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10話 オースティンの実技試験

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(オースティンの会場)

「各自推薦状を持って並べ」
試験官である騎士の号令で列に並ぶと、自然貴族と平民に別れた。
貴族の列では赤い紙が配られ、なにやら署名させられているようだ。
その後、指に何かをはめている。

「貴族諸君については、実技試験の際の魔力暴走を阻止するために先に魔道具が与えられる。平民は全ての試験終了後の配布となるので、すぐに帰らないように」
試験官が説明するのを、なるほどなと聞いた。

「ちっ、どうせあれだろ?貴族だけ先に魔道具を配布して点数を稼ぎやすくしてんだろうさ」
後ろにいる平民らしき受験生が不平を呟くのを聞いて、また、なるほどなと思った。

確かに今までも魔道具なしで鍛練しているだろうにと思わなくもないが、貴族ってのは特権が許される存在だ。
そもそも、従者候補と貴族学生が同じ試験を受けることになるとは思っていなかった。

このくらいのハンデでへこたれていてはナローエ様を守る従者として名折れだからな。
せっかくナローエ様の従者に選んでもらえたのだ。
こんなところで脱落してたまるか。

共通の筆記試験では全て埋めることはできた。
しかし、後ろの彼の言葉を借りることになれば、採点後の結果を自分で見ることが叶わない以上、貴族にとって不都合があれば操作されるものだと思っていた方がいい。

それに比べて実技は、皆の前で披露するだけあってどんなに操作したくてもできないはずだ。
英才教育を受けている貴族かれらを簡単に伸せるとは思っていない。が、ナローエ様を自分に引き留めておくためには、目に見える状態ではっきりと力を示しておく必要がある。

どんなに高い身分のヤツがナローエ様に目をつけたとしても、ナローエ様は俺のモノなのだ。
手放す気は、ない。
『あのオースティンがついているならば、諦めるしかない』と思われるほど、力を見せつけておく必要がある。
そのくらい、ナローエ様は魅力的なのだから。
何故かナローエ様はそのことを注意しても、一向にわかってくださらないが。

あの美しい人を、誰にも、絶対、渡すものか。



(貴族視点)

俺達は平民達よりも先に手に入れた魔道具を使い魔力を動かしはじめた。
本来ならば模擬戦の実技テスト後に全員に手渡される魔道具だが、今年は公爵家次男リグリアンの希望で先に貴族に配布されることになったのだ。

「我ら尊き血の民が、平民と同じ条件で試験などふざけてるだろう」
「全く、その通りです」
リグリアンが鼻息も荒く口を開けば、取り巻きは皆同意した。

「それに魔道具ならば今までもつけていましたしね」
「ふん。魔道具も買えぬ貧乏人と同列に学ぶなど、怖気が走るわ」

とはいえ、今まで与えられていたのは魔力を吸い取るための魔道具なのだ。
魔術を発動するための魔道具が与えてもらえなかったのは平民達と同じだ。
要するに、魔道具を使い魔力を操作するのは初めてだということには残念ながら彼らは気づいていなかった。

「どうだ、動かせたか?」
「はい、なんとか動かせましたよ」
「ははは、これが魔力ですか」
初めて魔力を動かせたことに満足の笑みが浮かんだ。
魔力を操作することが、魔法戦士として最初の関門だと知っているからだ。
騎士の中で魔法戦士になれるのは僅かだ。
それは貴族の特権であるべきだ。そうずっと思ってきていた。

「どうせなら最初に強そうなヤツを魔力で圧倒して、平民など蹴散らしてやりましょう」
「そうです、そうです!」
「うまくいけば、ヤツら学院から逃げ帰るのでは?」
「ははははは!ちょうど王子も見ているしな、それはいい!」
ザッと見渡して、叩きのめすのに良さそうな平民を探す。

「おい、そこのお前、前に出ろ。1番デカい赤髪のお前だ」

今年の平民の中で、ヤツが1番強そうに見える。
身体は大きく、筋肉のつきもいい。
こいつが膝をつきボロボロに打ち負かされたら、周りにいる平民達は恐怖で怯えるだろうな。

リグリアン達はその光景を想像してほくそ笑んだ。




「おい、そこのお前、前に出ろ。1番デカい赤髪のお前だ」

俺のことか?
周りを見渡して、自分が1番デカそうだと「はい」と頷いた。

さらに言えば、ほとんどが濃さの違う茶髪の中、はっきりとした赤髪も俺しかいない。
元は俺もただの赤っぽい茶髪だったのだが、ナローエ様と魔力の交換をするようになって、徐々にはっきりとした赤髪になった。
体内の含有魔力が増え、属性が安定した証拠らしい。

見渡すと水色や緑って感じの属性がはっきりと見えるヤツもいるけど、少し離れたところでこっちの様子を見ているってことは、ここにいる者よりも学年が上なんだろう。
ただの見学だ。
その中心にいる薄めの金髪は、その髪色だけで属性と魔力の多さがわかるから王族か、ナローエ様のように位の高い貴族に違いない。

ナローエ様もいくつかの属性を持ち合わせているからこそ、魔力の多さが色無しに繋がっているそうだ。
出会った頃はくっきりとした金髪だったが、体調を崩し寝込むようになると次第に髪の色味が淡くなり、今では銀に近くなった。
はっきり言って天使だ。

俺には金も身分もない。
だから天使ナローエ様との未来のために、無様な姿を晒すことなどできない。
深く息を吐くと、気合を入れた。

ナローエ様を守る盾として、ナローエ様を縛りつけておける男として、圧倒的な力を見せるのだ。
あんなに美しいナローエ様だ。
舐められたら、俺から奪おうとうるさい虫が飛び回るに決まっている。
奮い立て、俺!

模擬戦の1人目ならば、記憶に残りやすいに違いない。好都合だ。
思いっきり叩きつければいい。

試合開始の位置につけば、相手はガッチリ体形の貴族だった。

「赤髪、名前は」
「オースティンです」
「ではオースティンとジュール ド エラースッドの模擬戦を行う」
中心に立つ試験官が宣言すると、双方刃を潰した剣を構えた。

相手は幼い頃から教育を施された貴族だと、かなり気合を入れて臨んだが、ガキンと剣を合わせながら、同年代の剣の中では重い方かなと思った。

実に基本通りで太刀筋が綺麗すぎる。
もっと言えば、領内の魔獣などを相手にしていた自分には物足りないくらいだ。
次にくる攻撃がわかりやす過ぎる。

試合をする気が、ないのか?
試合というよりは演武だったのかも?
太刀筋を見せる試験だったのか?

なるほど。
ボッコボコに叩きのめしていい試合じゃなかったのかもしれない。あー、気づいてよかった。
ナローエ様のことしか頭になかったから、粗相をしてナローエ様に恥をかかせるところだったわ。

だけどこれ、いつまでやっていればいいんだ?
ルールがわからん。

「おい、ジュール!さっさと打ち伏せてしまえ!」
もしかしたら、持久力も試験のうちだったのかもしれないと思い始めたところで、外野から声がかった。

なんだよ、打ち伏せてもよかったのかよ!
弱すぎてどうしたらいいかわかんなかったよ!

てか、今こいつ魔力を纏った……か?

あれ?魔力って使っていいのか?
ゼンシ師匠先生は魔力は使わないで実技を突破しろって言ってたよな?

振り降ろされた剣は今までの比にならないほど鋭くなったが、所詮は刃を潰した剣に、ヘボ貴族だ。
難なく受け止め……いや、剣が欠けたな。

仕方ない。
負けるわけにはいかないから、剣の強度を上げるためだけに魔力を使うか。
それならば師匠に怒られることはないだろう。
俺の未来のために、なんとしても負けるわけにはいかないのだ。
ナローエ様は、俺のモノだ。

俺は今までのように相手をいなすための剣ではなく、打ち取るための軌道に変えた。





(殿下視点)

「わざわざ平民より先に魔道具を手に入れておいてあの結果。無様だな」
「本当ですね。例年のやり方を変えてまで臨んだのでしょうに」
「実力の伴わない選民意識ほど滑稽なものはないな」

打てども打てども終わらない試合に我慢できなくなったのか、外野の声に応えるようにジュールが最大限に魔力を出してオースティンに剣を向けた時には焦ったが、難なくかわされ打ち取られていた。
結果、ジュールは剣を飛ばされた上に魔力切れであっさりと敗退。

自分の魔力の残量も分からないのに、よくもまあ魔力を使おうと思ったもんだ。正直呆れる。
そもそもこの模擬戦は魔力を使わない状態での基礎力を見るものだ。
勝ち負けなどあまり関係ないものを。

今のところジュールの後に4人の貴族がオースティンに臨んでいるが、2人目の挑戦者からは最初の1手で叩き据えられて終わっている。
瞬殺だ。
ということは、1試合目はジュールの技術を試験官が判定するだろうと、オースティンがわざわざジュールのレベルに合わせて付き合ってやっていたということだ。

このままだと他の平民の実力を見ないまま終わりそうだが。
「あの試験官は使えないな」
リグリアンに買収でもされてるのか?

「この試験の意義を理解してないのでしょうかね」
「ああ、殿下。見かねて団長が場を仕切るようです」
やっとか。
団長の指示でオースティンが場を去り、他の平民同士の試合が始まったようだ。

「しかしあの赤髪、オースティンといいましたか。剣に魔力を纏ってましたね」
「やはりか?魔道具も使わずそんなことができるものか?」
確かに練習用のなまくら剣で魔力の攻撃を受け止めれば、ある程度で折れていただろう。

「あれを無意識にやっているのだとすれば、とんでもない化け物ですよ」
「片や、手にしたばかりの魔道具を使いこなせるはずもないのに、これだけの面前であのような醜態ですからねえ」

さてオースティン、君が私の陣営を希望してくれたら実に面白くなるのだが。



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視点がコロコロして申し訳なく……
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