涙は流さないで

水場奨

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(side メィカル)


俺が初めてアルカと出会ったのは、サディナ家に招待されて赴いた華舞祭の時だった。
名前の通りサディナ領が花に溢れ花弁が舞い散る中、彼と出会ったのだ。

薄幸そうな儚さで、それでも凛と佇む天使に。

それまで周りにいたかしましい連中と違って、口数が多くない彼の側はとても居心地が良かった。
滞在中、ずっと側に置いて愛でた。
たまに見せる笑みは本当に貴重なことで、その一瞬は魂が飛ぶ程の幸福感を得ることができた。

どうしたら彼を手元に置き続けることができるだろうか。
俺の教育係乳兄弟は、その俺の変化に敏感に気づいた。
暫くするとそれは『婚約者』という形で叶えられたのだった。
俺は嬉しさのあまり、彼を連れ回した。幸せだった。

その教育係から苦言が聞かれるようになったのは、アルカが学院に通うようになってからである。
アルカには剣士としての才能は皆無だとわかっていたのにも関わらず、手元から離してやることができなかった。
だから、学院で彼の成績が座学以外最低なのは俺のせいなのだ。
それに対してもっと心を配らなければならなかったのに、俺がそれを怠ったためにアルカは自分に自信が持てなくなっていたと、気づけなかった。
ただでさえ、あの家庭環境の中でアルカは自分に自信を持てずにいたと知っていたのに。

学院では俺の将来の側近候補が囲み派閥を作り始めていた。
どの人物をもう1人の伴侶に選んだとしても、また選ばれなかったとしてもかなり優秀な候補達だった。
それぞれが、俺の派閥ではなくて自身を真ん中に据えた派閥を作ることが可能な人材だった。

アルカが遅れて学院にやってきた時、彼らが既に決まっている俺の『婚約者』に興味を持つのは仕方ないことだった。
それなのにそれを面白くないと、彼らと交流するアルカに腹を立て八つ当たりしたのが悪かった。

彼らは自分たちの方がアルカよりも俺の中で上位にいる、俺とアルカの婚約は幼い頃に決まってしまった不幸な婚約だったと勘違いして、アルカを排除するべく動いたのだ。

結果、彼らと険悪になり、アルカの親交する人間が俺だけになったことが嬉しかった。
教育者が『このままでは大切なものがこぼれ落ちていきますよ』と忠告してくれていたというのに。
俺はアルカを中心に据えることを考えた、アルカを守るための側近を選ばなければならなかったというのに。

そして、最悪は起きた。

アルカが近くにいるのに、アルカが大切過ぎて手を出せない。
アルカと初めてを過ごすために慣れておいたらどうかと言う甘言に流されて、その場面をアルカに見られるという間抜けさに、言葉は出てこなかった。


☆☆☆
(sideアルカ)

卒業して軍に所属してみれば、そこにメィカルがいて驚いた。
メィカルはリリアーヌ家の領地であったり王城の警備であったり、もっと賑やかしく生きていくと思っていたからな。取り巻きも半分は王城に、半分は軍についてきたらしい。

「雰囲気変わったね」
あんなにチャラ……華やかで、人に囲まれた生活をしていたのに。
「口は災いの元だと、知ったからな」
「ふーん。あ、すみません。メィカル様に対する話し方ではありませんでしたね」
やべえやべえ。メィカルは家格も階級も目上の人だった。
何をしても許される婚約者しりあいっていう感覚が抜けてなかった。

「いや、昔のように気楽に声をかけてほしい」
「ははは、無理でしょう」

首が飛ぶ、物理的に。

メィカルがどれだけ人気あると思ってるんだよ。
あの当時、俺がどれだけやっかまれていろいろされてたと思うよ。
俺は今の平穏な日々を手放す気はないぞ。



って思っていたんだけどなあ。

「これが、この辺りでの名産らしい」
メィカルが行く先々で名品を買ってきては俺の仕事部屋を訪れるのだ。

「あ、ありがとうございます」
もうな、顔とか引き攣りまくってる自信ある。
どんな失敗をしたのか知らないけど、学生の時みたいに喋らないからずっと沈黙が続くし、立場上こっちから帰れとも言えないし。
気まずい。

はあ、薬でもつくるか。

器具を並べて薬草を合わせていく。
メィカルがじっと見てるのがわかって心が揺れた。忘れたと思っても、心の奥の奥の方で、あの楽しかった日々が浮かび上がってくる。
俺は手元が狂わないように息を詰め、動揺する理由を頭から追い出すと集中し直した。


「で、きた」
時計を見るともう夕食の時間だ。2時間ほど作業していたことになる。
「真剣なアルカはカッコいいな」
うーんと伸びをすると、後ろから声がかかって動きが止まった。

……忘れてた。

「そ、そうですか?はは、ありがとうございます」
メィカルに褒められたことなんか久しくなかったから、顔とか真っ赤になってる自信ある。

ああああ、あ!そうだ。
せ、せっかくだし、今まで貰ってばかりだからこの薬を瓶に詰めて渡そうか。
俺は空瓶を取りに棚の中を漁りだした。今は顔を見られたくない。
ちょうど良さ気なの、あったと思うんだけどなあ、なんて。

「ああ。……アルカを取られたくないと人前で貶すのではなく、そういう気持ちを素直に言葉にできていたら、今ごろアルカと結ばれていたのかな」

「なにか?」
ちょっと聞こえなかった。
「いや、そろそろ夕食だし、一緒にどうかと」
「ああ、はい。あ、これいつも頂いてばかりのお礼です。塗るタイプの傷薬です」
瓶に中身を詰めると、蓋をして手渡した。

「アルカの薬は良く効くから、人気でなかなか手に入らないんだよ。ありがとう」
ふわりと笑うメィカルに、ドクンと胸が鳴った。

くうぅっ。なんつうイケメンスマイルよ。
俺は女子が好き。
俺は女子が好きったら好きなんだぞ。

よし!大丈夫!

連れ立って食べたその日の夕食は、味がしなかった。





今日はひと月に2回ある休日だ。
荷物に簡単なお薬キットを忍ばせて、町に出るため基地の門で手続きをしていたのだけど。

「森の泉に行くと聞いたが」
「あ、はい。泉の水は聖度が高いと聞いたので採取できたらなと思っています」
ついでにこの町の観光もしたいし。
まさかそれを聞きつけてメィカルがやって来るなんて思わないじゃないか。

「あそこは弱いとはいえ魔物が出るから、貴重な軍医様を守るため護衛が付くことになった」
いや、俺軍医じゃないからね!
ただの補佐っていうか、細々としたお手伝い要員だからね?

「わざわざ軍の中から出していただかなくても大丈夫ですよ。町のギルドで傭兵を雇いますから」
自分の戦闘能力の無さはわかっているから、ちゃんと最初から外部に頼るつもりでいるよ!

「いや、たまたま非番と重なったのだ。俺が行けばアルカもわざわざ金を使わなくてもいいだろうしな」
「え!非番ならなおさらですよ!」
せっかくの休日をくそ退屈な護衛に使わなくてもいいだろう。
しばらく問答は続いたが、正直言い争う時間がもったいない。結局俺が折れることで話はついた。


「ものすごく早く着いて驚きました」
言い争った時間分は軽く取り戻せたと思う。

いつもは傭兵と共に馬も借りて移動してくるのだが、今日の足になってくれたのは鍛え抜かれた軍馬だ。
めちゃくそ速い上に、メィカルの手綱捌きがうまいのか安定感抜群だった。

ん?馬にも1人で乗れませんけど、何か?

「そうか?いつもよりゆっくりと進んだのだがな」
「やはり鍛えられた馬は違うということですね。ありがとう、ニケル」
俺はニケルから降りると、首を撫でた。
ブルッと鳴いたニケルはその辺りの草を食んで待っていてくれるようだ。

調薬キットを取り出すと泉の水を汲み、ちょっとした調合を開始した。
メィカルは俺の手元を見ると、護衛しながら同じ薬草を摘んできては渡してくれる。
少しだけ出会った頃の昔に戻った気になって、メィカルを目で追ってしまった。

いかん、いかん。






「アルカ、何か来た」
調合に熱中していると、メィカルが走り寄ってきて武器に手を置いた。
配合していた機材をささっと片付けると、俺も立ち上がる。メィカルに緊張が走ると、俺まで気が引き締まるわ。
俺、戦えないんだけどな。

「アルカ様」
「なんだ。ベルルコさんか」
やって来たのは俺の顔見知りだった。
「知り合いか?」
「あ、はい。いつも休日に付き合ってくれる冒険者の方で、ベルルコさんです」
すっごい優しいんだよ、彼。
メィカルがそんなに警戒する必要ないよ?

「そろそろ声が掛かるかと思って待機してたんですけどね。そちらの方は?」
俺には笑顔を見せたベルルコも、警戒を隠しもしないメィカルを不審げに見返した。

「あ、この方は軍に所属しているメィカル様です。今日たまたま非番だったので付き添ってくれたんですよ」
「ああ、ご友人ですか」
ベルルコ、その笑顔、なんか怖いぞ。

「まさか!身分が違い過ぎです。ね、メィカル様」
「そうだな、友人ではないな」
そう、友人ではないのだ。友人にもなれなかったんだから。
ちょっと胸が痛んで……泣きそうになるわ。耐えろ、俺。

「私とアルカは婚約者だ」
「は?」
え?
「ち、違いますよ!もうとっくの昔に破棄されていますから!」
「破棄していない。アルカは今も……俺の婚約者だ」

俺は混乱から、小さく首を振って少し後ずさった。
それを見たメィカルの切なそうな顔に、胸が騒めく。
と、急に拘束されてびっくりした。

「ベ、ベルルコさん?!」
「アルカ様、身分を盾に脅されているのなら、俺が守りますよ」
「へ?」
「貴族は大変ですね。平民は嫌な相手と結婚なんかしなくていいですから。アルカ様、貴族なんかやめて俺のところに嫁いできませんか?……大切にしますから」

え?なに?
俺、なんでプロポーズされてんの?
え、ベルルコのこと別に好きじゃないけど、照れる。
耳が熱くなってるから、顔とか真っ赤だろう。

「平民風情が何を血迷ったことかしてやがる。アルカは俺のモノだ」
腰の武器を抜いて威嚇するメィカルに応えるように、ベルルコまでが武器を構えた。

「待て待て待て待て!俺はメィカル様のモノじゃないし、ベルルコさんにも嫁がないよ。どっちの気持ちにも応える気はないからな!」
俺は女の子が好きなの!

「ぐっ」
「うっ」

こんなところで決闘とか、俺の顔も真っ青だよ!
2人の視線がバシバシ刺さって怖いけど、ここで負けたら掘られちゃうんだぞ、アルカ!

「争うなら俺のいないとこで勝手にやっててください。俺の邪魔をするなら、2度と護衛なんか頼まないから!」
それだけ言うと逃げるように泉の近くに移動して機材を広げた。
集中できなくてなんの計測もできてないけど、やってるフリを続けた。

俺、俺、今どんな状況だ?



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