青い月の下で

大川徹(WILDRUNE)

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破(青い月編)

エピローグ『母』

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 「さあ、これからのことをお話しましょう。そして本当のことを」

 戦いの爪痕が強く残る大広間で雫は静かにそう言った。夢の景色はかき消え、今僕と瞳は彼女と向かい合っている。萩谷は体を散々に酷使してダメージを受けたせいか眠りから覚めないが、僕も瞳も含めて治療はされていた。

 「みなさん、本当にごめんなさい。いろいろな嘘をつきましたが、月を自分達で壊せるようにならないかなーと思ってたんです」

 なんか語尾が軽いな。

 「本気で殺されると思ったんだけど……」

 瞳は困惑していたが、さっき夢の中で僕と話したことを彼女は改めて話した。

 「でも、一体どうやって月を破壊するの」
 「対霊銃の原理と同じですよ。怨霊に対して人によっては剣より銃が有効なように人間の認識できない次元においても、ある程度の物理法則が適用されます。月の宝玉はそれそのものを月にぶつけることによって、破壊の一打となるんです」
 「なのに、それには氷見の力が必要なの?」
 「ええ。いわゆる原初の巫女の力っていうものです」

 簡単に雫はうなずくが方法もよくわからない上に、あの女が手を貸してくれるとは思えない。そもそも今の氷見の目的すら不明だ。

 「たとえそうでも、彼女の目的は近いところにあるはずです」
 「とにかく話をしろということか……」

 外の世界では桑谷達が氷見に迫っているはずだ。今から帰還して、こちらが得た情報を共有しなければいけない。瞳との一夜のこともついでに話そう。

 雫が宝玉を僕の前に見せた。

 「これを持っていきなさい。外でも月の力を引き出して造形能力を使えるようになります。怨霊の憑依は……したいならご自由に」
 「いや、やめとく」

 雫を倒した瞳なら、手加減されずにバッサリ切られそうだ。と言いつつ最後の手段になるかもしれないが。

 「そして、できれば氷見さんによろしくと伝えてくださいね」
 「わかった。必ずそうする」
 「じゃあ、もうお別れの時間ですね」

 寂しそうな顔をして、曖昧な笑顔を浮かべた。それに何か言おうとした時、地面が揺れた。

 「何だ?」
 「地震?」
 「いいえ、これは……」

 バルコニーから外を見ると以前よりも暗く、空のあちこちにひび割れが見える。

 「ああ、遂に来てしまいましたね。月の封印が解かれようとしています」
 「そんな、どうして!?」
 「おそらく外の世界で異常があったんでしょう。いずれこうなる運命ですよ」

 そう言いながら、雫の体もうっすらと光に包まれていた。

 「母さん――」

 瞳が何か言おうとしたのを雫は手で制した。

 「なんだかんだありましたが、久しぶりに会えて嬉しかったですよ。こんな奇跡、許されるのはきっと私達だけでしょうね」
 「雫……」
 「夢が覚めようとしています。見てください、さっきまで騒がしかった人もどき達も今はおとなしく世界の終わりを見ています」

 そこで雫は手を床にそっと置いた。

 「巫女として彼らの行く末に慈悲と祈りを示しましょう」

 その声と共に床に光が走る。大理石の溝が隈なく輝き出すと、光が塔の外へと伸びていった。あっという間に遥か遠く森の近くにまで届くと、集落を囲むように光の円ができる。

 「寸鉄で作った結界じゃないか」
 「結界殺しの……」
 「要は使い方ですよ。これは彼らを解き放つもの」

 すると、集落の至るところから光の点が生まれた。その光は宙へと浮き上がると、塔の上部へと集まってくる。見てすぐに僕はわかった。あれは人の魂だ。

 「魂の蒐集――この月世界で再現された全ての人もどきの魂です。彼らが怨霊になる前に浄化させないと」

 そう言いつつも彼女の力では足りないのか光が薄くなっていく。そこに瞳が雫の手を重ねた。途端に光が強くなり、魂達が塔に引き寄せられるようにやってきた。

 「暖かい光……」
 「そうね」

 幻想的な光景がそこにあった。ふと僕の前に一際大きな光の球が浮かんでやってくると、くるくると僕の周りを回転して飛んでいった。

 『君に幸あれ』

 王の声だった。彼らは宙を舞うと、雫と瞳の手の下に吸い込まれていった。

 やがて静かになった瞬間、ガラスが割れる音が周囲から溢れ出す。外を見やると万華鏡の空が砕け散っていた。それに合わせて地上の物さえも崩れていく。その下から現れたのは、真っ黒な砂嵐だった。氷見のイメージは消滅し、本当の月世界が蘇る。

 「闇だ」

 これが負の集積地帯か。周囲の壁も崩れてしまい、床の形も変わっていく。僕達はいつの間にか円形の小さな建物の上にいた。

 「歴代巫女達が眠る神殿です。そして、あれが」

 雫が指をさすと建物の一部から長い階段が伸びていた。嵐に巻き込まれているが、それは一直線に遠いところにつながっている。

 「出口ですよ。とはいえ、ここも同じく遅かれ早かれ崩壊するでしょう」
 「母さん、一緒に逃げられないの?」
 「私には肉体はありません。ここから出られないんです。それに月の管理者ですから最後まで、それらしいことをしなければね」

 刀を掲げると刀身に青い光が宿っていく。

 「一人で戦うっていうのか?」
 「しばらくは持ちます。あまり時間がないので、どうかその前に月を破壊してください」
 「母さん――私は、私は……」

 瞳は何か言おうとして、すうと息を飲みこんだ。

 「正直、何千年も続いた宿命を自分の代で壊すなんて実感が全くわかない。それが一番いいってことはわかったけど、その後でどうやって生きればいいかわからない。それ以外に今まで何もなかったから」

 そう一生懸命、雫に向かって言った。

 「一体どうすればいいの?」
 「それはあなたが自分で考えなさい。自分のために生きていいし、どこでも好きなところに行ってもいい。南極に行ってもいいわよ」

 こんな時にでも彼女はふざけたように言った。

 「でも、そうね。一つだけ約束してくださいな。あなたは私の娘として、これからは自分が正しいと思う生き方を裏切らないことよ」
 「……はい。私は絶対に母さんの娘だってことが誇りだもの」

 その言葉に満足して頷くと雫は僕を見た。

 「最後に一応言っておきますけど、雨宮家の女は殿方を見る目は確かなんですよ」
 「今それを言うのか?」
 「ええ。なので全力で嫉妬します。袖にしたら月でも冥界からでも、あなたを殺します」
 「もう二度と戦うのは御免だ」
 「この子を好きでいる限り、何でもしようというのはあなたと同じですよ」
 「そうかよ」

 確かに雫は僕と同類だ。サイコパスで間違いない。

 「――きっと時代が違ったら、僕は君に惚れていたかもしれない」
 「なら魁斗さんが今の旦那役ですか?」
 「そんなバカな。神主は死体役だ」

 その言葉に雫は声をあげて笑った。そして、数秒だけ僕達を見つめて前に向き直る。もう言葉は必要ない。

 ――刀が発する眩しい光の中、僕は見た。その姿は、もはや少女のそれではない。家族のために全てを捧げ最後まで戦い抜こうとする、母親の背中だった。
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