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025 夢のあと
しおりを挟むムクリと上体を起こした。
ぼんやりした頭で自分のカラダをたしかめる。
フム。見慣れたちんちくりんだ。
わたしはゆっくりと周囲を見渡す。
商連合オーメイの首都ナンシャーチにて滞在中、お世話になっている部屋。豪華な内装と天蓋つきでフワフワの大きな寝台。
枕元の台の上には鈍い輝きを放つ金の水差しならぬ、黄金のランプ。
自分の右脇には愛用の帯革が無造作に投げだされており、そこには白銀のスコップ、漆黒の折りたたみ式草刈り鎌、金づち姿の天剣三姉妹がきちんと収まっている。
室内中央にある卓上には、鉢植え禍獣ワガハイもちゃんといる。
「どうやら無事に戻ってこれたようだね」
夢から醒めたと思ったら、じつはまだ夢の中……。
なんていうオチがなくて、わたしはほっとひと安心。
それにしてもえらい目にあった。
ずいぶんと長いこと一つ目の世界を彷徨っていた気がするけれども、現実ではたった一夜の出来事。それも誰も知らない大冒険。たとえ誰かに話したところで夢物語だと笑われるだけのこと。
「そう考えると、けっこう悪質だよね。コレってば」
たかが夢、されど夢。
一切の証拠を残さず、相手の精神に強い影響をおよぼす。
使い方次第では心や魂を壊し、生きる屍、傀儡と化すほどだから、思想信条の誘導や洗脳なんかも可能。寝て起きたら人格がごっそり変わってるとか、当人だけでなく周囲にとっても恐怖だよ。
しばし黄金のランプをじーっと見つめてから、わたしは意を決して帯革より金づちをとり出す。
いきなり持ち上げられた金づち姿の大地のつるぎツツミ。寝ぼけまなこにて「はれ? 母じゃ、おはようでござる」
そんな末っ子にわたしは「おはよう」と声をかけ、「ちょっと借りるよ」と告げた。
金づち片手ににじり寄るわたしに、黄金のランプがカタカタと小刻みに震える。
わたしはそれを見下ろし、にへら。
極上の笑みを浮かべつつガーンっとね。
ベッコベコになって、ほとんど原型をとどめていない元黄金のランプ。
わたしはそれを指差し、草刈り鎌姿の魔王のつるぎアンに「これ、南海の深いところに沈めてきて」とお願い。
「……がってん」
剣の母の要請に快く応じてくれたアン。すぐさま宙をスパッとして転移空間を出現させると、つぶれたランプを捨てにいった
目を覚ますなり、いきなり枕元にあった黄金のランプをガンガン叩き、捨ててこいと言い出すわたしの態度に、白銀のスコップ姿の勇者のつるぎミヤビらは「?」と首をかしげるばかり。
わたしは「あとでちゃんと説明するよ。とりあえずアンが戻ってくるまで二度寝するから」と告げて、ポフンと柔らかな羽毛枕に頭を投げた。すぴー。
◇
神聖ユモ国が領有している南海。
その中でも一番深いところに位置している名もなき谷。
陽の光がひと欠片も届かぬ暗黒と静寂の世界。
魔王のつるぎアンによって、ここにポイ捨てされた元黄金のランプ。
ご丁寧にも重しを添えて。おかげで自重とあいまってずんずん沈んでいく。
姿が完全に見えなくなってから、アンはその場を立ち去った。
深海を沈み続ける元黄金のランプは、やがて水底へと到達。衝撃を受けてほんの少しだけ砂塵が舞うも、それもすぐにおさまった。
周囲に生き物の姿は皆無。それどころか水の流れからもとり残されているらしく、景色がほとんどゆらぐことがない暗所にて「うーん、まいった」とつぶやいたのはランプ内の夢神バクメ。
「やれやれ、今世の剣の母は容赦がないのぉ。ちょいとからかったぐらいで、仮にも神たるワシの依り代をボコボコにしたばかりか、このようなところに打ち捨てるとは……。
にしても炎風の神ユラめ、余計なマネをしおってからに。あの武術狂いの脳筋のことじゃから、自分が何をしたのかまるで気づいておらぬのじゃろうて。
あの小娘の心と精神、魂の強度はどうなっておる。少し鍛錬を施したなんて範疇を優に超えておるわ。おそらくは神気も与えられたのであろうが、それを加味しても異常じゃ。適合や適応なんて生ぬるいものではない。完全にとり込んで自分のモノとしてしまっておる。
当の小娘も他の神々もまだ気づいてはおらぬようだが、あやつがその気になったら、とんでもないことになるぞ。いったいどれほどの数の天剣(アマノツルギ)が創成されることになるか。うーむ、想像もつかぬ。それだけの数の天剣……、解き放たれれば必ずや争乱が生じることになるであろう。あるいは新たな魔王が誕生するやもしれん。
が、それもまた良し。
いささか残念なのは、そんな楽しい祭りを間近で見物できないことよ」
深海に「うひょひょひょ」と響く夢神バクメの声。
ひとしきり笑ってから、夢神バクメは「さて」と言った。
「それではいずれ探求心にとりつかれた何者かがこの地を訪れるまで、しばらくはおとなしくしておるとしようかのぉ。
百年かかるか、千年かかるか。いやいや、もっと早くなるかもしれんて。
なにせ人間どもは立ち止まることも、ガマンすることも、過去を振り返ることも、反省することも苦手ときておる。まるで駄々をこねる幼子のようじゃ。いくつになっても未知を欲してやまぬときておるからのぉ。
はてさて、次に目覚めたとき、世の中がどうなっておることやら」
元黄金のランプは沈黙。
暗い水底はふたたび静寂に包まれ、それきりとなった。
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