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滑空
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夏の風はどこか儚さを含んでいるようで、空を飛んで風に当たっていると、いつも心のどこかが悲しくなってくる。
何故だろう。目の前の夕焼けがあまりにも眩しすぎるから? それとも、心のどこかではその事を「悲しい」としてしまいたいのだろうか?
分からないが、分からないことだらけだが、空を飛んでいると、プロペラの音と、空の風が流れる音に耳を澄ませるだけで頭を使わずに済む。
考えずに済む。余計なことを。
これからのこと? 空を飛べなくなる時間が来るかもしれないその時のこと?
考えたくもなかった。
「何考えてんの?」
可憐が後部座席から聞いてくる。
私たちは上空800m程を惰性飛行していて、安定した頃を見計らってコックピットのカバーを外し、空の空気に当たれるようにした。
可憐もまた満喫した様子で、片腕を座席から外に投げ出し、吹き付ける風を掌で受け止めている。
私は何も言わないで、いつものように息を深く吐き、操縦席に深くもたれこんだ。
「ねえ。聞いてんの? もしも~し」
「うるさいなあ。聞いてるよ。何? 何考えてるかって? 五月蝿いなあって考えてるよ」
「その前」
「……何も。黄昏にたそがれるってね」
「おもんな」
「黙ってろ」
惰性飛行している機体の先には、天まで聳えるかのように切り立った、雷の走る『壁』がある。私たちは自然と視界の中に入るそれを、なんとなしに見つめていた。
可憐が言った。
「……ねえ。あの壁ってさ」
私は何も言わない。
「もしかして、私達を隔離する為に作られてるんじゃない?」
何気なく口にされた言葉。だがその中に憂いのような色を感じて、私は問いかけた。
「どうしてそう思うの?」
なんとなく、だろうな。私がそう予想していると、可憐は私の意に反して違うことを言った。
「うん、私たちってさ、今通ってる子達しか若い子たちいないじゃん。もっと小さな子達もいるにはいるけど、まだ小さすぎるし、何より数が少なすぎるよ。実質、私たちが若者の最後の砦みたいな。で、そんな私たちがこの町を出てってしまったら非常に困るから、ああいう壁を設置して出られないようにしてる、とか」
「……誰が?」
可憐は少し考えてから、答えた。
「町長?」
私は笑った。笑えるような気がした。
だが心の奥底では真逆で、急に毛羽立ち始めた心が、私を内側からざわつかせていた。
何故か。可憐の問いは、かつての私と全く同様のものだったからだ。
私達を外に逃さないようにするための防壁。牢獄。
そして教師たちも大人たちも、あの防壁は私達を守ってくれる為に存在するという、それ以上のことは説明された事はない。
何度目かの溜息が、空の上で起きてしまった。不覚で、不意で、不本意だった。だが仕方がない。溜息は出るべき時に出るものだから。
意味のない溜息はつけないものなのだ。
「ねえ可憐」
私は首を回らし、彼女のことを見た。黄昏の茜色の光が彼女の美しい肌を照らし、ますます可憐は輝きに満ちている。
可憐は無言で私を見ている。
私は何も言えないまま、再び口を閉じ、前を向いた。
誤魔化すように小さく呟く。だが、その呟きは風に掻き消されて聞こえなかったかもしれない。
「……なんでもない」
空から見える小さな街が、少しずつ夜の帳に影を落とし始め、別の顔を見せ始めている。
活動が鳴りを潜め、眠りが近いことを知らせる。夕焼けはまるで眠りを知らせに来る使者のようだ。
壁の中の雷は意味深そうに時折大きくいななくように光りながら、無言で冷徹な眼差しを向けている。
何故だろう。目の前の夕焼けがあまりにも眩しすぎるから? それとも、心のどこかではその事を「悲しい」としてしまいたいのだろうか?
分からないが、分からないことだらけだが、空を飛んでいると、プロペラの音と、空の風が流れる音に耳を澄ませるだけで頭を使わずに済む。
考えずに済む。余計なことを。
これからのこと? 空を飛べなくなる時間が来るかもしれないその時のこと?
考えたくもなかった。
「何考えてんの?」
可憐が後部座席から聞いてくる。
私たちは上空800m程を惰性飛行していて、安定した頃を見計らってコックピットのカバーを外し、空の空気に当たれるようにした。
可憐もまた満喫した様子で、片腕を座席から外に投げ出し、吹き付ける風を掌で受け止めている。
私は何も言わないで、いつものように息を深く吐き、操縦席に深くもたれこんだ。
「ねえ。聞いてんの? もしも~し」
「うるさいなあ。聞いてるよ。何? 何考えてるかって? 五月蝿いなあって考えてるよ」
「その前」
「……何も。黄昏にたそがれるってね」
「おもんな」
「黙ってろ」
惰性飛行している機体の先には、天まで聳えるかのように切り立った、雷の走る『壁』がある。私たちは自然と視界の中に入るそれを、なんとなしに見つめていた。
可憐が言った。
「……ねえ。あの壁ってさ」
私は何も言わない。
「もしかして、私達を隔離する為に作られてるんじゃない?」
何気なく口にされた言葉。だがその中に憂いのような色を感じて、私は問いかけた。
「どうしてそう思うの?」
なんとなく、だろうな。私がそう予想していると、可憐は私の意に反して違うことを言った。
「うん、私たちってさ、今通ってる子達しか若い子たちいないじゃん。もっと小さな子達もいるにはいるけど、まだ小さすぎるし、何より数が少なすぎるよ。実質、私たちが若者の最後の砦みたいな。で、そんな私たちがこの町を出てってしまったら非常に困るから、ああいう壁を設置して出られないようにしてる、とか」
「……誰が?」
可憐は少し考えてから、答えた。
「町長?」
私は笑った。笑えるような気がした。
だが心の奥底では真逆で、急に毛羽立ち始めた心が、私を内側からざわつかせていた。
何故か。可憐の問いは、かつての私と全く同様のものだったからだ。
私達を外に逃さないようにするための防壁。牢獄。
そして教師たちも大人たちも、あの防壁は私達を守ってくれる為に存在するという、それ以上のことは説明された事はない。
何度目かの溜息が、空の上で起きてしまった。不覚で、不意で、不本意だった。だが仕方がない。溜息は出るべき時に出るものだから。
意味のない溜息はつけないものなのだ。
「ねえ可憐」
私は首を回らし、彼女のことを見た。黄昏の茜色の光が彼女の美しい肌を照らし、ますます可憐は輝きに満ちている。
可憐は無言で私を見ている。
私は何も言えないまま、再び口を閉じ、前を向いた。
誤魔化すように小さく呟く。だが、その呟きは風に掻き消されて聞こえなかったかもしれない。
「……なんでもない」
空から見える小さな街が、少しずつ夜の帳に影を落とし始め、別の顔を見せ始めている。
活動が鳴りを潜め、眠りが近いことを知らせる。夕焼けはまるで眠りを知らせに来る使者のようだ。
壁の中の雷は意味深そうに時折大きくいななくように光りながら、無言で冷徹な眼差しを向けている。
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