語り部は王の腕の中

深森ゆうか

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貴女は私の語り部

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 ――一ヶ月後、首都ヴィアベルクでは前日からお祭り騒ぎであった。
  花籠に入った、色とりどりの花達が女達の手で街中に飛び交う。
  酒を片手に踊る者。楽器に合わせて歌う者―それぞれだ。
  街中でも大変な賑わいだが、特に人口密度があるのはリベラ城周辺である。
  今日は、アレシュ王と王妃となるエステルの成婚の日であった。
  大分以前から婚約者としてリベラ城に入ったエステルを、お披露目のこの日を住民達は心待ちにしていた。

 『王を少年の頃から励まし、勇気づけてきた家庭教師との結婚』
 『初恋を実らせた王』
 『王が私の語り部、と言って愛してやまない淑女』

  まるでお伽噺のような内容は、住民達を熱狂させた。
  バルコニーに二人が登場してくるのを、住民達は今か今かと待ちわびているのだ。



 「ご成婚、おめでとうございます!」
 「アレシュ王!  エステル王妃! ばんざい!」
  外からの祝い声が、城内にも入ってくる。
 「エステル、心の準備は良いかい?」
  白地に金のエポーレットに紅い下衣の婚礼衣装を着たアレシュが、化粧直しから出てきた手袋を着けたエステルの手を取る。
  光沢のある絹で仕立てられた、二の腕まで隠す白くて長い手袋の左の薬指には、王家が代々受け継いできた指輪が嵌められていた。
 「……はい」
  エステルは、ほんの少しだけ間を置いて返事を返す。彼女の顔色は白く、白粉だけのせいじゃないとアレシュにも分かる。
 「心配いらない。私が貴女を守るから」
 「アレシュ様のお気持ちは、充分すぎるほど受け取っております」
  励ますアレシュにエステルは向き合い、そう答えた。
 「私は決めたのです。貴方と前を見て歩いていこうと……。貴方の私への気持ちに応えていこう。それが私の貴方への愛の証し……」
  アレシュは目を見開き、エステルを見つめる。
  自分でもよくぞ決心したな、と思う。
  これから、今の自分には想像も出来ない困難が待ち受けているだろう。
  自分の結婚に未だ賛成していない者達もいると聞いている。アレシュは名前を挙げないけれど。
 沢山傷付くかもしれない、心が。

  でも――

 奥深く閉じ込めていた想いをエステルは吐露する。
 「私は貴女の愛を信じています。愛しているから。……自分が傷付くよりも私は、貴方が傷付くのを見たくない。私がアレシュ様の元にいることで、辛さや悲しみを乗り越えられると言うなら私は、貴方の盾になってみせます」
  キュッ、とエステルの手を握るアレシュの手に力が籠る。
 「エステル、それは共に乗り越えたい。私も貴女は、共に乗り越えられる女性だと信じている」
 「アレシュ様……」
  目を開けて、と囁かれエステルは臥せた瞼を開けて、アレシュを見上げる。
  空よりも深い蒼い瞳は、真っ直ぐにエステルを見つめ、とらえて離さない。
  その瞳に吸い込まれそうで――本当にこのまま、吸い込まれて彼の一部になれればどんなに良いだろう。
 「貴女は、私の道を示してくれる語り部だ。貴女の言葉は、昔も今も誰の助言よりも深く私の意識を掴む。私をいつも嬉しくさせたり、悲しくさせたり、たまに怒らせたり――そうして悩ましい気持ちにさせて、より深淵に導いていく……その時、私は王の前に一人の人間で、愛する女性の言葉に、こうも揺れるただの男なのだと気付かされる」
 「――アレシュ様」
 「エステル。貴女は、私を王への道しるべを語る、語り部だけでなく、私が愛する人をどうしたら、一生幸せに自分の傍に寄り添ってもらえるのか――それを教えてくれる、語り部でもあるのだ」

  アレシュの想いは少年の頃から本気だった。
  彼はあの頃から、ずっと『語り部』を探していたのだ。
  自分と共に歩んでくれる語り部――愛する人、を。

 「……私も、アレシュ様を私だけの語り部にしても良いでしょうか? 今更ですが……」

  アレシュが輝くばかりに破顔して見せた。
 「当たり前じゃないか!」



  バルコニーの外から、集まってきた住民達の声がより大きくなる。
 「民達が待ちきれないようだ――行こうか、私の語り部」
 「――はい」
  エステルはとびきりの笑みをアレシュに見せた。
  その顔には、もう迷いなど無い。
  アレシュの手をしっかりと握り返すと、共に光に包まれたバルコニーに歩いていく。


 「これからは貴方だけの語り部として――アレシュ」


  割れるような民衆の歓声の中、エステルはそっと囁いた。


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