夏風

幽々

文字の大きさ
上 下
2 / 27
飛翔

しおりを挟む
 空はいつも私の事を待ってくれていた。

 自分が好きな事を好きなだけできるように、常に見守っていてくれて、私はその大きな懐の中ですくすくと成長したのだった。

 迷いも諦めも純粋な動機ですらも全て分け隔てなく取り込んで、彼彼女らと一緒になって懐の中で踊るその感覚は、広い空を思わせるよりも、母親の胎内を思わせた。自由で広いはずなのに、どこか狭くて、心細い。包まれている筈なのに、どこか辛い。

 思いが解き放たれるのが空だとしたら、感覚はどこで?

 ずっと下の方。空を駆っているのに、心はずっと地中にある。雷の走るあの壁も、地中ならば潜り抜けられるのだろうか。

 真っ暗だ。目を覆っているから。操縦桿の乾いたゴムと草と風の匂いが、掌に付いて取れず、仄かに鼻腔をくすぐり、私は頭に衝撃を受けて、情けない声を上げて頭を上げた。

「寝ている場合じゃないぞ、カレン。頭の中でも空を飛ぶつもりか?」

 小さな笑い声が起こり、静かに慎重に消えて行った。別に同級生に嫌われてる訳じゃない。私はそう思っている。

 丸めた教科書で叩かれた頭をさすりながら、力なく少し湿り気を帯びた教科書のページを伺い、瞳から光が失せるのを感じ取った。私の世界はここではない。

 力なく項垂れる。教師が私の背中をまたはたき、今度は反応がないのを見て取ると、ため息を吐いて教卓に帰っていった。くすくすという笑い声が少しだけ聞こえ、小波のように再び去っていった。

 今日も空を飛ぼう。

 暗闇に満ちた静謐な意識の中で、私は強くそう想った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

消えたい僕は、今日も彼女と夢をみる

月都七綺
青春
『はっきりとした意識の中で見る夢』 クラスメイトは、たしかにそう言った。 周囲の期待の圧から解放されたくて、学校の屋上から空を飛びたいと思っている優等生の直江梵(なおえそよぎ)。 担任である日南菫(ひなみすみれ)の死がきっかけで、三ヶ月半前にタイムリープしてしまう。それから不思議な夢を見るようになり、ある少女と出会った。 夢であって、夢でない。 夢の中で現実が起こっている。 彼女は、実在する人なのか。 夢と現実が交差する中、夢と現実の狭間が曖昧になっていく。 『脳と体の意識が別のところにあって、いずれ幻想から戻れなくなる』 夢の世界を通して、梵はなにを得てどんな選択をするのか。 「世界が……壊れていく……」 そして、彼女と出会った意味を知り、すべてがあきらかになる真実が──。 ※表紙:蒼崎様のフリーアイコンよりお借りしてます。

僕たちのトワイライトエクスプレス24時間41分

結 励琉
青春
トワイライトエクスプレス廃止から9年。懐かしの世界に戻ってみませんか。 1月24日、僕は札幌駅の4番線ホームにいる。肩からかけたカバンには、6号車のシングルツインの切符が入っている。さあ、これから24時間41分の旅が始まる。 2022年鉄道開業150年交通新聞社鉄道文芸プロジェクト「鉄文(てつぶん)」文学賞応募作 (受賞作のみ出版権は交通新聞社に帰属しています。)

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

私の日常

友利奈緒
青春
特になし

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...