上 下
48 / 55
番外編

14話 愛と憎悪が累を及ぼした先

しおりを挟む
(sideダンスリー)

馬を預けると10年以上ぶりとなる皇城内を歩き回った。遠目に女宮舎の様相が少し変わったことを確認する。
幾つかの見覚えのある建物が消え、新たに増えた宮もあるようだ。
既に母のいた宮は取り壊されそれを伺うことはできない。
とりあえず三宮舎は見てきたが、残していた僅かな使用人のお陰で最低限の手入れはされていた。今頃は共に帰城した者達と簡単に整えていることだろう。

「あれ?ダンスリー兄上ですか?」
オースティンを訪ねて寄留先となっているという八宮舎に向かう途中で、シチストに遭遇した。
シチストは私が城を出た時にはまだ生まれておらず、彼の成人を機に、国境へ差遣さけんされた時に顔を合わせたのが最初だった。
「ああ、シチストも変わりなさそうだな。こちらにオースティン殿がおられると聞いてな」
「オースティン様に御用でしたか。今はナローエ先生と共に、第23議場に居られると思いますよ」
「そうか。行ってみるよ」
23議場というと中規模の会議室だったよな。他にも人がいる……か。
まあ顔見せだけしておこう。
なんというか気にかかる。一目会いたいのだ。

「兄上は暫くこちらにおられるのですか?」
「多分そうなるだろうな」
「でしたらお茶にお誘いしてもよろしいですか」
「いいぞ」
「わ!では後ほどご連絡いたしますね」
シチストの喜びに、微笑ましく思える自分がいる。
年の近い兄弟は権力を求めて反目し合っていて、このような感情を受けることはなかった。
私が皇嗣を巡る争いに名乗りを上げなかったことで今の穏やかな環境が出来たことは事実であろうが、彼もまた同じ思想を持つ兄弟だからこそ安穏とした交流を持てるのだろう。
長兄あにうえもまた望んでいなかったというのに、長子であるが故に逃れられなかったのは気の毒だと思っている。



オースティンと国境で邂逅してから追思することが増えた。と同時に、彼に会えば滞留したこの状況を解することが可能なのではと期待する己がいる。
あの時、長年の鬱積に初めて道が見えた私は、1人で逡巡するよりも彼に咨詢した方が良いと思い知ったのだ。
何より彼の気配が懐かしい気がしてならない。もう一度会いたいと気が急った。
妻子を置いて飛び出してくるくらいにはな、と己を笑ったところで、第23議場の扉を前に呼吸を整えることにする。
この緊張、一体どれだけ彼に会いたいと思っていたというのか。
自分のことではあるのだが、奇異なことだ。
ふぅ、よし。

「こちらにオースティン殿がおられると聞いたのだが」
扉を軽く叩いて部屋を覗けば20人程が輪作って話し込んでいた。
一斉に視線を浴び、やはり先触れも出さなかったのはマズかったかと思い当たった。
国境での癖ですっかり恭謙というものが抜け落ちていたな。
向こうでは私より上位の者は居ないから許されていたことも、こちらではそうではないのだから留意せねばならなかったと省察していると、オースティン殿が立ち上がった。

「ダンスリー殿下お久しぶりですね。いつこちらに?」
「先程到着したところだ」
急に訪ねたことを訝しまれることもなく、笑顔で迎え入れられたことに安堵した。
一瞬でも迷惑そうな顔をされていたら、喪心していたかもしれん。
「あ、殿下、こちらが伴侶のナローエです。ナローエ、この方がダンスリー殿下だ」
「お初にお目にかかります」
「よろしく頼む」
紹介された彼の伴侶はかなりの雅男で、容貌魁偉なオースティン殿とは実にお似合いの風体だった。
それを見ても傍焼きしなかったことで胸を撫で下ろした。
実は少しだけ妻を裏切るような気持ちがあるのではないかと己を危ぶんでいたのだが、思い過ごしであったようだ。

「ところでこれは何をしていたところなのだろうか」
紙には魔術語が書き散らされ、その横に書かれたたくさんの大陸文字のうち半分以上が打消し線でぐしゃぐしゃと消されている。
「火焔鳥の卵を孵化させるための講義の最中なのですが、今は閃きが起きるよう雑談中ですよ。煮詰まり過ぎても良案は出てまいりませんからね。殿下もどうぞお掛けください」
なんと。
運良く休憩中だったのだな。彼らの邪魔をしていたなら悪いと思ったが、少し心弛びいた。
ナローエ殿の勧められるままに椅子にかけると、前の座席には処刑間近と聞いていたゼリム教授が座っていた。



(sideヒイライビ)



「ズイウン、ダンスリーが帰城したそうだな」
珍しい人物の訪れに、城内が騒めいている。
「は、先程三宮舎を整えていたようです。このような時に帰城とは、騒乱の目とならなければ良いのですが」
「まあ、大丈夫だろう」
私以上に帝位に興味のない兄弟だ。帰城した時期が悪いのは事実だが。
「ダンスリーにならばこの座を譲っても構わないのだがな」
「ヒイライビ様!そのようなことを口にしては、どちらのためにもなりません」
「ははっ、すまぬ。譲ろうにも年も近すぎるしなぁ。シチスト辺りか、まだ洗礼を迎えていない者の中からか、その辺りなら良いだろうが」
ダンスリーでは私との間に無意味な争いを起てることになってしまう。
それではヤツらの思う壺だ。

「ヒイライビ様はこの先もどなたも娶らないおつもりですか」
私はもう30も過ぎたのに、誰1人として伴侶を据えていない。
僅かな期間、次の世代への中継ぎとしてなら、この地位にいても良いと思っているからだ。
それを公言しているからこそ、私は生きていられてるのだとも知っている。
第二皇子は成人後直ぐに火焔鳥の力の行使の犠牲になっているから伴侶も子もいないとして、それ以下の兄弟達の5番目までは既に伴侶を得ている。子も何人かいたはずだ。
だから私が子を設けなくとも次世代についての問題はない。

「私は父上の苦しみを間近で見続けできたのだ。アレを自分が成せるとは思えんよ」
自由の無い中で、できる限り公平であろうとしていた父。
例え犠牲が大きかったとしても、縛りの多い立場ではアレが精一杯だったと誰よりも知っているのだ。
そして長い間悲しみの中にいたことも。

「私も……できれば城下におられたままのヒイライビ様にお仕えしたかったですね」
ズイウンは母の姉の3男で、年が近いこともあって私が生まれた時から仕えてくれている兄のような存在だ。
「まさかこのような立場になるとは父上も思ってはいなかったであろうよ」
父上が帝位についたのは母上と籍を入れ、私が生まれて5年経った頃のことだった。
父上は先帝の13番目の子で本来ならば帝位につくことなど有り得なかったはずなのだ。
代替わりの混乱の中、臣下に降る申請がなかなか通らず、それでも城下に降りたのは様々な喧騒から離れて母上と暮らしたかったからに過ぎない。
「あの頃が1番平和であったな」
「左様ですね」
国は荒れに荒れていたのだが、私達の周りだけは静かなものだった。

即位後、父がその悲しみから手当たり次第に子を設けることになり、結果今、父の代と同じく混乱の代替わりを迎えることになっている。
それを反面教師にと思うがために、私には未だに子の1人もおらぬのだ。
あの時の父の悲嘆が、その後の荒淫における父の憎悪が、ひたすらに恐ろしかった。

母を害したであろう女達を、まるで正しく・・・処刑・・する・・ために・・・子を作ろうとするその執念が、寒心に耐えなかった。
おそらく火焔鳥と契約する時の、それが贄だったのだろうとこの立場になってから理解することとなった。
いくら国のためとはいえ、血の繋がった子や兄弟を犠牲にするなど私には選ぶことはできない道だ。
選べないからこそ今もなお火焔鳥と正式な契約も結べず、今後の国の在り方に頭を悩ませている。
国が弱体化するとわかっていて……それでもそれを選択できない。
…………選択できないのだ。

「ヒイライビ様、どのような結果になろうとも私は最期まで貴方の側におりますから」
「ああ……」
私が伴侶を迎えれば彼も迎えたであろう。
私に子ができれば彼も子を設けて、その子も私の子に仕えたであろう。
私がそれをしないが為に、ズイウンもまた独り身のままだ。
感謝と申し訳なさとが渦巻いて胸を流れていく。
振り返り後ろに立つズイウンの腹に額を押し付けると、そっと思い出に蓋をした。

父が上天すれば、次は私の番だ。
それはもう、すぐ近くまできている。
微かに震える肩を、ズイウンがそっと抱きしめた。



(sideダンスリー)


「殿下はどのような予定で皇城に参られたのですか?」
どのような催しがあろうとも10年以上も帰城しなかった私だ。ここにいるのが不思議なのだろう。
それは私自身が1番感じることでもある。
「なんとなく父上と話したくなったのだ。まあ忙しい方だから申請しても謁見できるかは分からぬが」
「陛下と。それは良うございますなぁ」
私が城を出たことで父上との間に何らかのわだかまりがあったと推測おしはかっていたであろう周囲からすれば、この変化は歓迎すべき出来事に違いない。

「そういえばゼリム殿は即位前の父上を知っておられるだろうか。どのような考えで生きてこられたかと思うことがあってな」
頑なに父を拒んできたが故に、見えなかったものがあるのではないかと気がついた。
遥か遠くに在って十全だと思っていた父だが、1人の人間でもあるわけだ。
生まれた時から完璧だったわけではあるまい。
「そうですなぁ。今上陛下は先帝陛下の13番目の皇子でいらっしゃいましたから、早い段階で臣下に降ることが決まっておりましてね」
そういえば父上の代も相当荒れた代替わりであったらしいな。

「陛下は洗礼が済むと直ぐに城下に屋敷を構えましてね。その後、成人と共に幼馴染の一妃様と成婚いたしました。まもなくヒイライビ殿下もお生まれになりまして、お2人とも随分仲がよろしくて微笑ましい夫婦でございました」
あの父が、そのように愛情を見せることがあったのか。
今の父からは想像もできないが。

「ところがご兄弟が次々と不幸に見舞われまして、丁年皇族が陛下しか居られなくなり渋々と即位されるに至ったわけですが……一妃様が間もなくお隠れになられましてなぁ。その時の陛下は見ていられないくらい焦燥しておりましたから」
一妃様は父上が即位してまもなく身罷られたのか?
何かが、ひっかかる。

「ですから、陛下がヒイライビ殿下を特別に慈しむのも仕方ないことなのですよ」
ゼリム教授は私の父への思いを勘違いしているのだろう。
そのようなことを羨んだことなどないが、外からはそう見えているということだ。
これは良くない。
長兄あにうえにはそのようなことがないと伝えておかねばならないか。
争いの種になる為に帰ってきたわけではないのだから。

あの日父に失望するまでは、何にも動じない、いつも努めて冷静であった父を羨望の眼差しで見ていた。
だが、父は本当に冷静だったから凛と座していたのだろうか?
皇帝になどなりたくなかった父ではなく、その座を争っていた兄弟はどうしたのか。
いくら相打ちということがあるとはいえ、火焔鳥の加護がある皇族が1人も生き残らないなどということがあるだろうか。
何よりも、一妃様の死が気にかかる。
一妃様がいなくなって利のあった者は誰だ?
私達の母、女宮舎の女達にはもちろん利があっただろう。
だが女達のやれることなどたかが知れている。

もっと何か、もっと大切なことを見落としている気がする。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

BLゲームのお助けキャラに転生し壁を満喫していましたが、今回は俺も狙われています。

mana.
BL
目が覚めたらやり込んでいたゲームの世界だった。 …と、いうのが流行っているのは知っていた。 うんうん、俺もハマっていたからね。 でもまさか自分もそうなるとは思わなかったよ。 リーマン腐男子がBLゲームの異世界に転生し、何度も人生をやり直しながら主人公の幼馴染兼お助けキャラとして腐男子の壁生活を漫喫していたが、前回のバッドエンドをきっかけで今回の人生に異変が起きる。 ***************** 一気に書き上げた作品なのでツッコミどころ満載ですが、目を瞑ってやって下さいませ。 今回もR18シーンは☆を入れております。 写真は前に撮った写真です。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

聖女召喚!……って俺、男〜しかも兵士なんだけど?

バナナ男さん
BL
主人公の現在暮らす世界は化け物に蹂躙された地獄の様な世界であった。 嘘か誠かむかしむかしのお話、世界中を黒い雲が覆い赤い雨が降って生物を化け物に変えたのだとか。 そんな世界で兵士として暮らす大樹は突然見知らぬ場所に召喚され「 世界を救って下さい、聖女様 」と言われるが、俺男〜しかも兵士なんだけど?? 異世界の王子様( 最初結構なクズ、後に溺愛、執着 )✕ 強化された平凡兵士( ノンケ、チート ) 途中少々無理やり的な表現ありなので注意して下さいませm(。≧Д≦。)m 名前はどうか気にしないで下さい・・

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

【毎日投稿】私の忠愛する坊ちゃまが転生して阿呆になってしまわれました

唯一透空
BL
 ピーチップ王国第四王子、リース・ローズドベリーの執事を務めるフィル・セラフィンは『エーナ』『ディオ』『ペニンダ』という三つの性のうち、もっとも社会的地位が低いペニンダだ。  エーナ、ディオが両性具有であるのに対し、ペニンダには妊娠、出産する能力が備わっておらず、その圧倒的な犯罪率の高さから野蛮で低俗というレッテルを貼られている。  生命の源と敬われるエーナでありながら、そんな自分を信頼してそばにおいてくれるリースに、フィルは恋心を抱いていた。しかし、ある事件をきっかけに発動した『悪魔との契』によって、リースは死産した双子の弟、アイルと魂が入れ替わってしまい…… ────────────── ※本作の完結版をKindle電子書籍にて販売しております(Unlimited非対応)。 ・『私の忠愛する坊ちゃまが転生して阿呆になってしまわれました【上】』 ➡https://amzn.asia/d/3GTOGeY ・『私の忠愛する坊ちゃまが転生して阿呆になってしまわれました【下】』  ➡https://amzn.asia/d/04fWL10

処理中です...