下を通じて、とうに宮廷内に広まっている。

 とはいえ普通は簡単な指示を出すくらいしかできない。
 このように会話ができることは他に例がなかった。ウィズは魔力の保有量が高いためかもしれない。
 私が十歳の頃に怪我をしたウィズを助けたところ、すっかり懐かれてしまい、今では大の親友である。

 ウィズは第三王子マザラン殿下の母親である、第三夫人の飼っている猫が産んだ子であるそうだ。
 ただ、宮廷内に黒猫は不吉であるため、下手に人目に付けば追い出されるか殺される危険があり、隠れ住みながら生活をしているのだそうだ。
 家族にもまともに会いにいけない状態であるらしい。
 宮廷内で厄介者扱いされている私に通じるところがあった。

『しっかり眠れているか? 最近、例の悪夢は見るのか?』

 ウィズの言葉に、私は小さく頷く。

「うん……以前より、頻繁に」

 ここ数日、たまに悪夢を見るようになった。
 紫の鱗を持った大きな竜が、街を破壊していく夢である。

 この悪夢は恐らく、聖女の力の見せる予知夢ではないかと思っている。
 聖女は国難を退けることが役目であり、そうしたことを夢で予知できた例があるのだとか。

「……アズル殿下にも相談して、なるべく紙に見たことを纏めるようにしているの」

 これが本当に予知夢であるならば、いずれこのリヴェル王国に恐ろしい竜が現れることになる。
 もっと鮮明に見ることができれば確証を持つことができるだろうし、何か具体的な対策が見えてくるかもしれない。

 国王陛下にも伝えようかと思い悩んでいたが、アズル殿下と相談した末に、勘違いだったでは済まされない大騒ぎになるかもしれないため、もう少し予知夢を見て情報を集めるべきだ、という結論に達していた。

 体感だが、寝る前に魔力を込めて祈りを捧げたり、夢を見ながら魔力を使うイメージをすることで、例の悪夢を見る頻度を上げたり、掘り下げて見ることができるのだ。

『しかし……例の悪夢を見た後は、体調を崩すのではなかったのか? 前に高熱を出したときも……』

「ええ、でも、国のことには代えられないもの。それに……私が聖女としての実績を出すことができれば、アズル殿下も喜んでくださる」

 私はただの平民なのではないか、とよく陰口を叩かれていることは知っている。
 私だけなら慣れたことだ。
 だが、このままでは婚約者であるアズル殿下まで巻き込んでしまうかもしれない。
 私の怠慢で国に被害を出すわけには当然いかないし、それに私はアズル殿下の迷惑にはなりたくなかった。

『……アズル王子のことは好きか?』

「ええ、とても優しい御方だし……いつも私のことを気遣ってくれて、それにこの宮廷で、唯一私の味方になってくれる人ですもの」

『そうか……』

 ウィズが小さく頭を下げる。
 落ち込んでいるようで、私はくすりと笑ってしまった。

 私はさっとウィズを抱き上げる。

「ごめんごめん、一番私のこと気遣ってくれてるのは、ウィズだもんね、よしよし」

 ウィズは数秒の間心地よさそうにしていたが、はっと気が付いたように目を開き、もがき始めた。

『ああっ! こら、やめろ! いつも言っているだろう、私は触られるのが苦手なんだ!』

「気持ちよさそうにしてたのに……」

『だいたい、そんなことで気落ちしていたわけではない!』

「そんなこと……?」

『猫は色々なことを見聞きするものでな。リア、もしもアズル王子が信じられなくなったときは……』

 ウィズはそこまで言って、言葉を止めた。
 何か言い淀んでいる様子だった。

「ありがとうね、ウィズ。でも、アズル殿下は本当にいい人だもの。信じられないだなんて、これまで思ったことはないわ」

『……そう、か。そうだといいのだがな』





 今思えば、ウィズはアズル殿下の心変わりを察していたのかもしれない。

 いや、心変わり、というのは不適当か。
 最初からアズル殿下が見ていたのは王位だけだったのだ。

 アズル殿下は、第二王子のクローデル殿下を王位にしか興味ない腹黒い人物だと評していた。
 だが、振り返ってみれば、それはアズル殿下も同じことだった。

 アズル殿下は、聖女である私の存在を上手く使えば自身の地位を盤石なものにできると踏んでいたのだろう。
 しかし平民の出自を持つ私への他貴族の反発が予想以上に大きかったため、切り捨てることにしたのだ。
 この王城に最初から私の居場所なんてなかった。


 私はアズル殿下とマリアンネ様、そして数名の衛兵と共に、国王のいる謁見の間へと並んでいた。

「まさか、そなたが偽の聖女であったとはな! 聖女リア……いや、ただのリアよ! 儂を欺き……国を惑わした罪は重いぞ! 何か申し開きはあるか!」

 国王であるゲオルク陛下が豪奢な玉座に座り、私を睨んでいる。

「そなたのような小娘が、たかだか一人でこれだけのことを画策できたはずもない! このままであれば、そなたを拷問に掛けて主犯を吐かせ、その末に死罪とすることになるぞ!」

 私は膝を突き、ゲオルク陛下へと頭を下げた。

「陛下……どうか、聞き入れてください。あの予知夢は、私が見たものなのです」

「父上よ、この者は、この期に及んで我が身可愛さで嘘を吐いています! 何と醜いことでしょうか!」

 間髪入れず、アズル殿下がそう口にした。

「……私のことなど、もうどうだってよいことです。私はこれまで、アズル殿下と……そして、この国にお仕えするために生きてきました」

「つまらぬ同情を引こうとするな! 貴様の汚い魂胆はわかっているぞ!」

 アズル殿下が声を荒げる。
 私が余計なことを口にしないか怯えているようにも見えた。
 貴族派閥が関与しているのは間違いないが、どうやら国王は別であるらしい。

「陛下……まだあの予知夢は、私がアズル殿下に伝えた予知夢は、完全ではないと思うのです。何か、重要なことを見落としている……私には、そう思えてならないのです。だからこそ、アズル殿下以外にはこれまで何も言わずに来ました。お願いです、どうか……どうか、時間をください。私のことなど、今更もうどうだっていいんです。ですが、人が大勢亡くなるかもしれないのを、それと知って放っておくわけにはいきません」

「不安を煽って、命乞いか! つくづく見下げ果てた女だ! 父上、このような戯言に耳を貸す必要はございません!」

 アズル殿下は吐き捨てるように口にした。

「ふむ、マリアンネ公爵令嬢の予知夢に被せた、ただの幼稚な言い逃れだとしか思えんな」

 ゲオルク陛下もそう口にした。
 アズル殿下は露骨に安堵したように頬を緩めていた。

「リア、そなたは旧宮廷……リヴェル監獄塔に幽閉処分とする」

 ゲオルク陛下の言葉に、私は再び頭を深く下げた。

「ありがとうございます、陛下……」

「ま、待ってください、父上! 彼女は拷問の後に、死罪とするのでは?」

「無論、聖女マリアンネを疑っておるわけではない。ただ、国命が懸かっておるのだ。保険は用意しておかねばな。リヴェル監獄塔は、存在そのものが不都合な罪人を幽閉しておくための場所……中に閉じ込めておれば、死罪も同然であろう。それとも何か、殺しておかねばならん理由があるのか?」

 こうして辛うじて死罪を免れた私は、リヴェル監獄塔へと護送されることになった。
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