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ダストシティ

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 博士は怒るだろうな、私は作業を終え、銃を布で拭きながら思う。

 博士はキュロス保護を訴える、人類側では唯一の人間だろう。元々この銃も、博士のキュロス研究の知識が役立てられて出来たものだ。

 今でも博士とは仲が良いが、こと仕事のことや、キュロスの話になると、私達の間には重い沈黙が下り、互いを隔てる見えない壁が出来る。

 互いに触れることすらも許されないその壁の存在を、私はいつか壊したいと、博士にありのままで触れてみたいと思いながら、私はこの仕事を、作業を惰性で続けているのだ。

 君はどうしたいの? と、博士に何度問われたことか。

 そして私が誤魔化すように首を振り、「分からない」と答え、逃げたことも。

 キュロスの死体の集まりを見ながら、私は首を振り、通りに戻ろうとした、その時だった。

 通りの右側に、小さな扉があり、それが少しだけ開いている。

 私はそれを見つめ、少しの間考え、それからホースを取り除いた銃を腰に差し、歩いていく。

 扉は古びており、赤い錆がびっしりと付いていた。

 腕で押してもびくともしないので、私は勢いをつけて、右脚で強く蹴りこんだ。

 巨大な音を立てて扉が開き、残響が路地裏を超えて木霊した。中は暗く、様子は見え辛い。

 天井は一部に穴が空いている他は無事で、暗いのはそのせいだった。

 中に入る。

 扉の先、すぐ目に入る位置に、小さな木製の机と椅子があり、私はそれに近づく。

 机の上も椅子にも、埃が一面に積もっている。果てしない年月を感じさせるその気配が、少しだけ身の底を冷たくした。

 机の上に、いつの時代のものか分からない、写真立てがあり、その中で、眼鏡をかけた男と、女性、そして男に肩車された小さな子供が笑っていた。

 私はその写真立てを手に持ち、机の上にある書類の山に目をやる。

 どれも読むことの出来ない文字で、だがどのページも膨大な量の文字と図形で埋め尽くされており、恐らく親のどちらかが、何かの研究者だったのだろう。

 弾みで入ってしまったが、私はその写真立てと書類をどうするのか、判断がつきかねた。このままこれらを置いて帰っても、別に何の支障もないのだ。

 だが、額縁の中の三人の屈託のない笑みが、私の中の何かをくすぐった。

 私は埃っぽい空気を吸い込み、深く吐いてから、臓器を取り出すような感覚で、額縁から写真を抜き取った。写真立ての中だったせいか、写真は状態がとても良く見えた。

 私は何も考えないように意識して、その写真をコートの内ポケットの中へと突っ込み、そして、埃の積もった紙束も掴んだが、そこで躊躇して、身を止めた。

 しばらく考えた後、持っていくことに決める。気休め程度に、紙束に積もった埃を軽く払う。

 その間、不思議と私は、殆ど意識して動いているという感じがしなかった。何というのか、何かに誘導されているような感じがある。

 キュロスのエネルギーをこの場所で採取し、この扉を見つけ、中に入り、この場所を見つけ、写真と書類を持ち帰るようにと、誰かが仕組んだかのような、そんな感覚。

 ……ただの妄想だ。

 苦笑して首を振り、部屋を出ようと振り返った所で、私は何かの視線を強く感じて、立ち止まった。

 ゆっくりと振り返ると、視線の先、崩れかかった天井の隅に、違和感のある物体がこちらに光を向けていた。

 カメラだ。恐らく、最近取り付けられたものだろう。

 少し考えたが、結局私はその怪しげなカメラの事は放っておくことに決め、そのまま部屋を出る。よく耳を澄ませてみると、カメラが私を追いかけてくる音がした。

 だが、私はカメラの方には振り返らなかった。

 風が含む冷気が強さを増した気がし、通りに出て地平線を見てみると、陽が茜色になり、僅かに傾きかけていた。

 荷台を開き、その中にスペースを作り、丸めた書類を突っ込む。紐で縛った後、エネルギー缶の総量を確認してから、機体に跨る。

 ヘルメットを被り直し、スタンドを蹴る前に、路地裏の方を見る。

 そこには生命の気配のない、ただの暗がりしかなかった。

 私は口許を引き締め、ハンドルを強く握り、スタンドを蹴った。


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