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レジスタンス
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しおりを挟む私がガレージの車の側でコーヒーを堪能していると、奥からカルネの悲鳴が聞こえてきた。
「なんじゃこりゃあ!」
と言うので、
「どうかしたの?」
というと、
「腕の中から芋虫が出てきたぞ。気色悪っ!」
私は貴重なカップ一杯のコーヒーを啜りながら、片手間に答える。
「ああ、瘴気まみれの街に行った時の。草とか蔦とかすごくてさ、多分、かき分けたときに入ったんだろうな。増えてなかった?」
「全部死んでる。間違えて入って出られなくなったんだな、こりゃ。寝たな? 草の上で」
鷹揚な声で答えた。
「寝た、寝た。丁度いいサイズの草の絨毯があったから。宿もないしさ」
「それにしても、これはなあ……」
カルネがこちらに顔を突き出してきて、ニヤリと笑顔を見せる。私はそれを無表情に見つめる。
「初めて見た」
「そりゃあ良かった」
私はコーヒーを飲み終わり、立ち上がって、ガレージの外に出て行った。
数時間後、カルネから連絡が入る。陽は陰り始めており、牧場の柵越しに荒野に沈み掛かっている太陽の淡い影が見えていた。
私は彼女の言った通り、「寂しがっているらしい」ヤギの元へと向かったが、私が近付くことはおろか、声を掛けても反応すらしないヤギ子だった。
出荷するわけではない、カルネが個人的に愛玩目的で飼っているヤギだ。
昔から愛玩扱いだった訳ではなかったヤギ子は、番号札の付いている首輪を取ろうとすると、何故か強く抵抗したらしく、それからは仕方なく最早意味もなさない首輪を首に掛け続けている。
因みに裏面には「ヤギ子ラブ♡」とカルネの字で書かれているのだが、当のヤギ子本人は気づいていないだろう。
流石に一撫でもしないで帰るのは悪いだろうと思って、小さな牧場の柵をくぐり、中に入る。
顔見知りの弟子が一人、山羊や羊たちに草や餌をやっており、私は軽く頭を下げる。彼も反応して、少しだけ頭を下げる。
私が至近距離まで辿り着いても、ヤギ子は一向に私の事を無視して、一心不乱に草を食んでいる。
私がそっと背中に触れ、案外しっかりとした硬さのある背中を縦に撫でても、特に何も反応しなかった。
その時、何かの視線を感じる。
丘の上。
ここは荒野の末端だが、すぐ側に豊かで巨大な森と、周囲を広く見渡せる小高い丘が幾つかある、珍しい景観を持つ場所だが、その丘の上の一つから、何かの視線を強く感じた。
私は目を凝らし、遠くに見える丘の一つを見据えるが、視線の主のような者の姿は見つけられない。
私が見るのを諦め、再びヤギ子に目を落とすと、暫くして、バイクのエンジンの音が聞こえてきた。
その音は次第に遠くなり、やがて聞こえなくなった。
音が聞こえなくなり、私はいつの間にか止まっていたヤギ子を撫でる手を、再び動かし始める。
その時、懐の液晶タブから軽い音が鳴り、見ると、カルネが作業が終わった旨を伝えてきた。派手なスタンプと共に。
どこで買ってるんだか。
私は弟子に挨拶して、ヤギ子を最後に一撫でし、牧場を後にする。
陽は完全に沈みかかっている。
冷え始めた空気の温度を感じながら、私は一つ息を吐いた。
ーーーー
ガレージに戻ると、カルネが私の腕を左手にぶら下げ、右手にカップを持ち、ニカッと朗らかに笑んできた。
私も微笑で返し、カルネから腕を受け取ると、壁に掛かっているもう一つのパイプ椅子を開き、座った。
カルネは無言でカップを傾け、何かを飲んでいる。
コーヒーのいい匂いがする。
私は左腕を肩に嵌め込みながら、聞く。
「追いコーヒー?」
「何で二杯目だって分かるの?」
彼女が驚いた瞳でこちらを見つめるので、何気なく言ってやった。
「一杯目にしては帰ってくるのに時間あったから、多分二杯目をやってる頃だろうなと思ってたから。……まだ、余ってる?」
カルネはいやらしげに微笑むと、横に首を振って言う。「もうない」
「ああ、そう。残念だなあ」
「お茶ならあるよ」
「いらない。トイレ行きたくなるし、痛いなあ……」
「神経繋ぐの、どんな感じ? 私、どこも悪くないから、分かんないんだよね、感覚」
私は繋がった義手の左腕をぐるぐると回しながら、答える。動作は全く問題ないようだ。流石はカルネの腕だと、私は胸の内で思った。
「神経繋ぐのは、あれだよ……歯を抜いたりする時みたいな感じの痛さだよ……良いもんじゃない」
カルネがカップを持ちながら、嫌そうな顔をする。
「おお怖」
「今日は泊まっていくよ」
私は暗くなっているガレージの外を見、コートを羽織りながら、言う。
彼女が嬉しそうな声で笑って、言った。
「ああ、その方が良いな。あ、朝、出かける前に、機体の点検もやっとくから、さ。それから出発したら良いよ」
意外に感じ、私は聞いた。「良いの? そんな事してもらって」
「ボロそうだったし。あんた、最後の点検、いつよ。三ヶ月ぐらいしてないんじゃないの?」
……五ヶ月は点検をしていなかった。これは良くない兆候だと、薄々私も感じていた。
彼女の好意に感謝すると共に、その見返りに内心びくつきながら、彼女に甘えることにした。
「じゃあ、頼むよ。コーヒー、もうない?」
彼女は朗らかに笑って言った。
「来月かな、来るとしたら」
カルネが話しているのは、キャラバンの事だった。数ヶ月に一度、この場所にも来るらしかった。
時々、旅の途中で出会う商隊から携帯食料やら水やらを買い込むことが私にもあった為、全く馴染みがないわけではないのだが、私はやはり、ここの食糧事情にも、経済事情にも詳しくはないのだなと、再認識させられる。
何故旧時代の車がここにあるのかも、私はカルネに問いただそうとは思わなかった。
ロボットや、人間達がまだ多く暮らす国であれば、当然まだ車は需要がある。だがそれは、最早当然、旧時代の型ではなくなっているのが殆どだった。旧時代の車はオイルで走るが、結局電気に変換不可能なため、キュロスのエネルギーを使える現在の型が主流だ。
私のバイクも、キュロスのエネルギーで走っている。最早旧時代のエネルギーはどこでも使う事は不可能だ。
なのに、何故かカルネはこの旧時代の車を、どうやら修理している最中のようだ……。
私は問わなかったし、カルネも自分から話し出すような気配も見せなかった為、私はそのまま、雑談話に花を咲かせた。
夜が訪れ、微かに笑い声が響く音が大きくなった気がした。
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