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13話 オースティンの契約

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自主練を終えて食堂に移動しようとしていたら、庭の隅から罵声が聞こえてきた。

またアホな貴族が威張り散らかして平民でもいじめてんだろうなあ。
そんなことでしか矜持を保てないとか、正直うんざりする。

暴力もなあ、騎士クラスの平民ならやり返せるけど、魔道士クラスの平民はただ黙って耐えるしかないって感じだからな。
もしそうなら気の毒か。
はあ、様子だけ見てくるか。
寮に向けていた足を止めると、庭へと向きを変えた。

「くそっ、まだ死なねえのかよ!」
近づくにつれて話の内容も聞こえてくる、が。
マジでか。
内容がヤバ過ぎるだろ!

「おい!何をやっている!!」
って、あー、さすがに平民にんげん相手ではなかったか。
アイツらがそこまで馬鹿じゃなくてよかった。

彼らが痛めつけていたのはカナヘビだった。
貴族の足元に、蹴られて切られてボロボロになった黒いカナヘビが今にも息絶えそうに落ちている。
白いカナヘビの方も、貴族の1人に握り込まれてぐったりしていた。

お前ら白い蜥蜴の祝福の話ぐらい、聞いたことねえのかよ。
これ、素通りして見殺しにしたらナローエ様が悲しむんだろうな。
俺は知らずため息を吐いた。

いたぶられていたのがカナヘビだったから仕方ないとまでは思わないが、俺だってナローエ様から話を聞いてなければ、黒いカナヘビを駆逐しようとするヤツをわざわざ止めたりしなかっただろう。
黒い蜥蜴とはそういう存在ものなのだから。

ただ以前の俺でも、相手が自分に危害を加えようとしているわけでもないのに、寄って行ってまで処分しようとは思わなかったと思うぜ?
だってあんなに小さい蜥蜴だぞ?
噛まれたりしない限りなあ。

しかしあの2匹、助かるか?グッタリしすぎてるけど。
あ、ナローエ様から貰った治癒系の魔道具って、俺以外のヤツにも使えるのか?
聞いとけばよかったなあ。まあ、試すだけ試してみるか。

……そういえばカナヘビ達って記憶だか感覚だかを共有できるって言ってなかったか?
俺が見捨てたの知られてたら、ナローエ様に軽蔑されるやつだ。
っっっ危な!
俺別に正義感に溢れてるとかねえから、普段なら見て見ぬふりしてたわ。よかった、気がついて。
ははは、変な汗出てきた。

俺は慌ててアホ貴族と黒カナヘビの間に入り、彼らの目に黒カナヘビが映らないようにすると、ついでにアホ貴族からも白カナヘビを奪い、治癒の魔道具に魔力を流した。
カナヘビのためじゃなくて、自分のために、な。
2匹が薄く光ったから、何かしらの効果はあっただろう……って、はっ?

「うぉ!」
「な、なんだあ?!コイツデカくなったぞ!!」
「き、キモチ悪っ!お前、コイツらに何をした!」
「お、おい、だ、誰か……そうだ、大人せんせい!大人、呼んで来よーぜ!」
叫びながらアホ貴族が走り去った。
唐突に理解不能なことが起こると、誰かに頼りたくなるよな、ははは。
なんかやべえことになったかもしれん。

それにしても治癒の魔道具って、治すやつだよな?
なんかコイツら、生態自体みためが変わっちまってるんだけど。

あー、人が来たらさすがにヤバイかなあ。
めっちゃデカくなったけど、黒色は黒色だし蜥蜴は蜥蜴、だよな?
まあ、わかんねえことはナローエ様に相談するのが1番か。

しかしこれ、生態かわっちまってるけど、ちゃんと助けたことになるよな?
怒られないよな?
ナローエ様に怒られたら……それはそれで興奮するか。
あ、いや。

『シュー?』
『シャー?』
「ゴ、ゴホンッ」
1人で赤くなったり青くなったりしてたら2匹が顔を覗き込んでいた。

「あー、お前ら人が来たらもっと酷い目に合いそうなんだが、俺に保護される気はあるか?」
『シュ!』
『シャ!』
これは是ってことでいいか?

「保護するのに名をつけるのが1番手取り早いんだが……もし俺の案に乗ってくれる気があったら、血と名を受け取ってくれ」
抱き抱えていくより、隠れてくれた方が助かる。
誰に見られるかわからないし。

俺は剣脇の小刀で指に傷をつけると、2匹の前に差し出した。
2匹はペロリとそれを舐める。
うん、良さそうだな。

「俺はオースティンだ。お前たちの名前は……ルールドとアンジェなんてどうだ?」
古代語で闇と光を表す言葉だ。
『シュ!』
『シャ!』
是と言ったかどうかはわからないが、2匹がふわりと光って契約が成立したことがわかった。

「俺はそれなりに魔力があるから、それで影部屋を作れるなら、そこで隠れていてくれ。治療してくれる人のところまで連れて行くから」
『ありがと、主人あるじ様シャ』
『よろしくでシュ』

そう言うと、2匹は俺の肩の辺りまで登って消えた。
これで、ナローエ様とお揃いになったな、なんて思って、ちょっと幸せになった。



「わ、どうしたんだ?その子達」
部屋に帰って2匹を呼び出してナローエ様に紹介すると、ナローエ様は慌てて残っていた傷に薬を塗った。

かがむナローエ様の肩からキラキラ光る髪がすべり落ちて、はあ、マジかわいい。
ナローエ様が天使すぎる。
ナローエ様はこのキラキラした天使髪をなぜか『病人だった証みたいな白髪』と思っているけど、そんなこと、あるわけがない。
天使が増しているだけだ。

それなのにナローエ様はすぐ切ろうとするから、伸ばしてもらうのにホント苦労しているのだ。
寝台の上に乱れて広がる髪とか、どれだけ俺が煽られるかわかっていない。

抜けた髪(や下の毛も)を集めて取っておきたかったのだが、1度そういう人間についてどう思うか聞いたところ
『うわっ、マジ無理。そういう気持ち悪い男に付き纏われる女子、本当可哀想』
と言われ、3日ぐらい寝込んだ悲しい思い出がある。
情熱的に愛されて幸せだと言われたかっただけなのに。(そして許可を得てナローエ様採取保存したかった)

「オースティン?」
「あっ、魔道具で治療は施してきたんですけどっ」
「あー、その魔道具、体内の損傷は治せるんだけど、皮表面は治せないやつなんだ。やっぱり不便かなあ」
「いえ、俺自身について言えば、見えていたケガが治ると他の面倒事が起きそうですから」
「だよなあ」

便利な魔道具を平民が持っていると、一部の貴族からいらぬ妬みを買ってしまう。
致命傷さえ治るのであれば、その方が面倒がなくていい。
ナローエ様も同じことを考えたのか、苦笑いを浮かべた。

『オースティン、我らの仲間を助けてくれてありがとにゅ』
「ああ」
やはりコイツら気づいてたか。
ジワリと背中に冷や汗が流れる。はー、危なかった。
ナローエ様に軽蔑されたら、生きていけない。

「あ、やっぱりこの子達カナヘビでよかった?」
「はい」
ナローエ様も大きな姿のカナヘビに半信半疑だったんだな。
「庭で貴族達にいたぶられていまして、保護した時にはただのカナヘビだったんですけど」

『そうみゅ。我ら命に関わる危機の時に誰かが魔力を使うと、それを吸収して大きくなるみゅ』
『魔力を使って攻撃されると我ら死ぬシュからねー、頑張ってその前に魔力を食うシュよ』

物理的に刻んでも弱るだけで死なないってことか?
そうすると人間の方が痺れを切らして魔力を使っちまうわなあ。
だけど
「それは首を落としてもか?」
さすがに首が落ちても生きてたら怖えぞ。

『人間の使うただの武器だと、傷はついても切り落とせないみゅ』
『魔力を纏った剣だと死んじゃうからシャ、その前に魔力を食べて大きくなるシャ!』
あー、なるほど。
それが騎士達せんせいの言ってた『黒い蜥蜴を攻撃すると殺せるかデカくさせるかだ』って雑談に繋がるのか。

……倒すの難しくねえ?

「じゃあこの子達が大きくなったカナヘビなんだ。第2形態ってイグアナみたいになるんだね。まあ、尻尾はだいぶ長めだけど」
「第2形態、ですか?」
第2ってことは3もあるのか?
てか、イグアナってなんだ。

「うん、もっと大きくなるって聞いたことあるよ」
『そうにゅ!』
『我らもっと大きくなるシュ!』

ナローエ様はそういうことをどこで知るんだろう。
先生からではないと思う。
何しろ勉強は俺も一緒に教わっていたし、屋敷にある本は俺もひと通り読んでいるはずだ。
魔導士ぶんかんクラスで教わることでもないだろう。

『身体が大きくなると、使える魔力も増えるシャ。使える魔力が増えると強くなるシャ』
「そうなのか?」
うんうんと頷く4匹。
『けど、大きくなったってことは、それだけ大変な目にあったってことだから、かわいそうなのみゅ』
『大きくなりたいとは思わないにゅね』

カナヘビ達の不思議な生態を聞いていたら、激しくドアを叩かれた。
「お前ら影部屋へ入れ」
小声で指示し、カナヘビ達が全員隠れたのを確認する。
ナローエ様が入室を許可するのとほぼ同時に、部屋の扉が開いた。

「随分と不躾ですが、何事ですか?……って、は?え?」

来客の顔を見て、ナローエ様が慌てて立ち上がった。

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