夏風

幽々

文字の大きさ
上 下
26 / 27
君には翼がある

しおりを挟む
 それから数ヶ月が過ぎた。

 街は最早かつての面影などどこにもなく、辺りは汚濁した水に浸かり、背丈のある建物の先端が時折波間に垣間見えるだけだ。

 母はどうしたのか、私は考えるのをいつしかやめてしまっていた。

 電波塔に、一緒に住む事も出来たのに。

 私の中のもう一人の私が、そう悪気なさそうに呟く。私は応えなかった。

 傍には叔父が残したプロペラ飛行機。何故かは知らないが、電波塔には巨大な物体を格納できるだけの違和感のあるスペースがあった。

 まるで避難所のような。いや、雰囲気としては、隔離するような目的だろうか。

 電波塔は廊下が螺旋型に組まれていて、中に入れてから運ぶのは簡単だった。乗ってエンジンを吹かせれば良いだけだったからだ。まるで車輪を持つ物体を移動させる事を想定していたような造りに思えた。

 私は簡単な調理スペースまで備えた部屋の一つに陣取り、時折受信ブースに入っては、窓の先にある世紀末のような風景を見ながら、ツマミを弄っては音が聞こえないか探る毎日を送っていた。

 壁の外に消えた住人達の事も気になっていたし、何よりも、外の世界が今はどうなっているのか、知らない訳にはいかなかった。

 食糧は尽きかけている。時間の余裕はとうの昔に失われていた。

 私はツマミを回し、『合う』周波数帯を見つけ出す為に必死だった。

 私の事を見つめる叔父の飛行機の視線が背中に強く感じられるようで、神経が張り詰めた。そんな筈がないだろうに。

 そして見つけたのが、『王国』の発信する周波数帯だった。

 それによると、今でも謎の国と仲良く戦争中らしい。物資の窮乏及び支給を強い口調で訴えていた。

 私の頭の中には、何故か可憐の姿しかなかった。

 可憐の横顔。綺麗に整えられた短髪の、夕陽に反射して光り輝くリング。そして、つられそうになるあの、特徴的な柔らかく軽やかな笑い声。

 私は明らかに、彼女の影に囚われていた。その事に気付いてもいた。

 だが、そうして囚われる気持ちを止められる理由も、自分の中に見出す事は出来なかったのだ。

 王国の大体の場所は傍受した内容から検討が付いた。後は、雷が薄くなっているタイミングを狙い、飛ぶだけだ。

 私は何度も繰り返してきた動きで、ゴーグルを目に被せ、機体に跨り、エンジンを軽く吹かせた。

 機体が熱を帯び始め、微細な振動が生命の気配を伝えてくる。

 プロペラが少しずつ回る速度を増し、飛び立つ空を探し始める。

 私はそのまま、操縦桿を駆り、螺旋通路を通って、屋上まで進んで行った。

 ラジオ等の中央部分には、開けた展望デッキが設置されている。大きな窓を開いて、デッキの手すりを取り除けば、螺旋通路を降りた勢いで飛べる筈だった。

 こんな飛び立ち方はした事がない。

 だが、私の世界には余裕がないのだ。するしかないのだ。

 私は自分に何度も言い聞かせる。何度も、何度も。

 もう一度、可憐に会う。

 何故いなくなったのか、どうして一人で何も言わずに出て行ったのか、問いただす。何も言わずに一発、殴ってやる。

 私は身体中に嵐の洗礼を浴びながら、操縦席のカバーを閉め、ゴーグルを掛け直した。

 叔父の機体が、小さく頷いた気がした。

 私は操縦席の内側から、慈しむ気持ちで機体を撫で、それから、決意を込めて、操縦桿を握った。

 夏の風が、一陣、傍を駆け抜けた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

アルファポリス収益報告書 初心者の1ヶ月の収入 お小遣い稼ぎ(投稿インセンティブ)スコアの換金&アクセス数を増やす方法 表紙作成について

黒川蓮
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスさんで素人が投稿を始めて約2ヶ月。書いたらいくら稼げたか?24hポイントと獲得したスコアの換金方法について。アルファポリスを利用しようか迷っている方の参考になればと思い書いてみました。その後1ヶ月経過、実践してみてアクセスが増えたこと、やると増えそうなことの予想も書いています。ついでに、小説家になるためという話や表紙作成方法も書いてみましたm(__)m

An endless & sweet dream 醒めない夢 2024年5月見直し完了 5/19

設樂理沙
ライト文芸
息をするように嘘をつき・・って言葉があるけれど 息をするように浮気を繰り返す夫を持つ果歩。 そしてそんな夫なのに、なかなか見限ることが出来ず  グルグル苦しむ妻。 いつか果歩の望むような理想の家庭を作ることが できるでしょうか?! ------------------------------------- 加筆修正版として再up 2022年7月7日より不定期更新していきます。

*いにしえのコトノハ*9 苦くて、甘くて、時々しょっぱい

N&N
青春
困った時はお互い様 先輩も後輩も 身内も他人も 細かいことなんて 気にすんなよ

南の島の悲劇 ~25歳の失態~

yoshieeesan
現代文学
大学時代から付き合っていた恋人の振られ、傷心を癒やしに南の島を訪れた嘉奈子であったが、待ち受けていたのは悲劇であった、

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

フツリアイな相合傘

月ヶ瀬 杏
青春
幼少期の雨の日のトラウマから、雨が苦手な和紗。 雨の日はなるべく人を避けて早く家に帰りたいのに、あるできごとをキッカケに同じクラスの佐尾が関わってくるようになった。 佐尾が声をかけてくるのは、決まって雨の日の放課後。 初めはそんな佐尾のことが苦手だったけれど……

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...