上 下
3 / 6

03 恐怖

しおりを挟む
 親衛隊と共に遅れて到着したアレクは馬から降りると、門の前の兵士に声をかけた。

「すまない、遅くなった……」
「陛下、今し方タロトは剣聖が倒しました」

「そうか……流石はマティスと言った所だな。ところでマティスは剣を持っていたのか?」
「いえ、私の部下が貸した様で……」
「なるほど……」

「ですが、剣聖は討伐後膝をついたまま動かなくなりまして……私共も近づいていいのか……」
「分かった、私が行こう」

 アレクはそう言って門を抜けると座り込んだマティスと近くで立ち尽くすラニを見つける。

「お前たちはここまででいい」

 親衛隊にそう告げると付き人のリードを連れ、マティスの元に向かう。近づくとラニが泣いているのがわかった。

「おい、マティス。とりあえずはご苦労様……」
「……アレクか……」
「兵士達が心配している、早く戻ってやれ」

 するとマティスは起き上がり、アレクの胸ぐらを掴むと叫んだ。

「ふざけんなよ! なんだよアレ、あんな化け物押し付けやがって」

 アレクは冷静に、マティスの手を掴み落ち着いた声で囁いた。

「離れているとはいえ、剣聖が国王の胸ぐらをつかむのはイメージが良く無い……」

 マティスはゆっくりと震えた手を離すと、下を向いた。

「粗方、ラニが剣を食ったのだろう? 言わなかったのは謝る。ただ、お前なら剣に出来ると思っていたんだ……」
「そんな事で怒ってんじゃねーよ……」
「それならなぜ?」

 マティスは恐怖に声を震わせ言った。

「あの化け物はタロトを喰ったんだ。それも一瞬で……」
「喰った? 暴食……の特性なのか?」
「そんなのは知らねーよ。なぁ、頼むからアレを返品させてくれよ……」
「すまない、契約した以上無理だ……」
「そうかよ……」

 そう言ってマティスは立ち上がると、アレクを振り払うように門に向かう。

「おい、マティス!」
「アレク。悪いけど俺騎士団辞めるわ……」
「なにを言ってる、【大罪武器】は持ち主を襲う事はない、ラニちゃんもお前を守るために……」

「剣は持てない、化け物は付いてる……そんな奴騎士団に居たら迷惑でしかないだろ……」

 マティスの言葉に、アレクは黙ってしまった。

「あ、あるじー待ってー」
「付いてくんじゃねーよ化け物……」

 マティスがそう言うと、ラニは涙を浮かべながら少し距離を取って歩きついて行った。

「マティスの奴……ラニちゃん見た感じは健気な子に見えるのだがな……」


♦︎


 王宮から少し離れた所に、マティスの家はあった。その功績と地位には似つかわしくない貴族の中では小さな家。ただ、しっかりとした造りで丈夫な建物ではある。

「マティス、おかえりなさい!」
「ニャーン」

 家に着くと、恰幅の良い気さくな家政婦のステラと猫のクロが彼を出迎える。時々来るお爺さんと弟子以外ではマティスはこの二人と一匹で住んでいる。

「ただいま……」
「どうしたんだい? 浮かない顔して……」
「ステラ、俺は騎士を辞めると言ってきた」

 少し驚いた顔をしたものの、ステラは事情は聞かずに優しく微笑んだ。

「マティスさん倹約家だから心配せんでもお金はたんまりあるんだよ、ゆっくりしたらいいさ!」
「ありがとう……」

「ニャーん!」

 マティスは服を着替え、部屋に入るとベッドに伏せる。今日の出来事をなるべく考えないように枕で頭を抑える。

 だが、マティスの頭の中ではタロトを食べたラニの風景が何度も、何度もループしている。

 ──もしかしたら、ラニは近くに居るんじゃ無いだろうか。

 恐怖を感じる反面、可愛らしいラニの笑顔や言動も思い出してしまう。

「気にするな……あいつは、あいつは化け物なんだよ……」

 日が傾き、ステラの作る晩ご飯のスープの匂いがし始めると、家の外では、雷の音とザーザーと雨が降り出す音がした。

「マティスさーん、ご飯はどうするかい?」
「ああ、少しだけでも頂くよ……」

 家政婦とはいえ、母の居ないマティスはステラを家族の様に思っていた。折角彼女が作ってくれたご飯だ。重い身体を起こし、ダイニングに向かった。

「あんた、酷い顔色だけど大丈夫かい?」
「うん、大丈夫……」
「無理しない所がマティスさんのいい所なんだから、食欲が無い時は残してもいいんだよ?」
「うん、ありがとう……」

 ご飯を食べようと、椅子に座る。すると、クロが玄関の方に歩いて行くのがわかる。誰かがきたのを察知しているのだろう。


「ニャオニャーん!」


 ――まさか、ラニが……。


 すると、ガチャガチャと言う音と共に扉が開き元気のいい声が家に響いた。

「師匠~! 今から晩ご飯っすか? 自分も頂いていいっすかね~」

 声の主は、マティスの唯一の弟子。マティスのいた騎士団でも副隊長を務めるロランだった。

「なんだロランか、びっくりさせるなよ……」
「え? いつもの事じゃないっすか?」
「まぁ、そうなのだが……」

 赤い髪で背が高く、騎士服を着たロランが姿を現す。それと同時に後ろの影に気づく。それを見てマティスは背筋が凍りつくのが分かった。

「ロランちゃんの分もちゃんとあるわよ!」
「ステラさんあざっす! 愛してるっす!」

 自然に中に入れ、濡れた服を拭こうとするロラン。だが、何故か服は乾いているのに気づき一瞬不思議そうな表情を浮かべたのがわかる。

「ロラン……そいつは……」
「雨の中、この家の門の所に立ってたんすよ!」

「なんで連れてきたんだよ……」
「なんでって、師匠鬼っすか? だって、小さい子が雨に濡れてるなんて可哀想じゃ無いっすか~。家には入らないって言ってたんすけど無理矢理連れてきたっす!」

 マティスの顔をチラチラと見るラニは、今にも泣きそうな顔で呟いた。

あるじ、ごめんなさい……」
「えっ主? なんすかこの反応。もしかして、師匠の訳ありっすか?」

 あろう事か、ロランはラニを家の中に連れてきてしまったのだ……。

 そんな事はつゆ知らず、ロランとステラは、マティスとラニの顔を交互に見ると疑いの眼差しをむけた。

「まさか、隠し子っすか!?」
「いや、それはちがうからね!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

処理中です...