学校外で会えるまで

Karhu

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第9話 文化祭 デート 2/2

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 一階に移動して、ヨーヨー釣りや射的のできる教室に近づくと廊下の装飾がお祭りを思い起こさせる装飾に変わっていく。
 赤色で大きく書かれた祭の字と尾びれが透けて綺麗な金魚の絵が扉に貼られ、ひょっとこに狐、今人気のキャラクターのお面が提灯と一緒に吊るされている。神社の縁日をテーマにしているのか鳥居も描かれていて全体的に明るい色が多く、賑やかな印象だ。
 一階の教室は元々、生徒が自由に使える教室だ。通常は昼休みの時間にお弁当を食べたり、レクリエーションや部活動での使用も出来る教室。教室といってもクラスとして使われている教室と違って黒板はない。本棚があったり、お洒落な長机が置いてあったりと通常の教室との違いは多い。
 人で賑わう教室の中に入ると、射的とヨーヨー釣りの屋台が目に入る。お祭りや縁日などで見かけるのと大差がない屋台で、屋台の看板には大きく“射的”に“ヨーヨー釣り”と目立つカラフルな字で書かれていた。隣の教室も同じクラスが使用していて、スーパーボールすくいと輪投げが隣の教室では出来る。そちらの方も人で賑わっていて輪投げが落ちる音や落胆する声、輪がうまく入り嬉しそうな声や笑い声も聞こえてきた。
「どちらからやりますか?」
 先生にそう聞くとどちらにしましょう……と射的とヨーヨー釣りの看板を交互に見て悩んでいる。
「……射的でもいいですか?」
「いいですよ!」
 メイド喫茶でパフェとクレープを一緒に食べた際にも思ったけれど、楽しみは後にとっておくほうなんだろう。一階に移動する前のやり取りでなんとなくヨーヨー釣りは後にするのかなと思い、予想は当っていた。先生の事を少しでも理解できた喜びを噛みしめる。
 射的の屋台に移動して射的担当の生徒にお金を渡して、射的銃を受け取った。
 この射的は台に置いてある的を倒すと、景品の中から好きなものを選べるようになっている。
(どれが一番倒しやすいかな……先生の前だからかっこよく決めたいな)
 両親と夏休みに行ったお祭りにも射的があってそれなりの回数を遊び、景品もゲットできた。ヨーヨー釣りも遊んだから少し自信がある。
「日和先生、先にやってもいいですか?」
 台の方を見ていた先生が振り向く。
「どうぞ」
 先生が射的の台から離れて私が台に近づき、上の段の的を狙う。夏休みに行ったお祭りでは、撃つたびに撃ったコルクが的から右にずれてしまってなかなか当たらず、左に移動して撃ってみたら的に当たった。お祭りでの感覚を思い出しながら左に移動し、撃つ。
 射的銃からコルクが発射されてやっぱり右にずれたけれど的に当たった。
「日和先生! 当たりました! …………日和先生?」
「……あ! すごいです! 花ヶ前さん」
 私が的を倒したのを見ていてくれたようだけれど、少しぼーっとしているようだった。
「日和先生、大丈夫ですか? 体調悪かったり……」
「え、あ、違います!」
 首を横に勢いよく振る先生にそうですか、と言ってちょっと先生を見つめてみる。私の視線から逃げるように先生は目を逸して、なんでもないですから……と消え入りそうな声で言った。追求しようかどうしようか悩んでいると、射的担当の生徒から景品はこちらから選んでくださいと言われ、銃を一旦台に置き、台の横の景品が入れられている箱に近づく。景品箱の中には手作りのミニぬいぐるみやサイリウム。お菓子やおもちゃが入っていた。
「日和先生」
 まだ目を逸したままの先生に、箱の近くに来てもらうため呼ぶ。
「好きなのを選んでください」
 あまり目を合わせない先生にそう言うと、え? と声と共に先生と目が合う。
「花ヶ前さんが的に当てたのに……」
 先生が驚いた顔をして、私が倒した的の方へ目を向ける。
「日和先生にプレゼントしたくて」
「……プレゼントですか」
「はい、だから選んでください」
 言ってから押し付けがましいかなと、不安になっているとこれがいいですと、つぶらな瞳が可愛い小さな金魚のぬいぐるみストラップを先生は手に取っていた。
「それでいいんですか?」
「はい。じゃあ、私の番ですね」
 金魚を一度見て、小さく笑ってからズボンのベルトループにストラップの紐を通し、射的銃を受け取って構えた。的を狙う先生の表情は真剣だけれどどこか楽しそうで、また知らない表情。少し口角が上がってる。
(その表情も好きです!)
 片目を瞑り、上の段の的に狙いを定めて撃つ。撃ったコルクは台にぶつかり落ちてしまった。
「……」
 立ち位置を調整してからもう一度銃を構える先生を見つめて、私の心臓は見事に撃ち抜いていますよ、と心の中で先生にとって褒め言葉になっているか分からない事を考えた。
 先生は構え直した銃を少し上に向けてから、さっき狙ったのと同じ的に向けてコルクを撃つ。撃ったコルクは的に吸い込まれるように的の中心に当たり倒れた。
「私も当てられました!」
 嬉しそうな笑みを浮かべた先生は振り返って、私の隣に来る。
「花ヶ前さんも景品を選んでください」
「…………」
「プレゼントのお返しです」
 先生の言ったことが嬉しくて固まってしまった。
「い、いいんですか!」
 嬉しくて前のめりになって聞いてしまう。
「お返しなので、いいですよ」
 私の勢いに押されながら、小さくコクコクと頷く。
(景品だから先生の手作りとかではないけれど、先生からのプレゼントだと思うとなんでも嬉しく感じる……)
 そう思いながら箱の中身を見て、どれを選ぼうか悩む。
(先生とお揃い……! んー……でも、先生は嫌かもしれない。色違いも避けたほうがいい? 何をもらっても嬉しいからとはいえ、お菓子よりも残る物の方が……)
 頭を抱えて悩んでいると横から先生の綺麗な手が伸びてきて、先生が持っている金魚と色違いの金魚を手に取っていた。
「これはどうですか」
「日和先生と、お揃いになるのにいいんですか……」
 消え入りそうな声で聞く。きっと今の私の表情は眉を下げて視線が落ち着かず、情けない顔だろう。
「おそろい……?」
 先生は、ズボンのベルトループにつけていた赤色の金魚を取り、箱から取った色違いでピンク色の金魚を並べて持つ。
「あ! ぜ、全然気にしてませんでした……花ヶ前さんがこのストラップで良ければ――」
「このストラップがいいです!」
 先生の言葉に被せてしまいながら、ピンク色の金魚を持っている先生の手を素早くやんわりと握る。何気に先生の手に触れるのはこれが初めてだと少し意識を他に飛ばす。
 ささくれや手荒れのない白く細い指、切りそろえられ綺麗なピンク色の爪、少し骨張って出ている関節、気づいたら先生の手をきゅっと握っていた。
「日和先生、手、綺麗ですね。何かケアをされているんですか?」
「花の手入れで手荒れしたことがあって、それからは季節問わずケアをするようにしてます。……あの花ヶ前さん、手を離していただいても……」
「あ、ごめんなさい」
 先生に言われなかったらずっと握っていたと思う手を離す。
 先生から金魚を貰い、窓から見える太陽にかざすと金魚のヒレと尾びれが薄い生地で出来てるため、光に透けてとても綺麗だ。体とのグラデーションになっている。
「日和先生、ありがとうございます。一生、大事にします」
 先生へ向き直り、綺麗な瞳を見てお礼を言う。
「喜んでいただけて良かったです」
「すっごく嬉しいです」
 もう一度金魚を見つめてから、ストラップの紐を手首に通して残りのコルクを撃ちに台に近づく。もし残りの二発、どちらかでも的に当たれば景品のお菓子を貰って、先生と一緒に食べられるかなと淡い期待を抱えながら銃を構える。
 ……結果は、どちらも外してしまった。的に当てられたときの要領で右にずれることを見越して撃ったのにも関わらず、ニ発目は綺麗にまっすぐ飛び、三発目は左にずれ綺麗に的の横を飛んでいった。
「一発目は的にあたったのに……」
 射的銃を生徒に返し、台から離れる。
「花ヶ前さん……私も残りの一発、撃ってきますね!」
 可愛らしく拳を握って台に近づき、私が狙って倒せなかった的を格好良く銃を構えて狙う。
(ギャップが……すごい……)
 ギャップに悶ながら的に当たるように祈っていると、先生の撃ったコルクは的の左側を飛んでいった。
「やっぱり難しいですね」
 先生は残念そうながらもどこか楽しそうだ。
 先生も銃を生徒に返し、ヨーヨー釣りの方へ移動する。
 ヨーヨーの入ったビニールプールには、色とりどりのヨーヨーが水に浮いていた。ヨーヨーを手首から沢山ぶら下げている生徒にヨーヨー釣り一回分のお金を渡して、ヨーヨー用の釣り針のついたこよりを受け取って先生に渡す。
「どれを狙います?」
 ビニールプールの近くで二人共しゃがみ、教室内を歩く人の振動で揺れる水によって、ゆらゆらと動くヨーヨーを眺める。
「どれにしましょう……紫もいいですし、赤もいいですね」
 んーっと言いながら悩んでいる先生の横顔を見つめる。長い睫毛で顔に影ができていた。私が先生と夏休み、お祭りで見たくて見られなかった光景だ。
(この光景が見たいからプランに加えたのか聞かれたら、否定できない……)
 紫色のヨーヨーにします、と言って紫色のヨーヨーの上にこよりを移動させる先生の横で、卒業後、もし付き合えたなら一緒にお祭りにも来られるかもしれないとその時を想像してしまう。
(こんなふうに一緒に居られたらいいな。実現させるためにも頑張らないと……!)
 重さに耐えきれずこよりが壊れてしまい、軽く水しぶきを立てて落ちるヨーヨーを見て壊れてしまいましたね……と残念そうな先生に、こよりがちょっと弱かったのかもしれませんねと言いながら実現させる決意を固めた。
 先生が狙っていたヨーヨーの隣で、反対側の壁際から波が来て先生の狙っていたのよりも大きく揺れているヨーヨーに狙いを定める。こよりをヨーヨーに近づけ、水面に浮く糸ゴムの輪っかに通して持ち上げる。取れた! と思い自分の近くに移動させようと更に持ち上げると、重さに耐えきれずヨーヨーは落ちてしまった。
「二人共だめでしたね……」
 生徒に回収しますと言われ、先生が壊れたこよりを生徒に渡す。私もそれに倣い、こよりを渡した。
「……もう一度やってみますか?」
「…………やめておきます」
 そうですねと返し、スタンプラリー用のスタンプが置かれた金魚や花火の絵で装飾がされている机に近づいて三つ目のスタンプを押す。
「埋まってきましたね」
 横から手元を覗き込むように台紙を見る先生との距離の近さにドキドキしながら、はいと返事をして一緒に教室を出た。
「次はどこへ?」
「同じ階にある裁縫部の衣装展示教室です」
 現裁縫部が作成した衣装に、個人的に生徒が作成した衣装や、卒業生が過去に作成した衣装も展示してある。
「花をテーマにした衣装もあるそうです」
「花……!」
 “花”に反応して先生の顔が蕾が開いたような笑顔になり、楽しみです! と声からも表情からも楽しみなのが伝わってきた。
 衣装展示教室も二教室を使用して開催されている。片方の教室が現裁縫部の生徒が作成した衣装と小物。もう片方の教室が生徒個人と卒業生が作成した衣装と小物が展示されている。衣装展示が開催されている教室は、今いる場所から反対側の位置。少し遠いけれど後の移動を考えると、この順番で回る方が回りやすい。
 花がテーマの衣装がどんなデザインか先生と話しながら移動する。展示教室に近づいてくると辺りが静かになってきた。私達の話し声と靴音が響く。
 展示教室の近くの廊下はリボンやレース、花柄の布や和柄の布などで装飾されていた。教室の扉も麻の葉文様や七宝文様をうまく組み合わせて装飾され、どの布もパステルカラーで淡く可愛らしい色合いでまとまっている。
 綺麗で可愛らしい装飾ですねと話しながら扉を開けた。
 扉を開けた先には和服をモチーフにデザインされた衣装や、レースのリボンをスカートや袖にふんだんに使った衣装を身にまとうマネキンなどがポーズをして並んでいた。
「すごい……」
 思わず声が出てしまう程クオリティーが高く、衣装の多さにも圧倒されてしまう。扉近くのマネキンが着ている和服をモチーフにした衣装は、乱菊の柄を使用していてとても華やかな衣装だ。
 展示教室は他の教室と同じ広さにも関わらず、机や黒板前も上手く使い展示数を多くしてある。
 二人で見ていき、ここが可愛いやあれが綺麗と話しながら見ていく。先生と話しながらも頭では、先生がこの衣装を着たらどんな姿かを想像していた。
(猫の衣装! 猫耳にしっぽ! 可愛いなぁ……ベージュや淡いオレンジ、落ち着いた色合いだけどスカートの一部の柄が肉球だったり、フリルのついたシャツには所々猫が描かれてる! 先生が着たらとっても可愛いだろうな……)
 先生が着た姿を頬を緩ませながら想像していると、少し離れたところから花ヶ前さんと呼ばれ、先生に近づく。
「――!」
 声をかけようと開いた口を開けたまま立ち止まってしまう。先生が見ていた衣装は私が先生に話した花をテーマにした衣装だった。
 白いカットソーのティーシャツの肩から袖にかけてビーズ刺繍で花が刺繍され、見る角度を変えると光を反射して輝いてとても綺麗だ。トップスが白い為、ビーズの花の色が多くてもその色が映えている。ビーズの色は淡い色合いでロングのフレアスカートとの色の相性がとてもいい。フレアスカートは淡い緑色でサイドが切り替えでビーズの色と同じ花柄、スカートの裾にもビーズ刺繍が施されている。靴は彩度の低い茶色のローヒールのショートブーツ。足を覆う部分は花のレースでつま先につけられたラインストーンが輝いていた。イベントごとで着る衣装と言うより、日常で着れそうな服に思える。……展示されている中で一番、先生に似合う服だと思った。
 花笑みながら衣装を見つめる先生の横顔はとても綺麗で、衣装よりも先生に目がいってしまう。
「綺麗ですね」
 衣装を見つめる先生を見つめながら、綺麗ですと返した。
 花の衣装を数分ほど見て、他の衣装も見ていく。どの衣装も素晴らしいし先生に似合うだろうけれど、花の衣装が強く印象に残った。
 個人・卒業生が作成した衣装を展示している隣の教室も心ゆくまで見て回り、先生と一緒に楽しんだ。
「素敵な衣装が見られて楽しかったです」
 目を閉じ、頬を緩ませてそう話す先生によかったですと返しながらも、喜んでもらえたー! やその表情も可愛いです! と心の中で叫ぶ。
「あ! スタンプ押してきますね」
 断りを入れてから先生の隣を一度離れ、さっきまでいた教室に戻る。スタンプの置かれた机を見つけ、台紙を置いて四つ目のスタンプを押した。あと一つでコンプリートだ。
 教室から出て先生に台紙を見せ、あと一つは体育館で埋めますと話す。プランを考えた際に割り出した時間と相違なく回れて、このまま体育館に行けばプラン通りに軽音部の出し物を見ることが出来そうだ。
 軽音部の発表を見ることを伝え、先生と一緒に体育館へ移動する。一階から移動するため時間もかからない。スタンプラリーの景品の話をしながら移動したらすぐに着いた。
「人が沢山いますね……」
 展示教室近くに人があまりいなかったからその差に圧倒されてしまう。体育館前には人が沢山いて、入り口が人で見えないくらいだった。先導して人と人の間を縫うように進み、体育館内に入る。体育館内はそこまで混んでおらず、舞台が見えやすい中央辺りに移動した。きっと体育館前が混んでいたのは映画研究部の発表が終わり、観客が一気に体育館から出たからだろう。
 舞台の上では軽音部がギターやベースのチューニング、音響の確認をしている。
「日和先生はどんな曲を聞かれますか?」
 隣で舞台の方を見ている先生に聞くと、首を軽く傾げてんー……そうですねと。
「ゆったりとした曲が好きでよく聞きます。洋楽も邦楽もどちらも聞きますよ。最近の曲はあまり知りません。花に聞いてもらうためにクラシックも流すのでクラシックも好きです」
「クラシックですか。花に聞かせるといいって聞いたことがあります」
 先生はそうですと嬉しそうに頷きながら、クラシックのどの曲を流しているのか教えてくれた。
 クラシックの話をしているとチューニングが終わったようでアナウンスが流れ体育館内が暗くなり、ボーカルが曲の紹介をしてからドラムの音が響き始めた。
「始まりましたね!」
 先生と一緒にここまで回れたことが嬉しくて声が弾んでしまう。
「生演奏を聞くのは初めてです」
 舞台のスポットライトの光で輝く先生の瞳を見ながら、ボーカルの声に耳を傾ける。
 最初の曲は軽音部のオリジナル曲、甘酸っぱい恋愛の曲で思わず先生を見つめてしまう。ボーカルの少し高くそれでいて力強い声を聞きながら、歌詞を楽しむ。
 サビに入り体育館内も盛り上がる。お祭りの景品のサイリウムを振っている人も何人かいた。先生もサイリウムと同じリズムで、ゆっくり左右に揺れていて可愛い。先生が揺れているのを見ていたら、体が自然と同じように揺れた。
 ラスサビ前になり、ボーカルがしっとりと君のことが大好きなんだと歌い上げ、ラスサビに入った。色々悩みながらも最後は、どうしようもないくらい大好きだと想いを寄せている相手に伝える、そういった歌だ。今の私と重なる部分が多くてとても聞き入ってしまった。共感する人も多い歌詞だと思う。
 ギターを弾き終え一度、体育館内が静まる。数秒経ってから拍手が巻き起こり、舞台に立つ軽音部がお辞儀をしていた。また少し経ってからスポットライトの色が変わり、聞いたことのあるイントロが流れ始める。
「あ! この曲……」
 流れ始めたのは放送中の人気アニメのオープニング。先生も聞いたことがあるようで私でも知っている曲です、と少し驚いた顔をしていた。私も先生が知っていて驚いてしまった、やっぱりまだまだ先生について知らないことが多い。
 オリジナル曲のときも盛り上がっていたけれど、カバー曲の方が盛り上がっている。カバー曲はアニメの内容に沿っていて、強大な敵を倒すため何度でも立ち上がると決意する主人公の曲だ。ハイテンポな曲で、舞台上の軽音部も跳ねたり動き回ったりしている。見ているこっちも楽しくなってきて、観客の動きも大きくなってきた。
 歌詞の中で何度か同じ単語が出てくるとボーカルがジャンプして、それに続いて観客もジャンプする。体育館内が一体化して心地良い。
 曲が終わるのはあっという間で、最後は主人公の決め台詞を歌い、ドラムが盛り上げ叩くのを止めた所で観客と一緒にジャンプし、演奏は終わった。先程よりも拍手が大きく、楽しかったや演奏の感想を叫ぶ声が聞こえてきた。
「演奏、凄かったですね!」
「はい! 曲も良くて演奏も上手で、魅せ方もとても格好良かった」
 先生も楽しめたようで、いつもの落ち着いた喋り方からすこし勢いのある喋り方をしている。
 拍手が徐々に鳴り止んでいき、体育館内が明るくなって少しずつ人が動いていく。その流れが落ち着くのを待つ間、先生と演奏の感想を話し合った。曲のあの部分が良かったや歌詞のここが良かった、間奏のギターやベースの演奏が格好良かったと話し始めたらたくさん出てくる。
 体育館内にいた人の半分程、人が減ってから二人で歩き出す。体育館の隅の方に置かれているスタンプラリー用の机の方へ行き、五つ目のスタンプを押した。
(これで五つ目、全部埋まった!)
「日和先生!」
 空欄が全て埋まった台紙を持って体育館の出口付近で待っていてくれた先生に近づく。
「全て埋まりました!」
 台紙を先生に渡して、景品を貰いに行きましょうと言って移動を始める。
 体育館前はやっぱり混んでいて、先生と上手く人を避けながら校庭を目指す。景品が貰える場所は校庭の奥に設置された交換所。最初は昇降口付近に設置しようとしていたけれど、昇降口付近は生徒もお客さんも通る場所で、立ち止まる人ができると移動の際の邪魔になってしまう。そのため設置場所を変えたと生徒会の人が話していた。
 校庭も混んでいたが難なく通り抜け、校庭の奥の方に近づいていく。
(この時間も終わっちゃうのか…………)
 先生の前で暗い顔なんて見せたくはないけれど、自然と頭と口角が下がってしまう。それでも頭を上げて前を向いて、ネガティブな考えを頭を振って飛ばす。後ろを歩く先生とのこの時間は終わってしまっても、未来にはまだまだ先生との時間がある。
(前向きにいこう!)
 後ろを振り向き交換所を指して、もうすぐです! と声をかけた。
 交換所に着くと生徒会の人に交換をしに? と聞かれ、そうですと言いながら台紙を渡す。生徒会の人がいるため、相談をしにここに来る人もいるようだ。
 少し離れた場所にいる先生に目を向けると手を横に振っていて、きっと“こちらで待っています”と伝えようとしているのだと思う。意を汲んで数回頷き、生徒会の人に向き直る。
「この中から選んでくださいね」
 生徒会の人が差し出した景品の入っているボックスの中をざっと見る。
 中に入っていたのは裁縫部のミニぬいぐるみや美術部の部員が絵を描いて作ったシール、漫画研究部が描いたイラスト。生物部が書いたメダカの解説本に、化学部が作ったスライムなどがあった。
(どれがいいかな……?)
 悩みながらいくつか手に取って見ていると、シールに植物の絵があるのを見つけ、花のシールが入っているのを探す。シール袋をいくつか見ていき、スターチスや赤バラ、アイビーなどが入っているシール袋を手に取り、これにしますと生徒会の人に見せた。おひとつでいいですか? と聞かれたのでもう一つ頂いてもいいですかと聞くと快諾してくれたので、青バラやベゴニア、モンステラなどのシールが入っているシール袋を手に取る。これにしますと言うと、生徒会の人がおまけに文化祭のロゴが入ったシールをくれた。会釈してその場を離れ、先生に近づく。
「交換してきました!」
 シール袋二つを先生に見せながら、どんな景品があったか話す。楽しそうに私の話を聞いてくれる先生の瞳を見ながら、どちらにします? と手のひらにのせたシール袋を差し出す。
「んー……こっちにします」
 スターチスや赤バラのシールが入っているシール袋を先生が選び、そちらを渡す。
「あ! これ、おまけに貰ったシールです」
 おまけに貰った文化祭のロゴのシールも渡し、いよいよこの時間が終わってしまう。
「花ヶ前さん」
 時間をつくって一緒に回ってくれた先生にお礼を言おうと口を開くと、先生に名前を呼ばれ口を閉じる。
「今日は誘ってくださって、ありがとうございました。とっても楽しかったです! 時間に余裕があっても、他の事を優先して文化祭を回らなかったかもしれないので」
「本当に今日はありがとうございました」
 先生が私に会釈する姿を見ながら、楽しんでいただけて良かったですと伝える。声が沈んでしまいそれがバレていないか心配だけれど、大丈夫だと思いたい。
「…………あ、そうだ! 花ヶ前さんの持っているシールと、私のシールを交換しませんか?」
 突然の申し出に一瞬固まりながら、はい! と沈んでいたのが嘘のような弾んだ声が出て、自分が出した声なのに驚く。
 どうぞと渡されたシールはヒペリカムのシールで、花言葉を思い出し、じんわりと胸が温かくなった。私は白いダリアのシールを渡して、交換してくれてありがとうございますと言葉でも感謝を伝える。
「……そろそろ戻りますね」
 シールの交換をしてまた一つ思い出と一緒に品も増え、さっきまで頭にあった気落ちしそうな考えはどこかに消えていた。
「怪我とか気をつけてくださいね」
 少し抜けている所がある先生が心配でそう言うと、はい、気をつけますと小さな笑みを浮かべてそれではと離れていく先生の背中が見えなくなるまで見送る。
(卒業後! 卒業後一緒になれれば、さっきみたいに気落ちなんてせずにすむ! もっともっと頑張ろう!)
 ヨーヨー釣りの際に固めた決意を更に固めなおし、料理講座を行っている調理部の教室へ向かった。
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