上 下
25 / 41

第二十五話

しおりを挟む
 〈不滅の土塊ゼータ〉を討伐し、タルナート侯爵家の令嬢ティアナ様を救出してから二日が経過していた。
 僕はベインブルクの中央広場にて、先輩冒険者であるロゼッタさんと話をしていた。

「何をそう暗い顔をしているのよ、マルク。内容が内容だけに表沙汰にはされていないけれど、大手柄だったのでしょう?」

「ティアナ様……ずっと寂しそうな顔をしていました」

 僕はベンチに座りながら、ロゼッタさんへとそう口にした。

「仕方ないでしょう。タルナート侯爵家の問題に、いち冒険者ができることなんて何もないわよ。それとも侯爵家に帰さずに、怪しげな団体に誘拐させておくのがよかったとでも言ってるの?」

「えっと、僕が連れて逃げるとか……!」

 ロゼッタさんが、がくっと肩を落とした。

「あなたね……侯爵令嬢を救出した英雄から、一転して誘拐犯よ。捕まったら首が刎ねられるわ」

「ですよね……」

 僕は苦笑いを返す。

『フン、あんな失礼な小娘など、知ったことではない。それに……マルクよ、人には人の、生まれながらにしての使命が付き纏うものなのだ。本人が望むにしろ、望まぬにしろ、な』

 ネロはそう言うと、ベンチの上に乗せてある〈もちもち饅頭〉の袋へと顔を突き入れる。
 既にギルドからたんまりと侯爵令嬢奪還の報酬金を受け取っているため、好きなだけ〈もちもち饅頭〉を購入することができたのだ。

「あなた、真面目な話をしているときくらい、我慢できないの……? そんな姿でも、名のある精霊なのでしょう?」

『女め、この我を堪え性のない赤子のように扱いおって! よいか、我は、世界の意思たる精霊王より領域を賜った大精霊ネロデ……ネロ、ネ、ネ……』

 どうやら饅頭のもちもちが牙にくっ付いてしまったらしく、上手く口が開かなくなっている。
 ネロは尾を垂れさせて、助けを求めるように僕を見る。

『もっ、もが、ふがふがっ! マルクッ、助け……ふがっ!』

「ほ、ほら、取ってあげるから、できるだけ口を開けてみて、ネロ」

「……いったいどこに、こんなに小ちゃい、饅頭に殺されかける大精霊がいるっていうのよ」

 ロゼッタさんは溜め息を吐くと、ネロの頭を撫で回した。
 ネロは首を竦めて、気持ちよさのままについ伸びをしてしまうのを堪えていた。

『もが、もが、もが……ああ、ようやく取れたわい! 女! この我を、犬っころ扱いするではない!』

 ネロがすくっとベンチの上に立ち、ブンブンと激しく尾を振ってロゼッタさんを威嚇する。

「もうその様子が完全に犬なのよ」

 ロゼッタさんが呆れたようにそう口にした。

「お手柄だったねぇ、マルク君。緘口令が出てるから表には出てないけど、ギルド内じゃ大盛り上がりさ。近い内に、タルナート家の当主である、タルマン侯爵様と直接面会することになっている……とも聞いたよ。これは側近の私兵にしてもらえるかもしれないねぇ」

 横からすっと現れたギルベインさんが、〈もちもち饅頭〉を袋から一つ手に取って、自身の口へと運ぶ。
 それから引っ張って生地の伸びを確認して、満足げに頷いていた。

「おお、伸びる、伸びる。たまに食べたくなるんだよね、これ」

『そっ、そなた、それはマルクの〈もちもち饅頭〉であるぞ! 勝手に食らうなど、盗人に同じである!』

「まぁ、まぁ、落ち着いて、ネロ。みんなで食べた方が、きっと美味しいよ」

 僕はギルベインさんへと威嚇するネロの頭を撫でて諌める。

「僕はあまり……私兵にはなりたくないですね」

「ええっ? どうしてだい、マルク君! タルマン侯爵様の側近兵になれれば、お金も名誉も思いのままだよ! 君の実力ならば出世を重ねて、ゆくゆくは騎士爵……地方代官、そして準男爵……フフフ。時代の追い風が吹けば、もっと上だって目指せるだろうさ! そうなったら、マルク君の下に仕えさせてもらうのもアリだな……」

「あなたね……ギルベイン、本当に、そういうところがダメなのよ」

 ギルベインさんがニヤニヤと笑みを浮かべ、ロゼッタさんから冷たい視線を向けられていた。

「冒険者になったのは、村の外の広い世界を見て回りたかったからなんです。人助けをするのは好きですけど……誰を何のために助けるのかは、自分で考えて決めたいなって……そう思うんです。だから、誰かに雇われるよりは、冒険者として自由に生きてみたいんです」

 僕はぽつぽつと、考えながらそう話した。

 僕は村で暮らしているときは、村人達からしてみれば『災厄を運ぶ悪い存在』だった。
 ティアナ様にしても、一緒にしたらまた彼女に怒られてしまいそうだけれど、侯爵家のために彼女に不幸を強いているのは彼女の父である侯爵家の当主様だ。
 〈不滅の土塊ゼータ〉も……僕には理解のできない、何かのために戦っているようだった。

 きっと集団のための正義と、個人のための正義は、変わってきてしまうものなんだろうと思う。

 僕には難しいことで、答えは全く見えないけれど、だからこそ誰かに委託してしまうのではなく、自分で考えながら生きていきたい。
 ネロと契約して大きな力を持ってしまった僕だからこそ、そうしなければならないんじゃないかと、今はそう思っている。

「……マルク君、君、色々考えてるんだなあ」

 ギルベインさんが、何故か深傷を負ったように苦しげにそう答えた。

「す、すみません……なんだか僕、生意気なことを言っちゃいましたよね」

「いいんだ、マルク君。君は私なんかに穢されずに、自由に生きてくれ」

「気にしなくていいわよ、マルク。こいつは自分のみみっちさを自覚して、勝手にダメージを受けてるだけだから」

 ロゼッタさんが呆れたようにそう口にする。

「でも……タルマン侯爵様の誘いを、断れるといいんだけどね。向こうは抱え込む気満々だと思うよ。タルマン侯爵様は、厳格でおっかない、冷酷な御方だって話さ。そうじゃなければ大貴族の当主なんて務まらないだろうけれど」

 ギルベインさんが口許を押さえ、言い難そうに口にした。

『ハッ、タルマン侯爵が娘の恩人相手に不躾な態度を働くような愚物であれば、我が館諸共吹っ飛ばしてやるわい。安心しておれ、マルク』

「ネロ、ありがとう! 僕、心強いよ!」

「……あのね、一応言っておくけれど、それやったら契約者であるマルクが大罪人になるわよ?」

 ロゼッタさんが深く溜め息を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

[完結]回復魔法しか使えない私が勇者パーティを追放されたが他の魔法を覚えたら最強魔法使いになりました

mikadozero
ファンタジー
3月19日 HOTランキング4位ありがとうございます。三月二十日HOTランキング2位ありがとうございます。 ーーーーーーーーーーーーー エマは突然勇者パーティから「お前はパーティを抜けろ」と言われて追放されたエマは生きる希望を失う。 そんなところにある老人が助け舟を出す。 そのチャンスをエマは自分のものに変えようと努力をする。 努力をすると、結果がついてくるそう思い毎日を過ごしていた。 エマは一人前の冒険者になろうとしていたのだった。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

美少女ゲームの悪役令息に転生した俺、『本編先乗り』と【モンスター錬成】で原作を破壊する

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
美少女ゲーム【ドラゴンズ・ティアラ】は、バグが多いのが玉に瑕の1000時間遊べる名作RPGだ。 そんな【ドラゴンズ・ティアラ】を正規プレイからバグ利用プレイまで全てを遊び尽くした俺は、憧れのゲーム世界に転生してしまう。 俺が転生したのは子爵家の次男ヴァレリウス。ゲーム中盤で惨たらしい破滅を迎えることになる、やられ役の悪役令息だった。 冷酷な兄との対立。父の失望からの勘当。学生ランクFへの降格。破滅の未来。 前世の記憶が蘇るなり苦難のスタートとなったが、むしろ俺はハッピーだった。 家族にハズレ扱いされたヴァレリウスの【モンスター錬成】スキルは、最強キャラクター育成の鍵だったのだから。 差し当たって目指すは最強。そして本編ごとの破滅シナリオの破壊。 元よりバランス崩壊上等のプレイヤーだった俺は、自重無しのストロングスタイルで、突っかかってくる家族を返り討ちにしつつ、ストーリー本編を乗っ取ってゆく。 (他サイトでも連載中)

処理中です...