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「イト?」
「あ、お姉ちゃんどうしたの?見られたら怒られちゃうよ?」
イトは土蔵の外からそっと声を掛けられて窓から顔を覗かせた。
そこには姉が立っていて艶々した髪を靡かせていた。
「ふふ……大丈夫よ。私は怒られないもの」
「あ、そうか。ならいいね!」
姉はそう言って笑うとイトの前に木でできた平たい物を見せてきた。「……え?なにそれ?なにそれ?」
イトが食い入るようにそれを見ると姉は「これはね?つげの櫛よ?ほら、梳かせば梳かすほど……髪が艶々になるのよ」
そう言いながら髪を梳かしてみせる姉を眺めながらイトは「へー!だからお姉ちゃんは髪がキレイなんだね!」と羨ましい気持ちでそれを見た。
「イート!」
「あ、なになにー?」
姉が帰るのを見届けて振り返ると暗闇から友人が飛び出してきた。「お姉さんと話してたの?」
「あ、うん!そう。会いに来てくれてね?櫛のことを教えてくれた!あーあ……私も櫛があればなぁ……」
イトは自分のゴワゴワとした髪に手をやると残念そうに眉を下げる。それを見た友人がイトの手を引っ張った。
「イト!こっちにね?いい物があるよ」
「え?本当?なになに?」
床に空いた四角い穴から伸びたはしごのような階段で下に降りる。友人はスイスイと手慣れたものだが、イトは若干苦労しながら降りた。
そこには古びた鏡台があって友人はそれについている引き出しを開けると櫛を取り出した。
「はい、イト」
「わー!櫛だー!……お姉ちゃんが使っていたのとそっくり!」
「あげる」
「え?いいの?」イトは目を丸くした。
「いいよ。貰い物だし……いらないから」
「えー!ありがとう」
イトは鏡を覗き込む。
奉公先で時折ガラスや鏡に映った自分や、水面に映った自分を見たことはあったけれど、全然違う……
「あー……私ってこんな顔なんだね」
カサカサの肌にゴワゴワした髪……お姉ちゃんと全然違う。
「え?かわいいよ」
友人は背後から髪を梳かしてくれる。
絡まった髪を優しく丁寧にほぐしてくれたので痛みは全くない。
「そうかな…?」
「かわいいよ。色は白いし目はパッチリしてる……それに唇だってとてもかわいいよ」
「そうかな……?」
「イトはかわいいよ」
「あれー?ないなぁ……なんで?」
夜、イトは自分の荷物をガサゴソと漁ったけど一向に櫛が見当たらない……中身を全部ぶち撒けよう、と決心した時襖が開いたので、イトは(まずい!)と身を小さくして息を潜めた。
大きな影が伸びている。
「……あれ?」
(ノブくんに声がそっくり……シュンスケ?)
イトは非常にまずいと思った。
義母から夜はシュンスケには会うなと命令されているからだ。
シュンスケはイトの布団の前に屈むと何度も中を確認している。
そうすると部屋を飛び出して行ったのでイトはその隙に慌てて布団に潜り込んだ。
(あー……危ない!夜捜し物はやめよう!)イトは目を閉じた。
「イトさんって誕生日いつ?」
昼、ご飯を食べながらサツキがそう尋ねてきた。
「誕生日……?あー……すみません。わからなくて……」
「はー?そんなことあるんだ?面白いね!」
「サツキ……なぜ誕生日を聞く?」イトはナキコなので自分の誕生日を知らない。(外の人はお祝いするんだよね)
イトはみんなの食べ終わった食器をせっせと片付ける。
「もー!やだなー!シュン、私の誕生日でしょ!もう少しで……」
「あー……そうか。お前……5月生まれじゃないんだよな」
「プレゼントよろしくね!あはは!」
サツキはシュンスケの背中をポンポンっと叩いた。
食器を片付けるために台所に行くと背後に気配を感じたので振り返る。そこにはシュンスケが立っていた。
「わ!……あ、ど、どうなさいました?」
「飯は食っているのか?」
「い……いただいております……」イトは嘘をついた。
イトの分はサツキの分になっている。
義母が頑なに食事の量を増やしてくれないからだ。
それでも別にイトは平気だった。
ナキコ時代は昼食なんてなかったからだ。
「…………」
「……な、なにか他に?」(あまり二人っきりはまずいのよ……旦那退散!旦那退散ー!!)
「…………女性への贈り物は……何がいいと思う?」
顔を真っ赤に染めたシュンスケが蚊の鳴くような声でそう聞いてきた。イトはサツキへのプレゼントか?と思ったので「ご本人に聞いてみれば?」とアドバイスしようと思ったけれど、こうして自分に聞いてくるということはこっそり内緒にしておいて驚かせてあげたいのかな?と思う。でも……
「あー……私はよくわからないので……」
イトは世の中の流通事情がよくわからない……
市場にすら行ったことがないし……
「き、君なら何が欲しい?」
「……え?私……?…………く、櫛ですかね?」イトは今唯一欲しい物を口にした。
「え?」
「え?い、いいえ、いらない。いらないですよね……いらないですよね。櫛は……あの、あくまでも私の……あの、やっぱり何も思いつきません。お役に立てず……すみません」
イトは顔が熱くなってしまった。
(おかしなことを言ってしまった……)
多分世の中の女性は櫛は既に持っているのだ。
それに私なんかが櫛で髪を梳いたところで……誰にも見せるわけでもないのに。
イトは一本に括った髪の毛を撫でると自嘲気味に笑った。
食器を洗うために桶を取ると「俺がやるよ」とシュンスケが手を出した。「えー!?いや、駄目……駄目です……あ、あの、サツキさんにお茶を……お茶を……」
イトはシュンスケがとんでもないことを言い出したので台所から追い出した。
(こ、こ、殺されちゃう!そんなことさせたのがバレたら般若に殺されちゃうんだってば!この!シュンスケめ!やめろ!)
「あ、お姉ちゃんどうしたの?見られたら怒られちゃうよ?」
イトは土蔵の外からそっと声を掛けられて窓から顔を覗かせた。
そこには姉が立っていて艶々した髪を靡かせていた。
「ふふ……大丈夫よ。私は怒られないもの」
「あ、そうか。ならいいね!」
姉はそう言って笑うとイトの前に木でできた平たい物を見せてきた。「……え?なにそれ?なにそれ?」
イトが食い入るようにそれを見ると姉は「これはね?つげの櫛よ?ほら、梳かせば梳かすほど……髪が艶々になるのよ」
そう言いながら髪を梳かしてみせる姉を眺めながらイトは「へー!だからお姉ちゃんは髪がキレイなんだね!」と羨ましい気持ちでそれを見た。
「イート!」
「あ、なになにー?」
姉が帰るのを見届けて振り返ると暗闇から友人が飛び出してきた。「お姉さんと話してたの?」
「あ、うん!そう。会いに来てくれてね?櫛のことを教えてくれた!あーあ……私も櫛があればなぁ……」
イトは自分のゴワゴワとした髪に手をやると残念そうに眉を下げる。それを見た友人がイトの手を引っ張った。
「イト!こっちにね?いい物があるよ」
「え?本当?なになに?」
床に空いた四角い穴から伸びたはしごのような階段で下に降りる。友人はスイスイと手慣れたものだが、イトは若干苦労しながら降りた。
そこには古びた鏡台があって友人はそれについている引き出しを開けると櫛を取り出した。
「はい、イト」
「わー!櫛だー!……お姉ちゃんが使っていたのとそっくり!」
「あげる」
「え?いいの?」イトは目を丸くした。
「いいよ。貰い物だし……いらないから」
「えー!ありがとう」
イトは鏡を覗き込む。
奉公先で時折ガラスや鏡に映った自分や、水面に映った自分を見たことはあったけれど、全然違う……
「あー……私ってこんな顔なんだね」
カサカサの肌にゴワゴワした髪……お姉ちゃんと全然違う。
「え?かわいいよ」
友人は背後から髪を梳かしてくれる。
絡まった髪を優しく丁寧にほぐしてくれたので痛みは全くない。
「そうかな…?」
「かわいいよ。色は白いし目はパッチリしてる……それに唇だってとてもかわいいよ」
「そうかな……?」
「イトはかわいいよ」
「あれー?ないなぁ……なんで?」
夜、イトは自分の荷物をガサゴソと漁ったけど一向に櫛が見当たらない……中身を全部ぶち撒けよう、と決心した時襖が開いたので、イトは(まずい!)と身を小さくして息を潜めた。
大きな影が伸びている。
「……あれ?」
(ノブくんに声がそっくり……シュンスケ?)
イトは非常にまずいと思った。
義母から夜はシュンスケには会うなと命令されているからだ。
シュンスケはイトの布団の前に屈むと何度も中を確認している。
そうすると部屋を飛び出して行ったのでイトはその隙に慌てて布団に潜り込んだ。
(あー……危ない!夜捜し物はやめよう!)イトは目を閉じた。
「イトさんって誕生日いつ?」
昼、ご飯を食べながらサツキがそう尋ねてきた。
「誕生日……?あー……すみません。わからなくて……」
「はー?そんなことあるんだ?面白いね!」
「サツキ……なぜ誕生日を聞く?」イトはナキコなので自分の誕生日を知らない。(外の人はお祝いするんだよね)
イトはみんなの食べ終わった食器をせっせと片付ける。
「もー!やだなー!シュン、私の誕生日でしょ!もう少しで……」
「あー……そうか。お前……5月生まれじゃないんだよな」
「プレゼントよろしくね!あはは!」
サツキはシュンスケの背中をポンポンっと叩いた。
食器を片付けるために台所に行くと背後に気配を感じたので振り返る。そこにはシュンスケが立っていた。
「わ!……あ、ど、どうなさいました?」
「飯は食っているのか?」
「い……いただいております……」イトは嘘をついた。
イトの分はサツキの分になっている。
義母が頑なに食事の量を増やしてくれないからだ。
それでも別にイトは平気だった。
ナキコ時代は昼食なんてなかったからだ。
「…………」
「……な、なにか他に?」(あまり二人っきりはまずいのよ……旦那退散!旦那退散ー!!)
「…………女性への贈り物は……何がいいと思う?」
顔を真っ赤に染めたシュンスケが蚊の鳴くような声でそう聞いてきた。イトはサツキへのプレゼントか?と思ったので「ご本人に聞いてみれば?」とアドバイスしようと思ったけれど、こうして自分に聞いてくるということはこっそり内緒にしておいて驚かせてあげたいのかな?と思う。でも……
「あー……私はよくわからないので……」
イトは世の中の流通事情がよくわからない……
市場にすら行ったことがないし……
「き、君なら何が欲しい?」
「……え?私……?…………く、櫛ですかね?」イトは今唯一欲しい物を口にした。
「え?」
「え?い、いいえ、いらない。いらないですよね……いらないですよね。櫛は……あの、あくまでも私の……あの、やっぱり何も思いつきません。お役に立てず……すみません」
イトは顔が熱くなってしまった。
(おかしなことを言ってしまった……)
多分世の中の女性は櫛は既に持っているのだ。
それに私なんかが櫛で髪を梳いたところで……誰にも見せるわけでもないのに。
イトは一本に括った髪の毛を撫でると自嘲気味に笑った。
食器を洗うために桶を取ると「俺がやるよ」とシュンスケが手を出した。「えー!?いや、駄目……駄目です……あ、あの、サツキさんにお茶を……お茶を……」
イトはシュンスケがとんでもないことを言い出したので台所から追い出した。
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