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番外編

11話 ダンスリーの浅慮

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(sideダンスリー)

皇城から離れて10年。
この国で火焔鳥に最も否定的な人間は私だろうと思う。
火焔鳥から直接その恩恵を与えられない貴族や平民がそんな考えを持つことならおかしなことではないだろうが、私は火焔鳥の恩恵を得る王族の第3皇子だ。
こうして供も連れず単身で国境くにさかいを彷徨えるのも、それにあやかっているからだと理解している。
それでも私は火焔鳥を受け入れることができずにいる。

まつりごとが人の能力だけで行われたのならば、これほどまでに理不尽に振り回されることはなかったのではないか。
長兄あにうえだって、国政にあれほど悩むことも無かっただろう。
けれどあれほど苦しまされている兄上でさえ、火焔鳥のことを否定したりはしない。

何故。
何故、この国は彼ら無しに成り立つことが許されないのか。
罪のない母や弟を犠牲にしてまで、アレを崇めなければならないことが受け入れられない。
母は不義など犯してはいなかった。
弟は間違いなく父上の御子であった。
それであるのに、ただ髪色が変わらなかったというそれだけで、その誕生さえ認められない者となってしまった。
『あにうえ』と呼ぶ、いつもは悪戯気だった弟の泣く顔が忘れられないのだ。
自分など生まれなければよかったという、あの子の顔が頭から離れないのだ。

皇城の皇宮内、妃達の住居すまいがある女宮舎には、宦官以外成人を迎えた男は1歩たりとも足を踏み入れることはできない。例外は皇帝陛下のみだ。
私のように実子であっても、成人してしまえば手紙以外には公の場で挨拶ことばを交わすことしかできない。
皇帝陛下をその身に受け入れた瞬間から、彼女達は決して出られない籠の中の鳥となるのに。
女宮舎を守る騎士すら全てが女だ。
そんなことができる機会がどこにあると言うのだ。

母亡き後、こうした考察について叱責を覚悟の上で父上に進言したことがある。
もう2度とこのような悲劇を起こさないためにも必要だと考えたからだった。
けれどその言葉は父上には響かなかった。
譴責もなければ小言すら無かった。
あったのは『お前が制裁覚悟で申し出たそれを、一体何人が同意するであろうな。それは有難迷惑の独りよがりと知るがいい』という助言のみであった。
あれは一体、何を意味する言葉だったのだろうか。

この広い国土を治める賢帝である父上には、数多いる妻子の内、ほんの幾人かが命を落としたところで支障は無かったのだろう。
そう言われてみれば母上に限らず、妃と睦まじくしている姿など見たことも無かったなと思い当たった。
もしこれが歴代の皇帝の姿だとするならば、皇帝とはどれほど寂しい生き物なのだろうか。

その言葉を聞いた時、それまで身の内にあった憧れや崇敬が消えたのがわかった。
気味の悪い、まるで慈悲なく決裁する火焔鳥のように、人としての感情が欠落したモノとして父上を呆然と見上げたことを覚えている。
何故母や弟への思いをほんの一欠片だけでも汲み取ってくれないのか。
何故この苦しい胸の内を拾い上げてくれないのか。
貴方の息子が、貴方の子供の泣く声が、何故届かないのか。

広い国土の隅まで見渡す父上なのに、足元にいる家族の声は届かない。
届きもしなければ、縋りついて許しを乞ても、有りもしない罪に消えていくだけだ。
この国に火焔鳥は必要なのか?
火焔鳥のような冷酷な皇帝は必要なのか?
血を分けた子供の小さな声すら届かない、これほどまでに広い国土は本当に必要なのか?

火焔鳥に支配されない国を見てみたいと願うことは、罪なのだろうか。

物思いから意識が浮上すると、目の先に赤い小鳥が羽ばたいたような気がして視線を上げた。
もしや向こう側で火焔鳥が孵化したのかと背筋に緊張が走る。
帝国こちらにいらぬと思いながら敵国あちらにあるのが腹立たしいとは、その矛盾に苛立ちながら私は馬の鼻を向けた。





馬を降りて木の間を歩いていけば人の気配がした。
にゅーにゅーといった変わった鳴声と鳥の声も聞こえていて、先程目にした火焔鳥が見間違いでは無かったと知る。
火焔鳥が国境内にいるのならば、あちら側ではなかったかとひとまずは胸を撫で下ろした。
だが見れば火焔鳥に相応しい赤い髪の男がこちらに顔を向けていた。
そんな髪色の人間など、この国にはいない。何が起きている?

「そこにいるのは何者か」
敵対する気配はないがここは帝国内。しかも国境付近だ。
「セイレーンから参りました、オースティンと申します」
「ああ、貴殿が……。私はこの国の皇族、ダンスリーだ」
そういえば新たな火焔鳥を孵化させたセイレーンの貴族が招かれているのだったか。

「して、ここには何用で?」
ここは皇城からかなり距離がある。
こんなところに何故、馬もなしにどのようにしてやって来たのか。
ここまで辿り着くまでに誰かが気づきそうなものなのに、なんの報告も受けていない。
思わず詰問するような口調になったが、目の前の客人の気分は害さなかったようだ。
急に鳴き出した黒と白の蜥蜴のような生き物と火焔鳥を戸惑ったように見ている。

「ここにいる龍に遊びに行きたいと連れてこられたのです。どうやら火焔鳥が龍に国境を自慢したようでして」
「龍?聞いていた様子と違い小さいな」
龍とは随分大きく脅威となる存在だと聞いたが。
「はい。火焔鳥と同じようにこれ達も進化するようです。私共が移動に利用した個体は人を乗せられる程大きな身体をしておりますよ」
なるほど。

「それにしてもそこな火焔鳥は其方に随分と懐いているようだ」
彼が帰国する際に国に連れて帰られては困るが、どのように処理するべきか。
彼が火焔鳥を帝国に置いて帰る心算つもりであれば良し。そうでないのであれば適正に・・・片付けなければならない。
異国の武人など取るに足らない相手ではあるが、国賓として招かれている者の関係者と考えるならば厄介ではあるか。
1番良いのは病死・・だろうが、せずに済むならそれに越したことはない。

「そうですかね?精霊同士、龍との仲は良さそうだと思いますが。ナローエがこちらの学者と交流を持っている間、彼らの暇つぶしに付き合うのが仕事の一環でもありますから」
「暇つぶし」
「はい。精霊達にとって人間界のことなんてどうでもいいことですからね。けれど、信頼関係を結んでおけば助けてくれることもあります。例えば帝国まで送迎をしてくれたり」
確かに驚くほど速く帝国に到着したとは聞いている。そのために暇つぶしに付き合うと?

「セイレーンの龍は契約で縛り付けて命令をきかせるのではないのか?」
「?精霊に命令などしたことはありませんよ。そもそも契約で縛ることなんて無理でしょう。契約はどちらかというと……うーん、家族になるというか、友人になるというか。意思疎通が可能になって、お願いを聞いてもらいやすくなる関係になるだけですよね」
そうなのか?
私は火焔鳥と契約などしたことがないからわからぬが、確かに父上が命令をするのを見たことはない。
父上が火焔鳥に皇族を守るよう命じているわけではないのかもしれないということか。

「それに充分な見返りを用意せずに命令なんかしていたら、人間でも裏切られるじゃないですか。むしろ精霊はその辺りもっと熾烈というか、欲する物がはっきりしてるのでわかりやすくていいくらいですね」
「欲するもの……?もしや、それが足らぬから今の皇族は契約してもらえぬのか?」

『ぴー!!(おー!!)ぴぴぴぴぴ!!(その通りなのだ!!)』
『にゅー、にゅにゅにゅ(おー、気づいたシュよ)』
突然火焔鳥と龍が騒ぎ立て始めたのだが、なんだかすごく見られている気がする。
オースティンとやらが双方を見比べ龍を撫でたところで頷いた。

「殿下、どうやらその通りのようですよ」
「貴殿はその龍と契約を交わしておるのか?」
『にゅにゅにゅ(そうだと言うといいシャ)』
『ぴぴぴ(だから我の言いたいことも分かると言えばいい)』

「はい。ルールドとアンジェは私の契約龍です。火焔鳥のことでわかることがあれば、教えてくれることもあります」
「そうか。それは有り難いな」
火焔鳥の思考を龍がオースティンに通事しておるのか。
ということはオースティン殿と龍がおれば、正しく火焔鳥のことを理解し得るかもしれないのだ。
この機会を逃してどうする。

「オースティン殿、貴殿に頼みがある」
「なんでしょう」
「火焔鳥についてわかることがあったら我らに知らせて欲しい。私は帝国の、兄上の力になりたいのだ」
「それはもちろん。ですが、こちらには火焔鳥の研究者がいらっしゃると聞いております。彼らの方が詳しいのではありませんか?」
オースティン殿が疑問に思うのも無理はない。

「アレ達はなぁ。ただの穀潰しというか……本当に火焔鳥に精通しておるなら、もう何羽か孵化をさせてると思わぬか?」
「そ、それもそうですね」
『ぴぴぴぴ(この兄弟、結構辛辣だな)』
「あのクソ学者達も火焔鳥も要らぬ存在だと思っておったが、我らの至らぬところがあるのならば火焔鳥が協力してくれぬのも道理。まずはそれを知らねばならないか」

『にゅぅにゅにゅ(主人、コイツ扱いやすいシャ)』
「あはははは……そうですね」
何故か遠い目で同意したオースティンの様子は気になるが、やらねばならぬことが見えてきてなんだが頭がスッキリとした。

「ところで龍が欲するものとはなんであったのだ?」
「大量の魔力ですよ。通常の人の魔力量では見向きもしてくれません」
「魔力?」
それならば我ら皇族にも膨大な魔力がある。
この国の守りとして使えるほどの量だ。

ふむ、だが待てよ?
建国当初から皇族が結界の守りを担っていたわけではない。
そしてその頃は多くの火焔鳥が国を舞っていたという。
この国はいつから結界を張ることが始まったのだったか。
そのことと火焔鳥の減少に繋がりがあるのではないか。
ともするとそれは突き詰めていけば、母上や弟の死とも関わりがあるのかもしれない。

「なんということだ」
ほんの少しの手がかりを得ただけでそれだけの疑問が溢れてくるのに、見ないふりをしてこんな場所に燻っていたせいで、そんなことにも思い当たらなかったとは。
もっとやれることがあったはずだ。
知ろうと賢く動けばきっともっと早く見えたものがあったはずなのだ。
弟の無念を、母の濡れ衣を、その命がある間にすすげたかもしれないのに。

「ダンスリー殿下?」
強く拳を握り込むと、黙り込んだ私を彼が心配そうに見ていた。
しばらくして、己の愚かさに気づかせてくれた赤い髪の男が場を辞す言葉を口にすると、突如大きな龍が現れた。
龍に跨り皇城に帰還するオースティンを見送ると、何故か失ったものを取り戻したような気がして胸が揺れ、瞼が熱く濡れた。

私のやるべきことはある、と。



ーーーーーーーーーー

不遇不憫平民のオースティンと出会わなかった弊害がここにも
平民の大変さを知る機会がなかったダンスリーは帝国を転覆するための明確な指針を得られることなく、ただ不満を持て余す人物になってしまいました






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