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第1章 辺境編

第15話 籠城戦

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「敵だッ! 亜人の軍勢が攻めて来たぞッ!」

 ノーアの大森林の方角を偵察していた村人が大声で敵軍発見の報告を上げる。
 村長はそれを聞いて、立ち上がると砦跡の一角に集まった男たちに激励の言葉を掛ける。

「皆の者、聞いたであろう! この村に今、おぞましき亜人共がやって来たッ! この村始まって以来の危機であるッ!」

 普段の村長からは想像もつかないような言動で村人を鼓舞するその姿は、アスターゼの目に1人の戦士のように映った。

「亜人は人間の敵であるッ! 彼奴きゃつらは我らを虐殺せんと襲い掛かってくるであろう! しかし、我らにはこの砦があるッ! 難攻不落の砦がッ!」

 村人たちのボルテージは最高潮に達しようとしていた。
 武器を片手に喚声を上げる者も多い。

「必ずや領都から援軍が来るッ! それまで何とか耐えきるのじゃッ!」

『うおおおおおおおおおお!!』

 そして村人たちは決められた持ち場へと武器を持って散らばって行く。
 農民の職能は〈農作業〉なので完全に戦闘向きの職業ではないが、何故か装備可能な武器の種類は多い。
 村人たちの手には剣、槍、弓矢、鍬などが握られている。
 だが、それは武器を使えると言うだけで、上手く扱えると言う訳ではない。
 結局は専門職には敵わないのだ。

 村長と村の役員たちのお達しにより、子供たちは戦闘職であっても戦いには参加しないこととなった。
 アルテナはそれが不満なようで口をへの字に曲げて悔しそうな表情をしている。
 彼女は昔から穏やかで優しい性格をしているのだが、どうも聖騎士ホーリーナイトと言う職業ジョブを与えられてからは好戦的になったような気がする。

 そこへ偵察していた者が村長の前へと進み出た。

「亜人の軍勢はおよそ四○○~六○○程度かと思われます。構成はゴブリン、オーク、オーガなどの亜人だけのようで魔獣や人間の姿は見えません」

 どうやら魔物使いは姿を見せる気はないらしい。
 と言っても魔物使いの存在はあくまでアスターゼの予想なので確証はないのだが。それから大きな喚声かんせいが上がったかと思うと剣と剣のぶつかり合う音が聞こえてきた。アルテナが村長に戦いたいと志願しているが、にべもなく却下されている。

「子供たちは室内で待機。戦いは大人に任せておきなさい」

 そう言うと村長も砦の外へと出ていってしまった。
 アスターゼは砦内の矢狭間はざまや物見用の窓から外の様子を窺っていたが、今のところは一進一退と言ったところだ。村には一応戦士などの戦闘職に就いている者もいるので彼らが先頭に立って戦っている。

 食料も大量に蓄えられているので何も問題はなさそうなのだが、それでもアスターゼは嫌な予感を振り払うことができないでいた。
 領都から援軍が来るとしておよそ1週間程。
 それまで職業が農民のままで耐えきれるとはとても思えなかったのである。
 また、領都へ向かったヴィックスへも早馬はやうまを出したものの間に合うかは微妙なところだろう。

 亜人の軍は砦跡を包囲して周囲から波状攻撃を仕掛けてきている。
 数で負けている上、恐らく体の強さ――所謂いわゆる防御力も桁違いに差があるだろう。
 水堀に入り込んで砦跡内に侵入を試みる亜人に弓矢を射かけているようだが、効いている気配がない。
 当たってはいるようなのだが、亜人の装備する鎧や丈夫な皮膚に阻まれてダメージを与えられていないのだ。

 あちこちから罵声ばせい喚声かんせいに加えて苦痛の声が聞こえてくる中、砦跡内に集められた子供たちは皆一様に不安そうな顔をしている。
 外からの刺激に対して、自身の力で事態に介入し、物事を解決に導けない時のやるせなさは誰しもが持つものだろう。

 やがて時間が経過するにつれ、怪我人の数が増えてきたようだ。
 戦いが始まってまだ3時間あまりしか経っていないと言うのに、白魔術士のニーナを始めとした回復魔術の使い手や神聖術を使える者たちの下には多くの村人たちが運ばれてきていた。
 まだ砦跡の内部には侵入されてはいないが、特に正門付近では大激戦が繰り広げられているようだ。

 アスターゼはアルテナと自分自身が加わるだけでかなり戦況を良くできると考えていた。

 それ以前にアスターゼには策があったのだ。
 アスターゼ自身、転職の能力を使うかどうかを悩み抜いた。
 その結果、生きるか死ぬかの瀬戸際で使用も止む無しとの判断に至った。
 だがそれは戦いが始まる前の段階で村長に却下されていた。

 そしてとうとう回復が追いつかなくなったのか、神官プリーストのエルフィスが呼び出されることとなった。

「子供は見ていればいいって言ってたじゃないか……」

 同い年のジュゼッペの口から小さな呟きが漏れる。
 彼の不満ももっともだろう。
 外からは相変わらず大声によるやり取りが絶えず聞こえてくる。
 現場はよっぽど混乱しているようだ。

 その時、すっくとその場に立ち上がった者がいた。
 アルテナである。

「もう我慢できない! あたしも戦う!」

 つかつかと外に向かって歩き出したアルテナの前にアスターゼが立ちふさがる。

「まさかアス、あたしを止めるの!?」

 アルテナの鋭い視線がアスターゼを射抜く。

「いや、俺も戦うよ。その前にここにいる皆を転職させておこうと思ってな」

「転職? どんな職業にするの?」

 アルテナの態度は打って変わって興味深々と言った感じになる。
 その瞳はランランと輝いていた。

「武器を持っているのは俺とアルテナだけだからな。素手で戦う職業が良いだろうさ」

 そう言ってアスターゼは転職の能力を発動する。
 彼が転職させた職業は修道僧モンクであった。
 他にも素手で戦える職業はあるのだが、メジャーどころの修道僧モンクでも全く問題ないだろう。

 後は、今まで戦闘経験のない者を戦闘職に転職させたところで使い物になるのか?である。この点は、転職時に最初から付与されているキャリアポイントにも寄るが、ある程度体が反応して剣を上手く扱えたり、鋭い体捌きができたりと問題はない。

 これは、アスターゼが自分で行った実験で経験済みだ。

「お前らよく聞けよ? たった今、ここにいる全員の職業を変えた。もし亜人が入ってきても諦めるな。お前らは素手でも戦える力を得たんだ」

「職業を変えただって? お前はまだそんな戯言たわごとを言っているのか? 親の七光りだけのてんしょくし野郎」

 アスターゼに噛みついてきたのは、この場で1番の年長者であるスレイドであった。
 この世界では15歳で大人と見なされる場合が多い。
 彼は今年で15歳になるはずだ。

「ふッ……」

 スレイドの言葉を鼻で笑い飛ばすアスターゼ。
 アスターゼは何故この手の人間は自分の状態をしっかり確認しないのだろうか不思議でならない。自分の職業やスキルが分かる世界なのだから、自身の現状の確認は必須だろうに。それに実際、職業が変わっているのだから転職と言う現実を見て欲しいところではある。アスターゼが転職士だと言う話を知っているのはごく一部だけなので仕方ないと言えば仕方ないのだが。

「よしッ! アルテナ、行くぞッ!」

「あいさー!」

 2人は同時に剣を抜き放つと、血と鉄の臭いのする砦の外へ向かって走り出した。
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