目指すは新天地!のはず?

水場奨

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22話 走るシャリオ

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「こら!待ちやがれ!」

ちょこまかと逃げていくのは俺の懐から財布をスったガキだ。パッと見、8、9歳ってところか。
地の利はあっちにあるが、俺には精霊様がついてるからな。見失うことはほぼないだろう。
故に少し離れて追いかけて油断を促し、住処アジトまで案内してもらうことにした。

「はあ、暇すぎる。早くデヨーテ王都に着かないかなあ」
『つかないかなー』
軽くランニングしながら愚痴ると精霊達がそれを真似る。
暇だからこんなトラブルにも巻き込まれるんだ。


王都には着いたものの、デヨーテがいないことには事の決着もつけられない。
既にデヨーテから連絡がいっていたようで、試しにファガルとの婚約の届出を提出してみようとしたけどダメだったのだ。

前王時代からの名残りで、婚姻や契約などは一方的な申請ではなく双方揃って申し出をしないといけないのだそうだ。
その裁決は一応精霊に任せられている。
つまり受付さえできてしまえば、俺の意思が反映されるってことで俺もファガルも安泰だと思うんだけど、違うのかなあ?

「なあ、俺がファガルと婚姻関係を結びたいって言ったらどうなるの?」
『我、しゅくふくするよ!』
『我もするー!』
『こんいんのしょに、ふたりのなまえ、いれるね』
『ほかのひとのなまえは、けしてあげるね』
な?大丈夫そうだろ?

とは言っても前王亡き後、精霊の裁決がなされるのは彼らの気が向いた本当に稀にあることで、ほとんどは人の意見で決められてきたわけだ。
その辺りがわからないから、迂闊にファガルに気休めも言えないんだよなあ。ファガルはコイツらの言葉がわかんないから。

『今のおう、けいやくかえられない』
『今のおう、我らにきらわれてるから』
『いうこときいてあげないもんねー、くふふ』
今の王がいくらこうしたいああしたいと言っても、精霊達は制度を変えることをしないってことかな。
そこまで嫌われている今王って一体……。

まあ元々、俺の王都見学の目的もあったからデヨーテが到着するまで時間があるのはいいのだが、まさかのボッチ見学になるとは想像していなかった。
ファガルにはファガルの思惑があるらしく、あちこちに呼ばれて忙しくしてるんだ。
味方を幾人か募る必要があると思っているみたいで、自ら積極的に赴いている。
側近達も同じくだ。

それを俺が必要ないとか簡単に言えないっていうかさ。
だってさ、精霊達は味方になってくれたとしても貴族達ひとのことはわからないし、なんなら精霊はなんで俺の味方するのかとかって話になったら『王の印』がバレるかもしれない。
そうなったらきっとファガルに迷惑かけるんだろうな。

俺だけは平民だから、声もかかんないしさー。
何かやってあげたいと思っても、なーんにもできない。


『シャリオー、あの子たち、たすけてあげて』
『我ら、あの子たち、すき』
あー、だからお前ら俺の財布がスラれ終わるまで教えなかったんだな。
普段ならちょっとした異変も教えてくれるのにさ、おかしいと思ったんだよ。

「助けるって?」
『しなない』
『おなかすかない』
『おとうさんとおかあさんに、あえる』
ん?

「いろいろ事情かありそうなのは分かったけど、泥棒は泥棒だから、警邏に引き渡すぞ?」
お前らがそこまで言う相手だから、そんなことするつもりは本当はねえけど。

『だめー!』
『シャリオ、たすけてあげて』
『いい子なの』
『どろぼう、きょうがはじめてなの!』
うーん。

でもこの場合『ごめんなさい』『わかった、許す』ではダメだと思うんだよな。
彼のためには。
「本当に?本当に初めてか?」
『ほんと。我らけいやくしゃにうそつけない』
「俺の財布をスルのが、初めての悪事なんだな?」
『そう!』

「なら、警邏がやる罰を俺がやるから、お前らはそれを止めるなよ。それで許してやる」
『わかった!』
「だいぶ痛い思いをさせるけど、痛みが自然に引くまでそのままにできるなら、ケガは治してやってもいい」
むしろ思いっきり殴るつもりでいるから、内臓とか傷ついたら怖えし、治してやってほしい。
俺が下手に手加減して、彼が怖いことを知らずに済んでしまうのは、不幸だ。
『わかった!』



『シャリオー、こっちにいるー』
『あおのドアのいえー』

さーて、見つけたぞっと。
俺はドアを粉砕するつもりで足を硬化魔術で固めて蹴り押した。

「で?おいガキ、どう落とし前つけんだ?」

はぁはぁと荒い息をついているガキは、叩きつけるように開けられたドアの外にいる俺を見て驚いて声も出ないようだった。

「お、お兄ちゃん、何があったの?」
「お前、兄ちゃんをいじめるな!」

ガキの代わりに声を出したのは、部屋にいたもっとちっちゃい子供だ。

「お前らの兄ちゃんが俺の財布を取ったんだよ。悪いことをしたら罰を受けるのは当然だろ?」
「お兄ちゃんが、ごめんなさい!ちゃんと返しますから、許してください!」
あー、この子はまだ擦れてない感じかな。
まあでも、それはお兄ちゃんがいろいろ調達してくれて、自分でしなくてもいいから保てたことかもしれない。

「お前みたいな貴族から奪って何が悪い!俺たちが汗水垂らして働いた金で遊んでるくせに!ぐはっ!」
「俺、謝罪もできないクズと話すのも嫌なんだわ」

腹に一発、割と強めの蹴りを入れると壁近くまで吹っ飛んだ。
顔と内臓と天秤にかけて……顔はちょっとな。
内臓は精霊達に任せておけるけど、脳はどうなるかわからんし。
心配そうにうろうろしてる精霊達に、治していいけど痛みだけは残すよう目配せした。
ちょっとちゃんと脅しておきたいから、かなりガチで締め上げるからな。

精霊達が俺と引き合わせたいくらいの何かがあるなら、堕ちる要素は削ぎ落としておいてやらないといけない。
一度楽に金を得ることを覚えると、人は簡単に腐る。
俺は、いくら頼まれても腐った人間を救い上げてやろうなんてお人好しにはなれない。

「まずひとつ、俺、貴族じゃねえし」
怒ってますよの顔で見下ろせば、その言葉にガキが目を見開いた。
まあ、どう見てもいいとこの人物にしか見えないもんな、今の俺。かといって商人風でもないし。

「俺はさあ、お前らくらいの年齢の時には既に親もいなくてさあ」
「え?」

今のこの子達と状況は同じ。
けど、俺は自分が食えればよかった。
この子は、自分より小さい兄弟を食わせていかなければいけなかったんだろう。それはあの時の俺でもきつかったかもしれない。
ただし悪いことは悪いと教えてやらないと、この先に待っているのは、そこから抜け出せなくなる地獄だけだ。

「それでも自力で生きてきたんだ……人様のモノに手を出したことは一度もねえんだよ」
ただ、俺は狩りや採集で食い物を得ることを、きちんと母親に教えてもらっていたけども。

襟元を持ち上げて威圧込みの恫喝すると、子供はガタガタと震えてあっさりと抵抗をやめた。

「ごめんなさい。お、俺は殺してくれてもいいから、妹と弟は許してください」
「そんなのダメだよ。お兄ちゃんいなくなったらやだあ!」
「うわあぁぁん」

うん、向いてない。
こいつらに悪事は向いてない。
本当の悪ガキは、ここからが大変だからな。こんな簡単に諦めたりしない。
はあ、仕方ない。面倒みるか。どうせ暇だしな。

「お前、名前は?」
「ぐすっ、アビス、11歳です」
11っ?!
ちっさ!
「マリカです。8歳です」
「シウム7歳です」
は?お前らもう7歳8歳なの?
栄養足りてなさすぎだろ。

あー……アビスももう限界だったのかな。
むしろここまでよく我慢したって褒めるところか?

「アビス、悪いことする時には自分の命も賭けないといけないんだ。俺が本当に悪人だったら、お前の妹なんか連れ去られて売られてるぞ」
「そ、そんな」

アビスは初めて自分のしたことの怖さに気づいたようだった。
腹が減りすぎて餓死するのと、悪事に手を染めてそのツケを払わされるのと、どっちが辛いんだろうな。

してはいけないことも怖いことも、教えてくれる大人がいなければ1つずつ自分で体験して覚えていくしかない。
そして怖さを覚えて慎重さを知った時には、手遅れなこともある。
そういう意味では、俺は恵まれていたんだろう。

「だからな、自分の力で生きていく方法を教えてやる」
「え?」
「お兄ちゃんを、許してくれるの?」
「おう。真っ当に生きていけるようにしてやるから、こんなこと2度とすんなよ」
「うぅ、はいっ」
「うわぁぁん、よかったよぉ」
「お兄ぢゃぁん」

まあその前に、お前ら少し太らないとダメだ。

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