幽々

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 なんでこの部屋に来たんだ。

 分からない。口輪を嵌められて、声も出ないな。分かる、分かるよ。苦しいよな。

 俺が代わりに答えてやる。お前は超高性能な麻酔針に刺されて、二丁目の繁華街で俺の肩に捕まりながら、この部屋に来たんだ。滑稽な重さだったぜ。

 苦しいか? そんなに呻くなよ。拍手で応えてくれる聴衆なんて一人しかいないんだぜ。そう、俺だ。パチ、パチ、パチ。いいリズムで鳴くじゃないか。けど、俺はそんなんじゃ満足できないね。

 これ、見えるだろう。苦労して手に入れたんだ。いくらかかったと思う? お前を殺す為に全財産を叩いたんだ。お前、誇りに思っていいぞ。お前の価値は少なくともこの銃と弾丸一発一発に相当するものだから。誇れよ。なあ。

 泣くなよ、膝頭を撃ち抜かれたぐらいで。そんなんで人間は意識を飛ばしたりはしねえよ。これからも終わりまでお前はこの光景と痛みを見続けるんだ。観測し続けるんだ。本当に死ぬまで。俺の目の前からいなくなるその時まで。

 俺はその時のことを想像すると今から泣きそうになってくる。

 見えるか? そう、左の方。教会が見えるよな。この部屋を借りるのも苦労したんだぜ。三階で、教会がその場所からその角度からギリギリ見える、そんな部屋なんだ。教会が見える家がそもそも珍しくてな、神父様はそういう見られる角度のある部屋を嫌うんだろうさ、まあ知らんがな。

 ナイフで死にたいか? 銃がいいか? どっちにしても、俺が知りたいのはひとつなんだ。人間が死ぬ時に、どんな風に意識が消えていくのか。その消失の姿、見えている時の感覚が知りたいんだ。純粋な知的好奇心さ。お前には悪いが、お前を往来で見かけた時に、こいつしかないってビビッと来ちまったんだ。一目惚れってやつさ。悪いね。こう言うのは人間の意思じゃない。何か他のものの力が働いているみたいなんだ。

 うん、最後になにか言っておきたいことがあるか? ああ、血が結構垂れてるな。そろそろ湖になりそうだ。

 硬く結んだからな。そら、まあ、足掻くなよ。お前の唾液がついているな。この布な、昨日俺の小便に浸しておいたんだよ。いい匂いがするだろう? 味わったか? 美味かっただろう。生きていなきゃ味わえない匂いと味だ。嬉しかったか?

 叫んでも無駄だ。言ったろう? この部屋を見つけるのに苦労したと。防音性が抜群なんだ。分かるよ。おい、泣くなって。なんでこんなことをするのかって? ああ、呻くしかないよな。そうだろうさ。分かるよ。

 ちゃんと神に祈れるように、この角度に椅子を置いたんだ。良かっただろう? もしかして神を信じていない? いや、お前は神に祈る単語をさっき使ったよな。もう取り消せないぜ。それ以上は嘘になっちまう。黙ってた方がいいな。

 俺は神様を信じていないんだ。

 おいおい、ビビるなよ。まだ撃鉄を起こしただけじゃないか。この銃はさ、結構古いモデルなんだ。本当はオートマが良かったんだが、金が足りなかったから、こいつで我慢した。でも、味わいのあるいい銃だろう?

 ん? なんだって? どうしてこんなことをするのかって?

 もうさっき言っただろう? 俺はお前に惚れてしまったんだ。理由はそれだけだよ。残念だが、惚れられる方にも責任はある。

 俺の好きな小説にな、お前みたいに椅子に縛り付けて、瞼を縫い付けた状態で、これから殺そうって時に、幾らか会話をするってやつがあるんだよ。お前の役割、椅子に縛り付けられてる奴は、瞼がちゃんと縫い込まれているかとか、銃やナイフの準備に抜かりはないかとか、一見協力的なことを言うんだ。こっち側も、その言葉に応えながら、二人して協力的に殺しをしようとする。

 でもな、まあ聞けよ。縛り付けられてるそいつは、本当はそこから逃げ出したいと密かに思っているんだ。瞼を縫い付けられていても、手順が正しいかどうかとか、色々に話しかけてくるんだ。そんでのやつはまんまとその策略に引っかかって、部屋から出ていく。

 安心して、でも必死で、お前の役割の男は椅子を動かして後ろの机から鍵を取り出そうとする。確かうまくいったんじゃなかったかな。手錠を外して瞼の糸を外して、目の前に俺たちが立っていなかったら、完璧だった。

 嘘なんだよ。初めから部屋なんて出ていなかったんだ。そして、手順は全て成し遂げられ、つつがなく最後の会話をして、終了。多分、こっち側の男の目は青色だった筈だ。多分な。

 まあ、もういいだろう。俺の右手が撃ちたくて撃ちたくて、さっきから芋虫みたいにウズウズしてるんだ。もういいだろう? いいよな。もう撃っちまえよ。

 教会が見えるだろう? 最後のお祈りは済ませたか?

 今日は信号を守ったか? 偉いな。彼女とやったのはいつが最後だ? よく思い出せ。両親の顔は? よく思い出せ。唯一無二の親友はいるか? そいつの顔も、よく思い出せ。

 全部、全部だ。よく思い出せ。目の前に立っているみたいに深く感じろ。その肌に触れられるぐらい、ゆっくりでいい、しっかりと、細部にまで穿つように、深く描写しろ。

 漏らしてるな。大丈夫。俺は気にしない。安心しろ。

 あの世はきっと、もう少しだけマシな世界だろうからよ。まあ、今日は俺のために素晴らしい餌になってくれよ。

 いい旅を。

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