上 下
34 / 47

34

しおりを挟む
「キヨさんー!」


イトの声に黄色い着物に髪を美しく結い上げた女性が振り返る。


「イト!出て来れたか!よかったなぁ」
「持たせた?ごめんね」
イトは肩でゼエゼエと息をすると後ろを振り返る。
灯りがポツポツと道を照らしている。

「オレが女だってみんな知ってたか?」
「うん!お義父さんもお義母さんもだから良いって言ってくれたと思う!」
「まあ、若い大工はあそこにはオレしかいないからな」キヨは着物の両袖に腕を入れるとうん、うん、と頷いている。

「キヨはなんで大工に?女の人珍しいよね?」
「……いや、オレは親方に助けてもらったんだ」キヨは真っ直ぐ前を見てそう言った。「動けなくなって…なくなりそうだったオレを……親方が助けてくれたんだ。回復するまで休ませてくれて……こうして気色悪いべべも着せてくれる……頭が上がんねえよ、だからたまにこうして親方がしんどい時手伝いに来てるんだ」キヨは顔を歪ませると着物の襟を軽く引っ張り「うえー」と舌を出した。
イトはそんなキヨを見てどんな顔をしていいかわからなくて曖昧に笑った。

「……そんな顔すんなよ。幸せな話だ。オレは自由になったんだ!これは、ハッピーエンド!笑うんだ、そういうときはさ!」キヨは両手を広げるとイトの脇をくすぐった。
「ギャーハハハハハハ!」
「はははは!イト!面白いか!」

「や、や、やめ……ギャハハハ!」





「人面様かぁ、いるのかねぇ?そんなもの……ただの面を被った変人なんじゃねえのか?」
キヨはイトをくすぐるのに飽きたようで手を頭の後ろで組むとのんびりそう言った。
「人面様じゃないけど……何か護ってくれるものはいるかもしれない。私ね、ナキコの頃…沢山助けてくれた友人がいたの」イトはなんとなくそう呟いた。
「お前が先に助けたんじゃないのか?……その友人を」
「……どうだったかな?覚えてない…
でも、あの時の私にできることは水を飲ませてあげるくらいだよ。……助けになるかな?」
灯りがポツリ、ポツリと道を示している。
「……イト、お前はナキコだった。でも……今は違う」
「……うん……」
「言いなりにならなくていいんだ。嫌なら逃げたって」
「……うん」
「幸せになる。お前は……イトはかわいいよ」


ちょうどその時、灯りが途切れてヤタイが現れた。

「ほら、イト!あそこにお焼きがあるよ!」
「オヤキ?見たい!見たい!」
屋台は簡単な屋根があるだけのお店でイトはワクワクした。
どのお店も灯りをたくさん灯している。

「約束だからね!どれがいい?しょっぱいのもあるよ?」
「えーと、えーと!えーと、えとえと……甘いの」


ザザザ……

放送の音が乱れた。
突然消えた祭囃子に皆、なんとなく耳を傾けた。


「迷子のお知らせをいたします。ホウジョウ イト ホウジョウ イトという20代の女性を探しております。真っ白な肌に艷やかな髪で……ぷ、と、とてもとてもとてもとても可愛らしい女性だそうで……ふふふ、あ、す、すみません、水色の着物が世界一似合う……ふ、ふふふ」

アナウンス係の人が思わず笑っている。


「はははは、へんなのー」
「イト……あんたのことなんじゃないの?この放送……」ケラケラと笑うイトをキヨが馬鹿を見るような目で見てる。


「え?私ホウジョウイトっていうの?」

その時成人男性が騒ぎ立てるような声が聞こえたのでイトは(恥ずかしい大人がいるもんだ)とそちらを見た。

「あ、あの!女性を見ませんでしたか?すごく可愛らしいのですぐわかると思うんです!!」
その男は人混みの中誰かを探しているようであたり構わず声を掛けているようだ。
「この村で一番かわいくてキレイなんです!それが俺の妻でして!」
(なんと恥ずかしい男だ……妻がかわいそう)
イトが妻に同情しているとその男はなんとシュンスケではないか!

「…………」


「あ!いた!いた……いましたー!いました……イトぉ……捨てないでぇ……」
「ひ、人違い!人違いです!」
「イト……俺がお前を見間違えるわけがないだろうぅうう……なんであんなに冷たい態度を取るんだあ……うぅ……ううー」シュンスケはイトの着物の裾に縋りつくとしくしく泣き始めた。
遠巻きに人々がこちらに注目している……

あれがとてもとてもとてもとても可愛らしい女性、ホウジョウイトさんよ……と



「うわーーーーー!」イトの顔から火が出た。





「キヨ……ごめんね」

イトはシュンスケを引きずると人気のないところまでやってきた。キヨは気にすんなよ、とお店の人がくれたというお焼きを半分に分けてくれた。
キヨはそれだけではなく腕に大量の食べ物を抱えている。
他も勧められたがイトはあまりたくさん食べられないのでおやきだけを貰った。

イトはそれを更に半分に割るとシュンスケの前に差し出して「どうぞ」と言った。彼はべそべそと泣きながらそれを受け取ると「う……あ、ありがとう……じょ、女性だったのか…………でも……君は出て行くのだろう……」と再び泣き出した。
イトは自分の隣に座るようにシュンスケに言うとそっと背中を撫でた。「……出て行かないです……」とシュンスケに言って彼の鼻水をハンカチで拭う。
「え?」
「出て行っても行くところが……ありません」
「…………で、出ては行きたいのか……」
「……」
「……」
二人は向き合うと暫し無言になった……
「そらぁ、他に女がいるような旦那じゃあなぁ」キヨがパクパクとお焼きを食べながら呑気に言った。

「ええ!?」

イトは肩をビクつかせた。
シュンスケが変な声を出したからだ。

「おめえのことだろ!旦那め、こんなかわいい嫁さんがいるのに他の女に現ぬかしやがってぇ。お前はイトの旦那失格だ!屑め!お前なんかにイトをやるんじゃなかった」キヨはどっかりとあぐらをかくと食べかけのお焼きを利用してシュンスケを指している。

シュンスケが不思議そうな顔をしていたのでイトが「あのー……この前……サツキさんとキスをしたり……交わったりしてましたよねぇ?」と言うとシュンスケが絶望したような顔でイトを振り返った。
しおりを挟む
感想 372

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...