【R18】さよなら、婚約者様

mokumoku

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「おい、ディオス、ディオス」
「……なに?」
夕食後兄に手招きをされてディオスは訝しげな顔をした。
小さい頃、そうして蛙を握らされたのを思い出したからだ。

「バカ!そんな顔をするな!いいか?兄ちゃんの言う事をよく聞け?」
「……なに?」
ディオスは内心(嫌だなぁ)と思っていたのだけれど、幼少期からの刷り込みにより兄に逆らえない身体が出来上がっていた。

「これからお前は父さんに呼び出される」

「……なに?」
「バカ、黙って聞け!その時全部『はい』と答えるんだ、いいな?」
「……わかった」

ディオスは心の奥底から嫌な予感がしたが、刷り込みパワーでそう返事をした。


(第一、なぜ呼び出されるんだろう…)
ディオスの胃は何もした覚えはないのにジクジク痛んでいく…



「ディオス久しぶりだなぁー、お前毎日家に帰ってきてるか?」

ディオスの父が呑気な声を出した。
ディオスは勿論毎日家に帰ってきているが、極力身を潜めている為家族とあまり会わないのだ。
大人しいディオスには彼らのパリピ気質が眩しすぎた。

「はい」

ディオスは早速兄の言いつけを守る。
偉いぞディオス、忠犬ディオス。

「今日こんなにかしこまったのはなぁ…ディオス、お前ハルヴァ・ローレンスという女性は知ってるか?」
「……はい」
ディオスはギラギラと欲を隠せなくなってくる目を隠すように顔を俯かせた。ハルヴァの名前を聞いただけで心の底から欲望が湧き上がってくる気分がする。

「……会ったことがあるのか?」
「はい」

ディオスは膝についた手を握った。
「好いてるのか?ハルヴァ嬢を?お前が?人間の女性、ハルヴァ嬢を?」

「は?は……は、はい」

なぜ自分の気持ちを父が知っているのか?ディオスは動揺から返事が乱れた。

「ほぉ…なるほど…そうかぁ…」
「……はい……」
「もしかしてだけど…ハルヴァ嬢と結婚したいと思ってる?ディオスが?人間の女性と?あのディオスが?結婚したいと思ってしまった?」

「はい?はいはいはいはい!」ディオスは顔を上げると父を見た。父はディオスの顔をじっと見つめてから「大丈夫か?」と言ったのでディオスは兄の言いつけ通り「はい!」と答えた。


父は幼少期から他と違って大人しいディオスが心配で心配でたまらなかった…
ディオス以外の子どもたちのあけっぴろげな性格に対して、ディオスはとても大人しく無口だった。
中等部に入ってからもあまりにも女っ気のないディオスに対して父は人を雇い監視させている位心配だったのだ。

(あいつは陰でなにか犯罪めいたことをしているのではないか?)と


自分たちの子なのにも関わらず女性に対しても男性に対してもあんなに大人しいのはあり得ない、と考えた父は息子が陰で人間か何かを犯して性欲を発散させているか…
または性欲を何か別な形で発散している可能性を考えたのだ。
例えば…子猫を殺したりだとか…

父は不安でたまらず母に相談したが
「あの子は気が優しいから大丈夫よ!一途なんじゃないの?今好きな子がいないだけよ」とヘラヘラ笑いながら軽く言ったので
(駄目だコイツは…)
とディオスの父は肩を落としたのだ。

ディオスの父だって母に対して一途な想いがある。
ただ、他のかわいい女性を見たら一回関係を持たないと気がすまないだけだ。
愛してるのは母だけだ。
しかし、性欲は別なのだ。

そうして父はディオスの監視を依頼することになったのだが…報告書を見てあいた口が塞がらなくなるのだった。


「……どういうこと?」

「はい、見たままでして…ご子息は本日、勉学を終えてから道端にいた猫に擦り寄られたので優しく撫でた後家に帰宅。部屋で筋トレをした後にランニングへ。ランニング先でも鳥が頭に止まったので体幹を揺らさないように気をつけながら10キロ走って家へ帰宅されています」

「……昨日の夜は部屋から出ていなかったか?」
「はい、昨日の夜も出口と窓の下を監視していましたが…ご子息は部屋から一歩も出ていません」
監視役の男はそう事実を述べる。

「そんなバカな…俺の息子だぞ!?」
父はいつか必ず何かやらかすのでは?とその頃から今までディオスをずっと監視させていたがディオスが女性と仕事以外で接触することはなかったのだ。




「本日ご子息はご庭園で女性のハンカチを握りしめ、遠くを見つめてらっしゃいました」
「ついにやったか!ディオス!」
父は監視役の言葉に立ち上がると電話に手をかけた。


通報だ。

「…父さんバカだなぁ…」
そこににゅるりと入室した長男が呆れたように言った。
「おい!親をバカだと言うなー!お前はー!」

「ごめん、ごめん…いい?父さん…ディオスは俺たちと別の生き物なんだよ、相容れない存在なの」
「相容れない?」

父はそっと受話器を置くと長男の方を向いた。

「そう…あいつは多分身も心も一人の女を愛せるタイプの人種だ」長男はゆっくりと壁にもたれ掛かると腕を組む。
「な、な、なんだと!?都市伝説じゃないのか!そんな男は!」
「いるんだよ…うちに…いたんだ」二人は顔を見合わせると信じられないようなものを見た顔をした。

「し、信じられん…実在したとは…しかも直ぐ側に!」
「そう…怪異はいつも直ぐ側にあるもんだ」
「恐ろしい…」
「恐ろしいよな…生涯一人の女としかやれないなんて…」
「ああ、信じられん」

二人は盛大にため息をつくと父はディオスに真偽を確かめるために呼び出した。
そこでディオスはほぼ「はい」という1語のみでまさかのハルヴァとの婚約を勝ち取ったことを今の彼はまだ知らない。
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