17 / 44
17
しおりを挟む「大丈夫?大丈夫ですか?」
ペタペタと顔を叩かれてディオスは目を覚まし、身を起こすと痛みに頭を抱えた。
「大丈夫ですか?気分が悪い?」
背中を優しく擦られてディオスは咳き込みながら「大丈夫…」と言うとその声の主は優しくハンカチを差し出してきたのだ。
「頭を打ったから心配…」
ディオスはその女性の態度と容姿に一目惚れしてしまった。
看護助手の制服を着たその女性はまさに白衣の天使だった。
(……運命の出会い…真実の愛…)
ぼんやりと女性を見つめるディオスに彼女は少し困惑した様子で「意識が朦朧としているのかな?」とハンカチでディオスの布から露出している部分の汗を拭い、「すごい汗…これどうぞ」とハンカチを渡してくれる。
ディオスが受け取ったハンカチにはハルヴァ・ローレンスと刺繍がしてあって、それを見たディオスが顔を上げた時にはもう彼女の代わりに別の看護助手の女性が横についていた。
その日結局ディオスは血の戦争には参加せずに診療所から帰宅したのだが…その夜は自慰行為がやめられなかった。
(どうしちまったんだ俺は…)
ディオスは頭を打ったせいで自分が嫌で嫌でたまらない家族と同じ、性欲モンスターになったのだと絶望して頭を抱えながら男性器も扱き上げる。
次の日ディオスはハルヴァにハンカチを返すという名目で診療所を訪れていた。性衝動も落ち着いていたし、何よりも彼女にまた会いたかった。
ディオスはハルヴァが待合室の掃除をしているところに遭遇したので、声をかけようとするが…。
「ハ、ハル…」その時、ディオスは言い表すことのできない位の衝動を感じて胸を押さえた。
彼女に襲いかかり、めちゃくちゃにしたい衝動を。
ディオスはハァハァと息を荒げるとその場から去った。
(……やっぱり俺は父と母の子どもなんだ…)
ディオスは部屋に駆け込むと、ガチガチに硬くなった陰茎を押さえつけるようにして握り、泣いた。
ただハルヴァに会って話をしたいだけだ、それなのになぜこんなことになってしまうんだろう…
ディオスは陰茎を握りしめてハルヴァのこと想うと射精した。
そんな自分も汚らわしくて嫌だった。
「ディオス、どうしたんだよ」
ディオスがハルヴァのハンカチを眺めながら庭で黄昏れていると長兄がニヤニヤしながら話しかけてきた。
ディオスは慌ててハンカチを隠すと「なんでもない」と兄に言う。なんだかハルヴァの存在を兄に知られたくなかったのだ。
「バカ、何年お前の兄をやってると思ってんだよ!女か、ふーん、ハルヴァというのか?変わった名前だな」
「……」
ディオスは図星すぎて兄を見た。(もしかして兄はもうハルヴァ殿のことを知っているのでは…?)嫌な想像が働き物凄く嫌な気分になる。
(兄がもしハルヴァ殿を知っていて、ハルヴァ殿と恋人同士だった場合…俺はどうしたらいいんだ)
「そんな目で見るな。知らない…こんな女は!ハンカチに名前が刺繍してあるから読んだだけだ!…それにな?兄ちゃんが弟の好きな女をとるような男だと思うか?」
(思う…)ディオスはじっと兄を見つめた。
「まあまあまあまあまあ…な?そうなんがそうではないんだって!」
「……は、私を上等兵に、でございますか?」
「そうだ、ディオス。魔女からの指示でな。お前を戦闘部署から外せ、と言われた」前を歩くキミアナに背中越しにそう伝えられる。
着いてこい、と言われたが…
ディオスは意味もわからずキミアナの背を追った。
キミアナはディオスの3個上で、階級も一つ上の女兵士だ。
彼女も元々下級兵士でディオスと同じ部隊だったが、魔女に気に入られてつい最近、上等兵になった。
「よかったじゃないか、もう死ぬ心配を過度にすることはない」
キミアナは美しい赤い髪を左右に揺らしながら堂々と前を行く。
「……あの、どこに向かっていますか?」
ディオスはおずおずとそう尋ねるとキミアナは歩みを止めて振り返り「……軍事司令室だ」と言った。
「キミアナ・アレヴァンティス、ディオス・バルディガル。二人を魔女交渉部隊へ異動を命じる」
長官が革張りの椅子に座りながらゆったりとそう言った。
「…はっ」
「……は、はい」
ディオスはキミアナが跪きながら了承したのを見て、慌てて自らも膝をついた。
(俺が魔女交渉部隊に…?)
魔女との交渉は本来エリートがする仕事だ。
魔女の機嫌を損ねては国が終わる。
本来ディオスのような下っ端が就くような仕事ではない。
「……魔女が直接お前たちを指名してきた。半年後、魔女に会いに行ってもらうぞ?……お待ちだからな」
ディオスは頭の中が『?』で満杯になったが、自分に拒否権などないのは知っていたので「はい」と返事をした。
「キミアナ様!なぜ、我々二人がこんな大役を任命されたのでしょうか?あ、いや…キミアナ様はわかりますが、自分は優秀な方ではないですし…」
ディオスは軍事司令室から出て暫く歩いた先で耐えきれずキミアナに疑問を投げかけた。
キミアナはディオスの方をくるりと振り返り、美しい髪をかき上げながら「知らん」と口もとだけで笑った。
キミアナは女性ながらに腕っぷしが強く賢い女性だった。
同期の中でもぐんぐんと出世していく…と同じ部隊の先輩が嘆いていて、ディオスはそんな先輩の小さくなった背中を良く擦ったものだ。
「……私は使えるものは全部使ってるからな」
キミアナは僻みの視線が向けられる中、美しい髪をバサリと靡かせながらそうよく言っていたものだ。
そんなことをディオスが思い出しながらぼんやりしているとキミアナが自嘲気味に笑いながら「……どうしても上に行かねばならんかったから…私はこれでよかったんだ」と言ったのが物凄く記憶に残った。
1,335
お気に入りに追加
2,403
あなたにおすすめの小説
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
『親友』との時間を優先する婚約者に別れを告げたら
黒木メイ
恋愛
筆頭聖女の私にはルカという婚約者がいる。教会に入る際、ルカとは聖女の契りを交わした。会えない間、互いの不貞を疑う必要がないようにと。
最初は順調だった。燃えるような恋ではなかったけれど、少しずつ心の距離を縮めていけたように思う。
けれど、ルカは高等部に上がり、変わってしまった。その背景には二人の男女がいた。マルコとジュリア。ルカにとって初めてできた『親友』だ。身分も性別も超えた仲。『親友』が教えてくれる全てのものがルカには新鮮に映った。広がる世界。まるで生まれ変わった気分だった。けれど、同時に終わりがあることも理解していた。だからこそ、ルカは学生の間だけでも『親友』との時間を優先したいとステファニアに願い出た。馬鹿正直に。
そんなルカの願いに対して私はダメだとは言えなかった。ルカの気持ちもわかるような気がしたし、自分が心の狭い人間だとは思いたくなかったから。一ヶ月に一度あった逢瀬は数ヶ月に一度に減り、半年に一度になり、とうとう一年に一度まで減った。ようやく会えたとしてもルカの話題は『親友』のことばかり。さすがに堪えた。ルカにとって自分がどういう存在なのか痛いくらいにわかったから。
極めつけはルカと親友カップルの歪な三角関係についての噂。信じたくはないが、間違っているとも思えなかった。もう、半ば受け入れていた。ルカの心はもう自分にはないと。
それでも婚約解消に至らなかったのは、聖女の契りが継続していたから。
辛うじて繋がっていた絆。その絆は聖女の任期終了まで後数ヶ月というところで切れた。婚約はルカの有責で破棄。もう関わることはないだろう。そう思っていたのに、何故かルカは今更になって執着してくる。いったいどういうつもりなの?
戸惑いつつも情を捨てきれないステファニア。プライドは捨てて追い縋ろうとするルカ。さて、二人の未来はどうなる?
※曖昧設定。
※別サイトにも掲載。
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる