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番外編
13話 マルドゥと不穏な画策
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BがLをしやがらないためストーリー3話分くらいを1話にぎゅっとしてみました
でも書きたいほにゃほにゃまで辿り着かなかったのです
( ꒦ິД꒦ິ)
ーーーーーーーーーー
(sideマルドゥ)
「異国風情が付け上がりおって」
「真に」
「あのような若造に何が解ろうか」
「殿下も耄碌したものよ」
セイレーンからきた学者の対策だと呼ばれてみれば案の定、ただの誹謗が飛び交うだけだった。
ただでさえ考究の時間がない我らなのに、こんなことをしてどうなろうというのだ。
何故僕はこんな一門に生まれてしまったのだろう。
正直僕は低位の文官達がうらやましくて仕方ない。
手柄は全て上役のものになってしまうとしても、その身に身についた知識はその者のものだ。
我らは学ぶ時間がない。
先祖の書き残した伝記を、ただ書き写す日々を過ごしているからだ。
先祖が起こしたとされる偉業をただ書き写す。
だが、その伝記は時間が経つと消えてしまうのだ。
だからひたすら繰り返し繰り返し書き写さねばならない。
学問はその合間をみてするのだ。身につくわけがない。
名家でありながら実力は下官達に及ばないこの実情をおかしいと思わないのか。
時間が経つと消えてしまう伝記に疑問を持たないのか?
僕は随分前からこの伝記を懐疑的にみている。
記した文字が消えるなど、まるで精霊の仕業ではないか。
魔術語の公試でも時折起こる『精霊の悪戯』とよく似た現象だろう。
つまり精霊達が看過できない誤った記述があるからこそ、このような事象が現れるのだ、と考えている。
だからその作業が愚鈍に思えて仕方ないのだ。意味のないことを延々と続けている自分にも。
「まあいい。殿下からはセイレーンの若造と同じくらいの学者を希望されておる。マルドゥ!貴様が行って言い伏してこい」
「まあお前だけでは覚束無いだろうから、優秀な属吏を何人か連れて行くといいだろう」
「では若い者の中から優秀な者を選別して連れて参ります」
お前らが行ったところで大陸資格をお持ちのセイレーンの学者の言っていることなど理解できないだろうがな、と僕を扱き下ろす面々に頭を垂れながら心の中で悪態をつくと部屋を辞した。
☆
火焔鳥の孵化について、僕がそこに至るまでの実際の流れを講義し終えると部屋の諸処から感嘆のため息が聞こえてきた。
流れはわかっても、ここから先は手探りってことに代わりはないから頑張ろうね。
ゼリム教授が連れてきた研究者には若い人が多く、その筆頭がマルドゥさんというらしい。
ここにいる人達の中で一番家柄が良くて見目も良い。
自己評価が低いのか本人は気づいてないみたいだけど、他の人達から随分と慕われているのがわかる。
「続きは実際に火焔鳥の卵を使っての実践といきたいと思いますが、皆さま1人ずつに行き渡るほど卵が手元に有りませんから3人ほどで組んでいただいてと思っております」
今日持ってきた卵は5つ。
『亞刺侵』
『無礼厨』
『墓流警野』
『楽苦泣碌』
『紅莉夢存』
卵の数はもっとあるけど、全部がピンクになっているものから選って持ってきたのだ。
なんとなく僕がわかったやつ。ヒントを出そうにも、検討もつかないものは助言もできない。
まあ今日の様子をみて次に持ってくる卵を増やそうとは思っているんだ。まずはヒントのあるものを孵化できたら自信もつくだろう。
そのあとは僕にも読解できないものを、それぞれの力で答えまで辿り着いてくれたらいい。
あと、あまりにもいっぱい卵を持ってきたら、それが問題になるかもしれないからね。
「あの、ここに火焔鳥の卵があるのですか?」
「はい、ありますよ」
どうやって手に入れたのかが気になったのか若手から声が上がった。
そりゃあそうだ。
褒章などで下賜された卵は全て、国を出た魔導士に掠め取られたことになってるわけだから。
卵がこんなにあることは、さぞ不思議なことと映るだろう。
まあその掠め取られた卵がこれなんだけどね。
うん、あそこ、帝国から逃げた魔導士と治癒師達の家だったんだよ。
総計32個。全部持って来ちゃった、ははは。
そしてクロ達がたまに偵察してくる感じだと、彼ら、まだ卵が無くなったことに気づいてないらしい。
うん、このままずっと気づかないでいてくれ。
「朝目覚めるとどこからか火焔鳥達が卵を持ってきているようなのです。この講義の期間中にもいくつか増えるかもしれませんね。私が帰国するまでに、皆様の手元に1つずつ行き渡ると良いのですけど」
「そんなことが起こるなんて」
「流石は火焔鳥の卵を孵化した先生です。火焔鳥達から信頼されているのですね」
おふ。
なんか適当に誤魔化したのに僕の評価が上がってしまって居心地が悪いぞ。
まあ、嘘も方便てね……うん、なんかごめんなさい。
「で、ではまず卵の模様を読み取っていきましょうか」
卵は割れることはないが落とすと灰色になり模様が読み取れなくなるから他の卵のように丁重に扱うように、と注意を促すと今日の講義が始まったのだった。
☆
講義も5日目となると距離が縮まってくる。
まだ孵化に成功はしていないが、だいぶ惜しいところにきているグループもある。
僕はおそらくコレが正解だろうという答えを持ってはいるけど、部首なんかで読み方が予想できるわけでもなく、厨二っぽい単語を知っているわけでもない彼らなのによくやってると感心してるくらいだ。
もちろん僕とゼリム先生で、自作の辞書を貸し出したり質問を受けたりして答えに辿り着くよう誘導することに尽力しているとも。
帝国人が孵化するってことが大事だからな。
その自作の辞書をマルドゥさんがすごい勢いで書き写しているのだが、一度無理しないようにと伝えたところ『こういうことには慣れていますから』と言われてしまった。
確かにすごいペンダコができている。
努力家なんだろうなぁ。
ちなみにメロディ商会から出版されている魔術語辞典(全20巻)が1冊10万カーネという値段で売り出されている。
全巻揃えようと思うと、ちょっと良さげな平民の家が建つくらいの出費になる。
メロディちゃんからお友達価格で貸してもらえないかなあとか思っていたら、リグリアンからプレゼントされそうになった。
必死で固辞して無償無期限で借りることになったのは懐かしい思い出だ。
金持ちキョワイ。
「ナローエ先生は魔術語の大陸資格が1等なのですよね」
「そうですよ」
質問もしやすくなったのか部屋の雰囲気も柔らかくなって、1日の終わりには雑談もするようになった。
「すごいなぁ、羨ましいです。僕らは受けることすらできませんから」
「え、なぜですか?」
どの国も魔術語資格取得者を増やそうと躍起になっているんだけど。
だって魔道具を作り出すのも修理するのも魔術語ができないと無理なんだから、魔術語資格をもつ人が多ければその国のステイタスにもなるだろう?
「僕らには受験料が高すぎて手が届きません」
「へ?」
受験料って千カーネだよね?世界共通だよ?
日本円にして1万円くらい。
諸経費と紙や印刷代でそのくらいだったはずだけど、その金額が出せないほど帝国の給金って少ないの?
「流石に1万カーネは簡単に出せませんし」
ん?
「そもそも3年に1度、どなたか一門の首長の推薦を取らねばいけないでしょう?」
「袖の下だけでも結構包まなければなりませんし」
はあ?!
なにそのボッタクリ!
なにその利権感!!
九千カーネはどこに消えてるんだ。
『メロディちゃんが聞いたら国家間紛争になりそうだから口に出せない案件』が出てきたぞ。
「それはどなたが決めた決まりなのでしょう。魔術語協会としては広く平等に、たとえ平民であっても受験を希望する者を妨げてはならないと定められてますのに。金額もそんなにかかるはずがありません」
思わず声も低くなっちゃうよ!
なんか腹が立ってきた。
若い人達のこんな理不尽、許されてもいいのか?
「わかりました、なんとかしましょう。幸い私は試験官資格に相当する1等を持ち、協会上層部に特級を持つ知り合いがおります。特例としてここで試験を実施できるよう手配しましょう」
「へぁ?!」
何しろこの試験、どうやったって不正ができない仕様なのだ。
人間如きが精霊の領域に手を出せるわけがない。
しかも受かったら紋様が手の甲の一部に現れるんだよ。(証明証書みたいなのはもちろん発行されるが)
紋様のおかげで魔法陣が発動しやすくなるし、発動する時に少し光って綺麗なんだ。
人の手で刺青を入れても光らないから、ここでも不正はできないっていう。
うん、やっちゃおう。
資格を取ってしまえば、ただの人間に剥奪なんかできないんだから!
「少し準備に時間がかかりますから3日後。その後何日かあけて何度か試験ができるよう手配します。金銭もこちらで用立てます。他にも希望者がいるようでしたら受け付けるので周知してくだいね」
だって帝国から報奨金が出てるからね。
1人1回1万カーネだっけ?
払ってやるよ。ボッタクリ価格だけどな!
帝国から貰ったもんを帝国に還元するんだから文句を言われる筋合いはないよね。
とはいうものの、請求はメロディちゃんから来るだろうし、今回だけの特別価格とでも言っておけば軋轢少なめで済むかな、とは思うけど。
「なんと……実はナローエ様は人に擬態した精霊なのでは?」
「ちょっ、ゼリム先生何を言ってるんですか。私はただ若い人が不当な状況に置かれていることが許せないだけです」
自分が手を差し伸べられる程度の理不尽があったらさ、見て見ぬふりなんかできないだろ。
「はわわ……こんな、こんな幸運があって良いのでしょうか」
「わぁ、帰ったら今日から徹夜しないと、ですね!」
わっと盛り上がった場に、早くメロディちゃんに知らせないとなーとか思っていたら1人重々しくため息をつくお人がいた。
「皆は受けるとよい。私は無理だが」
「マルドゥ様……」
喜色が浮かんだ役人達とは違い、1番熱心な人に諦観が浮かぶのは何故なのか。
「時間が取れないとは?」
「試験のために学ぶ時間を作れないのです」
「マルドゥ様はトレハルフ家の仕事があるのですよ。私達のような下官であれば家に帰れば自由時間もあるのですが」
うーむ。
「ではここで勉強できる時間を取りましょう」
だってマルドゥが1番直向きに講義を受けているんだよ?
そんな人がなんで試験を受けられないんだよ。
「……いいのですか?」
「もちろん。それにしてもそれほどたくさんの仕事を抱えているのに、このような時間を取らせてしまって申し訳ないですね」
マルドゥは皇太子殿下からのほぼ指名だったからなぁ。断ることもできなかったはずなんだ。
「私の受け持っているのは実にくだらぬ仕事なのです。精霊に認められないような」
ん?精霊に認められないとは?
「と言いますと?」
「先人が残した火焔鳥の伝承を書き写し続けているわけですが、書いても書いても何年かすると消えてしまうのです。精霊から認められないと言われているような誤った史実に違いありません。それなのに……」
ううん?
これはなんか、気になる、ような?
「マルドゥ様、よかったらマルドゥ様がここで学ぶ間、私がそれを書写いたしましょうか?あ、でも門外不出のものでしょうか」
「いいえ。寧ろ我が一門はそれを英雄譚として積極的に広めたいと考えているくらいで……。でもよろしいのですか?」
「はい!お任せください」
もうこの際、みんな合格したらいいよ!
☆
「これは……」
「ナローエどうした?」
「マルドゥ様から預かった文書なんだけど、なんていうか……うん」
マルドゥに手渡された冊子は、共通語は消えていないけれど魔術語が薄く掠れ始めていた。
それをなぞって書き足していくのが一門に生まれた人間の役目らしいのだが、共通語と魔術語の内容に齟齬があるのだ。
共通語の訳自体は本当に英雄譚だ。
いかに火焔鳥と交流を持ち帝国を発展させてきたか、みたいな。
本にして売り出したらめっちゃ売れそう。
けど魔術語で書かれているところは全然違う内容になっている。
これ、どう見てもヤバいやつなんだけど。
どう読み解いても『火焔鳥の屠り方』にしか読めない。
これ、どのくらいの量があるんだろう。
他の冊子には何が書かれてるんだ?
迂闊に誰にも、オースティンにも告げられない。
オースティンを、巻き込めない。
そりゃあ、精霊の怒りも買うだろうさ。
「あ!」
「どうした?」
「ううん。なんとかなりそうって思って」
「そうか。俺のやれることはあるか?」
「ううん、ありがとう」
ともかくマルドゥがこれ以上大変にならないように、消えない書き方に変えてしまえばいいじゃないかって。
「ねえ、クロ、ナミ」
『なんにゅ?』
「コレ、1巻から順番に手に入れてきてくれないかな」
『わかったみゅー!』
『任せてにゅー!』
うーん、これ、まだまだたくさんあるんだよねぇ。
魔術語チート持ちのメロディちゃんに相談したら手伝ってもらえないかなぁ。
ダメ元で相談してみよっと。
☆
(sideマルドゥ)
「マルドゥ様、お急ぎください」
「わかった」
夕刻、講義から帰ると珍しい客人が訪ねてきていた。
「お待たせいたしました。当主様にご足労おかけしてしまい……」
「マルドゥ、そんな挨拶はよい。早く掛けよ」
「は、失礼いたします」
マルドゥは成人した一門の中では下から3番目に若く、当主のことは年に数度遠目に垣間見るだけである。
声をかけられたのはそれこそ成人したことを報告した時以来だ。
当主もナローエ様の講義が気になっているのだろう。
試験のことをどの程度知らせるべきか、腹に力を入れて着座した。
ナローエ様が実施してくださっている魔術語試験。
しかも費用を負担してくださるということで、この情報は密かに下級文官達の間に広まることとなった。
表立って広められないのは、一門の上層部が知ればそこでこの計画が頓挫すると我らが思っているためだ。
そのため日替わりで講義を受けるふりで、試験日に希望者が集えるよう調整している。
受かった者も袖の長いものを着たり、あたかも字移りを防止するかのように指先に穴の空いた手套をつけたりして、資格の印を見られないよう工夫している。
せめて希望者全員が1回は試験を受けられるようにという配慮からだ。
斯く言う私は殿下からの指名により連日講義に参加しているため、何度も受験する機会を得ている。
初回では5等だった試験結果も今では3等まで上がった。
意外だったのは 梼昧に思えていた書写が身を助けたことだった。
読み方や使い方を知らずとも形を覚えていたため、文字を1から覚えなければならないということにはならなかった。
魔道具を製作できる資格を得る日が来ようとは、夢にも思わなかったというのに。
「マルドゥ、其方魔術語の大陸共通試験を受けたそうだな」
「は、火焔鳥の孵化をするに当たって取得してほしいと言われまして、ナローエ様の監修のもと特別に実施していただけました」
下官達は隠せても、側使えのいる私は隠せない。
露見した時にはそう言うよう、ナローエ様に言われていた私はするすると嘘をついた。
「なるほど。これも運命というヤツなのであろうな。マルドゥ、せっかく知識を得たのだ、書写はもう良いから魔術語を取得せよ」
「よ、よろしいのですか?」
あんなに何を置いてでも書写をせよと言われていたのに?
薄れたり掠れたりした冊子が見つかると大仰に騒ぎ立て、何日も寝られないこともあったのに?
「ああ、我が一門は代々極限られた数人にのみ伝承する知識があるのだ。だが魔術語に精通しているものにしか引き継げぬ。偏に書写をし続けているのはただの能無しというわけだ」
能無しとは……?
それは一体?
「この環境下であっても野心や山気ある者は勘づく。馬鹿のひとつ覚えの作業に疑問を持たぬ愚者に、先など有りはしないとお前も思うだろう?」
「は……」
当主に問われれば同意はせねばならないが、意味が分からない。
「そろそろ陛下も代替わりの時期だ。次の世も、我らの傀儡となる者をその座に据えねばならぬ。マルドゥ、心して掌握せよ」
でも書きたいほにゃほにゃまで辿り着かなかったのです
( ꒦ິД꒦ິ)
ーーーーーーーーーー
(sideマルドゥ)
「異国風情が付け上がりおって」
「真に」
「あのような若造に何が解ろうか」
「殿下も耄碌したものよ」
セイレーンからきた学者の対策だと呼ばれてみれば案の定、ただの誹謗が飛び交うだけだった。
ただでさえ考究の時間がない我らなのに、こんなことをしてどうなろうというのだ。
何故僕はこんな一門に生まれてしまったのだろう。
正直僕は低位の文官達がうらやましくて仕方ない。
手柄は全て上役のものになってしまうとしても、その身に身についた知識はその者のものだ。
我らは学ぶ時間がない。
先祖の書き残した伝記を、ただ書き写す日々を過ごしているからだ。
先祖が起こしたとされる偉業をただ書き写す。
だが、その伝記は時間が経つと消えてしまうのだ。
だからひたすら繰り返し繰り返し書き写さねばならない。
学問はその合間をみてするのだ。身につくわけがない。
名家でありながら実力は下官達に及ばないこの実情をおかしいと思わないのか。
時間が経つと消えてしまう伝記に疑問を持たないのか?
僕は随分前からこの伝記を懐疑的にみている。
記した文字が消えるなど、まるで精霊の仕業ではないか。
魔術語の公試でも時折起こる『精霊の悪戯』とよく似た現象だろう。
つまり精霊達が看過できない誤った記述があるからこそ、このような事象が現れるのだ、と考えている。
だからその作業が愚鈍に思えて仕方ないのだ。意味のないことを延々と続けている自分にも。
「まあいい。殿下からはセイレーンの若造と同じくらいの学者を希望されておる。マルドゥ!貴様が行って言い伏してこい」
「まあお前だけでは覚束無いだろうから、優秀な属吏を何人か連れて行くといいだろう」
「では若い者の中から優秀な者を選別して連れて参ります」
お前らが行ったところで大陸資格をお持ちのセイレーンの学者の言っていることなど理解できないだろうがな、と僕を扱き下ろす面々に頭を垂れながら心の中で悪態をつくと部屋を辞した。
☆
火焔鳥の孵化について、僕がそこに至るまでの実際の流れを講義し終えると部屋の諸処から感嘆のため息が聞こえてきた。
流れはわかっても、ここから先は手探りってことに代わりはないから頑張ろうね。
ゼリム教授が連れてきた研究者には若い人が多く、その筆頭がマルドゥさんというらしい。
ここにいる人達の中で一番家柄が良くて見目も良い。
自己評価が低いのか本人は気づいてないみたいだけど、他の人達から随分と慕われているのがわかる。
「続きは実際に火焔鳥の卵を使っての実践といきたいと思いますが、皆さま1人ずつに行き渡るほど卵が手元に有りませんから3人ほどで組んでいただいてと思っております」
今日持ってきた卵は5つ。
『亞刺侵』
『無礼厨』
『墓流警野』
『楽苦泣碌』
『紅莉夢存』
卵の数はもっとあるけど、全部がピンクになっているものから選って持ってきたのだ。
なんとなく僕がわかったやつ。ヒントを出そうにも、検討もつかないものは助言もできない。
まあ今日の様子をみて次に持ってくる卵を増やそうとは思っているんだ。まずはヒントのあるものを孵化できたら自信もつくだろう。
そのあとは僕にも読解できないものを、それぞれの力で答えまで辿り着いてくれたらいい。
あと、あまりにもいっぱい卵を持ってきたら、それが問題になるかもしれないからね。
「あの、ここに火焔鳥の卵があるのですか?」
「はい、ありますよ」
どうやって手に入れたのかが気になったのか若手から声が上がった。
そりゃあそうだ。
褒章などで下賜された卵は全て、国を出た魔導士に掠め取られたことになってるわけだから。
卵がこんなにあることは、さぞ不思議なことと映るだろう。
まあその掠め取られた卵がこれなんだけどね。
うん、あそこ、帝国から逃げた魔導士と治癒師達の家だったんだよ。
総計32個。全部持って来ちゃった、ははは。
そしてクロ達がたまに偵察してくる感じだと、彼ら、まだ卵が無くなったことに気づいてないらしい。
うん、このままずっと気づかないでいてくれ。
「朝目覚めるとどこからか火焔鳥達が卵を持ってきているようなのです。この講義の期間中にもいくつか増えるかもしれませんね。私が帰国するまでに、皆様の手元に1つずつ行き渡ると良いのですけど」
「そんなことが起こるなんて」
「流石は火焔鳥の卵を孵化した先生です。火焔鳥達から信頼されているのですね」
おふ。
なんか適当に誤魔化したのに僕の評価が上がってしまって居心地が悪いぞ。
まあ、嘘も方便てね……うん、なんかごめんなさい。
「で、ではまず卵の模様を読み取っていきましょうか」
卵は割れることはないが落とすと灰色になり模様が読み取れなくなるから他の卵のように丁重に扱うように、と注意を促すと今日の講義が始まったのだった。
☆
講義も5日目となると距離が縮まってくる。
まだ孵化に成功はしていないが、だいぶ惜しいところにきているグループもある。
僕はおそらくコレが正解だろうという答えを持ってはいるけど、部首なんかで読み方が予想できるわけでもなく、厨二っぽい単語を知っているわけでもない彼らなのによくやってると感心してるくらいだ。
もちろん僕とゼリム先生で、自作の辞書を貸し出したり質問を受けたりして答えに辿り着くよう誘導することに尽力しているとも。
帝国人が孵化するってことが大事だからな。
その自作の辞書をマルドゥさんがすごい勢いで書き写しているのだが、一度無理しないようにと伝えたところ『こういうことには慣れていますから』と言われてしまった。
確かにすごいペンダコができている。
努力家なんだろうなぁ。
ちなみにメロディ商会から出版されている魔術語辞典(全20巻)が1冊10万カーネという値段で売り出されている。
全巻揃えようと思うと、ちょっと良さげな平民の家が建つくらいの出費になる。
メロディちゃんからお友達価格で貸してもらえないかなあとか思っていたら、リグリアンからプレゼントされそうになった。
必死で固辞して無償無期限で借りることになったのは懐かしい思い出だ。
金持ちキョワイ。
「ナローエ先生は魔術語の大陸資格が1等なのですよね」
「そうですよ」
質問もしやすくなったのか部屋の雰囲気も柔らかくなって、1日の終わりには雑談もするようになった。
「すごいなぁ、羨ましいです。僕らは受けることすらできませんから」
「え、なぜですか?」
どの国も魔術語資格取得者を増やそうと躍起になっているんだけど。
だって魔道具を作り出すのも修理するのも魔術語ができないと無理なんだから、魔術語資格をもつ人が多ければその国のステイタスにもなるだろう?
「僕らには受験料が高すぎて手が届きません」
「へ?」
受験料って千カーネだよね?世界共通だよ?
日本円にして1万円くらい。
諸経費と紙や印刷代でそのくらいだったはずだけど、その金額が出せないほど帝国の給金って少ないの?
「流石に1万カーネは簡単に出せませんし」
ん?
「そもそも3年に1度、どなたか一門の首長の推薦を取らねばいけないでしょう?」
「袖の下だけでも結構包まなければなりませんし」
はあ?!
なにそのボッタクリ!
なにその利権感!!
九千カーネはどこに消えてるんだ。
『メロディちゃんが聞いたら国家間紛争になりそうだから口に出せない案件』が出てきたぞ。
「それはどなたが決めた決まりなのでしょう。魔術語協会としては広く平等に、たとえ平民であっても受験を希望する者を妨げてはならないと定められてますのに。金額もそんなにかかるはずがありません」
思わず声も低くなっちゃうよ!
なんか腹が立ってきた。
若い人達のこんな理不尽、許されてもいいのか?
「わかりました、なんとかしましょう。幸い私は試験官資格に相当する1等を持ち、協会上層部に特級を持つ知り合いがおります。特例としてここで試験を実施できるよう手配しましょう」
「へぁ?!」
何しろこの試験、どうやったって不正ができない仕様なのだ。
人間如きが精霊の領域に手を出せるわけがない。
しかも受かったら紋様が手の甲の一部に現れるんだよ。(証明証書みたいなのはもちろん発行されるが)
紋様のおかげで魔法陣が発動しやすくなるし、発動する時に少し光って綺麗なんだ。
人の手で刺青を入れても光らないから、ここでも不正はできないっていう。
うん、やっちゃおう。
資格を取ってしまえば、ただの人間に剥奪なんかできないんだから!
「少し準備に時間がかかりますから3日後。その後何日かあけて何度か試験ができるよう手配します。金銭もこちらで用立てます。他にも希望者がいるようでしたら受け付けるので周知してくだいね」
だって帝国から報奨金が出てるからね。
1人1回1万カーネだっけ?
払ってやるよ。ボッタクリ価格だけどな!
帝国から貰ったもんを帝国に還元するんだから文句を言われる筋合いはないよね。
とはいうものの、請求はメロディちゃんから来るだろうし、今回だけの特別価格とでも言っておけば軋轢少なめで済むかな、とは思うけど。
「なんと……実はナローエ様は人に擬態した精霊なのでは?」
「ちょっ、ゼリム先生何を言ってるんですか。私はただ若い人が不当な状況に置かれていることが許せないだけです」
自分が手を差し伸べられる程度の理不尽があったらさ、見て見ぬふりなんかできないだろ。
「はわわ……こんな、こんな幸運があって良いのでしょうか」
「わぁ、帰ったら今日から徹夜しないと、ですね!」
わっと盛り上がった場に、早くメロディちゃんに知らせないとなーとか思っていたら1人重々しくため息をつくお人がいた。
「皆は受けるとよい。私は無理だが」
「マルドゥ様……」
喜色が浮かんだ役人達とは違い、1番熱心な人に諦観が浮かぶのは何故なのか。
「時間が取れないとは?」
「試験のために学ぶ時間を作れないのです」
「マルドゥ様はトレハルフ家の仕事があるのですよ。私達のような下官であれば家に帰れば自由時間もあるのですが」
うーむ。
「ではここで勉強できる時間を取りましょう」
だってマルドゥが1番直向きに講義を受けているんだよ?
そんな人がなんで試験を受けられないんだよ。
「……いいのですか?」
「もちろん。それにしてもそれほどたくさんの仕事を抱えているのに、このような時間を取らせてしまって申し訳ないですね」
マルドゥは皇太子殿下からのほぼ指名だったからなぁ。断ることもできなかったはずなんだ。
「私の受け持っているのは実にくだらぬ仕事なのです。精霊に認められないような」
ん?精霊に認められないとは?
「と言いますと?」
「先人が残した火焔鳥の伝承を書き写し続けているわけですが、書いても書いても何年かすると消えてしまうのです。精霊から認められないと言われているような誤った史実に違いありません。それなのに……」
ううん?
これはなんか、気になる、ような?
「マルドゥ様、よかったらマルドゥ様がここで学ぶ間、私がそれを書写いたしましょうか?あ、でも門外不出のものでしょうか」
「いいえ。寧ろ我が一門はそれを英雄譚として積極的に広めたいと考えているくらいで……。でもよろしいのですか?」
「はい!お任せください」
もうこの際、みんな合格したらいいよ!
☆
「これは……」
「ナローエどうした?」
「マルドゥ様から預かった文書なんだけど、なんていうか……うん」
マルドゥに手渡された冊子は、共通語は消えていないけれど魔術語が薄く掠れ始めていた。
それをなぞって書き足していくのが一門に生まれた人間の役目らしいのだが、共通語と魔術語の内容に齟齬があるのだ。
共通語の訳自体は本当に英雄譚だ。
いかに火焔鳥と交流を持ち帝国を発展させてきたか、みたいな。
本にして売り出したらめっちゃ売れそう。
けど魔術語で書かれているところは全然違う内容になっている。
これ、どう見てもヤバいやつなんだけど。
どう読み解いても『火焔鳥の屠り方』にしか読めない。
これ、どのくらいの量があるんだろう。
他の冊子には何が書かれてるんだ?
迂闊に誰にも、オースティンにも告げられない。
オースティンを、巻き込めない。
そりゃあ、精霊の怒りも買うだろうさ。
「あ!」
「どうした?」
「ううん。なんとかなりそうって思って」
「そうか。俺のやれることはあるか?」
「ううん、ありがとう」
ともかくマルドゥがこれ以上大変にならないように、消えない書き方に変えてしまえばいいじゃないかって。
「ねえ、クロ、ナミ」
『なんにゅ?』
「コレ、1巻から順番に手に入れてきてくれないかな」
『わかったみゅー!』
『任せてにゅー!』
うーん、これ、まだまだたくさんあるんだよねぇ。
魔術語チート持ちのメロディちゃんに相談したら手伝ってもらえないかなぁ。
ダメ元で相談してみよっと。
☆
(sideマルドゥ)
「マルドゥ様、お急ぎください」
「わかった」
夕刻、講義から帰ると珍しい客人が訪ねてきていた。
「お待たせいたしました。当主様にご足労おかけしてしまい……」
「マルドゥ、そんな挨拶はよい。早く掛けよ」
「は、失礼いたします」
マルドゥは成人した一門の中では下から3番目に若く、当主のことは年に数度遠目に垣間見るだけである。
声をかけられたのはそれこそ成人したことを報告した時以来だ。
当主もナローエ様の講義が気になっているのだろう。
試験のことをどの程度知らせるべきか、腹に力を入れて着座した。
ナローエ様が実施してくださっている魔術語試験。
しかも費用を負担してくださるということで、この情報は密かに下級文官達の間に広まることとなった。
表立って広められないのは、一門の上層部が知ればそこでこの計画が頓挫すると我らが思っているためだ。
そのため日替わりで講義を受けるふりで、試験日に希望者が集えるよう調整している。
受かった者も袖の長いものを着たり、あたかも字移りを防止するかのように指先に穴の空いた手套をつけたりして、資格の印を見られないよう工夫している。
せめて希望者全員が1回は試験を受けられるようにという配慮からだ。
斯く言う私は殿下からの指名により連日講義に参加しているため、何度も受験する機会を得ている。
初回では5等だった試験結果も今では3等まで上がった。
意外だったのは 梼昧に思えていた書写が身を助けたことだった。
読み方や使い方を知らずとも形を覚えていたため、文字を1から覚えなければならないということにはならなかった。
魔道具を製作できる資格を得る日が来ようとは、夢にも思わなかったというのに。
「マルドゥ、其方魔術語の大陸共通試験を受けたそうだな」
「は、火焔鳥の孵化をするに当たって取得してほしいと言われまして、ナローエ様の監修のもと特別に実施していただけました」
下官達は隠せても、側使えのいる私は隠せない。
露見した時にはそう言うよう、ナローエ様に言われていた私はするすると嘘をついた。
「なるほど。これも運命というヤツなのであろうな。マルドゥ、せっかく知識を得たのだ、書写はもう良いから魔術語を取得せよ」
「よ、よろしいのですか?」
あんなに何を置いてでも書写をせよと言われていたのに?
薄れたり掠れたりした冊子が見つかると大仰に騒ぎ立て、何日も寝られないこともあったのに?
「ああ、我が一門は代々極限られた数人にのみ伝承する知識があるのだ。だが魔術語に精通しているものにしか引き継げぬ。偏に書写をし続けているのはただの能無しというわけだ」
能無しとは……?
それは一体?
「この環境下であっても野心や山気ある者は勘づく。馬鹿のひとつ覚えの作業に疑問を持たぬ愚者に、先など有りはしないとお前も思うだろう?」
「は……」
当主に問われれば同意はせねばならないが、意味が分からない。
「そろそろ陛下も代替わりの時期だ。次の世も、我らの傀儡となる者をその座に据えねばならぬ。マルドゥ、心して掌握せよ」
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