青い月の下で

大川徹(WILDRUNE)

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8節『御三家』

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 雨宮の父親と二言三言会話を交わした後、僕達は雨宮神社の社務所へと通されていた。いろんなことを聞かれてもよさそうなものなのに、会話はほとんど沈黙。

   ただ「待っていろ」とだけ彼は言うと娘を抱えて奥へと消えた。それから数分が経つ。他に誰もいないのか、座敷でお茶すら出されない。気味悪い静けさに居心地悪く姿勢を崩す。
 
 「それで、なんでお前がいるんだ?」

 僕は痛む体をさすりながら一緒に連れてきた少年に聞いた。すると彼はしどろもどろに、
 
 「いろいろとあって……。雨宮さんの動向を見張っていたいのは樫崎くんの頼みだけじゃないかというか自分の意志というか……」
 「まさか、お前も雨宮を――」
 「違う違う!」

 ぶんぶんと首を横に振る様子を見て、笹本がけらけらと笑う。
 
   さて、どうしようか。一応、笹本にも紹介しておくか。

 「こいつの名前は鏑木修太だ。クラスは違うが、中学一年の頃に僕とは同じクラスで、その時に仲良くなった」
 「へえー。いるんだね、ばおばおにも友達がー」

 だが、それは表向きの理由。一見、弱そうで中身も弱い男だが、実家がかなりの金持ちと来ている。彼は踏み潰すより恩恵を狙って親しくしていた方がいいと僕含めて前のクラスの人間は踏んでいた。
 
 「いろいろと無理な頼みでも聞いてくれるから助かるんだ」
 「ま、まあね……」

 実際は脅迫に近い。そのせいか彼の表情は引きつっている。
 
 「肝試しの時もお世話になったよ。幽霊役を買って出てくれてね」
 「いや、それはその。断ったら何されるか――」
 「助かったなぁ!」

 実際には共倒れだけど。とはいえ出会った当時は僕も今のような感じではなかったし、雰囲気が少し似ていたから信頼している部分もあるにはあったのだ。
 
 その時、さっと前の戸が開いた。雨宮の父親が険しい顔をしたまま入ってきた姿に場の空気がさっと切り替わる。僕も姿勢を正すと彼もその場に正座して話し出した。
 
 「……まずは礼を言う。瞳を助けてもらったこと、感謝至極に値する」
 「娘さんは大丈夫なんですか?」
 「ああ。薬で眠らされていたようだが、他に別状はない」
 「よかった……」

 安心して胸をなでおろす。笹本も無邪気に喜ぶが、僕はすぐに真剣な声音で聞いた。
 
 「あれは一体何ですか? あの黒服。……それに、人間以外のものは」

 応えてくれる保証はなかった。だけど、聞かずにはいられなかった。
 
 「……昨日娘が助けたのはやはり君達か」

 雨宮父の顔がより険しさを増した。さして驚いているようには見えないが、それは不都合なことなのだろうとわかる。
 
 「瞳からどこまで聞いている」
 「それは――」

 霊的なものの存在までと言いかけて僕は口をつぐんだ。雨宮が話したことは一切ない。全て自分が勝手に調べたことだ。なんて言えばいいか迷った時、
 
 「何にも聞いてないよ」

 あっさりと笹本が言った。
 
 「でも、あたちにとってヒミコは友達。友達がピンチなら何があったって助けるものだもん!」
 「笹本――、そうだ。その通りだ。それに僕は一度、雨宮に助けられた。なら、相手がなんだって関係ない。今度は僕が助ける番だ! 鏑木もそうだろう!?」
 「え! そ、そうだね!」

 そう便乗して啖呵を切ると、雨宮父は少しばかり目を細め、右手で額を抑えた。
 
 「相手がたとえ死者でもか」
 「死者――」

 脳裏によみがえる昨夜の光景。その恐ろしさを思い出せと言うように、雨宮父の視線は僕を貫く。しかし、
 
 「――若いな君達は。娘の友達で幸いだ」
 「えっと……」
 「事の次第は話すとしよう。その後、どうするかは君達の判断に任せる」

 そう言って雨宮父は立ち上がった。一瞬、表情がやわらいだように見えた。
 
 彼はそばの棚から細長い巻物を取り出して戻ると、僕達の前にさっと広げてみせた。それはこの街の地図。地形についてまとめられたもののようだ。

 「この街は一言で言えば、『出る』街だ。君達がいつ見たかは知らないが、怨霊については全てその一言で片がつく」
 「……呪われている?」
 「そうだ。過去に大きな災厄があった。その霊的現象を一手に引き受け、これを治めるのが雨宮家だ。君達が今まで平和に暮らしてきたのは、私の家系に巫術士、退魔の血が流れていることによる」
 「…………」

 災厄? 退魔? 現実味のない言葉の羅列に、ここがどこなのか一瞬わからなくなった。けれど、すぐにSNSで聞いた話を思い出す。神社での怪異や忌み子の話が本当なら、雨宮が避けられていた理由も、周囲で怪異が絶えず発生していたというのも辻褄があう。
 
 「だが、雨宮家だけでは街の秩序は維持できない。霊は払っても無制限に出没し、君達のように怨霊に遭遇した人間が外部へと漏らす事態が生じるかもしれない。巫女の存在もな」
 「じゃあ、あの黒服は」
 「敵対者だ。だが、本来なら巫女を守り土地を監視する者達が存在する。私達はそれを統制する家に加え、この狭い土地で産業を支える家を含めて御三家と呼んでいる――」

 そう言って、雨宮父は鏑木に目を向けた。彼は俯いたまま、びくっと体を震わせる。
 
 「しかし、私の推測では今日娘を襲ったのは、本来巫女を守る者達だ」
 「なんだって?」
 「ここ数年の間に自衛組織である『青鷺』で不穏な動きがみられるようになった。組織を統括する家の当主が幹部とともに裏切者を探しているが、まだ特定できていない」
 「ただのサギだよ、それ」

 なんだそれは。どういうことだ。笹本もブーイングして彼を責める。
 
 「経緯については説明できるが……。組織の中で実働部隊や諜報、情報部門など細かく細分化した結果、数十年のうちに部門間の功績に大きな差が出た」
 「功績?」
 「近代ならいざ知らず、現代に実働部隊が出る幕はほとんど存在しない。だが、彼らは街に残らざるを得ないのに対し、諜報は警察関係など都市部の行政に転身することが可能だった。その不満が暴徒へと変化している」

 巫女を拉致して何ができるかは謎だが、と彼は付け加えた。
 
 「警察は動かないんですか?」
 「無理だ。地元の警察でさえ青鷺の関係者が占めている」

 つまり、この街の構造は僕達の予想をはるかに超えているということか。街の成り立ちなんて学校で民間伝承を教わった以外は聞いていない。素直に信じられないが、とにかく話の大きさに思わずため息が漏れた。
 
 「君達が知らないのも青鷺の情報部のおかげだ。実働部隊が鳥の爪というのに対し、知略に富む彼らを鳥の目という。名前など些事ではあるが」

 そうして雨宮父は地図に目を向け、指をさした。
 
 「ここに三つのX印がある。それが御三家だ。この神社が北に位置し、残る二つの家は東西の山の麓。行くことは勧めないが、君達ができることは行って話を聞くことくらいだ」
 「地図のX印か……」

 見れば、Xをつなげれば街の中に大きな三角形が出現した。街を囲む山々の円にすっぽりと収まる。
 
 「驚いたな……」
 「ふえー。でも、ばおばお……」

 笹本が不安げに僕を見る。さすがに笹本でもわかるのだろう。この街の歴史から成り立つものにどうやって僕達が介入することができる? そんなの絶対に不可能だ。自分達で青鷺の裏切者を探すことさえできない。石段での彼らは強かった。本気を出せば僕達がやられる――そう直感して僕の体は止まった。
 
 そして、もう一つの問題は退魔の血が流れる雨宮にしか解決できない。僕らは無力だ。

 「これでわかっただろう」

 雨宮父がさっと地図を丸めて仕舞った。
 
 「他に何か思いついたかね?」
 「…………」
 「……それでいい。私が願うことは、瞳の友人であり続けてほしいことくらいだ。あの子は私の、いや私達のせいであるが幼い頃から辛い思いをさせてきた。噂の内容は消せても、何かあるという人の口に戸はたてられなんだ」

 そこで僕はふと気づいた。
 
 「そういえば、雨宮のお母さんて――」

 雨宮父は目を伏せ、首を横に振った。
 
 「もういない」

 その一言で、世界が静まり返ってしまった気がした。致命的な何かを知ってしまった――、そう思った僕達はもう何も言うことはできなかった。
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