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25話 sideミーナ
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もうお日様は上の方に昇っているのに、明かりの入らない路地で膝を抱えて小さくなった。
お兄ちゃん、遅いな。
いつもなら今頃、欠けたパンや野菜の切れ端を持って帰ってきてる頃だ。お兄ちゃんと私はいつもほんの少しの食べ物を半分こして食べるのだ。
夜になって寒くなったら2人でぎゅっと抱き合って寝るのだ。
お腹が空くのは我慢できるから、何も食べる物が無くても帰ってきてほしい。1人になるのは我慢できない。
何かあったのかな。
ここは自分たちみたいな小さい人間は、簡単に死んでしまう場所だもの。
お兄ちゃんが帰って来なかったらどうしようか。
今この時まで、死ぬ時はお兄ちゃんと一緒だと思っていた。
「グスン」
1人になっちゃうかもしれない。急に湧いた悲しさに涙が出たとき、ガタンと何かが倒れた。
「お兄ちゃん!」
「ば、ばかだなあ。ちょっと遅くなったからって泣いてたのか?」
手には小さなパンを握って、肩からは赤い水が溢れている。
「ほ、ほら、食え」
「!!!!」
口からは言葉が出てこなかった。
パンなんていらない。
お兄ちゃんの方が何百倍もいるのだ。
お兄ちゃんにぎゅっと抱きついて、赤い水が溢れる肩を必死で押さえる。
そうこうしているうちに、お兄ちゃんの息が細くなって、ぐったりと倒れ込んできた。
お兄ちゃんが死んじゃう。
このままだと、お兄ちゃんが死んじゃう。
「誰か!誰かお兄ちゃんを助けて!!」
お兄ちゃんが死んじゃうなら、私も一緒がいいに決まってる。
「誰かいるのか?」
神様なんていないと思っていたけれど、女神様はいたらしい。
柔らかな秋の麦色の髪をした女神様が、私とお兄ちゃんを見て『俺、癒しの力は無いんだよな』と言ったかと思うと、お兄ちゃんの肩をグッと握った。
次の瞬間には赤い水は止まっていて、女神様はお兄ちゃんを抱き上げた。
「圧迫して皮膚はくっつけたけど、一度流れた血は戻らないんだよ。ひとまずの介抱はしてみるけど、お前も一緒にくるか?」
私は大きく頷いて、女神様について歩いた。
後ろから歩いて気がついたけど、女神様だと思っていた人は女神様ではなかった。天使様だったのだ。
だってとっても綺麗な人だけど、男の人だったのだから。
「あれ?兄貴!新しい仲間っすか?」
「お!まだこんな小ちゃいの生きてたんすね」
天使様が連れてきてくれた建物には、下僕らしき男たちがたくさんいて、さすがは天使様だ。
彼らは背丈ほどの大きな石の丸い柱をぐるぐると回している。
真ん中あたりの切れ目から白い粉が出ていて、ちょっと部屋の中が煙たい感じがする。
けど、なんかいい匂いだ。
「民間療法できるヤツ呼んできてくれないか?薬草がいるなら、取ってくるから」
「はい!」
駆け出したおじさんがしばらくして、ひょろっとした男の人を連れてきてお兄ちゃんの身体を確認した。
「大兄、もう傷口も綺麗に塞がってますし、浄化もされて炎症もありません。大兄の不思議能力で傷口も綺麗さっぱり無くなってますし、あとは食事くらいですかね。食べて血を増やす以外ありません。それにしても随分と細いですね。……その子も」
ひょろっとした人は私を見て「よく頑張ったな」と頭を撫でた。
大人の人に頭を撫でられたのなんていつぶりだろう。
ポロポロと目から溢れて、幸せだった日を思い出した。
まだ4年前はお母さんも生きていて、お父さんも一緒に暮らしていた。
お父さんが向こうに出かけているうちに川の行き来が止まり、お母さんはあっという間に元気が無くなって、それからはずっとお兄ちゃんと2人きりだった。
誰も助けてくれなかった。
誰も気づいてくれなかった。
「もっと早く見つけてあげられなくて、ごめんな」
天使様はそう言って、私を抱きしめてくれた。
身体を覆っていた嫌な空気がなくなって、爽やかで甘い匂いに包まれる。
ずっと長い間、安心して眠れていなかった私は、ゆらゆらといい匂いに包まれて大きくあくびをした。
『向こう岸と交流が復活したのに、なんで貧しさが減らないのかなあ。
物語が始まったら、みんな幸せになる?でも、この子だって見つけてあげられなかったらきっと死んでたよな。お兄ちゃんらしき人なんて絶対。
何もしないで物語が始まるのを待ってるのは、人として正しいことなのか?』
天使様の口から小さく紡がれる、聞いたことのない美しい音は、まるで天からの詩の朗読みたいに私の心にすっと入り込んだ。
お兄ちゃん、遅いな。
いつもなら今頃、欠けたパンや野菜の切れ端を持って帰ってきてる頃だ。お兄ちゃんと私はいつもほんの少しの食べ物を半分こして食べるのだ。
夜になって寒くなったら2人でぎゅっと抱き合って寝るのだ。
お腹が空くのは我慢できるから、何も食べる物が無くても帰ってきてほしい。1人になるのは我慢できない。
何かあったのかな。
ここは自分たちみたいな小さい人間は、簡単に死んでしまう場所だもの。
お兄ちゃんが帰って来なかったらどうしようか。
今この時まで、死ぬ時はお兄ちゃんと一緒だと思っていた。
「グスン」
1人になっちゃうかもしれない。急に湧いた悲しさに涙が出たとき、ガタンと何かが倒れた。
「お兄ちゃん!」
「ば、ばかだなあ。ちょっと遅くなったからって泣いてたのか?」
手には小さなパンを握って、肩からは赤い水が溢れている。
「ほ、ほら、食え」
「!!!!」
口からは言葉が出てこなかった。
パンなんていらない。
お兄ちゃんの方が何百倍もいるのだ。
お兄ちゃんにぎゅっと抱きついて、赤い水が溢れる肩を必死で押さえる。
そうこうしているうちに、お兄ちゃんの息が細くなって、ぐったりと倒れ込んできた。
お兄ちゃんが死んじゃう。
このままだと、お兄ちゃんが死んじゃう。
「誰か!誰かお兄ちゃんを助けて!!」
お兄ちゃんが死んじゃうなら、私も一緒がいいに決まってる。
「誰かいるのか?」
神様なんていないと思っていたけれど、女神様はいたらしい。
柔らかな秋の麦色の髪をした女神様が、私とお兄ちゃんを見て『俺、癒しの力は無いんだよな』と言ったかと思うと、お兄ちゃんの肩をグッと握った。
次の瞬間には赤い水は止まっていて、女神様はお兄ちゃんを抱き上げた。
「圧迫して皮膚はくっつけたけど、一度流れた血は戻らないんだよ。ひとまずの介抱はしてみるけど、お前も一緒にくるか?」
私は大きく頷いて、女神様について歩いた。
後ろから歩いて気がついたけど、女神様だと思っていた人は女神様ではなかった。天使様だったのだ。
だってとっても綺麗な人だけど、男の人だったのだから。
「あれ?兄貴!新しい仲間っすか?」
「お!まだこんな小ちゃいの生きてたんすね」
天使様が連れてきてくれた建物には、下僕らしき男たちがたくさんいて、さすがは天使様だ。
彼らは背丈ほどの大きな石の丸い柱をぐるぐると回している。
真ん中あたりの切れ目から白い粉が出ていて、ちょっと部屋の中が煙たい感じがする。
けど、なんかいい匂いだ。
「民間療法できるヤツ呼んできてくれないか?薬草がいるなら、取ってくるから」
「はい!」
駆け出したおじさんがしばらくして、ひょろっとした男の人を連れてきてお兄ちゃんの身体を確認した。
「大兄、もう傷口も綺麗に塞がってますし、浄化もされて炎症もありません。大兄の不思議能力で傷口も綺麗さっぱり無くなってますし、あとは食事くらいですかね。食べて血を増やす以外ありません。それにしても随分と細いですね。……その子も」
ひょろっとした人は私を見て「よく頑張ったな」と頭を撫でた。
大人の人に頭を撫でられたのなんていつぶりだろう。
ポロポロと目から溢れて、幸せだった日を思い出した。
まだ4年前はお母さんも生きていて、お父さんも一緒に暮らしていた。
お父さんが向こうに出かけているうちに川の行き来が止まり、お母さんはあっという間に元気が無くなって、それからはずっとお兄ちゃんと2人きりだった。
誰も助けてくれなかった。
誰も気づいてくれなかった。
「もっと早く見つけてあげられなくて、ごめんな」
天使様はそう言って、私を抱きしめてくれた。
身体を覆っていた嫌な空気がなくなって、爽やかで甘い匂いに包まれる。
ずっと長い間、安心して眠れていなかった私は、ゆらゆらといい匂いに包まれて大きくあくびをした。
『向こう岸と交流が復活したのに、なんで貧しさが減らないのかなあ。
物語が始まったら、みんな幸せになる?でも、この子だって見つけてあげられなかったらきっと死んでたよな。お兄ちゃんらしき人なんて絶対。
何もしないで物語が始まるのを待ってるのは、人として正しいことなのか?』
天使様の口から小さく紡がれる、聞いたことのない美しい音は、まるで天からの詩の朗読みたいに私の心にすっと入り込んだ。
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