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番外編
14話 愛と憎悪が累を及ぼした先
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(sideダンスリー)
馬を預けると10年以上ぶりとなる皇城内を歩き回った。遠目に女宮舎の様相が少し変わったことを確認する。
幾つかの見覚えのある建物が消え、新たに増えた宮もあるようだ。
既に母のいた宮は取り壊されそれを伺うことはできない。
とりあえず三宮舎は見てきたが、残していた僅かな使用人のお陰で最低限の手入れは為されていた。今頃は共に帰城した者達と簡単に整えていることだろう。
「あれ?ダンスリー兄上ですか?」
オースティンを訪ねて寄留先となっているという八宮舎に向かう途中で、シチストに遭遇した。
シチストは私が城を出た時にはまだ生まれておらず、彼の成人を機に、国境へ差遣された時に顔を合わせたのが最初だった。
「ああ、シチストも変わりなさそうだな。こちらにオースティン殿がおられると聞いてな」
「オースティン様に御用でしたか。今はナローエ先生と共に、第23議場に居られると思いますよ」
「そうか。行ってみるよ」
23議場というと中規模の会議室だったよな。他にも人がいる……か。
まあ顔見せだけしておこう。
なんというか気にかかる。一目会いたいのだ。
「兄上は暫くこちらにおられるのですか?」
「多分そうなるだろうな」
「でしたらお茶にお誘いしてもよろしいですか」
「いいぞ」
「わ!では後ほどご連絡いたしますね」
シチストの喜びに、微笑ましく思える自分がいる。
年の近い兄弟は権力を求めて反目し合っていて、このような感情を受けることはなかった。
私が皇嗣を巡る争いに名乗りを上げなかったことで今の穏やかな環境が出来たことは事実であろうが、彼もまた同じ思想を持つ兄弟だからこそ安穏とした交流を持てるのだろう。
長兄もまた望んでいなかったというのに、長子であるが故に逃れられなかったのは気の毒だと思っている。
☆
オースティンと国境で邂逅してから追思することが増えた。と同時に、彼に会えば滞留したこの状況を解することが可能なのではと期待する己がいる。
あの時、長年の鬱積に初めて道が見えた私は、1人で逡巡するよりも彼に咨詢した方が良いと思い知ったのだ。
何より彼の気配が懐かしい気がしてならない。もう一度会いたいと気が急った。
妻子を置いて飛び出してくるくらいにはな、と己を笑ったところで、第23議場の扉を前に呼吸を整えることにする。
この緊張、一体どれだけ彼に会いたいと思っていたというのか。
自分のことではあるのだが、奇異なことだ。
ふぅ、よし。
「こちらにオースティン殿がおられると聞いたのだが」
扉を軽く叩いて部屋を覗けば20人程が輪作って話し込んでいた。
一斉に視線を浴び、やはり先触れも出さなかったのはマズかったかと思い当たった。
国境での癖ですっかり恭謙というものが抜け落ちていたな。
向こうでは私より上位の者は居ないから許されていたことも、こちらではそうではないのだから留意せねばならなかったと省察していると、オースティン殿が立ち上がった。
「ダンスリー殿下お久しぶりですね。いつこちらに?」
「先程到着したところだ」
急に訪ねたことを訝しまれることもなく、笑顔で迎え入れられたことに安堵した。
一瞬でも迷惑そうな顔をされていたら、喪心していたかもしれん。
「あ、殿下、こちらが伴侶のナローエです。ナローエ、この方がダンスリー殿下だ」
「お初にお目にかかります」
「よろしく頼む」
紹介された彼の伴侶はかなりの雅男で、容貌魁偉なオースティン殿とは実にお似合いの風体だった。
それを見ても傍焼きしなかったことで胸を撫で下ろした。
実は少しだけ妻を裏切るような気持ちがあるのではないかと己を危ぶんでいたのだが、思い過ごしであったようだ。
「ところでこれは何をしていたところなのだろうか」
紙には魔術語が書き散らされ、その横に書かれたたくさんの大陸文字のうち半分以上が打消し線でぐしゃぐしゃと消されている。
「火焔鳥の卵を孵化させるための講義の最中なのですが、今は閃きが起きるよう雑談中ですよ。煮詰まり過ぎても良案は出てまいりませんからね。殿下もどうぞお掛けください」
なんと。
運良く休憩中だったのだな。彼らの邪魔をしていたなら悪いと思ったが、少し心弛びいた。
ナローエ殿の勧められるままに椅子にかけると、前の座席には処刑間近と聞いていたゼリム教授が座っていた。
☆
(sideヒイライビ)
「ズイウン、ダンスリーが帰城したそうだな」
珍しい人物の訪れに、城内が騒めいている。
「は、先程三宮舎を整えていたようです。このような時に帰城とは、騒乱の目とならなければ良いのですが」
「まあ、大丈夫だろう」
私以上に帝位に興味のない兄弟だ。帰城した時期が悪いのは事実だが。
「ダンスリーにならばこの座を譲っても構わないのだがな」
「ヒイライビ様!そのようなことを口にしては、どちらのためにもなりません」
「ははっ、すまぬ。譲ろうにも年も近すぎるしなぁ。シチスト辺りか、まだ洗礼を迎えていない者の中からか、その辺りなら良いだろうが」
ダンスリーでは私との間に無意味な争いを起てることになってしまう。
それではヤツらの思う壺だ。
「ヒイライビ様はこの先もどなたも娶らないおつもりですか」
私はもう30も過ぎたのに、誰1人として伴侶を据えていない。
僅かな期間、次の世代への中継ぎとしてなら、この地位にいても良いと思っているからだ。
それを公言しているからこそ、私は生きていられてるのだとも知っている。
第二皇子は成人後直ぐに火焔鳥の力の行使の犠牲になっているから伴侶も子もいないとして、それ以下の兄弟達の5番目までは既に伴侶を得ている。子も何人かいたはずだ。
だから私が子を設けなくとも次世代についての問題はない。
「私は父上の苦しみを間近で見続けできたのだ。アレを自分が成せるとは思えんよ」
自由の無い中で、できる限り公平であろうとしていた父。
例え犠牲が大きかったとしても、縛りの多い立場ではアレが精一杯だったと誰よりも知っているのだ。
そして長い間悲しみの中にいたことも。
「私も……できれば城下におられたままのヒイライビ様にお仕えしたかったですね」
ズイウンは母の姉の3男で、年が近いこともあって私が生まれた時から仕えてくれている兄のような存在だ。
「まさかこのような立場になるとは父上も思ってはいなかったであろうよ」
父上が帝位についたのは母上と籍を入れ、私が生まれて5年経った頃のことだった。
父上は先帝の13番目の子で本来ならば帝位につくことなど有り得なかったはずなのだ。
代替わりの混乱の中、臣下に降る申請がなかなか通らず、それでも城下に降りたのは様々な喧騒から離れて母上と暮らしたかったからに過ぎない。
「あの頃が1番平和であったな」
「左様ですね」
国は荒れに荒れていたのだが、私達の周りだけは静かなものだった。
即位後、父がその悲しみから手当たり次第に子を設けることになり、結果今、父の代と同じく混乱の代替わりを迎えることになっている。
それを反面教師にと思うがために、私には未だに子の1人もおらぬのだ。
あの時の父の悲嘆が、その後の荒淫における父の憎悪が、ひたすらに恐ろしかった。
母を害したであろう女達を、まるで正しく処刑するために子を作ろうとするその執念が、寒心に耐えなかった。
おそらく火焔鳥と契約する時の、それが贄だったのだろうとこの立場になってから理解することとなった。
いくら国のためとはいえ、血の繋がった子や兄弟を犠牲にするなど私には選ぶことはできない道だ。
選べないからこそ今もなお火焔鳥と正式な契約も結べず、今後の国の在り方に頭を悩ませている。
国が弱体化するとわかっていて……それでもそれを選択できない。
…………選択できないのだ。
「ヒイライビ様、どのような結果になろうとも私は最期まで貴方の側におりますから」
「ああ……」
私が伴侶を迎えれば彼も迎えたであろう。
私に子ができれば彼も子を設けて、その子も私の子に仕えたであろう。
私がそれをしないが為に、ズイウンもまた独り身のままだ。
感謝と申し訳なさとが渦巻いて胸を流れていく。
振り返り後ろに立つズイウンの腹に額を押し付けると、そっと思い出に蓋をした。
父が上天すれば、次は私の番だ。
それはもう、すぐ近くまできている。
微かに震える肩を、ズイウンがそっと抱きしめた。
☆
(sideダンスリー)
「殿下はどのような予定で皇城に参られたのですか?」
どのような催しがあろうとも10年以上も帰城しなかった私だ。ここにいるのが不思議なのだろう。
それは私自身が1番感じることでもある。
「なんとなく父上と話したくなったのだ。まあ忙しい方だから申請しても謁見できるかは分からぬが」
「陛下と。それは良うございますなぁ」
私が城を出たことで父上との間に何らかの蟠りがあったと推測っていたであろう周囲からすれば、この変化は歓迎すべき出来事に違いない。
「そういえばゼリム殿は即位前の父上を知っておられるだろうか。どのような考えで生きてこられたかと思うことがあってな」
頑なに父を拒んできたが故に、見えなかったものがあるのではないかと気がついた。
遥か遠くに在って十全だと思っていた父だが、1人の人間でもあるわけだ。
生まれた時から完璧だったわけではあるまい。
「そうですなぁ。今上陛下は先帝陛下の13番目の皇子でいらっしゃいましたから、早い段階で臣下に降ることが決まっておりましてね」
そういえば父上の代も相当荒れた代替わりであったらしいな。
「陛下は洗礼が済むと直ぐに城下に屋敷を構えましてね。その後、成人と共に幼馴染の一妃様と成婚いたしました。まもなくヒイライビ殿下もお生まれになりまして、お2人とも随分仲がよろしくて微笑ましい夫婦でございました」
あの父が、そのように愛情を見せることがあったのか。
今の父からは想像もできないが。
「ところがご兄弟が次々と不幸に見舞われまして、丁年皇族が陛下しか居られなくなり渋々と即位されるに至ったわけですが……一妃様が間もなくお隠れになられましてなぁ。その時の陛下は見ていられないくらい焦燥しておりましたから」
一妃様は父上が即位してまもなく身罷られたのか?
何かが、ひっかかる。
「ですから、陛下がヒイライビ殿下を特別に慈しむのも仕方ないことなのですよ」
ゼリム教授は私の父への思いを勘違いしているのだろう。
そのようなことを羨んだことなどないが、外からはそう見えているということだ。
これは良くない。
長兄にはそのようなことがないと伝えておかねばならないか。
争いの種になる為に帰ってきたわけではないのだから。
あの日父に失望するまでは、何にも動じない、いつも努めて冷静であった父を羨望の眼差しで見ていた。
だが、父は本当に冷静だったから凛と座していたのだろうか?
皇帝になどなりたくなかった父ではなく、その座を争っていた兄弟はどうしたのか。
いくら相打ちということがあるとはいえ、火焔鳥の加護がある皇族が1人も生き残らないなどということがあるだろうか。
何よりも、一妃様の死が気にかかる。
一妃様がいなくなって利のあった者は誰だ?
私達の母、女宮舎の女達にはもちろん利があっただろう。
だが女達のやれることなどたかが知れている。
もっと何か、もっと大切なことを見落としている気がする。
馬を預けると10年以上ぶりとなる皇城内を歩き回った。遠目に女宮舎の様相が少し変わったことを確認する。
幾つかの見覚えのある建物が消え、新たに増えた宮もあるようだ。
既に母のいた宮は取り壊されそれを伺うことはできない。
とりあえず三宮舎は見てきたが、残していた僅かな使用人のお陰で最低限の手入れは為されていた。今頃は共に帰城した者達と簡単に整えていることだろう。
「あれ?ダンスリー兄上ですか?」
オースティンを訪ねて寄留先となっているという八宮舎に向かう途中で、シチストに遭遇した。
シチストは私が城を出た時にはまだ生まれておらず、彼の成人を機に、国境へ差遣された時に顔を合わせたのが最初だった。
「ああ、シチストも変わりなさそうだな。こちらにオースティン殿がおられると聞いてな」
「オースティン様に御用でしたか。今はナローエ先生と共に、第23議場に居られると思いますよ」
「そうか。行ってみるよ」
23議場というと中規模の会議室だったよな。他にも人がいる……か。
まあ顔見せだけしておこう。
なんというか気にかかる。一目会いたいのだ。
「兄上は暫くこちらにおられるのですか?」
「多分そうなるだろうな」
「でしたらお茶にお誘いしてもよろしいですか」
「いいぞ」
「わ!では後ほどご連絡いたしますね」
シチストの喜びに、微笑ましく思える自分がいる。
年の近い兄弟は権力を求めて反目し合っていて、このような感情を受けることはなかった。
私が皇嗣を巡る争いに名乗りを上げなかったことで今の穏やかな環境が出来たことは事実であろうが、彼もまた同じ思想を持つ兄弟だからこそ安穏とした交流を持てるのだろう。
長兄もまた望んでいなかったというのに、長子であるが故に逃れられなかったのは気の毒だと思っている。
☆
オースティンと国境で邂逅してから追思することが増えた。と同時に、彼に会えば滞留したこの状況を解することが可能なのではと期待する己がいる。
あの時、長年の鬱積に初めて道が見えた私は、1人で逡巡するよりも彼に咨詢した方が良いと思い知ったのだ。
何より彼の気配が懐かしい気がしてならない。もう一度会いたいと気が急った。
妻子を置いて飛び出してくるくらいにはな、と己を笑ったところで、第23議場の扉を前に呼吸を整えることにする。
この緊張、一体どれだけ彼に会いたいと思っていたというのか。
自分のことではあるのだが、奇異なことだ。
ふぅ、よし。
「こちらにオースティン殿がおられると聞いたのだが」
扉を軽く叩いて部屋を覗けば20人程が輪作って話し込んでいた。
一斉に視線を浴び、やはり先触れも出さなかったのはマズかったかと思い当たった。
国境での癖ですっかり恭謙というものが抜け落ちていたな。
向こうでは私より上位の者は居ないから許されていたことも、こちらではそうではないのだから留意せねばならなかったと省察していると、オースティン殿が立ち上がった。
「ダンスリー殿下お久しぶりですね。いつこちらに?」
「先程到着したところだ」
急に訪ねたことを訝しまれることもなく、笑顔で迎え入れられたことに安堵した。
一瞬でも迷惑そうな顔をされていたら、喪心していたかもしれん。
「あ、殿下、こちらが伴侶のナローエです。ナローエ、この方がダンスリー殿下だ」
「お初にお目にかかります」
「よろしく頼む」
紹介された彼の伴侶はかなりの雅男で、容貌魁偉なオースティン殿とは実にお似合いの風体だった。
それを見ても傍焼きしなかったことで胸を撫で下ろした。
実は少しだけ妻を裏切るような気持ちがあるのではないかと己を危ぶんでいたのだが、思い過ごしであったようだ。
「ところでこれは何をしていたところなのだろうか」
紙には魔術語が書き散らされ、その横に書かれたたくさんの大陸文字のうち半分以上が打消し線でぐしゃぐしゃと消されている。
「火焔鳥の卵を孵化させるための講義の最中なのですが、今は閃きが起きるよう雑談中ですよ。煮詰まり過ぎても良案は出てまいりませんからね。殿下もどうぞお掛けください」
なんと。
運良く休憩中だったのだな。彼らの邪魔をしていたなら悪いと思ったが、少し心弛びいた。
ナローエ殿の勧められるままに椅子にかけると、前の座席には処刑間近と聞いていたゼリム教授が座っていた。
☆
(sideヒイライビ)
「ズイウン、ダンスリーが帰城したそうだな」
珍しい人物の訪れに、城内が騒めいている。
「は、先程三宮舎を整えていたようです。このような時に帰城とは、騒乱の目とならなければ良いのですが」
「まあ、大丈夫だろう」
私以上に帝位に興味のない兄弟だ。帰城した時期が悪いのは事実だが。
「ダンスリーにならばこの座を譲っても構わないのだがな」
「ヒイライビ様!そのようなことを口にしては、どちらのためにもなりません」
「ははっ、すまぬ。譲ろうにも年も近すぎるしなぁ。シチスト辺りか、まだ洗礼を迎えていない者の中からか、その辺りなら良いだろうが」
ダンスリーでは私との間に無意味な争いを起てることになってしまう。
それではヤツらの思う壺だ。
「ヒイライビ様はこの先もどなたも娶らないおつもりですか」
私はもう30も過ぎたのに、誰1人として伴侶を据えていない。
僅かな期間、次の世代への中継ぎとしてなら、この地位にいても良いと思っているからだ。
それを公言しているからこそ、私は生きていられてるのだとも知っている。
第二皇子は成人後直ぐに火焔鳥の力の行使の犠牲になっているから伴侶も子もいないとして、それ以下の兄弟達の5番目までは既に伴侶を得ている。子も何人かいたはずだ。
だから私が子を設けなくとも次世代についての問題はない。
「私は父上の苦しみを間近で見続けできたのだ。アレを自分が成せるとは思えんよ」
自由の無い中で、できる限り公平であろうとしていた父。
例え犠牲が大きかったとしても、縛りの多い立場ではアレが精一杯だったと誰よりも知っているのだ。
そして長い間悲しみの中にいたことも。
「私も……できれば城下におられたままのヒイライビ様にお仕えしたかったですね」
ズイウンは母の姉の3男で、年が近いこともあって私が生まれた時から仕えてくれている兄のような存在だ。
「まさかこのような立場になるとは父上も思ってはいなかったであろうよ」
父上が帝位についたのは母上と籍を入れ、私が生まれて5年経った頃のことだった。
父上は先帝の13番目の子で本来ならば帝位につくことなど有り得なかったはずなのだ。
代替わりの混乱の中、臣下に降る申請がなかなか通らず、それでも城下に降りたのは様々な喧騒から離れて母上と暮らしたかったからに過ぎない。
「あの頃が1番平和であったな」
「左様ですね」
国は荒れに荒れていたのだが、私達の周りだけは静かなものだった。
即位後、父がその悲しみから手当たり次第に子を設けることになり、結果今、父の代と同じく混乱の代替わりを迎えることになっている。
それを反面教師にと思うがために、私には未だに子の1人もおらぬのだ。
あの時の父の悲嘆が、その後の荒淫における父の憎悪が、ひたすらに恐ろしかった。
母を害したであろう女達を、まるで正しく処刑するために子を作ろうとするその執念が、寒心に耐えなかった。
おそらく火焔鳥と契約する時の、それが贄だったのだろうとこの立場になってから理解することとなった。
いくら国のためとはいえ、血の繋がった子や兄弟を犠牲にするなど私には選ぶことはできない道だ。
選べないからこそ今もなお火焔鳥と正式な契約も結べず、今後の国の在り方に頭を悩ませている。
国が弱体化するとわかっていて……それでもそれを選択できない。
…………選択できないのだ。
「ヒイライビ様、どのような結果になろうとも私は最期まで貴方の側におりますから」
「ああ……」
私が伴侶を迎えれば彼も迎えたであろう。
私に子ができれば彼も子を設けて、その子も私の子に仕えたであろう。
私がそれをしないが為に、ズイウンもまた独り身のままだ。
感謝と申し訳なさとが渦巻いて胸を流れていく。
振り返り後ろに立つズイウンの腹に額を押し付けると、そっと思い出に蓋をした。
父が上天すれば、次は私の番だ。
それはもう、すぐ近くまできている。
微かに震える肩を、ズイウンがそっと抱きしめた。
☆
(sideダンスリー)
「殿下はどのような予定で皇城に参られたのですか?」
どのような催しがあろうとも10年以上も帰城しなかった私だ。ここにいるのが不思議なのだろう。
それは私自身が1番感じることでもある。
「なんとなく父上と話したくなったのだ。まあ忙しい方だから申請しても謁見できるかは分からぬが」
「陛下と。それは良うございますなぁ」
私が城を出たことで父上との間に何らかの蟠りがあったと推測っていたであろう周囲からすれば、この変化は歓迎すべき出来事に違いない。
「そういえばゼリム殿は即位前の父上を知っておられるだろうか。どのような考えで生きてこられたかと思うことがあってな」
頑なに父を拒んできたが故に、見えなかったものがあるのではないかと気がついた。
遥か遠くに在って十全だと思っていた父だが、1人の人間でもあるわけだ。
生まれた時から完璧だったわけではあるまい。
「そうですなぁ。今上陛下は先帝陛下の13番目の皇子でいらっしゃいましたから、早い段階で臣下に降ることが決まっておりましてね」
そういえば父上の代も相当荒れた代替わりであったらしいな。
「陛下は洗礼が済むと直ぐに城下に屋敷を構えましてね。その後、成人と共に幼馴染の一妃様と成婚いたしました。まもなくヒイライビ殿下もお生まれになりまして、お2人とも随分仲がよろしくて微笑ましい夫婦でございました」
あの父が、そのように愛情を見せることがあったのか。
今の父からは想像もできないが。
「ところがご兄弟が次々と不幸に見舞われまして、丁年皇族が陛下しか居られなくなり渋々と即位されるに至ったわけですが……一妃様が間もなくお隠れになられましてなぁ。その時の陛下は見ていられないくらい焦燥しておりましたから」
一妃様は父上が即位してまもなく身罷られたのか?
何かが、ひっかかる。
「ですから、陛下がヒイライビ殿下を特別に慈しむのも仕方ないことなのですよ」
ゼリム教授は私の父への思いを勘違いしているのだろう。
そのようなことを羨んだことなどないが、外からはそう見えているということだ。
これは良くない。
長兄にはそのようなことがないと伝えておかねばならないか。
争いの種になる為に帰ってきたわけではないのだから。
あの日父に失望するまでは、何にも動じない、いつも努めて冷静であった父を羨望の眼差しで見ていた。
だが、父は本当に冷静だったから凛と座していたのだろうか?
皇帝になどなりたくなかった父ではなく、その座を争っていた兄弟はどうしたのか。
いくら相打ちということがあるとはいえ、火焔鳥の加護がある皇族が1人も生き残らないなどということがあるだろうか。
何よりも、一妃様の死が気にかかる。
一妃様がいなくなって利のあった者は誰だ?
私達の母、女宮舎の女達にはもちろん利があっただろう。
だが女達のやれることなどたかが知れている。
もっと何か、もっと大切なことを見落としている気がする。
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